ポスト・アポカリプス・スクール・ライフ 第二話
時刻は早朝。
昨夜の6畳間でのどんちゃん騒ぎの宴は午前4時近くまで続き、空が白んできたタイミングでお開きとなった。
部屋の埋め込み式のデジタル時計に設定した7:00に目覚ましのアラームがヒナの個室に鳴り響いた。
アラーム音:ピピピピピピピピピッ!
ヒナ「……」
ヒナはベッドに横たわったまま丁度、枕に乗せた頭の上に位置するデジタル時計を寝ぼけ眼で睨みOFFにして再び寝息を立て始めようとしたタイミングで呼び鈴が鳴り響いた。
カスミ「ヒナ―!朝だよー!おっきろー!」
昨日の夜更かしの影響が微塵も感じられない元気いっぱいな声にヒナはのろのろとゾンビの様な緩慢な動きで身体を起こして用意しておいた制服に袖を通していく。
ヒナ「わっ!可愛い!これがヒナ!」
洗顔と歯磨きのために洗面所に立つと制服姿の自分の姿に感動して目を大きく開く。頭に靄が掛かったような眠気が嘘のように晴れていく。
ヒナ「そうだ!今日は眠ってる場合じゃない!だって”ガッコウ”があるんだもん!」
鞄にタブレットやノート、筆記具などを詰めこんで自室を元気よく飛び出していった。
場面は変わり食堂。3人が一様に集まりビュッフェ形式の朝食を楽しんでいる。
カスミ「朝はイヴが朝食を用意して、昼は学食。夜は生徒が用意って言うルーティンなわけね」
カスミは低カロリー高タンパクの食材を選んで載せていく。旧文明の資料で身体を作る上で栄養の大切さは身にしみて知っていた。
ヒナ「ヒナは朝弱いから、お手軽ビュッフェは助かるぅ~~」
朝から脂っこいモノばかりトレーに載せていくヒナにサーシャは辟易とする。
サーシャ「うへ、朝から胸焼けしそう」
ヒナとは対照的に軽いものばかりでこれで足りるのかとヒナは内心で思った。
カスミ「そういえばヨーコはもう学校に行ったんだっけ?本当に”センセイ役”をやる気なんだ」
ヒナに負けないくらい旺盛な食欲で朝食を平らげていくカスミの言葉にサーシャは眉根を寄せる。
サーシャ「閉鎖空間で役割を振って行動をコントロールするっていうのは割と有効」
ヒナ「ふーん。じゃあ、ジェーン・ドゥはヒナたちにずっとこのガッコウにいて欲しいってこと?」
サーシャ「ジェーン・ドゥの目的は分からないけど、この至れり尽くせりを見るにここに留まってほしいのかもしれない……」
ヒナとサーシャの間に流れるシリアスな空気に堪らなくなったカスミは誤魔化す様にバクバクと朝食を口に運んでいく。
カスミ「あーごめん!朝から難しい話辞めて!とりあえずガッコウに行こう!遅刻しちゃうよ!」
時計の針は8時に差し掛かり、始業の8時半まで目前とヒナとサーニャは朝食を急いだ。
3人は一緒に寄宿舎を出て校舎へと向かう。
ヒナ「あー、お腹いっぱい。また眠くなってきちゃった」
サーシャ「今からその調子だと授業中に居眠りしそう」
カスミ「でも本当に美味しかったよねー。シェルターの食料生成プラントが壊れる寸前とか、まぁひどかった」
質の悪い合成肉やろ過の甘い飲料水の味を思い出して3人とも一様にげんなりとした表情を浮かべる。
昇降口で上履きに履き替えるとイヴに指定された2階の教室へと足を運ぶ。
ヨーコ「おはよう!予鈴の前にはちゃんと席につけよー」
ヨーコはブラックのスーツを着こなした姿を教室に入ってきた3人に見せびらかす。
ヒナ「ほぇー、ヨーコおとなー」
ヨーコ「ふふん。元から大人だよ。こんなヒール高い靴、こんなとこでなきゃ履けないからな」
高いヒールのパンプスで優雅に歩きご満悦なヨーコにサーシャは不敵な笑みを浮かべる。
サーシャ「確かに似合ってるけど……教師は見た目だけ良くても務まらない」
カスミ「確かに……センセイぶるんだったら実力ってのを見せてもらわないと」
ヨーコ「おぉ、言ったな。こっちには心強い味方がいる。紹介しよう。副担任のアダムだ」
イブとは異なり青色のボディに頭部モニターに犬耳のような突起があしらわれたロボットが3人の目の前に出る。
アダム「初めまして。わたしは教育用AIのアダムです」
よく通る若い青年の声が教室に響き渡る。
ヨーコ「イヴは学校生活一般の福利厚生を担当。アダムは教育全般に関する役割を与えられてるそうだ」
サーシャ「イヴの後にアダムが管理するイーデン(楽園)学園……ね」
サーシャは考え事をする時の癖で眼鏡のブリッジに中指を当てる。
カスミ「えー!ずるーい。AIの手を借りるなんてー」
ヒナ「そーだそーだ。自分の腕で勝負しろー!」
ぶーぶーと抗議するヒナとカスミを一喝する。
ヨーコ「そっちこそ文句ばっかいうな!予鈴もなったし、席について授業の準備をしろ」
言葉の途中で予鈴が鳴り3人はとりあえずはヨーコの指示に従い席に着きノートとタブレットを広げる。
ヨーコ「とりあえずこれが今日の時間割だ。今日の放課後に来週の分も作ってお前らのタブレットに送っておくからしっかり確認しとけよー」
教壇に立ったヨーコは壁一面に黒板風の液晶モニターが設置されていて時間割が表示される。
サーシャ「一時限目は国語」
ヒナ「お昼が12時で1時間お昼休みで午後4時で終業」
カスミ「一度の授業時間が50分かー、ずっと席にいるのつらーい」
じっとしていることが苦手なカスミはさっそくやる気を削がれて机に突っ伏すカスミにふっと笑みを漏らす。
ヨーコ「そう辛気臭い声を出すな。時間割をよく見ろ」
暗い顔をしたカスミが視線を上げて午後の六時限目に体育があることを知って目を輝かせる。
カスミ「体育って、要はスポーツってこと!?マジ?!よっしゃウチは好きな犯すは最後までとっておくタイプだし頑張るか」
この世の終わりの様な顔から一転モチベーションが上がった事からヒナがお腹を抱えて笑い転げる。
ヒナ「あはは!カスミって単純」
サーシャ「上手いこと馬の前に人参ぶら下げたね。ちょっと感心」
僅かながらヨーコを見直したサーシャは真面目に授業の準備を始める。
ヨーコ「よーし、それじゃ授業を始めるぞ!ケイおばさんの授業も中途半端だったからここ数か月の遅れを取り戻す!」
副担任と言う設定のアダムの補佐を受けながら授業を開始する。3人は真面目に授業を受け、正午となり4限目の終了を告げるチャイムがなった。
ヨーコ「みんなお疲れー。また午後なー」
ヨーコは職員室を調べると教室をあとにする。
カスミ「終わったー。もう、ガス欠……!」
ヒナ「大丈夫?顔赤くなって頭から煙出そう」
チャイムが鳴った途端力付きで机に突っ伏すカスミの額に手を当てる。
サーシャ「体力は満点だけど、頭の持久力はまだまだ鍛えないとね」
サーシャは皮肉っぽい口調だが最後まで授業に食らいついてきたカスミを見直したように口元を綻ばせる。
ヒナ「元気出せー。お昼だぞー」
サーシャ「寄宿舎のビュッフェもレベル高かったけど、学食とやらはどうかな?」
カスミ「そうだ!ご飯だ。午後に備えてしっかり食べないと!」
3人はさっそく1階の学生食堂に移動する。広々とした学生食堂にヒナは驚きの声を出す。
ヒナ「うわっ!広ーい!ここ、ヒナたちが独り占め?」
カスミ「どんなメニューがあるかなー」
サーシャ「パネルで頼む形式だね。朝は軽くだからしっかり食べたい」
ヒナとカスミのオーダーをいっしょにパネルに入寮くするときっかり5分で注文した食事が配膳ロボに運ばれてやってきた。
カスミ「いやー。なんでもロボットにやってもらって快適だねー」
カスミは注文した人工鶏卵と人工鶏肉の親子丼に味噌汁に漬物を頬張っていく。
ヒナ「サーシャそれで足りる?もっと食べなきゃ大きくなれないぞー」
朝に引き続き高カロリーな胸焼けしそうなメニューに質素な献立のサーシャはため息をつく。
サーシャ「そっちは食べ過ぎ、太るよ」
ヒナ「だって料理本でしか見たことないメニューばっかりなんだもん。それにヒナはまだまだ成長期だから大丈夫だもーん」
わいわいと雑談に鼻を咲かせながら和やかに昼食を終えて昼休みは終了。
世界史の授業の後、カスミお待ちかねの体育の授業となった。
カスミ「サーシャ!パスパス!」
サーシャ「ぬぅぉぉぉぉ……!」
サーシャのへろへろながら絶妙なコントロールの玉を受け取りダンクシュートを決めて歓声が上がる。
ヨーコ「サーシャは動きこそトロいけど、ボールのコントロール自体は悪くないな」
ヒナ「カスミ上手っ!負けるかぁー!」
2on2のバスケでカスミ・サーシャ組とヒナ・ヨーコ組に分かれてバスケに熱中、あっという間に時は過ぎ、体育の時間は終わった。
カスミ「二人ともお疲れー。いい試合だった」
体育館の壁に背中を預けて休憩中の授業のストレスを発散しきって晴れやかなカスミから冷えたミネラルウォーターを受け取り口にする。
ヒナ「ぷはっ!サイコー!」
サーシャ「うまぁ……コーラなら言うことなし」
カスミ「これで今日のガッコウは終わりかぁ……なんとかやっていけそうじゃん?」
サーシャ「そうだね。で、この後どうする?」
ヒナ「この後って……放課後?」
サーシャ「そう、完全下校時間まで学校を探検したい」
カスミ「いーじゃん。このまま寄宿舎に帰るのも味気ないし」
ヒナ「ヒナも賛成!昨日も本来ならその予定だったし!手分けして探そう!」
3人の意見が一致して盛り上がる様を遠目から見たヨーコは微笑みを浮かべるときっと表情を引き締める。
ヨーコ「校内の探索はあの3人に任せて、こっちは先生らしく学校のシステムについて探るとするか……」
ヨーコ「協力してもらうぞ。副担任」
ガッコウの秘密を探る上でAIの利用は不可欠と自分の鳩尾あたりまでの頭身のアダムを見下ろす。
アダム「可能な限り力になります」
体育館に設置された監視用カメラが意味深にヨーコを捉えた。