台形に切る

カッターは斜めに入れて、印画紙を台形にカットすることがコツだよ

30年くらい前の広告業界では、中規模な広告キャンペーンとなるとポスターとかパンフレットとかの印刷物の制作が中心だった。その時代も今も、大規模なキャンペーンだとテレビで流すCMが中心になってくるし、今の中規模なキャンペーンだとWEBサイトの制作などデジタル周りでの施策が中心になるが、当時はとにかく印刷物を作成することになっていた。
その印刷物の作成も、今だとアドビのイラストレーターで印刷用の版をデータで作成してメールとかGoogleドライブとかで印刷会社に送れば印刷物に仕上がって帰ってくるが、当時の作業フローはもっと何段階にも分かれていて、時間と労力も今とは比べものにならないにかかるものだった。

その印刷物の作業フローの中で、特に特徴的だったのは、版下の作成という作業だったと感じている。

版下とは、印刷用の版を作成する(製版)ための指示書のようなモノで、例えば「文字はこの大きさでココに乗せる」とか「人物の写真は切り抜きされてココに置かれる」とか「背景はこの写真をXXの倍率で全体をおおうように置かれる」とかいうことを配置図的な図と指示用の文字で展開する設計図のようなモノのこと。今ではイラストレーターで文字や人物や背景など全ての要素の配置や色や形状は、完成品と全く同じ形として画面や出力で可視化されるようになっているが、当時はそれが不可能だったので版下という形の指示書で完成イメージが表現され、その版下で制作者・印刷所の営業・印刷所の職人・代理店・クライアントが完成形をイメージして共通認識を持って仕事に当たっていたのだ。

そしてその版下で、文字の部分は、印画紙で出力された文字を適当な余白を残して四角形に切り抜いて、それを台詞の上に貼り付けることでその文字が何処にレイアウトされるのかを表現するわけだが、切り取った印画紙を糊で台詞に貼り付けているし、その貼り付けている文字パーツはディレクターやクライアントの指示で動かしたりする可能性があるので強粘着の糊で貼り付けることができないので、たまにポロッと取れて無くなったりしていた。その文字要素が大きなメインとなる広告コピーの部分であれば、取れて無くなったら誰でも気付くが、その文字要素が注釈のような制作者的には入れなくて良ければ入れたくないような部品だったりすると、取れて無くなっていることにうっかり気付かないということもあって、後々トラブルになったりする怖いものだった。イラストレーターのデータなら、MacやSDカードをちょっと揺すったり落としたりしたくらいでは文字要素が消えて無くなることは無いが、版下は、ちょっと揺すったり落としたりしたらそのような感じで文字要素が消えて無くなることもあり得た。
また版下自体の大きさも、例えばB3サイズのポスター用の版下だとだいたい原寸で作成することがほとんどで、持ち運びにもそこそこ苦労するものだった。B1サイズのポスター用であれば拡大することを前提にB3くらいで小さく作成することもあったが、縮小または拡大することでレイアウトされたものが人に与える印象は相当に変わるので、それを嫌ってなるべく原寸で作っていくことが当時は求められていた。イラストレーターで作る場合も拡大・縮小で印象が変わるという問題は同じなはずだが、そちらは何故かディスプレイのサイズの限界に素直に従うことになっていて、原寸で全体が表示されるかどうかにこだわる制作者やクライアントはいなくなった。

そんな版下なので、トラブルにつながるような文字パーツの欠損を避けるための工夫は一応なされていて、そのひとつが、文字パーツの印画紙を切り取るときにカッターナイフを斜めに入れて台形型に切り抜くことによって、何かと接触した際に剥がれにくくするというものだった。
印画紙を台形型に切るという工夫は、その後の行程となる製版作業で版下に光を当てて製版フィルムに焼き付ける際に影が出ないようにすることが、どうやら本来の目的だったようではあるが、そうするこによって小さな文字パーツが何かに引っかかって剥がれてしまうというトラブルが発生する可能性を少なくすることにもなった。

版下製作作業をしている職人のセーターの袖に、何か小さなゴミがぷらぷらとぶら下がっているなと思ったら、小さな文字パーツだったという笑い話が当時は結構な頻度でささやかれていたりしていたが、当時の印刷という作業はそれだけフィジカルな行程だったということである。

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