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光格子時計【量子センシング】

量子技術の応用の中に、量子センシングとよばれるものがありました。その名の通り量子を使って、何かを測るという技術です。実は、量子を使うことで、正確なセンサーを実現することができるのです。詳しくは、以下の記事をご覧ください。

今日までに様々な量子センサーが開発されています。

  • 磁場センサー

  • 電場センサー

  • 量子ジャイロスコープ などなど

今回ご紹介するのは、光格子時計です。光格子時計は、高精度な時計です。最先端の研究では、なんと300億年に1秒しかずれない時計が実現されています。想像がつきませんね。例えば、宇宙が誕生してから今日までの年数は、約138億年です。つまり、宇宙誕生から現在までの間に1秒もずれない時計ということです。今回は、そんな光格子時計の原理とその応用について解説したいと思います。

そもそも時計とは?

光格子時計の原理の前に、時計の原理について考えてみたいと思います。そもそも、時計とはどのようにして時間を計っているのでしょうか。ここで質問ですが、皆さんはどのようにして時間を計りますか?

腕時計やスマホの時計が一般的でしょうか。これ以外にも、生活習慣が素晴らしい人は体内時計から大体の時間がわかるのではないでしょうか。また、古代の人のように太陽や月といった天体を観察しても暦がわかりそうですね。メトロノームといった周期的に振動する装置を利用するという人もいるのではないでしょうか。

さて、これらに共通することは、「周期的な現象」を利用しているということです。天体の運動周期も、メトロノームの周期も全てある程度正確であるから、時間を計測することができるのです。その周期の回数を数えることで時間を計っているのです。例えば、10回振動したら1秒とするといったようなことです。

時計の精度

それでは、これらの時計の精度は一体どのように決まるのでしょうか。先ほどの例からわかるように、全ての時計は何らかの周期的な現象を利用しています。この「周期的な現象」という言葉は少し抽象的なので、ここでは振り子として話を進めましょう。

先ほども述べたように、時計は振り子の周期を利用して時間を測っています。つまり、どれだけ高精度に時間を測ることができるかどうかは、この振り子の周期の正確さで決まります。

例えば、振り子の周期がばらついていたら、正確に時間を測ることはできないですよね。正確に時間を計りたいときは、できるだけ正確に振動する振り子を利用すればいいことが分かります。

光格子時計

これまでの時計の開発の歴史の中で、最も正確な時計、つまり最も安定な振り子の作成に成功したのが光格子時計なのです。こちらが光格子時計です。

光格子時計

時計には見えませんよね。この卵パックのようなものが光格子です。これは、レーザーで作られた光の器なのです。この器に入っている球のようなものが原子です。

ではなぜ原子なのでしょうか。実は、この原子が今回の光格子時計の鍵を握っているのです。

光格子時計の原理

それではどのようにして原子を使って、正確な時計を作ることができるのでしょうか。まず結論から説明すると、光格子時計は、原子がもつ正確な周波数のものさしを使って、レーザーの周波数を安定化させることで時計を作ります。一体どういうことでしょうか。丁寧に説明していきます。

まず、最初の登場人物はレーザーです。レーザーとは、特定の周波数を持つ光です。つまり、レーザーは特定の周波数で規則的に振動しています。そのため、レーザーはある意味振り子であると考えることができます。

つまり、レーザーの周期を数えることで時間を測ることができます。しかしレーザーの周波数は、時間の経過とともに少しづつ変化したり、外部環境の影響で揺らいだりします。つまり、レーザーで高精度な時計を作るためには、こういったレーザーの周波数の変化や揺らぎを取り除かなければいけません。

原子でレーザーの周波数を安定化させる

レーザーの周波数を安定化させるにはどうすればいいでしょうか。もっとも単純な方法は、なにか絶対的な周波数の物差しがあれば、その物差しと常に見比べることで、常に周波数を一定にすることができます。

しかし、そんな正確な物差しなど存在するのでしょうか。そこで、今回の主役である原子の登場です。実は、原子はそのような正確な周波数の物差しを持っているのです。つまり、レーザーの周波数と原子が持つ周波数の物差しを常に比べることで、レーザーの周波数を常に安定化させることができます。

原子は正確な周波数の物差しを持っている

レーザーの周波数が安定すると、この安定化されたレーザーを使って正確に時間を測ることができます。これが光格子時計の仕組みです。

原子の物差しは簡単には使えない

先ほどの話では、光格子時計では、原子が持つ周波数の物差しを使って、レーザーの周波数を安定化させるということでした。しかし、この原子のものさしは、実は簡単には利用することができません。

この原子の物差しは、非常に外部の環境に対して敏感です。そのため、原子をできるだけ静かにとどめておく必要があります。

レーザー冷却: 原子の動きをとめる

原子の動きを止めるには、どうすればいいでしょうか。実は、原子は非常に軽いので、普通の常温でもかなりの速さで空気中を飛び回っています。これでは、原子時計を作ることはできません。そこで、レーザー冷却という技術を使って、原子の動きを止めます。

レーザー冷却とは、その名の通り、レーザーを使って物を冷却するという技術です。レーザーというと、何かを温めたり、熱したりといったイメージを持たれる方が多いと思います。しかし、レーザーを上手に活用することで、実は物質の温度を下げることができるのです。温度は、エネルギー(運動量)でもあるので、原子の温度が下がるということは、原子の動きが鈍くなるということです。このレーザー冷却を用いることで、原子の温度を絶対零度付近まで冷却することができます。余談ですが、レーザー冷却は、実はノーベル賞が与えられた技術でもあります。

光格子: 原子を捕まえる

次に、レーザー冷却で極低温まで冷却された原子を捕まえます。原子の温度が高いときは、原子は高速で飛び回っているので、空間のどこかにとどめておくことは非常に難しいのですが、レーザー冷却によって動きが鈍っている原子はある工夫をすると簡単に捕獲することができます。そして、その工夫というのが光格子です。

光格子とは、このような光でできた格子状の器になります。卵パックみたいな形をしています。このような光格子は、レーザーを互いに向かい合うように配置し、光の干渉を利用することで実現することができます。

光格子

このような光の干渉による効果を利用して、光格子を用意します。そして、その光格子に原子を閉じ込めるのです。この器には、たくさんの原子が捕まることになります。このような光格子中に捕獲された原子の物差しを使ってレーザーの周波数を安定化させることで、正確な時計を実現することができるのです。

光格子時計のアプリケーション

さて、このような高精度な時計がどのようなことに役立つのでしょうか。

時間の進み方から色々なことがわかる?

光格子時計のアプリケーションの一つに、時間の進み方の変化からなにかを検出するということが考えられています。その一例が、アインシュタインの一般相対性理論です。一般相対性理論によると、重力の大きさによって、時間の進み方が変わります。重力が大きいところでは、時間が遅く進み、重力が小さいところでは、時間は相対的に早く進みます。

つまり、重さの重いものの近くでは時間が遅く進みます。例えば、地球のように非常に重い物体の近くほど時間の進みが遅いので、地球から離れればつまり、地上から高いところほど、時間が早く進みます。

通常の時計の精度では、この効果を観測することは非常に難しいのですが、光格子時計を活用することで、実際にこの効果を確かめることができます。そして、これの意味するところは時間の進み方から重力の大きさや高さを逆に検出できるということです。そして、これを応用することで、例えば、地殻変動や火山活動によるわずかな高さの変化を検知するセンサーとして、光格子時計を活用できると期待されています。

そのほかにも、様々なアプリケーションに活用できる可能性を秘めており、非常に楽しみな技術となっています。

このように、非常に高精度な時間の測定手段を提供してくれる光格子時計は、実は毎年ノーベル賞候補の技術として挙げられます。時計技術に革新的なイノベーションをもたらしてくれた光格子時計にノーベル賞が与えられる日もそう遠くはないのかもしれません。