記憶にこざいません

わたしはエホバの証人の家庭に生まれ(二世信者)、20代前半に逃げるように辞めました。


それを踏まえての雑記です---------


今年になって2回、新興宗教の2世でお茶会をしました。
エホバの証人以外に、2つの団体の二世と話しました。

ほかの宗教の二世の話を聞いていると、「それぞれのルールや団体特有の感覚は、子どもの気持ちがそれを拒んでいても、しっかり身につくもんだなあ!」と思いました。
帰るころには、「宗教二世のわたしたちはみんな、親とその宗教に振り回されてきて、大人になってそこを離れ、自分で生活を立て直しながらやってきたんだなあ」と思いました。薄暗くなった空、歩道橋の下を歩きながらそう思ったこと、その風景は妙に強く残りました。

これまで二世の方の話を聞いて、印象に残ったことは色々ありますが、今日は記憶にまつわることについて。

エホバの証人二世の子の多くは、体罰を受けて育っています。
でも「体罰の記憶がない」という二世(宗教をやめた二世)が珍しくありません。先日のお茶会で会った二世もそうでした。
体罰を受けた事実はある。親に叩かれたとわかっているけれど、記憶はない。わたしもー!
という会話を聞くのは初めてではなく、なんともならない気持ちになりました。

わたしは少し記憶があります。
小さい時、家の台所にゴムホースがありました。わたしを叩くために両親があつらえたものでした。

幼かった時、大家さんが「孫がわがままで困る」とこぼした時に、「これを使ったらいいよ」と家からゴムホースを持ち出して大家さんにあげようとした、という笑い話が我が家にはありました。
わたしは「いい子だ」とよく褒められていて、それはゴムホースやベルトで叩かれているおかげだとも言われていましたから、わたし自身もそれを信じていて、そういう行動に出たのでしょう。
今は、親が自分にゴムホースを使った記憶は朧気です。
昔の話になりましたから、忘れていくのは当たり前なんでしょうが、体罰について「記憶にない」「思い出せない」となるところに、各人の必死さを感じ、自分は覚えているんだろうかと思い出した小さな思い出も、自分にはちょっとつらくて、ぼんやりと暗くなりました。


つらい思い出の失い方はそれぞれ。

1回目のお茶会では、EMDRでトラウマを書き換えた人(エホバの証人二世)に会いました。
このEMDRについては、興味があります。
うだうだ言っているよりも行動!
とわたしは思っているもので。
それに、わたしの身近には、大人になってからも、うつ病や慢性疲労、歯ぎしりとそれによる骨の変形などに悩む人がいるし、自分自身もやってみたいしどうしようかな……。

わたしの場合は、20代まではよく嫌なことも思い出していました。書き留めておくこともしました。動物が傷口をなめるように、思い出しては自分なりの落としどころを見つけたり、泣いてすっきりさせたりしていました。だいたい夜中でした。

ただ、まれに日中に突然思い出すことがあって、仕事中にパソコンのマウスを持つ手が震えることがありました。業務に差し障ることを思い出すのはやめたいと思い、一人であろうと、次の日が休みの夜であろうと、思い出さないようにしました。

今は思い出しません。

でも、先日のお茶会ではちょっとだけ、なにかが脳裏をよぎりました。

みんな、どうしようもないものを抱えながらやりくりしているんですよね。分かっているんだけれど、どうにも悲しい夜も、たまにありますね。

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小説を読んで、日常に感じることを書こうと思います。
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