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夢追い人の戯言

 ここ最近、今まででは考えられないほどの躁状態にくあちるは見られていることだろう。それは否定できない。なにせ、リボトリールとデパスをタイミングよく飲むことによって自身の精神を賦活させているのだから。それに加えてエナジードリンクと、たまにメジコン。こうともなるとテンションはカオスを突破する。

 配信では散々言ってることだが、もはやこの処方が自分にとっての結論構成になっている。リボトリール、デパス、デエビゴ。これらがあれば自分は十分に活力を獲得できる。
 しかし悲しいかな、そのような処置を施してもやはり自分には社会性は身につかない。これに関してはもはや諦めている。

 時たま考えるさ。同級生たちがいま何をしているかを。それに夢にも出てくる。どうにも自分は、過去に出会った人々への興味は未だにほんの僅かにあるようだ。
 だがそんなのは誰しもに存在するものだ。ただのゴシップ。地元のあいつは今どうしているだとか、一回だけ関わったあの人はいま何をしているか。

 自分が声優養成所に通っていた時の同期のTwitterアカウントを今でも自分は観察している。これはネットストーカーなのだろうか。いいや。そんなつもりはない。自分は彼ら彼女らの動向が単純に気になるだけなのだ。たったそれだけ。
 しかしまあ、養成所で同じクラスだった2名が声優業界でトップクラスの事務所の正所属になっていて、それでいてぼちぼちと仕事を得られている。つまり夢を叶えられているのだという様子を自分はインターネット越しに見ることしかできない。
「ああ、そのキャラクターの声優、昔自分が通ってた養成所で同じクラスだった人だよ」などと、虎の威を借る狐のごとく。自分はそんな口八丁を並べることさえできてしまう。いや、別にあえてやらないけれども。なにせ自分の実績じゃないのだから。

 先日、久しぶりに専門学生時代の友達とゲームをしながら近況報告を交わした。聞けば、各々がそれぞれ望んだ進路を歩めているようで安心した。
 だが自分のその友達とは三人だけだ。もっと他にも専門学校には人がいた。自分はその彼ら彼女らが今どうなっているのかや、中退した専門学校の現状を知りたかったので色々と友達に尋ねた。
 三人以外の現状は、もはやその三人ですら不明な状況らしいので、かつて専門学校でともに切磋琢磨した皆々は各自努力していることなのだろう。それは三人の友達然り、くあちるとて同じことだ。
 それにしてもだ。自分が中退した専門学校、どうにも色々な意味合いで規模を拡大しつつあるらしい。それが迷走なのかどうかは、中退した自分には一切関係ないが、元々そこに通っていた者としては良い興味の対象である。

 先述の三人は頻繁に連絡しているからともかく、ああとにかくその他の人々がいま何をしているのかがとても気になる。
 別にそれを見て差別的な何かを思うというわけではなく、ただ単に気になるから知りたいだけなのだ。
 沼のようなずぶずぶの専門学校にいた、夢見るあの人々は現在どこで何をしているのか。
 正直、先輩はどうでもいい。後輩は、自分は中退したからそんなものは存在しない。
 同期だ。同期のことを知りたい。みんな声優になれたのか。役者になれたのか。

 と、同じことを他の人も思っていたら自分はこう答えようとも。
 インターネットでメンヘラ配信者やってるぜ、ってね。

 思えば、良くなかった。専門学校とは、確かに、例えば声優ならば実際のアテレコを授業にて体験できるが、それを行うのは当たり前だが何もかもが未経験の声優志望者だ。稀に他所の養成所に通っていた経歴のある人がいたりすることもあるらしいがそんな可能性は限りなく低いので今は考慮しないことにする。
 つまり何が言いたいのかというと、声優や役者やプロゲーマーやイラストレーターや小説家などの専攻にどのような意義があったのかという話だ。
 なぜそこまで辛辣なことを言うのかと問われそうものだが、なにせ自分自身、その専門学校を一年で見限った過去があるからこそここまで言うのだ。

 自分の姉は美容系の専門学校を卒業して資格も獲得した。このような、安定した収入が得られる業種に繋がるものはとても有意義であることだろう。
 だが先述した声優やイラストレーターなどは、結局は現代においては基本的にインターネットが土俵である以上、人気商売となる。
 卒業すれば絶対に夢が叶うという保証がないことに何の意味があるのだろうかと思うようになってしまったのだ自分は。
 もっとも、自分は高校生の頃は毎月、その専門学校のオープンキャンパスに通って声優体験をしていたほどの熱量があったのだ。
 一年が過ぎようとした頃に、このままでは自分の夢は叶えられない。このぬるま湯では到底プロなんて無理だと踏んだ自分は自主退学をした。それから上京し、有名な事務所の養成所に入所し、進級審査に不合格し、他の養成所へ流れるように足を運び、そこでも専門学校と同じようなことが行われていたわけで、自分は落胆し、3年ほど大事に抱えていた声優という夢をあっさりと捨てたのだ。
 そのきっかけとして、くあちるが誕生する要因の失恋が起因するのだがこの話も何度も擦りすぎているので割愛。

 いま、自分はインターネットで配信をしています。
 声優にはなれませんでしたけど後悔はありません。むしろもしも本当に声優になっていたらきっと適応障害で苦しんでひっそりと引退していたさ。
 ネットストーカーみたいだけれど、やっぱりその当時に関わっていた人たちの現在の動向が気になる。
 しかしだって、就職するのが嫌だから役者になろうとしたので、きっと今もほとんど誰もが夢を追っているのかもしれないと、失礼ながら今の自分はそう思うしかない。

 自分がくあちるになったように、他の人もまた、何者かに成り果てているのかもしれないと思うと、夢を追うというのは悪くないなとつくづく思う。

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