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「悪口ではない。叱咤激励ですよ」という悪口

巨人に小林誠司という捕手がいる。2016年から2019年まで3年連続リーグナンバーワンの盗塁阻止率を誇った強肩と、コーナーを丁寧にキャッチングし低めの球でもミットをタレさせないフレーミング技術は歴代の巨人正捕手の中でも飛び抜けていたが、打撃はからきしダメでたまに長打を打つと味方から冷やかされるのが定番となっている。とはいえ菅野や山口などエースから絶大な信頼を得ており、ずっと正捕手の座を守ってきたのだが去年のシーズン開始早々に骨折し、回復後も調子が戻らずほとんどを二軍で過ごす不本意な結果となった。その間に正捕手となったのが大城という捕手でこちらは小林とは違い、華麗な守備ということはないが、パンチ力のある打撃でいいところでホームランを打てる長打力は魅力で、彼が8番という下位にいることで相手投手はクリーンナップ以外でも気が抜けず消耗するということがおきている。かつてはその打撃面だけの評価だったが、小林のかわりにスタメンマスクをかぶるうちに経験を積み、学んだ結果、投手の良さを引き出す技術も以前よりはだいぶついたと言える状態にまで成長した。やはり試合に出続けたことや、東海大の先輩でもある菅野という絶対的エースから実戦で学べたことも大きかったのだろう。

今年は小林も怪我から完全復帰したこともあり、いよいよ正捕手争いは白熱するだろうと思っていたらシーズン当初から軸は大城となった。やはり去年1年の実績は大きいのと、原監督としては打てないけど守りのいい捕手より守りは普通だけど打てる捕手の方が魅力的だったということなのだろう。小林がベンチを温める日々が続いた。たまにスタメンで出るのはかつての盟友である菅野や山口の先発の時のみ、というのがスタンダードになった(←今ここ)

問題なのは小林の打撃がどうだとかを今更論じたいわけではなく、すさまじいばかりのネット民によるバッシングについてだ。

機関誌とも言えるスポーツ報知には巨人の記事には読者からコメントがつけられるのだが、小林が出たときの賛否両論といったらもう凄まじい。賛否の割合は僕の印象だと2:8くらいで否が多い感じ。とにかくくそみそにこきおろす。代表的なパターンがどの記事にも同じコメントをコピペして連投するもの。内容は「小林は顔だけ」「盗塁阻止だって今は大城がナンバーワン」「打撃がひどすぎて前の打順の打者が自分で決めないと点が入らないからと力むので凡打しやすくてかわいそう」「変化球ばかり投げさせる」「大城がいい守備しても報知はとりあげない。どういう陰謀だ」「正捕手だった時代には優勝してないのが彼の実力」など。まあひどい。特にイケメンであることは彼になんの瑕疵もないし、野球と関係ないと思うのだが「顔だけの選手」という悪口は毎回必ず出てくる。まあほぼ言いがかりか、見苦しい嫉妬か、よくわからんがそういう状態がずっと続いている。しかも別に報知だけではなくヤフーニュースなどやはりコメントがつけられるものでもほぼ同じ現象。小林のことを嫌いな人がよほど多いらしい。

以前、巨人ファン休みますと書いたのはこういうことも理由にある。別に僕は小林の親戚でもないしイケメンだから好きなわけではないが、とにかく昔から守備型の強肩捕手が好きなのだ。古くは森昌彦以降、山倉とか巨人は歴代弱肩が続いたけど中尾を中日からトレードで取った年はスリリングな野球になったことを今でも覚えている。僕の考える捕手の醍醐味はインサイドワークはもちろんのこと、盗塁を刺す、バントで二塁で封殺する、投手と連携して牽制で走者を塁間に追い出す、飛び出した走者を刺す。いやいや肩だけではない。ビタ止めして気持ち良くストライクコールをもらう。低めも決してタレずにコースいっぱいでこらえる。投手を気持ち良く投げさせるフレーミング技術などが大事で、それらをすべて持っているのが小林だったというだけだ。

大城は打撃はいいが(いいといっても打率は2割4分台近辺をちょろちょろ。ホームランは先日二桁に乗った)もっさりしててスリリングな守備とは程遠い。岸田に至ってはピンチになると何をしていいのか分からなくなる始末。唯一インサイドワークや投手鼓舞で安定感のあった炭谷がトレードでパリーグに去った今、小林のプレイを見たいと思うのは当然のことなのだが、まあ巨人ファン(なのかどうかもわからんが)の小林アレルギーのすごいこと、すごいこと。小林が出た試合の翌日の報知のコメント欄を見てると冗談抜きで吐きそうになる。あまりにも粘着質で気持ち悪くて。最初はそれらに「打たれたら小林のせい、抑えたら投手が良かった、というのはそろそろやめませんか?」とかいちいち書いてたけどそういうのも不評の嵐で、そのうち「小林信者」と呼ばれるようになり、そんなラベリングにすっかり嫌になってしまい、とうとう報知も見なくなり、決定的だったのが中田の移籍に「それはおかしい」と書いたら中田翔を批判する奴はファンじゃない、くらいの勢いで罵倒されたこと。巨人も巨人ファンもすっかり嫌いになったのはそういうわけだ。

とはいえ、ニュースなど見てれば試合の経過や結果も目には入るし、先日、小林が菅野とかつての黄金バッテリーで8回1安打0封したと聞くとなんだかうれしくはなるし、次の日も山口を同じくうまくリードしたと聞くとそれはホッとするわけだ。じゃあ巨人ファンに戻ればいいのかというと事はそう単純ではなく、たとえば1対1のまま試合が終盤に入り、代打で出た大城がそのまま捕手で守りに入ったときに簡単に連打で点を取られたときに「ほらみたことか」と思ってしまう自分がいるからだ。真の巨人ファンは選手が誰であろうがチームが負けてせいせいするなんてことはあってはいけないのに、お気に入りじゃない選手で打たれると心のどこかでざまあみろと思ってしまう自分に嫌気がさしてるので、これではファンには戻れない。まだまだ心の修行が必要なのだ。

話がそれた。そんな不遇を託つ小林だが、もし彼が報知やヤフーニュースのコメント欄を見て「ああこれは俺に対する完全な誹謗中傷だな」と感じて、しかるべきところにアカウントの特定や開示を求めて損害賠償を請求したらどうなるのだろうと思う。芸能人に対して「死ね」だのなんだの追い詰めた輩は罪に問われるがプロスポーツ選手は例外なのか。卓球の水谷選手は五輪後、自身に寄せられた誹謗中傷メールを保存してこれから法的手続きをとると言ってたが小林がそれをすると言ったらどうなるのかな。でもしないだろうな。彼がそんな戦うタイプだったら今頃すごい打ちまくる捕手になってそうだもんな。

小林へのコメント欄を見てたらあるひどい悪口に対して見かねた別の人が「ファンなら悪口書かずに応援しようよ」と呼びかけたところ、「これは小林に期待しているからこその叱咤激励なのです」と返してた。

よくもまあ言えたもんだ。

小林に限らずSNSでの誹謗中傷問題は一朝一夕には解決しない。この世からイジメがなくならないという人もいるが、であればネット上の誹謗中傷もなくならない。戦争はなくならないという人もいるが、であれば偏見や差別もなくならないはず。悲しいけど。

野球ファン以外にはあまり知られていないであろうそんな「小林ー大城問題」はこの1年くらいはさらに加熱して互いのファンがもはや罵り合っている状態で、なぜ報知がコメント欄を閉鎖しないのか不思議なくらいの状態が続いている。僕として望むことは、短い選手生命の中で輝いていられる時間も少ないわけで、大城にとって打棒が魅力なように小林にとってはあの肩や守備が魅力なわけでそれがあまり発揮できずに無為に時間を過ごし控え捕手でくすぶるようなら巨人は早くパリーグにでも出してあげた方がいい。かつて淡口や山本功児や冨田など控え選手をパに出して彼らが新天地で活躍できるようにしてあげたように、今回炭谷を出してあげたように、飼い殺しをするくらいならそうしてあげてほしい。いや貴重な戦力だというならわざわざ新聞紙上に「あれで打てたらねぇ」なんて嫌味な監督談話を出さずに黙って使ってあげてほしい。だってあの監督さんは去年骨折して試合に出られない小林に「試合に出られない選手はプロ野球選手ではない。元野球選手だよ」と暴言を吐いた人だ。試合中の怪我なのに。これも叱咤激励というのだろうか。そういう嫌なコミュニケーションはやめて使うなら文句言わずに使い、使いたくないならトレードに出す。それが小林のためになり、チームのためになるはずだ。

(9/8追記)菅野や山口とはバッテリーを組むと書いたが、7日の菅野は不調で大炎上し、翌日の山口は大城がマスクをかぶった。フラットに見ると、原監督は菅野の炎上の責任を小林にもあると感じ、かつ、貧打が続く打線の状態を鑑みて、大城を使ったのだと思う。そして大城も山口を勝たせることはできず4失点で敗れた。ひさしぶりにスポーツ報知のコメント欄をみたら「小林では勝てないからと山口が大城にパートナーを代えてくれと直訴したのだろう。それなのにエラー絡みで負けてこれは山口も大城も悪くない」という主旨のコメントを見かけた。

ファンの思い込みって本当におそろしい。


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