35話 原点回帰
朝、紅茶を飲み、煙草を吸いながらタルトくんがおもむろに口を開いた。
「今まで色々話してきたけどさ、
最初の、この会のコンセプト、みんな覚えてる?」
あかねさんが
「まあ、なんとなくは」
と、なんとなく相槌を打つ。
タルトくんがつづける。
「面白いって2種類あってややこしいな、って事だったよね、最初。
笑う面白い、と、興味深い充実系の面白い。があって、
それがバチコン重なった時、その状態、その現象を
『フレア』と呼ぶか『パルス』と呼ぶか、
そのほかにもなにかピンとくる言葉がないかってことだったよね?」
あかねさんが
「ああ、思い出した!そうだった。そうだった」
タルトくんがさらにつづける。
「でもさあ、改めてみんなに聞きたいんだけど、
そんな状態、味わったことある???
実はおれはないんだよね」
それを受けてサチエちゃんが言った。
「たしかに明確にバチコン重なった、って感覚はないかもしれない。
笑う面白いは結構あるし、興味深い充実系もなにかの勉強をしてる時とか、ドキュメンタリー番組とか観てる時にある。片方ずつなら、よくあるわよね」
クルミカワくんが言った。
「それを、『半フレア』『半パルス』
もしくは『片フレア』『片パルス』と名付けよう」
タルトくんが言った。
「そんなふたつの面白いがバチコン噛み合う瞬間なんて、普通に暮らしてたら、めったにないんじゃない???
あるのかな」
平河和恵が言った。
「私は、笑う面白いより、充実系の面白いの方が好きだわ」
ポル木くんが言う。
「笑う面白いってさ、もうその時点で充実系の面白いも含まれてない? だから、笑うんじゃない?
それはおれは『嬉しい』って感覚にも似てる気がするんだよね。人と分かり合えたような。
伝わった感じというか。受信したみたいな」
サチエちゃんが言う。
「たしかに、嬉しかったり、プラスの感情じゃないと、
いくらセンスがあっても、面白いって感覚ではないかもね。
面白いって、嬉しいとか、ホッとする安心感とか、
すごく私情を挟んでいるのかもしれないわね。個人的な感覚よね」
「おれの場合、誰かが面白いこと言ったら、笑いながら、『カッケー』って思う」
「おれは面白い人見たら、なんか、『優しいな』ってなる」
「わからないけど、コイツ頭おかしいって思って笑う時もある。
それは不安にも似てる。新しいものに出会ってしまったショックみたいな。
分からないから、最初ストレスに感じるんだ。
で、それを引くとか言ってシャットアウトするか、
ヤバ、何だコレって、受け入れようとするか」
「あ、なんか分かる。おれ若い頃音楽聴くの好きでさ、
ニルヴァーナとかダムドとかピストルズにハマってたんだ。
全部関係ねぇ、ぶっ壊す、知らねぇ、みたいなノリで、日常のストレス解消みたいな感じで聴いてたんだ。
それが続いてた時、テレヴィジョンとか聴いて、最初分からんなって思ってたんだ。
でもなんか気になるなって感じで。
それで毎日気付けばレコードかけてる自分がいたんだ。
良く分からんし、なんか奇妙な感じだし、地味だし、なんだって。
でも段々ハマって分かってきたんだ。
コイツらの方がガチだなって。
ピストルズとかダムドってポップでオシャレでちょっとカッコつけてんのかもなって思えてきてさ。
そのあと、ヴェルヴェットアンダーグラウンドとか聴いて、なんにも激しくないし、なんだよって思いながらも、おれがカッコイイって思ってるコウジくんって人が、良いって言ってたし、聴き続けてたんだ。聴いてるうちにラクになってきてさ、激しいとか、ポップって、表面でしかないんだなって。ラクになってきたんだ。なんか闇が味方になってくる感覚というか。
闇とか仄暗い何かに徐々に侵食されてる感覚が心地良くなってきて。
ニルヴァーナ、ダムド、ピストルズも好きだけど、ポップでオシャレ過ぎるかなって思えてきたんだ。
テレヴィジョン、ヴェルヴェットアンダーグラウンドの方がなんていうか、ガチだって思って、コウジくんに伝えたんだ。
そしたらさ、コウジくん。
『まーそれもそだな。でもね、例えばダムドとかも掘り下げればメチャクチャ面白いよ。
変化の仕方がガチなんだ。
最初ファーストアルバムの『地獄に堕ちた野郎ども』聴いて、カッケーってなって、
『マシンガン・エチケット』聴いて、わあやっぱカッコイイ!
ツボだってなってさ、でもなんかね、おれもパンク好きで、ピストルズ、クラッシュ聴いてたんだけど、
ダムドってなんかそれだけじゃないな、なんか変だ、変わってる、ふざけてる、ユーモアって気もしたんだ。変な曲多いなって。ストレートじゃないなって。音楽雑誌読んでたらさ、2ndアルバム「ミュージック・フォー・プレッシャー」世紀の失敗作って書いてあったんだ。今思えば、誰が書いたんだって感じだけど、若かったし、そうなんだって鵜呑みにして、是非聴きたいってなって買ったんだ。聴いたら「あーなるほどな、そう言われるのも分かる気もするな。でもいいな!変わってる。面白い!って、そういう風に言われてることも込みで面白いって思ったんだ。
だけどさ、それって渦中にいる時はそう思ってたんだけど、
10年、20年経って思い返すとダムドだけじゃないんだ。ピストルズだってクラッシュだって変化の仕方がガチなんだ。
ストレート、王道なんて、とりあえず誰かと話す時とかに分かりやすいから言ってるだけで、そんなものないんだ実際は。あとで誰かが言い出して、それに乗っかって、意味付けしてるだけなんだ。ニルヴァーナだって、グランジとか言われて、パールジャム、マッドハニー、サウンドガーデン、とかザックリ誰かが一括りにして語りたがってたけど、そんなものないんだ。
ニルヴァーナはニルヴァーナだし、マッドハニーはマッドハニーだし、全部がそうなんだ。
ガチかポップかとかも、時間が経つと、また変わってくるんだ、コレが』
ってさらに世界が広がるような、ワクワクするようなことを言ってくるんだ。
心のテンションが上がったんだ。
なんか自分のテンションさえ持続出来ていたら無限だなって思った」
「キュピオくん、いつの間にか音楽の話になってるけど、
なんか分かる。
それはなんかここの部屋で言う『笑う面白い』を『カッコイイ』に置き換えて言ってて、『カッコイイ』と興味深い充実系の『面白い』がバチコン重なり合う話だね」
「あと関係ないかもだけど、ゆらゆら帝国の坂本慎太郎の『音楽で爆笑したい』って言葉があってさ、
本人の真意は分からないけど、良い音楽を聴くと、
カッコよくて心地良くて笑えるってことなのかなって思ったんだ。
痛快というかさ。
それはもう、興味深い系の面白いを超えてしまって、理屈じゃなく感覚で心地良い、カッコイイってなるんだろうね」
「言葉があとからついてくるみたいな」
「そう、分からないものに出会って、とりあえずなんとか言葉にして気持ちを落ち着かせるとかあるよね」
「もっと繊細な人だったり、クリエイティヴな人だったりすると自分でも何か作り出すんだろうね」
「坂本慎太郎で言うと『音楽は役に立たない。役に立たないから素晴らしい。役に立たないものが存在できない世界は恐ろしい』ってのもあったよね。あの言葉も好きだな」
「無駄なこととか無意味なことへの親和性というか。
それが当たり前の人にとっては普通なのかもしれないけど、
真面目な人とか、常に結果とか意味を求める人にとっては新鮮な言葉だなって」
レインコートくんが言った。
「音楽の話聞いてて、なんか昔を思い出したよ。
バンドとかやろうとして人間関係壊れていって、音楽どころじゃなくなった話してもいい?」
「マジすか? 濃い目?」
「うーん。濃い目かな。なるべくあっさりめにして提供する。
昔のこと引っ掛かってて、その時昇華出来なかったから、
いつの間にかモヤモヤが溜まってて、心がスッキリしてないんだよね、常に」
「ここは色んな人がいるし、まとまらなくても、うまく言葉に出来なくても、少しでもスッキリ出来れば。是非聞きたいわ」
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