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ユーザーのために、生み出すべきはどんなアウトプットか。 デザイナーが事業全体を見る意義。 quantum Chief Design Officer:門田慎太郎

“歩行100年時代”の実現を目指す歩行専用トレーニングサービスとして、2022年5月にローンチした「walkey」(ウォーキー)。大手医療機器メーカーである朝日インテック株式会社とquantumが共同で立ち上げたプロジェクトで、トレーニング機器だけでなく、東京・自由が丘のラボや専用アプリを活用した総合的なトレーニングサービスを提供しています。

朝日インテックにとっても、quantumにとっても、新たな事業への挑戦となった同プロジェクトは、いかにして始まり、このかたちにいたったのか。quantumメンバーの連続インタビューを通じて、その全容を紹介しています。

第6回目に登場するのは、「walkey」のデザイン統括を務めた、quantum CDO(Chief Design Officer)の門田慎太郎です。


デザイン全体のコンセプト

――門田さんは「walkey」において、この連載で紹介してきた各部門のデザインを統括する立場でした。プロジェクトを進める中で重視したことは?

門田:これは「walkey」に限ったことではありませんが、quantumでは「生活者中心のデザイン」という考え方を大切にしています。ユーザーの課題に寄り添って、その解決に貢献するためのデザインという発想です。

その点、「歩行100年時代の実現」を謳っている「walkey」はターゲット層が幅広く、年齢層が高めの方も含まれています。だから、ダイエット系など“美しいボディを作る”といったようなブランドイメージやコミュニケーションの訴求方法では、ハードルが高いと感じられてしまうと思っていました。「私にはできない」となってしまうリスクですね。

だから、ハードウェアもウェブ上のUI/UXも、デザイン全体が柔らかい、いい意味でハードルが低い世界観を出すことを意識しました。「ちょっとやってみようかな」と感じてもらうアクセサビリティの高いデザインです。そこがポイントでした。

――しかし、トレーニング系のサービスとしては、「ハードルの低さ」を訴求するだけでは不十分ではないでしょうか。多少は奮起を促す要素もないと、継続されにくい気がします。

門田:その懸念はたしかにありました。だから、トレーニングを日々続けてもらうための工夫を、特にUI/UXに落とし込んでいきました。使いやすさだけでなく、自分の運動の成果が確認できたり、キャラクターが出てきて励ましてくれたり、そういった継続に向けたサポートをしていく要素ですね。

これはデザインというよりもサービス設計の部分ではありますが、自由が丘にラボを作ったのも、トレーナーさんと定期的にコミュニケーションしてもらうことで、モチベーションを保ってもらう意図もあるんです。入り口は優しく、トレーニングが始まったらしっかり応援する。そういうコンセプトで全体を設計していきました。

ゼロから事業を作る難しさ

――そこに「ユーザーに寄り添う」という姿勢が表れているわけですね。門田さんは今回、デザイナーとしてだけでなく、ベンチャーアーキテクトの中村覚さんと共に事業全体を見るプロデューサーのような役割も担っていたと聞いています。

門田:そうですね。プロジェクトが具体的に進み始めてからは、ハードウェアやラボ、ウェブなど、それぞれの部門に分かれて作業をしていき、僕は各部門のリーダーから定期的に報告を受ける立場でした。

プロダクトデザイナーの産田と、walkeyのハードウェアについて確認中

――プロデューサー的な視点で、“ゼロから事業を作る”ことの難しさを感じた瞬間はありましたか?

門田:それは本当にたくさんありました。特に予算配分のバランスはかなり悩んだポイントです。

例えば、広告物の制作であれば、私たちに割り当てられた広告費があり、その中で最適な表現を考えていけばいい。しかし「walkey」の場合は事業全体を作る仕事なので、そもそも、どこにどれだけの費用を投じるかという判断を自分たちでしなければなりません。

デザイナーとしてはデザインを良くすることにお金を使いたいと思うこともあります。しかし、限りあるバジェットの中で、開発にこれくらい、宣伝にもこれくらい……と俯瞰して考えなければなりません。

しかも、「walkey」のようにハードウェアを作る事業は初期投資額が大きい。量産化するなら金型を作らなければなりませんが、こうした製品でやると何千万円という規模になります。これをプラスチックの削り出しにすれば費用も抑えられますが、少数しか生産できないため、事業として成立させるためには、どこかのタイミングで金型の生産に切り替えなければならない。その投資をどのタイミングで行うか。

そういった判断の積み重ねが事業の行方を左右してしまうので、予算配分に関してはチームメンバーの意見も聞きながら慎重に進めていきました。

自由が丘のラボで、運営を担当する清水と、現場に即したデザインの調整をディスカッション

「生活者中心のデザイン」はこれからが本番

――ところで、門田さんは今までもこうした事業開発の経験があったのでしょうか?

門田:事業開発を専門でやったことはないですが、僕はquantumに入る前にインハウスのデザイナーとしてメーカーで働いていたこともあるんです。それこそ、世界で何万台も売れるような製品の開発にも携わってきました。

広告会社やデザイン事務所のデザイナーは、デザインの部分だけを外注として受けることがほとんどですが、メーカーにいると各部門の方々と協議しながらものづくりを進めていきます。だから、どこにどのくらいの予算がかかるのかということは肌感覚でわかっていました。そういう経験があったので、「walkey」でも朝日インテックの技術者さんたちと比較的スムーズにお話をしていくことができたと思います。

――多様なキャリアを歩んできたことが今回のチャレンジで活きた、と。

門田:事業者の立場でデザインをする、という経験をしていたことは、すごく役立ったと思います。

――「walkey」はローンチから1年が経ちましたが、今後に関して考えていることは?

門田:本当の意味での「生活者中心のデザイン」は、むしろこれからが本番だと思います。開発段階でもユーザーに何度もヒアリングしてきましたが、商品が世に出たあとのリアルな意見をいかに吸収して改善していくか。まさにデザイナーの腕の見せどころです。

ただ、そこには難しさもあります。ユーザーの声を聞きすぎて、ブランドが守るべきアイデンティティまでおかしくなってしまうということもよくあるからです。だから僕らの今後の課題は、「walkey」というブランドのコアな部分は残しつつ、どうしたらユーザーさんにもっと寄り添った顔つきにしていけるかにあります。当たり前に聞こえるかもしれませんが、変えるものと変えないものをちゃんと見極めて、いかにアップデートしていくかということです。

プロデューサーではなく、あくまでデザイナーとして事業全体に関わる

――最後に、ご自身が「walkey」で担った立場をなんと表現されますか? 従来のデザイナーとも、プロデューサーとも異なっているように感じるのですが。

門田:難しい質問ですね……。

僕に限らず、近年、デザイナーの役割は拡張し続けていると思うんですよ。カタチをきれいに整えるだけでなく、事業全体の設計にデザイナーが関わることも珍しいことではなくなってきています。

かつてレイモンド・ローウィという有名なデザイナーが、「デザインはデザイナーだけに任せておくには重要すぎる」という言葉を遺しました。今や、そういう感覚がさまざまな業界に広まっていると思います。

本当にデザインを多角的に見ようとするなら、デザイナーが扱う範囲はどこまでも広がっていきます。きれいなカタチを作ることも大切な仕事ですが、どういった技術を使うのか、どこにどれだけのコストをかけるのか、そういった判断も大きな意味では“デザイン”の一部です。

美しいもの、使いやすいものを設計するために、その上流工程をいかに整えていくのか。デザイナーはそこまで考えるべきだし、それができる。僕はそう思っています。だから、やはり「walkey」での僕の立場は“デザイナー”と表現するべきだと思いますね。

――あくまでもデザイナーとして、より良いアウトプットを作るために事業全体を見ていったわけですか。

門田:それが事業の川上から発想するプロデューサーとの一番の違いかもしれません。加えるなら、生活者中心。ユーザーのために、どんなアウトプットを生み出せるか。その実現のためにさかのぼって事業の上流がきれいになっているかも考える。そこにデザイナーが事業全体を見る意義があるのではないかと思います。

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門田 慎太郎  CDO(Chief Design Officer)
●もんでん・しんたろう 国内デザインファーム及び外資系PCメーカーにて、一点モノの家具から世界で数万台を売り上げるラップトップPCまで幅広い分野の製品デザインを担当したのち、quantumに参画。quantumのデザイン部門を統括し、プロダクト、グラフィック、UI/UXデザインなどの境域から幅広い分野の新規事業開発を牽引する。デザインリサーチ、コンセプト開発、実証実験、量産設計支援まで一連の製品開発を一気通貫に行うことを強みとしている。手掛けたプロダクトは、iF Design Gold、Cannes Lions Gold、RedDot design、Dezeen Awards project of the yearなど、数多くのアワードを受賞しているほか、ドイツのPinakothek der Moderne、デンマークのDesign Museum Danmarkのパーマネントコレクションにも選定されるなど、国内外から高い評価を集めている。

walkeyのサービスサイトはこちら



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