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Quant College レクチャーシリーズ(2)CVA入門

1.はじめに

概要:
当noteはCVAの入門的内容について、可能な限り平易に、かつ体系的にまとめたもの。

当noteリリースの背景:
CVAは海外では10年以上前から導入されていたものであり、国内でも早くから話題には上っていたが、普及には至らなかった。ところが最近では国内においても、会計基準や資本規制の対応とも相まって、大手のみならず地銀に至るまで、多くの日系金融機関がCVA導入の準備中(あるいは導入済み)であると聞く。

ところが、ネットの情報は、
・英語で書かれているものが多い
・断片的なものが多く、基礎から体系的に学べるものが少ない

最近では日本語の専門書も出てきてはいるものの、
・初心者には説明の難易度が高い
・分厚くて重要な情報がどこに載っているかわからない
・専門的で発展的な内容も多く含まれる
・自分にとって必要な情報にたどり着く前に挫折しがち
というのが現状である。

そこで当noteでは:
・実務で必ず問題になる論点にしぼりコンパクトに解説
・専門用語を平易な日本語で説明
・数式の使用は最小限にして、可能な限り直感的に解説
・初心者が理解しやすい順番で(全体像から詳細へ)説明

noteで前提とする知識:
・為替予約や金利スワップといった基本的なデリバティブ商品の知識
・(必須ではない)学部一年レベルの初等的な確率論の知識があると理解しやすい

当noteは以下のような方向け:
・CVA導入対応に追われている金融機関の方
・業務でCVAという単語に出くわすので、何のことか概要を知りたい方
・分厚い専門書を読んでみたが、途中で挫折してしまった方
・CVA導入に関して、実務で対応する際の指針を見出したい方
・必要な資料を集めて読んでまとめる時間を節約したい方
・ネットでは英語の資料も多いので、日本語で効率的に読みたい方

当noteに書いていない内容:
・CVAの詳細な計算式や導出など、理論的な内容
・CVA計算モデルや実装の詳細
(CVA計算ロジックについては別noteをリリース予定)
・DVA/FVAに関連する話題
(DVA/FVAについては別noteをリリース予定)
・CVA感応度、CVAヘッジ、CVAデスクなどに関連する話題
(需要がありそうなら別noteをリリース予定)

noteを読んで得られるメリット:
・CVAの入門的内容について、全体像を把握できる
・実務で重要な論点を短時間で学習でき、時間の節約になる
・ネット上の英語資料を調べ回る必要がなく、本業に専念できる
・頭の中に「地図」ができて専門書が読みやすくなり、効率的に学べる
・カウンターパーティリスク、エクスポージャー、EPE、ENE、PD、LGD、プロキシースプレッド、といった専門用語の意味がわかる

当noteの著者について:
・クオンツとして新卒入社後、デリバティブ評価関連の実務に長年従事
・XVA計算モデルの調査・実装・検証の実務経験あり
・自身の運営するサイトQuantCollegeではXVA関連記事を約70本執筆
・過去にリリース済みのLIBOR廃止に関するnoteは、マニアックな内容にも関わらず200部以上を売り上げ済み

ディスクレーマー:
当noteに掲載されている記事の内容につきましては、正しい情報を提供することに努めてはおりますが、情報の完全性については保証せず、また責任を負いません。
当noteで提供している記事の内容及びリンク先から、読者様・購入者様へいかなる損失や損害などの被害が発生したとしても、当noteでは責任を負いかねますのでご了承下さい。
当noteは初心者が理解しやすいことを優先した記述となっていますため、厳密には完全に正確とは言い切れない記述も含まれる可能性がある点につきましてはご理解・ご容赦のほどお願い致します。
当noteは市販されている文献およびパブリックに公開されている文献を基に制作されたものであり特定の金融機関に固有の情報を含みません。
当noteに記載の内容や意見につきましては、当note運営者の個人的見解であり、当note運営者の雇用主の公式見解ではありません。
当noteの内容を著者の許可なく複製、配布、転用、譲渡、販売することを禁じます。

1.1 当noteの構成

当noteの構成は以下の通り。

2章では準備として、カウンターパーティリスクの概念を、ローンとデリバティブを対比させながら説明する。また、デリバティブの勝ちポジションが与信に対応するという基本的内容をざっと確認する。

3章ではCVAの定義を見た後、CVAを構成する3つの要素であるEPE、PD、LGDについて概要を説明する。

4章ではCVAの理解を深めるために、CVAと貸倒引当金を比べながら、エクスポージャーの違い、およびデフォルト確率の違いを見ていく。特に、ヒストリカルPDとインプライドPDについて説明する。

4章まででひと通りの概要を押さえることができるだろう。
5章以降は少し細かい内容に入っていく。

5章では個別の取引種類ごとにエクスポージャーの特徴を簡単に説明する。

6章ではデフォルト確率に関する論点を説明する。ヒストリカルPDとインプライドPDのどちらを使うべきか、プロキシースプレッドとは何か、プロキシースプレッドの推定方法にはどういうものがあるか、などを見ていく。

7章では回収率に関する論点を説明する。クレジットトライアングルについて簡単に説明した後、CVA計算には2種類の回収率が出てくることを確認する。それから、実務では回収率をどのように設定するのかについて、背景となる考え方とともに説明する。回収率については専門書でも詳しく説明されることが少ないが、実務ではよく論点として取り上げられるため、可能な限り詳しく解説する。

8章ではネッティングとネッティングセットについて簡単に説明する。

9章では有担保取引のCVAに固有の論点を説明する。特にMPoRの概念は重要である。

10章で当noteをまとめる。

2.カウンターパーティリスクとは

カウンターパーティ (Counterparty) とは取引相手のことである。
例えば金融機関が事業会社と金利スワップを行う場合、

・金融機関にとってのカウンターパーティは事業会社
・事業会社にとってのカウンターパーティは金融機関

ということになる。

カウンターパーティリスクとは、カウンターパーティがデフォルト(倒産)することによって損失を被るリスクのことである。(クレジット界隈ではデフォルトや倒産の定義が重要となるが、当noteではその詳細には立ち入らない。)信用リスクの一種とみることもできるのでカウンターパーティクレジットリスク (Counterparty Credit Risk: CCR) とも呼ぶ。

以下では特にことわらない限り、取引に担保は付いていないこと(無担保取引)を前提に話を進める。担保付き取引(有担保取引)の場合についてはそれ専用の章を設けて別途説明する。

次の章からは、取引相手が倒産するとどのように損失が生じるのかを見ていく。

2.1 ローン(貸出金)の場合

デリバティブと対比するために、ローンのクレジットリスクについて簡単に復習しておく。
ローンや債券などの現物商品の場合はあまり「カウンターパーティリスク」という言い方はせず、通常の「クレジットリスク」と一体化している。

ローンでは、借り手にお金を貸して、満期になったら返してもらう。貸し手にとっては借り手がカウンターパーティである。しかし満期が到来する前に借り手がデフォルトしたら、貸したお金は返ってこない。貸したお金の一部を回収できるかもしれないが、残りは貸し倒れ損失になる。

このように、「満期になったら契約通り、元本を返済する」という義務をカウンターパーティが履行してくれないリスクがある。これがローンのカウンターパーティリスクに対応する。

重要なこととして、ローンの場合は、返してもらえない可能性がある金額(カウンターパーティリスクを負っている金額)は、マーケットがいくら変動しようが、(満期一括返済であれば)満期まで一定ということである。この点がデリバティブとは大きく異なる。

2.2 デリバティブの場合

まず、デリバティブの時価は市場変動によってプラス(勝ちポジション)になったりマイナス(負けポジション)になったりする。

・時価がプラスというのは、ざっくり言うと含み益(未実現利益)
・時価がマイナスというのは、ざっくり言うと含み損(未実現損失)

自社がデリバティブの勝ちポジションの状態でカウンターパーティがデフォルトすると、その含み益(の一部)を回収できなくなってしまう。この回収できなかった含み益が損失だというわけである。そういう意味では、デリバティブの含み益があるということは、カウンターパーティに対してお金を貸しているようなもの、と見ることができる。これに対する引当金のようなものがCVAである。

2.3 なぜ勝ちポジションが貸出(与信)に対応するのか

(自社が勝ちポジション、すなわち含み益が出ている)
=(その含み益の金額だけお金を貸している)

上記がなぜ=(イコール)なのか、という点について、補足説明する。

金利スワップの利払頻度が半年、満期が5年後で、含み益が1,000万円出ているとしよう。この含み益が意味するのは「満期までの5年間で、受け取るキャッシュフローの時価の方が、支払うキャッシュフローの時価よりも、1,000万円多い」ということである。

ここで時価というのはざっくり言うと、期待値を現在価値に割り引いたものである。あくまで期待値なので、平均的にこれくらい受け取る・支払う、という意味であり、実際にその時価と同じ金額の受け取り・支払いが発生するわけではない。含み益と実現益は別物、ということである。

半年が経過して利払いのタイミングが来ると、固定と変動の金利を交換する。このとき、

以前に含みが出ていた
→ 傾向としては、受け取る金額の方が支払う金額よりも大きくなりやすい

ということなので、傾向としては、受け払いを相殺すると、実質的には受け取りになり、その分だけもうかる。このように、時間が経過すると、実際に受け払いの金額が確定し、含み益は実現益になることでマネタイズされる。

含み益が出ているということは、自分にとって有利な方向にマーケットが傾いているわけなので、実現損よりも実現益になる可能性の方が高い。実現益になるとはつまり、受け取りの方が支払いより多くなるということである。すなわち、平均的には含み益の金額だけ受け取れることになる。これは今すぐに受け取れるお金ではなく、「将来に」受け取れる「可能性がある」金額である。以上から、デリバティブの勝ちポジションの状態は、カウンターパーティにお金を貸している状態とみなせる、ということがわかるだろう。

ただし、既に述べたように、含み益と実現益は別物であり、その金額は異なる。含み益が1,000万円出ていても、実現益は500万円にしかならなかった、というようなことは普通にあり得る。さらに重要なこととして、含み益が出ていたのに、その後キャッシュフローが確定するまでにマーケットが不利な方向に動いて、実現益ではなく実現損になってしまう、ということも普通にあり得る。時価はあくまで期待値なので、平均的には得になりそう・平均的には損になりそう、という話にすぎない。

3.CVAとは

3.1 CVAの2通りの定義

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