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人生で最も人に激怒した夜のこと

 いつもネタで、少しわざとらしくキレ芸をしている自分だが、今晩は人生で一番と言っていいほど人に怒った。
 事の発端は、今思えば本当にくだらないことで、ただそんなくだらないことで自分は人生で最も怒りの感情に突き動かされた。
 一応これだけは譲れないのだが、自分は被害者側だ。

 価値観の違いによる意見のすれ違い。しかしてそれは一般倫理として絶対に譲ってはいけなかったもので、自分の中にある至って普通の感性を相手に押し付けざるを得なかった。さもなければ相手は(たとえ相手の中でそれが倫理的に良しとされていたとしても)、誰から見ても歪な思想の持ち主であり続けたことだろう。だがしかし、自分はこの押し付けが果たして正しいものであったとは自信を持って言うことができない。確かに間違えた主張をしているのは相手だったのだが、もう少し他にやり方があったのではないかと思うのは、単なる甘やかしだろうか。
 そんな自分の葛藤はつゆ知らず、相手は「そもそもこんな人間に正しいものなんてあるかよ」と、まるで今にも人生を投げ出しそうな者の発言を繰り返していた。ちなみにその人は間違えても犯罪をしようというつもりではなかった。あくまで一般倫理に反した行動をしようとしていただけだ。
 途中から自分は「この人は疲労とアルコールと市販薬と処方薬で判断能力が麻痺しているだけだ」と思うことにしていたし、後に相手が平静を取り戻した際には「自分は少し狂っていた」とも自覚した。

 それまでの間の自分といえば、とにかくこれまで誰にも使ったことがない言葉を怒りに任せて使っていた。相手のことを「お前」だの「てめえ」だの、側から見ればそれはまるで、血の気の多い父親が語気を荒げて子を叱る様子に類似していたことだろう。
 実際、こちらの話を厄介事だと思わんばかりで聴いていた相手に対して自分は終始、あえて強い言葉を用いて激怒と説得を続けた。

 再三に渡って言うが、倫理的な正当性は今回はこちらにあったのだから相手は怒られても文句は言えないのだ。
 それなのに逆ギレをしてきたりで、それに対してはシンプルにこちらも「なんでてめえが逆ギレしてんだよ!」と反射的に、そして何度も何度も叫んだ。

 自分は相手を見放して金輪際関わらないことも一度は検討した。しかしどんなものであれ喪失とは、誰にとっても大方良い結果になり得ない。
 もっとも、時間が経てば人はあっさり冷静になれる。そしてすぐに一時の迷いを後悔して、それにより自責の念に苛まれてしまうだろうことも安易に予測できた。相手の性格を考えればきっとそうなるだろうと思ったのだ。そしてそれは自分とて同じだ。
 自分はその人を嫌いになりきれなかった。こいつは何を言ってるんだとはずっと思っていたが、これがそいつの主義主張で、これまでそのように育ってきたのだとまで言われたのならばその倫理観がたとえ過ちであれ、頭ごなしに完全に否定されざるものではなかろう。
 知らなかったのならこれから気をつければいい。たったこれだけの話だったのだ。

 そして自分は、まあ一時は本気で呆れたものだし、こいつがこっちの話をまともに聞き入れないでその選択を曲げる気がないのなら今晩限りで金輪際関わらないことも覚悟した。そうなってしまうのは本当は嫌だったが。
 とはいえとにかく内心は穏やかではなかった。なので遅い時間なのに信頼できる知り合いに連絡を取り、一連の出来事を話し、こちらの意見を肯定的に聞いてくれたその人には感謝してもしきれない。今度改めてお礼を言おう。
 それはともかくとして、その人は「そいつの思考は狂っている」と率直な意見をもって自分の背中を押してくれた。

 律儀にもLINEの文章のやり取りだけは返答を続けてくれていたそいつに対して自分は、数十分前に話したことや(憶えていないだろうと踏んでいたが)過去に話したことや、現在の心象を尋ね続けた。
 根比べに勝てたと言っていいのか、相手からの思わぬ着信に自分が出ると、状況はやや改善されていた。が、大きな問題があり、話の中枢にいた人物がおり、あろうことかあいつは奴を自室に来るように言っており、奴が部屋に向かっているという状況だったのだ。
 実際、この状況は何一つとして芳しくない。むしろ何も改善されておらず、自分はあいつがその珍客と会うことは絶対に許さないと口頭で何度も何度も何度も何度も何度も言った。
 もし会うつもりならば自分はお前への信頼を全て無かったことにして、もう二度と関わらないと。本当はそんなこと自分だって言いたくなかった。でもここまで言わなければ自分はいつまでも温厚そうで何でも許してくれそうなチョロい奴であるという偏見を変えることができないと思った。
 だから叫んだ。この深夜、自分は近所迷惑のことなど一切考えずにずっと叫んだ。その間脳裏には、姉が入籍直後に浮気をした旦那に対してこれまで見たこともない剣幕で怒鳴る音声の録音がフラッシュバックされ続けていた。その時の姉(の激怒した様子の録音)があり、それを踏まえて今回の自分があったと言える。

 なぜ半ば呆れていたのにそこまでやったのかなんて、わざわざ答えるまでもないだろう。
 その人との縁を切りたくなかったからに決まっている。あいつは間違いなく自分の人生に欠かせない存在であるから、だからそんな簡単に終わっていいはずがなかった。
 大事な人間関係だからこそ自分は本気で向き合った。元より数少ない人間関係が減ることは望ましくないだろう。

 それにしてもまさか、自分があんなに声も気持ちも荒げて、そして(通話だったが)面と向かって人に怒れたのは、正直自分でも驚いている。
 どうにかようやく話が通じるようになった段階あたりで最後の叱咤をして話は終わった。
 なんとか縁を切らずに済んだので、今は何も考えずにただただ安堵することにしよう。

 メンタルが強くなっていつも優しいくあちるだって、今でもこうなる時はある。
 まあ、インターネットで同じレベルでキレる事があるとすれば、Twitterが凍結した時くらいのものだろう。
 ふざけんじゃねえぞイー口ンおい!!
 金持ちだかなんだか知らねえけどいつか殴ってやるからなゴラァ!!

 ほらね。いつもはこんなにふざけたキレ芸をしているのさ。自分はね。

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