2021年度新刊ミステリよかったやつ10作(後編)

2021年度新刊ミステリよかったやつ10作(後編)

マヌヌ2号

 本当は前編を書いた日の午後にでも書こうと思っていたのですが、だり~な~と小説読みながら先延ばしにしていたら1週間経っていて、自分の怠惰さにびっくりしました。超ウケる。前置きをダラダラ続けてもしょうがないので、さっそく続きを書いていきましょうか。

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三津田信三『忌名の如き贄るもの』

 刀城言耶シリーズの長篇8作目。もうそんなに続いているのか……と謎の感慨がありますね。意味深長極まりない“忌名”の儀礼と、儀式を続ける一家・尼耳家、そして儀礼に纏わる不可解で非現実的な数々の出来事……それらを手際よく語り終えたのちに、毎度お馴染みの刀城言耶ご一行による村への訪問が始まる、という一連の流れが堂に入っており、シリーズものの安定感を否が応でも実感させられます。作品の型を持つことは、マンネリ化にも繋がりかねない諸刃の剣ではありますが、大量の登場人物とややこしい過去の事件をごく自然に読者に呑み込ませてしまえるのは、型が盤石だからでしょう。単純に文章が読みやすいこともありますが。

 作中で披露される謎解きは、尼耳家の秘密についての解釈が、過去の刀城言耶シリーズや高田大介『まほり』を彷彿とさせるような、知的好奇を擽る絵解きで面白かったです。反面、終盤の多重解決には若干の物足りなさを感じなくもなかったのですが、最後のさいごに明らかになる真相で、その不満も完全に帳消しになりましたね。ぼくはこの作品のことを“この一撃のために作られた作品”だと勝手に思っていますし、その潔さがすきです。

皆川博子『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』

 『開かせていただき光栄です』『アルモニカ・ディアボリカ』に連なる三部作の幕を引く作品。物語の舞台は、18世紀の英国を舞台とした過去作から遠く離れて、我々が現在「アメリカ合衆国」として認識している名もなき“新大陸”です。物語は、新聞記者が、アシュリーという男を殺した罪によって幽閉されている英国兵士エドワード・ターナー(!)と面会するところから始まり、エドワードとアシュリーの出会いとその後の出来事を描く過去のパートと、記者が事件について調査するパートに別れて進行していくのですが、この先が曲者なんですよね。物語の進行に伴って、作中の記述と登場人物の手記が混じり合い、出来事に対する解釈も徐々に様変わりしていく。虚と実が渾然一体となっている中盤は、さながら迷宮のようでした。そして、その迷宮を抜けた先に現れるのは、過去のシリーズから変わらずに描かれてきたもの――人間の生活を破壊する理不尽な力と、それに抗おうとする人間の姿――なんですよ。最後のさいごまで“抗う人間”を描ききった本作は、あるいはミステリという尺度からは離れた作品かもしれませんが、それでも傑作であるとぼくは思います。素晴らしかった。

米澤穂信『黒牢城』

 祝、第12回山田風太郎賞受賞! ……ということでまぁおれが評価するまでもなく評価されている作品ではあるのですが、こちらも素晴らしい作品ですよねー。解釈の余地が残された、穴空きの物語である史実に、密室だの意外な動機だのといった、コテコテですらあるミステリの部品をこれでもかというほどに埋め込んで作られた、一大建築と言ってよい作品ではないかと思います。歴史小説でも推理小説でもあるのでしょうが、どちらかだけの尺度では多くを捉え落としてしまうくらいには巨大な作品です。本作の主軸となっている有岡城の栄光と崩壊について、ぼくは大企業から独立したベンチャー企業が業績不振で倒産するみてーだなーと思っていたんですが、戦国時代なのでその崩壊に武士やら臣民の死が直結しているのがおそろしいですよね。呆気なく城が落ち、呆気なく荒木村重の求心力は損なわれ、呆気なく人は死んでいく。死がすぐ側に隣り合う世界での死は、哀しむ暇すらなく過ぎ去ろうとする。そんな無常な世界に慣れてしまうのも人間だし、それでも一縷の希望をみようとするのも人間でしょう。日本史に明るくないぼくにとっては、本作の末尾で明らかになった史実は、本作のなかでも随一の驚きと希望を与えてくれた真相かもしれないです。そんなことある? あったんだからしょうがない。これもまた希望だ。

ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』

 ここから海外。今年度の海外新刊4作しか読んでないマンなんで、挙げるのは国内作品で統一しとこうかとも思ったんですが、どうしてもこの作品には触れておきたかったので。本当に素晴らしい作品です。前後編で挙げる作品のなかで、本作と『機龍警察 白骨街道』は何の迷いもなく年間ベストに挙げられる作品でした。おれ、「失踪した人間を捜索するミステリ」が大好きなんですよね。古くからの作例でいうとコリン・デクスターやヒラリー・ウォーの諸作品群のようなやつが本当にすき。ひたすらに情報を積み重ねていくことで、殺人事件かすらもわからない漠とした謎の全体像を浮かび上がらせていく、という形式を一切の妥協なくやり通した作品にはどうしても惹かれますし、本作もその例に漏れません。自分の知人であり、殺人犯の筆頭候補とされている、亡きサルの人間性を信じ、ゴシップ的な視点でなく、あくまで自身の目線から事件を追うピッパのスタンスがとても好ましい。彼女と、最初から始めさいごまで彼女とともに事件を追ったラヴィの活躍は、時に危なっかしくもありましたが、実に読み応えがあるものでした。これから先も、ふたりの繋いだ手が離れなければよいなと思います。次作もたのしみ。

陸秋槎『文学少女対数学少女』

 これは去年の末に読んだ作品なんですが、推理小説という枠組みに対するアプローチが面白い作品だったので気に入っています。推理小説における論証はそもそも根本的に不完全であり、作者の別解潰しをもってしても、「唯一無二の完全な正解」を担保できるとは限らないという問題に対して、その問題をそもそも解決しなければならない問題として扱わないスタンスをとっていた作品だとぼくは認識しています。問題に対して単一の解を用意できないことを、ミステリの限界ではなく、自由度の高さとして捉え直した訳ですね。ちなみに収録作のなかでは、ある問題に対する解答の自由度の高さを現実世界にまで敷衍してしまった「グランディ級数」がいちばんすきです。次点で「連続対仮説」。ここまで書いといてなんですが、ぼくの解釈に致命的なズレがあったらごめんなさい。再読します。

以上10作……と言いたいところなんですが、この記事を書いているときに読んでいた新刊が超絶素晴らしかったのでそちらも軽くシェアーしておきます。

青山文平『泳ぐ者』

 現代の名短篇集『半席』の続篇である長篇です。「真桑瓜」などの『半席』の収録作での、犯人とされるような人が起こしてしまった行動の動機とは、その人の人生そのものでした。自分が生きてきた標こそが彼らの行動原理であって、だからこそ、動機を辿ることは彼らの人生を知ることだった。本作もその例に漏れませんし、藤尾信久という退官役人の男を刺し殺した元妻が語る動機には、やはり彼女という人間をそのまま話しているような迫力があり、物語が進み、彼女の背景が明確になればなるほど圧倒されてしまいました。ぼくがミステリに求める凄みを体現したような、圧巻の一冊です。あと、作中にでてくる和食がいちいち旨そうなので食欲増進におすすめです。鯛茶漬け食いてぇ。

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ということで10+1作についての所感でした。途中ノートPCがクラッシュしてウン百文字が虚空に消えたときはすべてを投げ出して書くのをやめようかと思いました。無事に(?)書き終わってよかったです。

自分なりの区切りがついたので、最近は「新刊小説を読もう」と意識せずに、目に付いた積読なり気になった小説なりを読んでいるんですが、こちらの方が精神的にだいぶゆったりしてて性に合ってるんですよね。新刊を読もうと意気込みすぎると、小説を読む行為が「読んだ新刊」と「読んでいない新刊」を分別する作業になってしまう。そこまで気を張らずに小説を楽しめればいい話なんですが、困ったことに、一旦頭に浮かんだ考えというのは中々取れてくれない。だからまぁ、これからは以前通りに、読みたい小説を自分のタイミングで読む、というスタンスに戻していくと思います。とはいえまぁ、普段なら読まなかったり、文庫を待ったりするであろう小説を読めたのは、素直によかったです。

なので来年度はどうだろうなー。こういう総括ができるほど新刊は読んでいないかもしれん。これからのおれ次第ですね。んじゃ、おわり。

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