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レビューとレポート「家船特集」  資料に見る家船の進捗状況 ~船大工編~

構成=平間貴大

瀬戸内国際芸術祭(以下瀬戸芸)2019に出展されたKOURYOUの作品「家船」は様々な作家・協力者によって共同制作された。参加人数が多く、作品構造もかなり複雑な為、一言でどのような作品かを説明するのは難しい。このテキストでは「家船」がどのように制作されたのかを時系列順に見ていきたい。

KOURYOUは各作家の役割を細かく把握していたが、一人で全てを管理するのは難しく「春会期前はシゲル・マツモトさん、夏会期前は伊藤允彦さんが管理してくれました。」という。そのためのスケジュール管理表Excelはこの2人が作成した。さらに「家船」の制作者達はLINEグループで連絡を取り合っており、制作日程や会合の予定などもそちらで共有されていた。LINEグループは全員が含まれる「家船」と、集団作業が必要な仕事ごとに「船大工」「リサーチ組」「助っ人」と分かれていた。家船グループで全員が情報共有し、各サブグループで細かいやり取りをするという仕組みだ。

準備段階から、実際に展示が始まり、その後も作品の状況などを報告し合う資料は、「家船」の歴史にとって重要だろう。今回はこの記録を元に年表を作ってみたい。年表を作るにあたって、LINEで共有された全ての情報を詰め込むと内容も錯綜し分かりにくいものになってしまうので、それぞれのグループ毎に実際の過去のやり取りを参照しながらテキストを制作する。今回は「船大工グループ」を見ていこう。

このグループは2019年1月28日に開始された。船大工は危険を伴う力仕事が中心である。当初のメンバーはKOURYOU、シゲル・マツモト、井戸博章、荒木佑介、弓塲勇作、伊藤允彦であった。その後徐々に増えていって最終的にKOURYOU、シゲル・マツモト、井戸博章、荒木佑介、弓塲勇作、村上直帆、高橋永二郎、柳本悠花、伊藤允彦が参加している。KOURYOUにより、弓塲勇作がリーダーに任命された。


2019年1月29日(参加者=シゲル、井戸、荒木、弓塲、伊藤)

KOURYOUは家船外観のイメージボードと制作工程をまとめ近日中に全員と共有すると約束。それをたたき台にし皆の意見が聞きたいとコメント。弓塲には女木島滞在の空き時間に作品で使えそうな廃品の回収を依頼し、回収時に使用するトラックを事務局から借りられるかどうか確認することを約束した。

弓塲はKOURYOUにトラックの他にもコンパネ2枚、ロープが必要だと伝え、回収して欲しい廃品のリストを要求。さらにテーマパークのイメージとして、モルタル造形や、偽物のレンガ、木目調などの外観を提案したが、弓塲本人はモルタル造形の経験が無く実現は難しそうだった。井戸は経験が無かったが、石膏と似ているので出来るかもしれないと伝え、さらに、新芸術校の同期に美術セットの仕事をしていた村上直帆がいるので、彼に参加してもらうのはどうかと提案。弓塲が翌日村上に連絡することを約束した。
ちなみにKOURYOUははじめ「家船」の船体素材にFRPを使えないかと想定していた。

1月30日

この日は廃品回収、木造船舶の制作方法、輸送費、現地での各々の作業分担など多くのやり取りがあった。

KOURYOUは、廃品回収の場所は基本的には女木島内で、台所用品や家財道具、廃墟にあったら面白そうなものを回収して欲しいと弓塲に頼み、回収したが使用しない廃品は会場となる古民家の屋根裏等に置けるだろうから「ジャンジャン回収してもらえたら嬉しい」と伝えた。荒木は女木島だけで物量が足りるか心配したが、KOURYOUは男木島に十分な量がある空き家を既に見つけており、女木島内で集めきれなかったら、男木島に行けば集められると考えていた。

この後、KOURYOUは木造船舶の作り方を紹介するwebサイトリンクをいくつか送った。基本構造は竜骨の無いジャンク船(1)を想定しており、リンク先の資料画像や動画を参考に船体を作る予定である。しかし太い木を曲げるために熱湯をかけたり、火で炙る等、初心者には難しい工程が山積みなので、実際に水に浮かべられるような船体を目指すのではなく、あくまで船に見える形を作ることが目標とされた。
KOURYOUはこの日、女木島での滞在制作は2回に分け、船作りを中心とする滞在日程は2月15日から末までの期間に行おうと提案。

井戸は、全てを女木島で組み上げるのではなく、ある程度素材を組み立てたものを女木島で完成させるのはどうかと提案したが、KOURYOUは輸送費の問題と、そもそも組立てる場所が用意出来るのかと心配していた。

東京近郊で活動している作家が多く、搬入や設営は難航しそうだった。
井戸は2月23日から25日、弓塲は2月15日から末まで現地入りする事が決定。
シゲルは弓塲に、船大工組のスケジュールをまとめて欲しいと頼んだ。

柳本悠花が船大工グループに参加。

弓塲はこの時点で制作に参加する人数が足りないことを懸念していた。15日までに、立体制作が得意な井戸の来る日程をフル活用するためにはどう動くべきか、しっかり計画しておきたいと伝えた。

設営協力は、瀬戸芸サポーターのこえび隊にも頼むことが出来るが、危険な機材などを使った作業は任せられないため軽作業のみのサポート依頼となる。そこでKOURYOUはこえび隊に、木材のエイジング作業をお願いすることに決めた。井戸から参加作家が指導を受け、それをこえび隊に伝えることに決定。

事務局は滞在制作のための宿泊施設を用意していたが、「家船」の会場である女木島の宿舎は2月にはまだ整備されておらず、工事中で暖房がない状態でこの時期に泊まるのは無謀だということで、男木島の宿舎に泊まる事になった。男木島の宿舎にはキッチン、風呂、洗濯機など生活に充分な設備がある。島内の食事処に夜開いている所がなく、自炊するしかないので、KOURYOUは料理が得意な柳本に、船作りの期間中に晩御飯作りを担当してくれないかと依頼する。柳本は3月8日から自身の展示準備があるので、参加できるのは24日以降で、3月6日以降なら手伝いやすいと伝え、参加者全体のスケジュール管理はグーグルドキュメントが良いと提案。しかし、この時点でまだ事務局から作業スケジュールに関しての連絡が来ていない状態なので、予定を確定する事が出来なかった。

KOURYOUは2月15日から月末まで現地入りし、4月からは瀬戸芸開催日まで長期滞在の予定だ。そのため2月中旬までに現段階で完成した作品の受け渡しを全員に呼びかけた。

柳本の作品は手持ちで運べる可能性が高いため、KOURYOUは柳本に現時点で出来ている作品を一度確認したいと打診。柳本は完成しているだっこちゃん(毛人)と、サイズがわかれば簡単に作れるだっこちゃん(手足なし)なら20日までに見せることが出来ると伝える。その他、以前KOURYOUに見せていた梛の木の作品が合計3本あり、土台をつなぎ合わせたら完成である事と、フェルト部分のエイジングは本物の埃ではなく、スプレーや土絵の具で加工したいと伝えた。
荒木も自身がストックしている女木島の資料を「家船」制作のため提供すると提案。

2月2日

事務局から軽トラを無料で貸しだせると連絡があり、それを利用する事が決まった。

船作りは大掛かりな作業なので、安全のため足場が必要かもしれず、その場合、建築家の秋山佑太に入ってもらったほうが良いかもしれないと井戸が提案する。そしてKOURYOUが送ったイメージボードから、費用が数十万円かかると試算し、材料に関しても木は曲げづらいので竹の方がいいのではないかと発案。KOURYOUは、秋山は多忙そうで協力が難しいかもしれないと答えると、井戸は秋山でなくとも建築関係者がいた方が良いと伝えた。

なるべく材料費を抑える為、安い木材を売っている場所を募ったところ、処分に困っている釣り船が使えるかもしれないとシゲルが提案したが、荒木が以前女木島でボロ船を見つけた際に貰おうとしたら、事故を起こした船だから使うなと言われたことを伝え却下された。

井戸はかつて舞台装置を作っていた時に薄いベニヤ板を使っていたことから、厚みのある大きな板材を曲線で切り出して細木をはわせることで、本来の船とは違うが、外見を近づけることができ、また金属は曲げやすいので加工は簡単だが、コストがかかるので難しいとコメント。

薄い板や竹などで形を作って、モルタルで船の形に作り上げる井戸の案は、全て木材で作るよりも安く出来るかもしれない。一方で、きちんとした船の形をつくるのではなく、ジャンク的に材料を組み合わせ壊れている船を表現すればよいのではないか、朽ちている感じで船形に廃材やその他の材料をあわせていけばよいのではないか、などの提案が続き議論は難航。
形が船と分かれば、そこまでしっかりしていなくても良いという柳本のコメントから、ざっくりした骨組みをどうするかを先に考えて、骨組みのコストを見積もってから廃材やモルタルなどを検討するのが良さそうだとKOURYOUは判断した。

エイジング作業の道具はヤスリ、塗料、サンダー、ワイヤーブラシが必要と井戸が教える。シゲルと相談し、購入は井戸が担当に決まった。

KOURYOUは、船体制作の感覚を掴むために購入していた「ペーパークラフト進貢船」(2)のキットを弓塲にも郵送することにした。弓塲は木材での制作感覚も掴めるよう、割り箸でも練習しておくという。ジャンク船のプラモデルの画像を見た井戸は、箱型の船は直線的に作られているので、加工が楽そうだとコメント。

突然の朗報。日程は未定だが、会場近くの木造家屋の解体があり、その廃材が使えるかもしれないと事務局から連絡があった。

KOURYOUは昼に坂本夏子、高橋永二郎と打ち合わせをし、高橋も船作りに参加出来るかもしれないと伝える。高橋は木材を曲げる機材を持っている。

KOURYOUがイメージボードに加え船体イメージに近い画像をあつめ全員と共有。いくつかの画像をベースに船作りを進めていくことになった。井戸は、廃材の状況次第だが、地面に杭を打ち付けて固定しても良いかもしれないと提案。地面の硬さにもよるので、そのレベルを知りたいとコメントした。KOURYOUは、地面はかなり柔らかいので、通常ポールを立てる時のように地面に穴を開けてセメントで固定する方法はどうかと提案。

解体される木造家屋の廃材は貰えそうだが、解体実施日がまだ分からない。骨組みに使う木材は先に買ってしまったほうが予定が立てやすいかもしれない。

弓塲から、初日は草刈をして現場確認、井戸、高橋が来てから色々とアドバイスをもらえる形にしておきたいとコメント。

KOURYOUは秋山からアドバイスをもらう約束と、足場等下調べをしておくと伝えた。

2月5日

KOURYOUは秋山にアポを取りアドバイスを受けた。その後、三毛あんり、シゲル・マツモトとも打ち合わせ。

高橋永二郎が船大工グループに参加。

KOURYOUは、自分が送ったイメージボード通りに作ったのではおそらく壊れやすいので、材料費を節約しつつ、倒壊しないような構造でイメージに近づけたいと付け加えた。


2月6日

KOURYOUは秋山からのアドバイスを伝える。ハリボテの船を作るなら地面にしっかり杭を打ち込めば安定するが、屋根の上のアーチ部分は足場が必要とのこと。リフトをレンタルする場合、高額なので4月に実施する2回目の滞在期間に短期間だけレンタルして、その間に集中して作業にとりかかる必要が出てきた。高い場所の作業は単管足場を使うのが安価で便利だが、技術を持った人が組み立てる必要がある。荒木は美術作家の荒渡巌が単管足場を組んでいた事を例に挙げた。

安く済ませるなら単管足場を使用したほうが良いが、組み立ての人手が3人くらい必要だ。2月の滞在期間中に弓塲、KOURYOU、高橋、村上が同時に滞在できるタイミングがあれば可能である。人数が足りなければ、足場が必要な高所部分は多くの作家が現地入りする4月の滞在期間に制作しなければならない。

いずれにせよ足場を組むにはどこかのタイミングで人員を集中させて行うのが効率が良いだろう、と荒木がコメント。

シゲルはグーグルドキュメントに女木島滞在が出来る仮期間を書き込んでください、と全員に呼びかけた。

伊藤は足場の画像を参考にしながら、簡単に足場の構造を説明。地盤の硬さにもよるが、敷板と根がらみを設置する前提で進めたほうが良いと提案した。
荒木は、会場の地盤は2メートル掘ったら海水が出る事と、前回の瀬戸芸展示の痕跡が幾分あると補足。
それに対して伊藤は、高さ4メートルなら足場としてはそれほど高くない。しかし作業をするとなると多少沈下するのは避けられないので、地面を固める必要がある。セメントで固定すると荷重が一箇所に集中することになるため、2メートル掘ると海水が出るような場所では余計沈んでしまうかもしれず、一番いいのはクローラで何往復かして地面を固める方法だが、さすがに用意はできないだろうと答えた。KOURYOUは奥行き1.5m、幅1.85m、高さ2mの足場を組み上げるだけの部材が2セットあれば屋根のアーチ部分に届く事と、足場をバラせば違う場所でも使える事を確認して、見積もりを出すことに決定した。
「助っ人グループ」に参加していた山本和幸が、複数の業者に足場の見積もりを依頼。

2月9日

KOURYOUがワタリウム美術館地下にあるオン・サンデーズでの展示で単管足場を組んでいた新井健と谷川果菜絵に相談したところ、三軒茶屋の倉庫に保管してあり借り受けられる可能性が出てきた。業者で足場の見積もりを取った結果、運送だけで7万円かかることがわかった。伊藤によれば、今の時期運送代が高騰しているとの事。

2月10日

KOURYOUは家船の細かい図面を制作し共有。丸太杭は地面下何センチくらい打ち込めばガッチリ固定されるか、竹の固定の方法はどうするのか、船の先端の部分はスチロールで古材風に作れば軽いし良いのではないか?等を聞いたところ、弓塲は竹同士なら紐か番線で縛る方法があるが、固定の方法をどうするか質問。KOURYOUは経験がないので分からないが、ドリルで丸太杭に穴を開けて紐か番線で括る方法はどうかと提案。

KOURYOUのイメージボードの船の先端は大きく前に突き出す形になる。強度をどれほど高めればよいのか、弓塲が女木島の台風について聞くと、KOURYOUは「風がやばい」とコメント。そのため芯を角材等のしっかりしたものにして、表面をウレタン加工すればどうかと提案。荒木は「3年前は台風で浸水被害もあったので、夏会期前、秋会期前にメンテナンスが生じる可能性」を示唆した。弓塲は加工した表面がもし剥がれても、ウレタンなど危険がない素材ならばそこをうまく作品として利用できるのではないかということと、杭は60センチくらい埋めれば良いのではないかと提案し、それ以上のことは村上と相談して決めることにした。

弓塲が村上にアドバイスを求め、「家船」への参加を打診。村上は図面を見て、規模が小さいので大丈夫そうだと予想。

2月11日

村上直帆が船大工グループに参加。

KOURYOUは弓塲に高松のホームセンターの位置を伝えた。
高松から女木島へのフェリーにトラックを載せ乗船すると運賃が跳ね上がる。ホームセンターからの運送回数は出来る限り減らしたいが、近所の家屋解体でもらえる廃材の量は少量の可能性もあるので、ある程度の材を買ってから取り掛からないと何度もトラックで往復することになる。
基礎に必要な木材だけでなく板材等も同時に購入するかどうか、弓塲とKOURYOUの議論が続くが、村上は現場で考えてから買わないと余計なものも買うことになるとコメント。高橋の制作に必要な鉄骨の購入と配線作業があるので、最低でも2回はホームセンターに行く必要がある。弓塲はどのみち2度行くので、1回目は基礎に必要な木材などのみを購入し、状況を見てみようと決断。まず図面の通りに弓塲とKOURYOUで基礎を作り、村上が来たら改善とメンテナンスをして貰いたいと頼んだ。
 
事務局からのトラックの貸し出し期間は一度に最大3日間で、2月20日~22日、27日~3月1日に借りる事が決定した。他の瀬戸芸参加作家と利用日時が重なると借りられなくなるので争奪戦だ。早めに予約をし、利用が終わったらすぐに返却する必要がある。村上が到着する前にKOURYOU、弓塲、高橋が作業を進めている予定で日程を組んだ。

谷川から単管足場の画像が送られて来た。最高で2メートルの高さになるものだ。これで行けそうだと伊藤が判断した。谷川、新井からKOURYOUの予定している搬入トラックの大きさでは、貸し出す予定の足場が入りきらない恐れがあると助言。もし全部借りるとするとトラックの大きさを変更しなくてはならない可能性がある。
「家船」全体の予算管理を担当していたシゲルは、足場の有無が最大の懸念事項だと捉えていた。

2月12日

リサーチ組として2月8日から瀬戸内に滞在していた荒木は、伊藤が懸念していた会場の地面の硬さを船大工グループに知らせるために女木島入りした。荒木はまず、船を組み上げる位置に傘の先端が突き刺さった画像、会場裏口側の画像、アーチが設置される予定の屋根部分の画像を共有。そしてちょうど女木島の「鬼ヶ島 おにの館」(3)が工事中のため、土建業者の出入りが多く、何かアドバイスをもらうことが出来るかもしれないとコメント。
その後、鬼ヶ島観光協会に挨拶に行き、近日中にKOURYOUを紹介すると伝えた。

荒木はおにの館の画像も共有し、足場が数多くあることを確認した。外部の塗装と内部の補修作業をしているように見える。しかしおにの館の解体業者は行政関係者のようで、瀬戸芸とは関係がないようだ。KOURYOUは念のために事務局に連絡をし足場を借りられないか聞いてみたが、貸出用の足場はないとのこと。

その後追加で事務局から連絡があり、工具貸し出しの範囲は、丸ノコ、グラインダー、インパクト、ノコギリ、ハンマー、脚立、そして軽トラは一度に一台ということだ。廃材の利用を目論んでいる家屋の所有者は全て廃棄するつもりなので、現在置いてある食器や漁具は使える可能性があるが、解体日程がまだ決まっていない。解体作業に入る前に必要なものを事前に指定しなければ廃棄処分されてしまう。

KOURYOUは解体現場の視察を滞在初日の20日に予定し、ホームセンターに行くのは21日にしようと提案。高橋が21日から現場入りするので、KOURYOU、弓塲、高橋で一緒に状況を見ながら購入する材を検討する。

女木島では高齢者の買い出しの為に定期トラックが走っているという情報を山本が入手。ホームセンターでネット購入すると、一部無料でトラックに積み込んでくれる可能性がある。各作家の作業できる時間は限られており、買い出しに時間を使うのではなく出来る限り制作に時間を使用してほしいとKOURYOUは考えていた。
高橋の鉄骨だけでも定期トラックに積み込める可能性がないかKOURYOUが確認を取った。

2月17日

無料で鉄骨を配送してもらえる事を確認。事前に予約が必要なのと、その日のトラックに積載する荷物量により変動があるらしいが、他にも材が載せられる可能性が出てきた。しかし木材はその場で見て買うものを決めるのがベストなので候補は上がらなかった。

2月20日

ついに第1回目の滞在制作開始。
弓塲が滞在作家全員の数日分の食材を買い出し、男木島の宿舎に到着。そこで事務局の担当者から利用方法の案内を受けた。その後の空き時間に宿舎近所の島民と親しくなり晩御飯と酒をご馳走になる。
KOURYOUは夜に高松の事務所で担当者と打ち合わせをする事になり、高松に宿泊。

2月21日

軽トラを事務局から借り受け、弓塲、KOURYOUが高松のホームセンターへ向かう。基礎に必要な木材、ブロック等を大量購入し、高橋と待ち合わせる。高橋の作業に必要な鉄骨は別のホームセンターに行かないと購入出来ない事が判明。フェリーの最終便の時間に間に合うよう、弓塲と高橋でもう一度別のホームセンターへ行く事になる。KOURYOUは事務局担当者に解体現場を案内してもらう為、別行動で女木島入りすることになった。

KOURYOUは解体現場で業者に必要な廃材を説明。解体業者は親切なチームでKOURYOUと親しくなり作品プランを共有。この解体現場にない廃材も運び入れられる可能性があるという。その後2人と合流し男木島の宿舎に宿泊。

2月22日

男木島宿舎から朝7時の始発フェリーで女木島会場へ移動、18時半の最終フェリーで男木島宿舎に戻るというルーティンが始まった。規則正しい生活だ。

解体される木造家屋から一軒分の廃材を大量に貰える事となった。解体作業は21日から始まっているので、業者が順次会場に廃材を届けてくれる。そのため早急に会場庭の草刈りを実施し、廃材の仮置き場を作る。その後弓塲、KOURYOUで丸太杭を打ち込むなど基礎作りが開始される。高橋は鉄骨加工の作業を開始。

ちなみに晩御飯は弓塲とKOURYOUで作ることに。調理は弓塲の手際がいい。当初2人は朝食も作っていたが、疲れてギリギリまで寝ている日が増えたため後に適当になる。昼食は各自の自由。女木島にある食堂か農協の売店で購入出来るが、開いている時間と曜日が限られているので買いそびれたら分け与える。

2月23日

村上の滞在期間が2月26日~3月3日までと変更された。実際に作業が出来るのはこのうち4日程度。この日の夜、村上は高松と高知を勘違いして高知行きの飛行機チケットを予約していた事に気がつく。26日の14時半に高知に着いてから、バスで2時間かけて高松に向かう事に。高知と高松が同じ四国で本当に良かった。

KOURYOUが途中まで制作した屋内床を見た高橋は、このままでは観客の安全が確保できないと判断する。高橋が図面を制作する。

2月24日

弓塲とKOURYOUで鬼ヶ島観光協会へ挨拶に行く。事前に2人で相談し、弓塲が近隣の方へ挨拶のための菓子折りを用意していた。他にも挨拶に行くべき島内の方々を紹介していただく。

木材を曲げる作業が開始されたが、高橋が機材を忘れてきてしまった。木材を濡らし重しをかけ、塗れたタオルの上からアイロンをかけると上手くいくかもしれないと助言。挨拶に行ったばかりの観光協会の方に、さっそくアイロンとコンロを借りることとなる。

弓塲は高松へ追加食材の買い出しに出かけたが、フェリーの時刻まで時間があるので、手持ちで運べる量ならホームセンターに再び行ってもよいとKOURYOUに電話。念のため高橋に基礎を確認してもらったところ重大な欠陥があることが判明。この日は高橋の滞在最終日なので、運送コストがかかっても木材を追加購入し基礎を高橋に改善してもらうことをKOURYOUが決断。弓塲は軽トラを借り、急いでホームセンターへ向かう。
高橋の第1回滞在制作が終了。

2月25日

KOURYOUは木材を曲げる作業の画像を共有し高橋に確認を取る。高橋は「十分に乾燥させるように」とアドバイスしたが、1本角材を曲げるのにとんでもない時間がかかった。

100年前に作られた本物の木造船の側面を解体業者の方が譲ってくれる事に。船の側面に使っていた長く太い木が2本、別の場所に保管してあるそうだ。約束では明日の夕方に到着予定だったが、1時間後には到着した。木材の他に割れた窓ガラス2枚等を入手した。

2月26日

木材を曲げる作業が続くが、アイロンでは時間がかかりすぎていた。弓塲は、毎朝会場の古民家に向かう道中、近所の漁師が集まり隣家で焚き火をしているのを見ており、そこで使っているドラム缶を借りられないかと提案。KOURYOUと弓塲が隣家の住民に話すと快く承諾してくれた。さらに収納している工具なども自由に使用していいとのこと。

弓塲とKOURYOUがドラム缶を使用し木を曲げている姿を見て、近所の方が手伝いに集まってきてくれた。挨拶に行く予定だった女木島の自治会長も様子を見に来てくれて、その場で挨拶ができた。昔女木島にも木造船を作る工場があって、小学生くらいの時に木を曲げる工程を見ていたとのこと。この作業がきっかけになり、その後「家船」制作に島民の方々も協力してくれるようになった。

2月27日

村上が女木島に到着し、まずは屋根の上、アーチ状の構造体の組み立てに取り掛かった。この高さなら足場はいらないとのこと。その姿を見たKOURYOUは「超人が来ました」と驚きを隠せない。

一方その頃、東京では荒木が山本の作品移動を手伝い、サイズを測っていた。高さ130cm、長さ160cm、幅80cmと想像よりもずっと大きいので、KOURYOUは会場の採寸をして作品が入るかを確認。

井戸が体調を崩した。

2月28日

当初の予定では山本の作品「紫雲丸」が横に設置する神棚と少しだけ被る想定だったが、この大きさだとそうは行かず、かなり豪快にぶち破るイメージに変更になりそうだ。KOURYOUは歓喜した。

荒木は自身の作品の神棚屋根の構造体イメージが固まったと皆に画像を共有し、試作に取り掛かった。

女木島では村上と弓塲が協力し外観制作、KOURYOUが屋内作業をすることとなる。

3月1日

村上が中心となって屋外作業をし、KOURYOU、弓塲が屋内作業を同時進行で進めることになった。弓塲が高橋の図面を元に屋内床の制作をする。KOURYOUは壁にあけた穴を調整し漆喰を塗るなど、屋内設計のための基礎を作る。相互に補助が必要な場合は声をかけあう。

解体業者や島民から差し入れをいただく日が増える。晩御飯に投入する。

3月3日

村上の第1回滞在制作が終了。
アーチ状構造体の基礎と、船体側面の片方がほぼ形となっている。

3月4日

タイミングがあわず挨拶できていなかった女木島コミュニティーセンター長に弓塲とKOURYOUが挨拶に行き、作品に使う土を掘ってもいい場所はないか、島内に生えている野生のアロエを移植させてもらえないかと伺う。
アロエは場所を指定してもらい了承を得、放置されている石や廃材を使用可能な空き家の紹介もしていただいた。しかし土移動は厳しいとの回答だった。

2人が落胆して会場に戻る道中、自転車で追いかけてきてくれたセンター長はそのまま「土が移動できる場所を思い出した」と案内してくれた。

3月5日

KOURYOU、弓塲の第1回滞在制作が終了。

3月7日

KOURYOUは、荒木と共に考案した神棚に祀られる神様の作品制作を複数の作家に依頼した。弓塲(八幡神/応神天皇)、村上(シヴァ神)、シゲル(エレキテル/平賀源内)、伊藤(金比羅権現)。後に三毛、湯浅、平間、柳生も制作に参加。縦11.5cm、横8cmの紙に印刷してプラスチック加工を施す。必ずしも神様の顔を描く必要はなく、それぞれの神が持つ本質を描ければ良い。期限は3月31日まで。フォーマットに沿わない場合は要相談。一番左側には山本の作品「紫雲丸」が神棚を突き破る形で祀られる。

伊藤はこの依頼に対して、シゲルに依頼された神と交換したいと申し出た。平賀源内と大天狗を描くアイディアが既にあったのが理由だ。事前に神棚のアイデアを聞いていたシゲルは、偶然にも金比羅権現を描く練習をしていたとのこと。シゲルは直ぐに了承した。

弓塲は移動費、資材購入費、食材費を、村上と高橋は移動費をシゲルに計上した。

3月8日

弓塲は追加で資材購入費をシゲルに計上した。シゲルは弓塲が複数の領収書を1枚の画像にまとめて送ったため、フォーマットとして決めていた1画像に1枚の領収書を写す決まりを守るようにやりなおしをさせた。

----この後4月まで、しばし船大工グループは静止----

4月3日

弓塲はKOURYOUに高松行きの日程の変更を申請した。変更後は8日~12日の5日間となった。合わせてトラックのレンタル日程も変更となった。

4月13日

弓塲は土運びを実施するため、天球儀を模した構造体を運ぶ時に連絡をしてくれと村上と荒木に連絡した。

ー他テキストを乞うご期待!

(1)ジャンク船:中国における船舶の様式の1つ。古くから用いられてきた木造帆船だが、物資・貨客の輸送業務においては、19世紀以降蒸気船が普及したことにより衰退した。(Wikipediaより https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%AF_(%E8%88%B9)
(2)ペーパークラフト進貢船(https://gxe-c.com/post_products/prd007/
(3)鬼ヶ島おにの館(http://oninoyakata.mystrikingly.com/


見出し画像:KOURYOU描き下ろし
参考資料:KOURYOU主宰LINEグループ「家船」


「レビューとレポート」 第10号 2020年3月
(パワードbyみそにこみおでん)


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