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【幽霊のかえる場所】 第四章


阿佐野桂子


   


第四章

大阪の女


 大阪で僕達を迎えてくれたのは意外にも鈴木愛恋だった。容貌はともかく、小柄な体から辺りにフェロモンを撒き散らしている。大根足は相変わらずだ。
 最初に会ったのは本社見学会に愛恋が参加した時だ。こいうフェロモン系の女子は他の女に嫌われる。見学者の列の後でぽつねんとしていた姿を思い出す。
 まだ二百年プラスαの若い吸血鬼で江戸時代には湯女をしていたそうだから客あしらいには長けている。お前も転勤組か、と聞こうとしたが、僕の姿は見えないことに気付いて止めた。
 お知り合い? と麻利亜さんが尖った口調で聞いて来た。同じ女性同士、フェロモンを放っている愛恋に反感を感じているのだろうか。愛恋は僕の好みではないことを伝えたが、麻利亜さんは強張った表情を崩さない。誤解もいいところだ。
「あなたが賀茂さん? 大阪へようこそ。本社からあなたの観光の手伝いをするように言われているのですけど、まだ大阪には二年目で詳しくないんですよね。レアな穴場は知らないから、大阪と言えばここ、って場所でいいでしょうか」
 成る程、愛恋は僕がロンドンにいる間に転勤したわけだ。彼女は大阪弁の習得に努めているようだが、東京と大阪がちゃんぽんになった微妙なイントネーションで話している。
 室町時代からずっと今の東京に住んでいた僕にとって周りから聞えるやたらと声のボリュームが大きな大阪弁はまったく異世界だ。当たり前だが子供さえ大阪弁を喋っている。
 大阪市の中でも地域によって少しずつ違うのだそうだが、東京人が聞くとその違いは分からず、京都も奈良もまとめて関西弁だ。
「東京から来たら一番行きたいのはユニバーサル・スタジオ・ジャパンですよね。今じゃミッキー・マウスのお城より人気があるんじゃないかしら? 渋いのが好きなら大阪城とか住吉大社とか。ああそうだ、あべのハルカスは絶対行ってみたらいいですよ。高さ300m60階で今のところ日本で一番高いビルで、60階には『天上回廊』っていう展望台があります」
「あ、そこ、お願いします。大阪の街を眺めてみたいんで。それ、どこにあります?」
 愛恋の説明では大阪市には24の区があり、あべのハルカスはその中の一つ、阿倍野区にある。営業時間は九時から二十二時。今日は天気が良いから京都、明石大橋、淡路島、関西国際空港まで見えるらしい。
「中にホテルもあるから部屋取っときます?」と愛恋が費用会社持ちの気軽さで尋ねたが、「いえ、ビジネスで構いません」という賀茂さんの言葉でホテル予約はなしになった。せっかくスーツを買って貰ったのに宅配便で送ってしまって今はジャージ姿だ。ホテルでは格好がつかないだろう。
 愛恋はこの得体の知れない客をなぜ接待しなけなければならないのか、内心では疑問に思っているに違いない。賀茂さんときたら相変わらず一切の女性らしさを拒むような、敢えて言えば路上生活者のような格好なのだ。
 僕達は愛恋の運転する軽自動車であべのハルカスまで連れて行って貰った。貨物仕様なので後部座席に乗せられた僕と麻利亜さんは窮屈な姿勢を強要された。
 愛恋は現在保険勧誘員をしている。実際、『バイオ・ハザード』関連の保険会社に勤務していて、営業成績は抜群なのだ、と自慢している。この分では採血営業も順調だろう。
 狭苦しい後部座席で麻利亜さんと密着しながら、僕は吸血鬼が選択しそうな職業について思いを巡らせていた。愛恋と同じ保険外交員、これもありだ。不特定多数と関係して疑われない職業はやはり水商売が一番だろう。宗教団体の教祖も捨て難い。薬物の売人もありだろう。意外なところでは医療関係者か。
 愛恋は「天井回廊」まで付き合ってくれた。麻利亜さんは再びハイ・テンションで歩き回っているが、僕は賀茂さんの御期待に沿うようにアウトロー吸血鬼のいそうな場所を探さなくてはならないのだ。
「ちょっと調査表を見せてくれないか」と賀茂さんに要求した。さりげなく調査表を広げた賀茂さんの背後に立つ。
 北区梅田に2、中央区、浪速区にまたがる難波に2、港区の天保山の近くに1.ご丁寧にも天保山は日本で一番低い山、と記載してあった。こんなプチ情報を唐突に入れた奴は誰だ。
 梅田と難波はおそらく水商売系だろう。顔と年齢という表面を入れ替えて十年弱のスパンで店を渡歩いている筈だが、あまりにも茫洋とし過ぎていて現地に行ってみなければ見当もつかない、と賀茂さんに伝えた。
「港区だけど、最近、と言ってもここ三十年くらいの間で、新興宗教団体が出来たかどうか愛恋に聞いてみてくれない?」
「なんで? 宗教団体が怪しいの?」
 伝言ゲームのように愛恋から仕入れた情報では何とかかんとかと言う新興宗教教団があるらしい。まだローカルネタだが、近隣住民に煙たがれ始めている。
 新興宗教とは正しく言えば新宗教で、幕末から現代までに成立した宗教のことだが、1970年以降に出来た宗教を新興宗教と呼ぶ人もいる。
 愛恋がタブレットで何とかかんとか宗教団体を検索してくれた。キリスト教系を標榜する団体で創立は1997年。「ノストラダムスの予言」で1999年に人類が滅びると騒がれていた2年前の創立だ。
 ぶどう酒はイエスの血に例えられているが、最後の晩餐では弟子達が本当にイエスの血を飲んだ、と主張している。怪しさ満載だ。普通の人間なら血を飲んだら反射的に嘔吐する。
「へえ、イエスの血を飲んだ、と。それで信者達は血の交換の秘儀を受けるんですって。何だかおもしろそうな団体ですよね」読み上げた愛恋の目が黒のコンタクトの奥できらりと赤く光ったのを僕は見逃さなかった。
 その後、あべのハルカスを出た僕達は愛恋にビジネス・ホテルの予約を頼んで、いつものように丁重に案内を断わった。
 愛恋は爪を齧りながら賀茂さんの顔を見ていたが、何も聞いてはこなかった。アウトロー吸血鬼が突然姿を消した噂がそろそろ伝わり始めているのかも知れないし、客の好きにさせろ、と本社からの指示がでているのか。
 愛恋と分かれてから当然ながら僕達は港区に向かった。名前の示すとおり大阪湾に面していて大きな観覧車と海遊館という名称の水族館がある。
 麻利亜さんが行きたい、とごねるので好きなようにさせる。どうせこれから起こる事には幽霊の麻利亜さんには関係がないのだ。吸血鬼が灰になるのを見ても面白くはなかろう。
「仕事が終ったら合流するからね。海遊館の前にいなさいよ。迷子になったら置いてっちゃうからね」と賀茂さんが修学旅行生に言うような科白を吐いた。黒髪を揺らして麻利亜さんが頷いた。僕としてはまた霊感持ちがいて、相手をびびらせないかが心配だ。
 麻利亜さんを観覧車の前で降ろし、と言ってもタクシーの運転手には見えていないのだが、そのまま僕達は宗教団体の本部の前に到着した。マンションの四階と五階の各一部屋がアジトで、こういう場合は教祖のプライベート・スペースは五階だろう。
 賀茂さんがインターフォンで話している間、僕は扉を抜けて内部に入った。賀茂さんは『賀茂流霊能協会』の名を出し(協会と言っても賀茂さん一人しかいないのだが)、ご高名な霊能者羽柴ミカエル様に是非ご教示を戴きたい、などと歯の浮くような世辞を言っている。
 一足先に入った部屋の中は淡いピンクで統一され、キティちゃんグッズで溢れかえっていた。三十畳はありそうなリビングを抜けると寝室らしき部屋が二つ。片一方はどこでも見掛けるダブルベッドのある金持ち風な寝室。
 もう片方は壁全面がピンクで部屋の中央には天蓋付のお姫様ベッド。そのベッドの上で見掛けは十歳くらいの女児がふかふかの布団に包まって寝ている。こいつだ。
 見掛けは十歳くらいだが、騙されてはいけない。インターフォンで賀茂さんに応答しているのはダブルベッドの部屋の住人だろう。
 吸血鬼の協力者か「しもべ」か。十歳くらいの吸血鬼なら保護者を装う人間がいて当然だ。両方とも片付けてしまえば簡単だが、一人は人間だ。人間を殺すのは殺人罪になる。
 再びドア抜けをした僕はこのことを賀茂さんに伝えた。
「人間と一緒か。困ったね」賀茂さんは数秒沈黙したがまたインターフォンに向かって話し始めた。教祖様に面会を求める手段としてかなりの寄付金を提示している。
「三百万円とは本当か、保子」ミツミネがウエストポーチから顔を出して尋ねたが、「嘘も方便」とあっさりと答えられて首をすくめた。神使いの前で「嘘も方便」と一言で済ませる賀茂さんは猛者だ。
 時間的に十分くらい問答していたが、結局三百万円に目が眩んだらしい人間が扉を開けてくれた。今回は僕も賀茂さんがどうするのか興味を引かれて中に入った。
「ミカエル様は眠っていらっしゃいます。今回はまずお話をお聞きするだけで、実際にお会いになられるかどうかはこちらから改めて御連絡する、という事で宜しいでしょうか」
 賀茂さんを応接セットに座らせた太った中年女性はコーヒー・セットを運んで来た。本当に教祖様だと思っているならこのオバサンは大馬鹿だ。おこぼれで普通の人よりはいい生活をさせて貰っているのだろうが、そのうち消されるに決まっている。
「まあ、可愛らしいお部屋ですね、おや、あそこの奥にある大きなキティちゃんはオーダー・メイドですか?」
 部屋の隅を指差したのにつられてオバサンが席を外した隙に賀茂さんがオバサンのコーヒーの中に何かを投入した。思わずゲッと声を上げたが賀茂さんは動じる気配もない。
「何を入れたんだよ、まさか殺すつもりじゃないだろうな」
「人殺しなんかする訳ないじゃない。今はあんたに構っている暇はないから黙っててよ」
 オバサンは大きなキティちゃんを持って来ると滔滔と喋り始めた。ミカエル様がキティちゃんが大好きなこと、人形の背中にチャックが付いていて云々かんぬん。その合間に大量の砂糖を投入したコーヒーを二口で飲み干し、ご想像の通りぱたっと床に倒れこんだ。
「心配しないで、ちょっとの間眠って貰うだけだから。睡眠薬だって? いえ、ちょっと違うわね。そういう化学系じゃなくて我が家に伝わる秘伝の薬で、目が覚めた時は私と会ったことも忘れてる便利な薬よ。作り方はね、蝙蝠の羽にイモリの黒焼き、チョウセンアサガオに……」
 あんたは西洋の魔女ですか、と僕は突っ込んだ。それよりアウトロー吸血鬼をやっつける方が先でしょう。今回の相手は見掛けが幼いので変な同情心を起こされても困る。見た目は若くても千年物という場合もある。
「ふん、せっかく便利な薬の調合を教えてあげようと思ったのに。なに、吸血鬼にじっと見詰められると人間は眠くなって記憶も失うって? そりゃ随分と罪作りなことよね」
 賀茂家秘伝の薬だって充分罪作りだ、と反論しようとしている間に賀茂さんは吸血鬼が寝ている部屋に入ってしまった。後はルーティン・ワークだ。ミツミネが女児を押さえ込んだらしくヒッと短い悲鳴が聞えたが後はベッドが微かに軋む音しか聞こえなかった。
 これがライトノベルなら女児を見逃してやり、後々凶と出るか吉と出るかの展開になるのだろうが、現実世界で二千万円の借金を背負っている賀茂さんにとって選択の余地はない。
 いや、教団を隠れ蓑にして信者の生き血を啜っていた吸血鬼だ。もともと同情心など湧く余地はないのだろう。ピンクの部屋から出て来た賀茂さんに「お疲れさま」と初めて声を掛けた。

一網打尽 


 唐突に教祖様が消えてしまった教団がその後どうなるのか、僕達の関知しないところだ。案外オバサンが天啓を受けて教祖の地位に取って代わるかも知れない。
 麻利亜さんを海遊館の前でピック・アップした後、タクシーで梅田に行き、作戦会議と称して喫茶店に入った。麻利亜さんは水族館がすっかりお気に入りで、飼育員になりたかったわ、と夢見る少女のような顔をしていた。
 そんなに動物が好きなら生きている時に大学か専門学校へ行くかすれば良かったのに、と言うと、頭悪いし、学費が都合出来なかったし、それに死んでから動物好きだと気付いたし、と返事が返って来た。あ、そう、としか答えようがない返事だ。
 一方一人でコーヒーを飲み、トーストを齧っていた賀茂さんは突然面倒臭いと呟いた。
「大阪には後、4匹吸血鬼がいるんでしょ。それ以外に名古屋に2、東京には7よ。大体の居所は『バイオ・ハザード』社で調査済みみたいだけど、詳しい住所までは分かっていないのよね。住処を変えている奴もいるし。田中っちの勘だけを当てに捜すのって面倒臭いと思わない?」
 まるで僕の勘が駄目だと言われているような気がするが、これまでちゃんと見つけてやったではないか、と内心ムッとした。面倒臭い事を押し付けられたのはむしろ僕の方だ。賀茂さん、もう飽きちゃったの? と麻利亜さんが僕に囁いたが霊の声は筒抜けで賀茂さんにぐっと睨まれた。
「飽きるとかそういう問題じゃないのよ、麻利亜ちゃん。効率が悪い、ってこと。このペースじゃ二月には終らないじゃない」
 ははあ、二千万円の期限が気になっているのだな、と得心したが、ではどうすればいいのだ。僕をこき使うつもりか。
「考えたんだけど、大阪にいる残り4匹のアウトロー吸血鬼を一遍に集める方法ってないかな。いわゆる一網打尽ってやつね。どう思う、田中っち」
 始めの頃はこの田中っちという呼び方にささやかな抵抗を感じていたのだが、今は慣れた。と言うか、呼び方に固執している場合ではない。
「一網打尽、それはまた勇壮なお話だね。しかしどうやってアウトロー吸血鬼に召集を掛けるんだ。昔の人探し番組みたいにTVやラジオで呼び掛けるつもりか。それともビラでも配るか? 『O型Rh nullの新鮮な血液入荷しました』とかさ」
 賀茂さんが馬鹿にされたと思ったのかミツミネがウエストポーチから出て来て僕に噛み付いた。何だよ、この忠犬ぶりは。神使いは公平な立場ではないのか。あらっ、と悲鳴を上げて麻利亜さんがミツミネの耳を力一杯引っ張った。ミツミネがキャインと鳴いた。
「これこれ、喫茶店で喧嘩なんかしないの。他のお客様の迷惑になるじゃないの」
 確かに喫茶店の室温が少し下がった気がする。マスターらしき男がトーストの耳を口から半分はみ出したままの賀茂さんを気味の悪いものを見たような視線を送って来た。やはり賀茂さんは「変な人」だ。
「あのさ、今の田中っちの言葉で思いついたんだけど、O型Rh nullの血液で誘いだすってのはどう? アウトロー吸血鬼は、O型Rh nullを捜して独占しようとしてるんでしょ。目の前に獲物をちらつかせてやったら、あっちからのこのこと出て来るんじゃないの?」
 確かにのこのこ出て来るでしょうよ、と僕は同類として自嘲した。テイスト・オブ・ハニーだ。『バイオ・ハザード』社は陰ながら保護しようとしている。方や独占しようとしている。
「O型Rh nullの血液はどこから調達するつもりかね。アウトロー吸血鬼を探すよりもっと大変だ」
「『バイオ・ハザード』社からサンプルを分けて貰えばいいじゃない。とっくに研究開発を進めているんでしょ? ところで吸血鬼が血の匂いを感じる範囲ってどれくらい?」
「自分好みの血液なら十キロ先ぐらいから分かるね。僕達の目から見れば行き交う群集は血の袋が歩いているように見える。腹が空いている時は特にね。しかし僕達はむやみやたらと人間を襲ったりはしない。渋谷の交差点でいきなり注射器を取り出して血を抜く、何て派手な事は出来ないからね。それにどんな病気を持っているか調べてからじゃないと迂闊には手を出せないよ」
「成る程、だから『バイオ・ハザード』社みたいな組織が出来たってことね。あなた達も用心深いこと。それじゃあ、アウトロー吸血鬼の中には病気持ちもいるってこと?」
 多分いるだろうね、と僕は答えた。血液を通して感染する病気は幾つもある。病気で弱った吸血鬼は未来の治療法を信じて自主的な眠りにつく。
 『バイオ・ハザード』社の地下にはそんな吸血鬼の柩が並んでいる。人間と違うところは冷凍しなくても腐らないことだ。画期的な治療法が見つかって蘇った吸血鬼もいる。
 賀茂さんは突然トイレに立った。『バイオ・ハザード』社にO型Rh nullのサンプルを送って貰う交渉に入ったのだろう。
 テイスト・オブ・ハニーで引き寄せるなら賀茂さんに同行する意味がないのではないか、とじわじわと開放感が押寄せて来た。パシリ同様の幽霊なんて嫌だ。出来れば早く実体を取り戻したい。
「交渉成立よ。大阪支所に届けてくれるって。鈴木愛恋さんだっけ? 彼女が持って来てくれる手筈になったわよ」
「それじゃあ、僕はここでお役御免でいいかな。サンプルを持ってうろついていたら敵はあっちからやって来る」
「そうは行かないんだなあ」
 賀茂さんは外人みたいに指を立ててチッチッと舌を鳴らした。賀茂さんに注目していたマスターは瞬時に「変な人」から「やばい人」へと視点を変えたようだ。
 幽霊と神使いと賀茂さんの言葉は霊感のない人には聞えないが、賀茂さんは紛れもなく人間だからこの世のルールに従っている。誰もいない席に向かってチッチッツとやったら「やばい人」だ。
「そうは行かないって、どういうことだ」
 生活費と弟の借金を抱えて切羽詰った、必死で可哀相(で偉そうな態度)な霊能者と同行したくなかった。血液が手に入るなら僕は必要あるまい。
「血液サンプルは手に入る予定だけど、今度は『バイオ・ハザード』社の吸血鬼かどうか判定してもらわなくちゃ。O型Rh nullの血の匂いをさせて歩いていたら吸血鬼が寄って来るんでしょう? そいつが社会的規範を守っている奴かアウトローなのか私には判断出来ないからね」
 あちゃ、そう来るか。僕は賀茂さんのスマホを引ったくって本社の小林課長を呼び出した。
「あ、田中君、元気?」能天気な課長の声が聞えた。幽霊に元気もくそもあるか。
「君の活躍は賀茂さんから報告済みだ。やはり僕が見込んだだけはある。なかなかの働きじゃないか。血液サンプルはすぐ到着する筈だから頑張って任務にはげむように、頼むよ。大阪では鈴木君もサポートに入る。じゃあね」
 愛恋がサポートに入る、とはどういうことだ、と聞く暇も与えずに小林課長の電話が切れた。じゃあね、で電話を終らせるどんぐり眼の上司に殺意さえ覚えたが、心臓を担保に取られているからには文句も言えない。
「そういうことだから田中っち、今日は一旦ビジネス・ホテルに戻って明日に備えようよ」
 仕方なく賀茂さんの提案にそって愛恋が予約を入れてくれていたホテルに入った。フロントにはいつものように大阪土産が届いていた。中之島ラスク、月化粧、堂島ロール、エトセトラ。食べる物ばかりというのは女子らしい。
 賀茂さんは堂島ロールを残して宅配便で自宅に送った。さすがに「賀茂流霊能者協会」とは書かない。賀茂光子という名は母親の名前だろうか。さっさと帰らないと父親と兄の腹に入ってしまう。
 途中で買った鯖の棒寿司と堂島ロール半分を平らげた後、賀茂さんは風呂に入ってからさっさとベッドにもぐりこんでしまった。
 まあ、寝つきがいいこと、と麻利亜さんが感心している。彼女はずっと不眠症だったのだと言う。不眠症とは言え、人間は三日も寝なければ精神に異常をきたす生き物だ。
 指摘すると、鳥の仲間にはグンカンドリやハリオアマツバメのように脳の片方だけ眠りながら飛ぶ鳥がいるそうで、自分の脳も同じ構造をしているのではないか、と言う。麻利亜さんは鳥頭なのか。
「だとすると、『エルム街の悪夢』のフレディ・クルーガーに捕まらないで済むね。あれに若き日のジョニー・デップが出てたの気が付いた?」
 ジョニー・デップの映画を数々見た後にネットで検索したら『エルム街の悪夢』にも出演していたのを見つけてびっくりしました、と麻利亜さんは恥ずかしそうに言った。あの人、特殊メイクしてないと殆ど普通の人だから、と。
 麻利亜さんと僕がジョニー・デップの映画で盛り上がっているのをミツミネは苛々した様子で黒豆の目を三角にしていた。賀茂さんの睡眠の邪魔になる、とでも言いたいのだろうか。でも彼女は今、霊感オフ状態だ。
「何だよ、ミツミネ、怖い目で見るな。おまえはジョニー・デップ主演の映画をみたことないのか。ああそうだ、神使いは映画を観る機会などないな」
「私は今、非常に心配しているのだ。お前は呑気に映画の話に興じているが、その前にお前の頭の中に疑問が生じていたのを忘れたか」
 疑問;…。はて、と時間を巻き戻した。O型Rh nullの血液サンプル、ではなくて今回は愛恋が一枚噛んで来る、これか。
「お前の会社が今回に限ってサポートを付けるのはどうしてだ。私が察するに鈴木とかいう女は事情を知っているようだぞ」
「それは、賀茂さんが行く先々でアウトローがいなくなる因果関係に気付いたからじゃないのか。あの子は東京でも優秀な営業だったからね。見掛けより頭がいいんだ」
「それでわざわざ今回に限り御丁寧に『バイオ・ハザード』社が鈴木をサポートにつけるのか? 『バイオ・ハザード』社か鈴木のどちらかが何か企んでいるように思えるがな。或いはどちらも、だ」
「考えすぎじゃないのか」と僕は反論した。血液を授受する為に、それこそ「今回に限り」愛恋に事情を説明したのかも知れないではないか。僕が違和感を覚えたのは確かだが、理由までは気が回らなかった。
「まあいい。明日になれば分かる事だ。ただし、鈴木の行動から目を離すなよ」
 ミツミネはそう言うと賀茂さんの寝ているベッドの足元で体を丸くした。嫌味な神使いだ。お陰で僕は一晩悩む破目になった。

至高の「O型のRh null型」

 フロントからのコールで賀茂さんは叩き起こされた。愛恋がフロントで待っている。血液サンプルは本社から夜行バスに乗せられて支社に到着したのだそうだ。
 どんなイケメンが運んで来るのかと期待してたのに、太ったオバサマだった、と愛恋はがっかりした顔をしている。多分その太ったオバサマは『バイオ・ハザード』傘下の旅行会社の山本さんだ。僕がロンドンに行った時もチケットの手配でお世話になった。
「はい、愛恋ちゃん、本社から預かったブツは無事到着よ。いったい中に何が入っているのかオバサンは興味津々なんだけど、ヒ・ミ・ツなんだってさ。とにかく新宿から夜行バスに乗って大阪へ行け、だもの、人使いが荒いわよね。確かに私は旅行会社に勤めているけど、荷物運びは本業じゃないわ。特別手当を貰わなくっちゃ」
 夜行バスの中でリラックス出来なかった、と言う山本さんは銀紙を剥いた血液チョコレートを齧っていた。あんたもどう? と愛恋に血液ガムを一枚差し出した。「いえ、血液型が違いますから」と愛恋。
 二名の吸血鬼の登場で今まで幽霊寄りに傾いていた僕のメンタリティは一気に吸血鬼になった。もっとも「吸血鬼の幽霊」という但し書き付だが、同類といる安心感は何物にも代え難い。
「じゃあ、そのブツをこちらに頂いて、預かり証でも書きますか。えっと、お名前は……」
 山本よ、と血液チョコレートの残りをオーストリッチのバッグに仕舞いながら山本さんは言った。「預かり証はいらないわよ。用事が済んだらすぐまた持って帰るから」
 えっ! と愛恋と賀茂さんが同時に声を上げた。
「あら、化粧品のサンプルでも貰うようなつもりでいたの? これは大事な研究材料としてのサンプルって聞いているわよ。回収するのは当たり前じゃない」
 それはそうですね、と賀茂さん。アウトロー吸血鬼をおびき寄せる目的が終れば持っていても価値のないものだ。一方、愛恋の「えっ!」には別の響きがあった。
 フロントマンが「ブツ」の言葉に反応して警戒の目を向けている。国際的な麻薬密売人の取引とでも思ったのだろうか。ジャージ姿の女と社章を付けたスーツ姿の女、そしてオーストリッチのバッグを持った女。怪しいと言えば怪しい三人組。
 時節がら、どこかの国の要人の親族の暗殺を企んでいる輩かも、と想像を逞しくしているのかも知れない。当らぬも遠からず、だ。
「私は支社で待っているから、用事が済んだらブツを持って来てちょうだい。ねこばばは許さないわよ」
 山本さんは指輪を入れるような小さな黒い箱を賀茂さんに渡すとさっさと帰って行った。日が高くなる前に支社でゆっくり寛ぎたいのだそうだ。
「気が短いオバサンねえ。今日中に片を付けろって感じじゃない。それが本社の意向? 
ま、いいわ、とにかくどんなサンプルを送って来たのか確かめないとね。腹ごしらえのついでに立ち食い蕎麦屋にでも行く? 関西の麺つゆって、底が透けて見えるほど薄いらしいじゃない」
「そんなこと大声で言ったら関西人に馬鹿にされますよ。ほら、フロントマンだってさっきからこちらを猜疑心丸出しの目で見てます。24時間営業全国展開のファミレスでもいきましょう」
 さすがに立ち食い蕎麦屋でブツの確認はないだろう、と判断した愛恋が提案したレストランに僕達は移動した。客は一人もおらず、店内全体にアンニュイが漂っている。
「24時間営業のレストランも深夜から早朝の時間帯の撤退を考えているそうですよ。人件費やら何やらを考えたら閉めちゃった方がいいらしいです」
 栄養にはならないが、愛恋は付き合いでフルーツパフェを頼んだ。賀茂さんは本当に食べたかったらしく蕎麦セットを注文した。全国展開とは言え、味は関西風らしく「底が透けて見える」蕎麦だ。
 色が足りない、と宣言した賀茂さんは麺つゆに醤油を投入し終えると黒い箱を開け始めた。醤油の投入によってアンニュイに満ちた店内に僅かな歪みが起こったように思えた。フォッサマグナを揺らすほんの小さな揺れだ。店員の視線が痛い。
 空気が読めない所謂KYの賀茂さんは左手を使って箱を開けようとしたが、「なにこれ、箱根細工?」と言って放り出した。意外ときっちり密封されている。
「賀茂さんは食事に専念していてください。私が開けます」と愛恋。「あらそう、頼むわね」と賀茂さん。
 更に醤油をつぎ足して関東風の色に整えたが、既に蕎麦は完食。セットの片割れの漬物とおにぎりに挑戦中だ。さすがにおにぎりに醤油は掛けない。
 関西では薄口醤油を使っていて、確かに見た目は透き通ったつゆですけど、ちゃんと味は付いているって聞きました、と北海道から出たことのない麻利亜さんが首を捻っている。
 箱を渡された愛恋はネイル・アートのほどこされた指で慎重に箱を開けるとば口を捜していたが、なーんだ、と呟くとあっさりと箱を開けた。
 箱を開けた途端に甘く芳しい香りがレストラン内に満ちた。我ら吸血鬼が全員振り向くであろう至高のO型Rh nullの匂いだ。愛恋と僕は身を乗り出してその香りを吸い込んだ。まさに「黄金の血」。
「あんた達、なにうっとりしてるのよ、気持悪い。密閉式のパックに血がついたガーゼが入っているだけじゃない。それでも匂うの? 警察犬並みの嗅覚ね」
 愛恋は匂いを嗅ぐのに夢中で「あなた達」と複数形で呼ばれたのに気付いていない。警察犬どころか、これなら50キロ先でも匂いをキャッチ出来る。
 詳しい事情を知らない麻利亜さんはただの血が付いたガーゼを気味が悪そうな顔で見た後、つつっと賀茂さんの背後に回った。僕が鼻息を荒くしているのが気に入らなかったのだろう。
「これは、噂には聞いていましたが、素晴らしい血ですね。誰にでも輸血可能、まさに理想の血です」
「そうらしいわね」と言いながら賀茂さんは密封式のパックを手に取るとじっくりと眺め回した。
 まったく関係はないが僕は『ベニスの商人』を思い出していた。あの物語は強欲な商人を懲らしめて目出度し目出度しだが、相手がユダヤ人という所がミソで、姦計をもって当時卑しい存在であったユダヤの商人をコケにしたお話でもある。
「あなた達……、じゃなかった、鈴木さんの反応を見てるだけで、どれだけ魅力的な血か良く分かる。これで近郷近在の吸血鬼を集められるってことよね」
「そうですね。でも『バイオ・ハザード』社に属する善良な吸血鬼まで退治されては困ります」愛恋が心配そうな表情を浮かべた。賀茂さんがその気になればたった今、愛恋を灰にしてしまえるのだ。
 その点は御心配なく、と賀茂さんが正面に座っている僕を見て言った。
「私が探しているのは殺人吸血鬼であって、静かに暮している『バイオ・ハザード』社の吸血鬼は狙ったりはしないわよ。もっとも、密かに血を抜く行為が正しいとは思わないけど、血を糧にしなくちゃ生きていけない生き物は死ね、とまでは考えないわね。ほら、ヒルとかメスの蚊とか血吸い蝙蝠とかいるじゃない。ヒルに血を吸うな、と言ったって無理よね」
 吸血鬼とヒルを同等に扱うな、と僕は賀茂さんに文句を言った。僕の声が聞えていない愛恋も「そんなあ。例えが悪すぎます」と抗議の声を上げたが、賀茂さんにデリカシーを求めるのはペンギンに空を飛べ、と言うのと同じだ。できるとしたら4月1日のBBCくらいだ。
「それじゃあ、仕事を始めようか」勝手に話を纏めた賀茂さんが席を立った。「梅田と難波? どこだか分かんないけど、タクシーを拾って流す?」
「いえ、私の車で御案内します。車を取ってきますから、ちょっと待っていてくださいね」
 愛恋は急いで車を取りに戻った。麻利亜さんは手がつけられていないフルーツ・パフェを、手をだらりと下げたお化けスタイルで未練たっぷりに見詰めている。だったら自殺なんかしなきゃ良かったのに、まったく。
 大都会はどこでも新旧のビルが林立していて没個性的だ。僕達が捜す相手は高層ビルにオフィスを構える企業でネクタイを締めて勤めているとは考えにくい。
 賀茂さんは僕の指示に従って歓楽街をゆっくりと車をながすように愛恋に指示を出し、密閉式のパックの口をゆっくり開いた。吸血鬼の主な活動時間は夜で、昼間は寝ているだろうが、黄金の血の香りに反応しないはずはない。
「ここ、どこ?」と賀茂さん。「宗右衛門町です」と愛恋。聞いたことがある地名だ。「青江三奈がご当地ソングで歌ってなかったっけ、と聞いたら、それは「伊勢崎町ブルース」です、と麻利亜さんに突っ込まれた。札幌ブルースという曲もあったとか。
 「宗右衛門町ブルース」はダークホースというグループが歌っていたそうだ。なぜ麻利亜さんがそんな古い歌を知っているのか疑問。何でご当地ソングがブルースになるのかも疑問だ。
 僕と麻利亜さんがうだうだと話しているのを賀茂さんは眉間にくっきりと皺を寄せて聞いていたが、四人の男がふらふらとゾンビみたいに近付いて来るのを見ると臨戦態勢に入った。ミツミネもウエストポーチから出て待機している。
「田中っち、難波には2匹よね。どいつが吸血鬼よ」
「鈴木に聞けば〜」と答えたら麻利亜さんに横っ腹を突かれた。下を見るとまたもやミツミネがパンツに噛み付いている。
「あのさあ、反抗期の男子みたいなこと言わないでくれる? 鈴木さんはすぐ現場から立ち去れるように車に戻ったわよ。田中っちは現状、車の運転は出来ないでしょうが。さあ、どいつがアウトローの吸血鬼なのか、さっさと教えなさい」
 はいはい、と答えた僕は黒服の若い男二人を指差した。黒服ではあるが葬儀屋ではない、多分夜のご商売とお見受けする。他の二人は年齢不明の路上生活者だろう。寒さで早く目が覚めてしまったか。どう見てもサラリーマンではない事は確かだ。
 ミツミネが狼の姿になって黒服の男二人を薙ぎ倒した。路上生活者の二人は突然この世界がリアルRPGになってしまったのに驚いたかのように目を見開いていたが、賀茂さんはお構いなしに止めをさした。
「よっ、ネエチャン、やるねえ」と路上生活者の一人が声を掛け、もう一人が盛大な拍手を送り、賀茂さんは片手を上げて答えている。この軽さ、信じ難い。
「ネエチャン、そのでっかい犬、なんつーんだ?」
「狼よ」と賀茂さん。
「狼? ああ、ウルフドッグとかいうやつかい?」
「まあ、そんなもんね」
 死体が転がっていたらとてもじゃないがこんな会話は成立しない。賀茂さんが杭を胸に当てた瞬間に男が二人消えてしまった(実は灰になった)ので特別なイリュージョンでも見た気になっているのだろう。
 はいはい、吸血鬼伝説なんてみんなデマです。僕等はミュータントではあるけれど、空を飛んだりはしないのだ。
「今度はどこだっけ」と車に乗り込んだ賀茂さんは愛恋に尋ねた。「難波です」と愛恋。ハンドルを握る手が少し震えている。自分もご機嫌次第では消されるかも、と思えば恐れるのは当たり前だ。
「ねえ、鈴木さん、アウトロー吸血鬼の最後をあなたも見てたわよね。どう思った? 何千年生きていたか知らないけど、杭でちょっと胸に触っただけで灰になっちゃうのよ。諸行無常の響きあり、よね」
「そ、そうですね。吸血鬼と言っても超人的な力は殆どありません。幾ら不老不死でも胸に杭を打たれてしまえばお終いです」
 愛恋の握るハンドルがぶれて車が蛇行した。聞いている僕はいい気がしなかった。賀茂さんはサディストなのか。愛恋を脅してどうする気だ。
「日本も平和になったものよね。今のところどことも戦争はしていない。頭の上から爆弾が降って来ることもない」
 賀茂さんは腕を組んで窓から外を見ていた。かつて大阪球場跡地に建てられた「なんばパークス」と地上30階のオフィス・ビル「パークス・タワー」が見えている。
 高さは149・65mだからバベルの塔を凌いでいる。現時点でドバイのブルジュ・ハイファが尖塔を含めて828m、168階建てだ。旧約聖書の神様はどこら辺りから高層建築物をぶっ壊すのを諦めたのだろう。
「私の年齢ではかつて日本が世界を相手に戦った何て現実味のない話だけど、戦争が始まった頃、これ幸いと戦地に行った吸血鬼と地中深く棺を埋めて暫しの休眠に入った不戦派の吸血鬼に分かれたそうよ」
「何でそんな話を知っているんですか。まだ生れてもいなかったでしょうに」僕の疑問を愛恋が代わりに聞いてくれた。
「本社の小林課長が話してくれたのよ。昔は戦いと言っても局所的なものだったから安全な地域に避難して多くの戦いをやり過ごして来たんだけど、さすがに太平洋戦争末期は日本中どこに居ても危なくて、京都の大寺の地下に柩を運び込んで休眠していたんだって。
広島や長崎にも同類がいたそうで、彼等はショックが強すぎてまた本社のビルの地下で休眠してるんだそうよ。まったく戦争は嫌なことばかりね」
 小林課長は戦時中の行動をなぜ賀茂さんになど打ち明けたのだろう。僕は日本がきな臭くなって来た頃、自前の隠れ場所で休眠に入る準備をしていた。
「ちょっと車をその辺で停めてくれる?」と賀茂さんが言った。その辺と言われても都会ではそう簡単に車を停める場所がない。愛恋はカーナビを見ながら一番近い大型スーパーの駐車場に車を乗り入れた。
 これからの作戦計画なのか、別の意図があるのか、何だか話が長くなりそうな気配がする。賀茂さんはスーパーの前の自動販売機でホット・コーヒー缶を二つ買うと車に戻って来ると愛恋に片方を手渡した。
「さっきの話の続きだけど、そんな時代にも男女の結びつきはあったのよね。女の吸血鬼は休眠しなかった。なぜなら恋人の吸血鬼が戦争に行っちゃったから。幾ら不老不死でも流れ弾が心臓を直撃したら死んじゃうものね、当然心配で休眠なんかしてられない」
 付き合いでホット・コーヒーに口をつけていた愛恋の手が止まった。なんだ、これは。愛恋の話なのか。僕と麻利亜さんは狭い後部座席から身を乗り出した。
「当時東京にいた女の吸血鬼はあちこち逃げ惑いながらも東京大空襲を生き延びた。戦争体験のない私にだって当時の焼け野原の東京の写真を見たら生き延びるのがどんなに大変だったか分かるわよ」
「分かりませんよ、あなたには」と愛恋が呟いた。僕はその頃奥秩父で眠りについていた。眠りとはいえ、感覚全部が眠っているのではない。どうやら静かになったようだ、と起き出して東京に戻った時には一面の焼け野原だった。空がやけに高く見えたのを覚えている。
「そりゃそうだわね、平和ボケと言われる私達に終戦の頃の日本なんて写真で見るだけで現実感はまるでないしね。それはさて置き、話はまだ続くのよ。女の吸血鬼は復員して来た男の吸血鬼と再会した。それは確かよね?」
「回りくどい言い方をしないで私の話、と言ってくれて構いません。ええ、確かに再会しました。ちりぢりになっていた同類も集り始めて今の『バイオ・ハザード』の前身も再建されました。私は以前のように同類達との合流を選択しましたが、加藤は拒否しました。戦場でのハンティングにすっかり心を奪われてしまったんです」
 『バイオ・ハザード』社の歴史は長い。『金剛組』には負けるが、武家集団が実質的に権力を握った頃から名を変え、業態を変えて存続して来た。今でこそカタカナ名で気取っているが、『血盟塾』なんてダサイ名称を使っていた時もあった。愛恋はまだ新米の吸血鬼だから、もし社歴というものがあったとしたら現在の『バイオ・ハザード』社になる三つ前くらいの社名しか知らない筈だ。
「その加藤の名が調査表の中にあるんだけどね。現在の住処は大阪。鈴木さん、あなたが大阪に転勤になったのは偶然?」
 賀茂さんの問いに愛恋はふっと笑った。
「偶然に決まっているじゃないですか。本社直属の者は別として、私達はあちこち転勤して歩いているんですから。それに、新幹線のお陰で東京大阪は日帰りコースです。昔みたいな遠距離恋愛とは違います」
「じゃあ、今も加藤とは付き合っているってことね」
「百年そこそこしか生きられない人間とは違って私達吸血鬼同士の絆は永遠です」と愛恋は言い切ったが、室町時代から生き続けている僕から見ればそうでもない例は幾つも見て来た。元同僚の高橋のように人間と短い絆を結ぶ奴もいる。吸血鬼が不老不死でも永遠の絆など保証出来るものではない。
「賀茂さん、あなたの持っているサンプルを私にくれませんか。加藤は現在大学院でips細胞の研究をしていてO型Rh nullのサンプルを出来るだけ集めたい、と言っています。人間よりも、いえ、『バイオ・ハザード』社より早く大量生産の道を開いて私達吸血鬼が人間を襲わなくても済む世界を夢見ています。いえ、それどころか私達には複製技術が確立されれば宇宙にさえ進出出来るんです」
 無防備に両腕をだらりと下げて聞いていた賀茂さんはふーん、と長い息を吐いた。アウトロー吸血鬼の中でも既にO型Rh nullの噂が広がっているのは聞いている。ネット社会では気をつけて見ていれば情報は幾らでも拾える。
 そう言えば映画の『帝都物語』でも加藤という名の将校が悪役だったねえ、と賀茂さんが言った。ホラー好きの麻利亜さんが激しく反応して、車内が北海道並に冷えた。あれ、映画はイマイチでしたけど、小説は面白かったですね、と麻利亜さん。映画はイマイチでも加藤役の俳優さんが嵌り役だったね、と僕。賀茂さんが後部座席をぐっと睨んだ。
「あのさあ、永遠の絆はいいけど、加藤はあなたに嘘をついているわよ」僕達を睨んだ鋭い目のまま、賀茂さんは愛恋にフロント・ガラスが凍りそうな冷たい声で言った。
「『バイオ・ハザード』社の報告では加藤は難波の小汚いマンションに引き籠って日がな一日中スマホをいじっているそうよ。私はやったことないけど、交流サイトで人間狩りをしてるみたい。あなた達お得意の催眠術とやらで眠らせて血を頂いた後に所持金も頂いちゃってるらしいじゃないの。狙うのはいつもB型の人間。会う前に必ず血液型を尋ねるんでB型の昏睡魔、っていう噂がそろそろ立ち始めているらしいじゃないの。やばいと思うよ」
「でも、私と会う時、彼はいつも大学の研究棟にいます」
 愛恋が搾り出すような声で反論した。賀茂さんが鼻先で笑った。嫌な感じだ。
「そんなことで信じてるの? 白衣を着て研究棟をうろうろしていたら誰にも見咎められないじゃない。会う時はいつもどこで?」
「大学の前の喫茶店ですけど」
「そこへ白衣を着てやあやあ、と現われるのね。結婚詐欺師の自称空軍大佐クヒオって、覚えているでしょう。男と同じで女も制服に弱いらしいわね。それで今日は丁度暇な時間が出来たからどこかへ遊びに行こうか、とか言って白衣を鞄にしまってそれからデートって段取り?」
 賀茂さんが容赦なく畳み掛ける。図星を指されたらしい愛恋はまるで捕獲された野良犬のように震えていた。そこまで嫌味を言わなくてもいいのに、と僕ははらはらした。
 愛恋だって立派な吸血鬼なのだからその気になれば賀茂さんの目を見詰めれば眠らせることが出来る。いや、駄目だ。ミツミネがついているし、吸血鬼にとっては恐ろしい杭を持っている。
「『バイオ・ハザード』社は鈴木さんのことをとても心配してるのよ。あなたはまだ若い吸血鬼で……」
「ええっと、鈴木さんは何年物の吸血鬼だっけ?」賀茂さんが後部座席で成り行きを見守っている僕に聞いて来たので、二百年、と答える。愛恋は急に後部座席を見た賀茂さんの目の動きを追ったが愛恋には幽霊が見えてない。
「あなたはまだ二百年くらいしか生きていない若い吸血鬼で、人を傷付けたりしないって聞いている。そんなあなたが加藤みたいなアウトローと付き合うのは良くないわよ」
 ああ、愛をとるか、正義をとるか、ですね、と麻利亜さんがうっとりとした口調で言った。悪いが、麻利亜さんには黙っていて欲しい。メロドラマ仕立てはまっぴらだ。
「『バイオ・ハザード』社が私を心配しているのだとしたら、それは私が妊娠しているからでしょう」
 愛恋の衝撃の告白だ。吸血鬼と人間の間では子供ができるが、吸血鬼同士の妊娠は極めて稀だ。吸血鬼史を紐解けば今まで十例くらいしか報告されていない。
 不老不死とは遺伝子が劣化しない事を意味する。普通の生物は遺伝子の再改新のために生殖する。老兵は新兵に席を譲るのが鉄則だ。僕達はその規範から外れている。
 吸血鬼と人間の間の子は長生きで怪我をしてもあっという間に治るが、所詮は人間だ。元同僚の高橋のように何回も妻と子が死んで行くのを見送らなくてはならない。
 それに対して吸血鬼同士の結びつきでは妊娠は本来必要ない。遺伝子更新の必要がないからだ。それでもごくごく稀に子供が生まれる。僕等の間ではハイブリッド・吸血鬼と呼ばれている。二十五人いる学会のメンバーの三人がハイブリッド種だ。
 当然ながらハイブリッド種達はなぜ自分達が生まれて来たのか研究している。自らが実験台になってありとあらゆる検査をしているが、今のところ、他の吸血鬼との差は見出せないでいる。そもそも人間から吸血鬼が分離した経緯が謎なのだ。
 つい最近、メキシコのクリスタル洞窟で五万歳と推定される休眠微生物が発見されている。餌は鉄とマンガンだそうだ。僕等吸血鬼の細胞に、この微生物が何らかの関与があったのではないか、と学会では論争が巻き起こっている。
 僕達普通の吸血鬼が人間から分離して不老不死を獲得したように、ハイブリッド種もどこか違う筈だ。人間が滅びても僕等は残る。だとしたら吸血鬼が滅びそうな状況になった時に、ハイブリッド種の隠れた遺伝子が発現するのではないか。
 僕はそんな話をざっとではあるが麻利亜さんにレクチャーした。普通の人間にはこんな話は出来ないが、幽霊相手なら構わない。今のところ僕だって物理的現象は起こせないのだ。
 あらまあ、吸血鬼って本当に神秘的な生き物なんですね、と麻利亜さんが呑気な返事をした。長い沈黙の間、賀茂さんは僕の話に禅僧のような顔つきで耳を傾けていた。
「『バイオ・ハザード』社が私を心配してるって、結局はお腹の中の子に興味があるだけじゃないですか。今なら胎児の段階から観察出来るし。下手をすれば人工子宮の中に入れて研究対象にしかねないんじゃないですか」
 予想通りの反発だ。学会としてはそうしたいだろう、と僕だって思う。ただ、映画に出てくるような遺伝子操作をして世界征服を狙っている悪の組織ではない、と信じている。
「あなたの組織のことはよく知らないけど、あなたの身と胎児の身の安全を心配しているのは確かよ。あなたが組織を離脱して加藤と暮す選択をしても、それは構わない。でも加藤は血液学なんか専攻してない嘘吐きだってことは確か。あなたと生まれて来た子供は加藤と一緒にいる限りやばい方法で人間狩りを続ける破目になる、これは分かるわね?」
 スプラッタはお好き? と麻利亜さんが軽口を叩いた。幾らなんでも不謹慎だ、と思った僕は彼女の長い髪を引っ張った。キャッと小さな悲鳴を上げる麻利亜さん。幽霊同士なら身体的接触が可能なようだ。
「吸血鬼同士の子供が生まれるのは珍しいことらしいから、鈴木さんが疑心暗鬼になるだろうな、って『バイオ・ハザード』社だって考えてるわよ。信用するかしないかはあなた次第だけど、ほら、誓約書を貰ってあるから読んで御覧なさい」
 賀茂さんがウエストポーチから書類を取り出した。再び後部座席から身を乗り出して誓約書とやらを愛恋と一緒に眺める。こんな誓約書を賀茂さんはいつ用意したのだろう。サンプルを届けてくれた山本からか。
 誓約書には愛恋が危惧するような項目は一切書かれていない。むしろその子の成長を見届けたい、という嘆願に終始している。
 多分、ハイブリッド種として生れた吸血鬼が書いたものだ。これから生れてくる子に対しての真情溢れたメッセージが綴られている。
「なに、私、スイスへ転勤になるんですか? そこで子供を生め、って?」
「そう、今の所、一番安全な永世中立国だし、本部もあるからね。オードリー・ヘップバーンが引退後に過ごした国よ。行ったことないけど、きっと素敵な場所だと思うな」
 ヘップバーンが暮していたからっていい場所とは限らないだろうが、永世中立国であるのは確かだ。成り行き不穏な日本より子育てには適している。
 実はね、と賀茂さんはウエストポーチから更に他の書類を取り出した。次から次へと出て来る。まるでマジシャンだ。賀茂さんが言うには既に旅行会社勤務の山本が渡航の手続きを済ませ、ジュネーブまでの飛行機のチケットも手配済みなのだとか。
「ほら、このチケットをあなたに渡すからね。ジュネーブに着いたらこれからのあなたの仕事も住処もちゃんと手配済みよ。心配なら一年間現地の同類がサポートしてくれるって。ほれ、これが自動言語翻訳会話機。公用語はスイスドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語だって。あ、ジュネーブはフランス語圏みたいね」
 いつの間にかスマホを操作していた賀茂さんがプチ情報を放り込んで来た。すっかりお膳立ては整っている。後は愛恋の決断だけだ。
 加藤さんを諦めてたった一人で外国へ行けるかしら、と麻利亜さんが乙女チックな心配をしている。一人じゃないよ、お腹の子供がいる、と僕は返した。選択するなら子供の方でしょう。
「ええい、決断力のない人ね」と賀茂さんがキレた。ほら、と愛恋に渡したのは加藤のスマホの記録だ。そんなもの、どうやって手に入れたのだ、と疑問は多々あるが、愛恋にとっては衝撃の真実だ。
「よーっく見てみなさい。援助交際を持ちかけるいかがわしい文字列が並んでるわよ。男にも誘いをかけてるじゃない。加藤って、バイセクシャルを装ってるのね。それで上手く引っ掛かった相手をホテルに連れ込んで……」
「もう、いいです。分かりました」と愛恋が幽霊でも恐ろしくなるほどの静かな声で会話記録が記されている紙を賀茂さんに突き返した。
 麻利亜さんが後部座席から愛恋に圧し掛かるように身を乗り出している。自己投影でもしているのだろうか。単なるミーハーか。
「スイスに行くのを承知したって解釈していいのかな」
 賀茂さんはスマホの記録を受け取るとウエストポーチに仕舞い込んだ。さっきからずっとミツミネが賀茂さんと愛恋の顔を交互に見ている。
「あなたは加藤を狩りに来た。絶対にやり遂げるでしょう。梅田で証明済みです。そして私が加藤の味方をしたり一緒に逃げたら私も狩るつもりでいるのでしょう。どうやら私には選択肢はなさそうです」
「そんな悲壮な言い方をされちゃ困るんだけど、一応OKってことよね? 素行の悪い男と逃げるより、これから生まれて来る子供の将来を考えてあげるのが一番よ。はい、チケットを持って関空に向かいなさい。荷物は支社の同類がもう纏めてトランクに詰めてあるから、空港で受け取ればいいわよ」
「もう何もかもセッティング済みなんですね」と答えた愛恋の声は意外にも乾いていた。加藤の嘘などとうに見抜いていたのだろう。どうしたら良いのか考えあぐねていたところに強引に背を押された。
「チケット、こちらに頂きます。身一つで行けばいいんですよね。車はどうしましょう」
「そんな細かいこと気にしないでいいわよ。鈴木さんのトランクを持って待っている支社の人が回収するから。じゃ、私達はここで降りるから、ちゃんと空港へ行くのよ。そしてスイスに行ったら元気な子供を生んでね。落ち着いたらスイスから絵葉書頂戴ね。絶対よ」
 今まで一度もエア・メールを貰った経験がない賀茂さんは外国切手が貼られた郵便物を一度は貰ってみたい、と切望していたのだそうだ。ネット全盛時代に何たるアナログ。
 賀茂さんに会ってからずっと他人行儀だった愛恋が初めて頬を緩ませて頷いた。こうもストレートな言い方をされたら僕だって絵葉書を送りたくなる。
 愛恋は最後まで僕とミツミネと麻利亜さんの存在に気付かずに賀茂さんを車から降ろすとカーナビに関空までの道を表示させた。母は強しですね、と麻利亜さんが感激しているが、愛恋の心中はもっと複雑な思いが交錯しているに違いない。
 愛恋の軽自動車が大型スーパーの駐車場から大きな通りに出て行くのを僕等は見送った。
絵葉書送ってくれるといいですね、と麻利亜さん。「送って来なかったら殺す!」と賀茂さんがまんざら冗談ではない口調で言った。

大阪冬の陣

 スーパーに置き去り状態の僕達はまたタクシーのお世話になることになった。タクシーに乗り込む前に賀茂さんはスーパーで弁当と飲料を買い込んだ。目的地は加藤の住んでいるアパート近辺だ。
 タクシーを降りると我らが霊能者はさっそく血液サンプルが入ったビニール袋の口を開けた。加藤ともう一人の吸血鬼が血の匂いを嗅ぎつけて現われるのを待つ。
 賀茂さんが時々当たりに目を配りながら弁当をかき込んでいる。ホシの登場を待っている刑事みたいだが、テレビで見る刑事の定番はあんぱんと牛乳だ。それに人の家のブロック塀の前で体育座りをして弁当を食べている刑事なぞいない。
 どちらかと言えば賀茂さんが通報されかねない不審者だ。ジャージ姿で道端で弁当を食べている姿はどう見ても路上生活者だ。
「あのですね、ちょっと聞いていいかな」と僕は付け合せのホウレン草の胡麻和えを食べている最中の賀茂さんに声を掛けた。「なに?」と路上生活者が僕を見上げた。
「いやその、今迄各地で派手な働きをしてるけど、今は全国的に防犯カメラが張り巡らされている時代じゃないか。あなたの犯行、じゃなかった、勇姿がカメラに映ってやしないかなって気になってね」
「ああ、そのこと」賀茂さんは次に付け合せのキンピラゴボウに箸を伸ばした。
「これでもなにげに防犯カメラから外れるように行動しているんだけど、一日東京を歩き回ったらニ百回くらい防犯カメラに移っちゃうらしいじゃない。完全にカメラの死角に入るってのは無理よね。幽霊だってたまにカメラに映っちゃったりして」
 え、幽霊もカメラに映るんですか? と麻利亜さんが口を挟んだ。女の会話はどうしてこうあっちに飛び、こっちに飛びするのだろう。
 幽霊も映るわよ、と賀茂さんがにやりと笑った。たまに動画サイトで「幽霊が映った!」とアップしてある、あれだ。しかし防犯カメラの映像は事件性がない限りはじっくり観賞されるものではなく、期間限定で消去される。
「映るけど、大半は見過ごされて終わり。何日間もの記録を同じ時間を掛けて見ている人もいないしね。それに最近は合成とか多いし。よく出来ている映像だなと思ったらB級映画のワン・シーンだったりしてね」
 そんな御託はどうでもいいから、吸血鬼ハンティングの映像はどうするんですか、と聞くと幽霊映像と同じなんだとか。殆どが見過ごされている。映像上では賀茂さんがある人物に近付く、人物が倒れて一瞬で消える、現実世界ではそれだけだ。何か問題でも?
「いざとなったら『バイオ・ハザード』社が揉み消してくれるしね、気にすることではないわよ」
 愛恋のことと言い、防犯カメラのことと言い、その『バイオ・ハザード』社の一員として社の力に一種の感動を覚えた。研究室の一室で血液検査にだけ励んでいた僕にとっては
世界中に情報網を張り巡らせているとは、何て凄い組織なんだろうと思う。
 人間達が争いを続けるなか、僕等同類は着々と組織作りをして来た。嘘か誠か人間には世界征服を目論む団体があるそうだが、僕達の理念は世界征服ではなく人間との共存だ。O型Rh nullが量産されれば共存はもっと楽になる。
「あ、来たよ」
 賀茂さんが弁当と飲料をスーパーの袋に入れて立ち上がった。確かにゾンビみたいな奴が二体こちらに向かってやって来る。笑いごとではないが、一体は白衣を着ていた。こいつが加藤だろう。
 あれが加藤ですか? 『帝都物語』の加藤と全然似てないですね、と麻利亜さんががっかりしている。異相の俳優さんと違って、吸血鬼の加藤は人気バンドのボーカル+若手人気俳優を足して二で割ったイケメンだった。
 もう一人はかちっとした地味なスーツを着こなした女。上着の襟には弁護士バッジが鈍い光を放っているが、本当の弁護士なのかモグリなのかは不明だ。二人とも抗い難い誘惑に目だけが赤く光っている。
 賀茂さんは血液パックをウエストポーチに仕舞うと杭をカチャカチャと音を立てて伸ばした。後は以下省略。二つの灰がアスファルトの道に残り、折りしも吹き出した強い風がそれを散り散りに消し飛ばした。
 ねえ、田中さん、あの灰を集めて水をかけたらまた復活するんでしょうか、と麻利亜さんがファンタジックな目をして聞いてきた。さあねえ、フリーズ・ドライってもんでもなさそうですから、と僕は答えた。不老不死でもそれは多分、なし。
 仕事を終えた賀茂さんが大阪支社に電話を入れると山本さんが霊柩車で迎えに来た。只今普通の車は出払っていて、これしかなかったのよ、と山本さん。これにはさすがの賀茂さんも絶句だ。
 霊柩車に乗るのは初めてです、と喜んでいる麻利亜さんと僕は後部、即ち棺桶を乗せる部分に乗り込まざるを得なかった。麻利亜さんは一度死んでいるのに霊柩車に乗った記憶がない、というのはどういうことだ。
 死んだのは確かですけど、霊魂と体が分離してしまい、霊魂はマンションに残り、遺骸がその後どうなったのか、多分パパが火葬してくれたんだと思います、と麻利亜さん。だからそのパパって何者?
 霊柩車は近くを走る車の注目を浴びながら支社に到着した。Y字路に建つ古いビルの一階が葬儀社で、二階以上は『バイオ・ハザード』系列会社が入居している
 霊柩車の後部から降りて急いで賀茂さんの後を追う。山本さんは車を葬儀社の駐車場に車を戻すと大回りして横道に入った。同じビルなのに雰囲気が変わって何の変哲もないオフィス・ビルに変わる。
 本社と違って支社では人間相手に仕事をしているので入口も普通の自動ドアだ。とは言え、ドアの上部に小さなセンサーが付いているのを僕は見逃さなかった。
 センサーが幽霊にどのように反応するのか興味ある課題だ。幽霊は物理的に何も出来ないが電気系統には作用出来る。悪霊が侵入したら問題発生だ。実体を取り戻したら進言してみよう。
 山本さんはエレベーターの三階のボタンを押した。エレベーター内の案内板を見ると三階は旅行会社になっている。愛恋の所属していた保険会社は四階にある。いずれも大手とはいかないが、中堅どころの会社だ。
「愛恋がちゃんと飛行機に乗ったか、聞いてくれないか」と僕は賀茂さんに頼んだ。愛恋に限って逃亡など有り得ないが、はっきりと聞くまでは安心出来ない。
「山本さん、鈴木さんはジュネーブに発ちましたか。何だか急がせちゃったみたいで気になるんですけど」
「本当は明日の午前中の出発便なんだけど、あれこれ考えさせない為に今日出発って急がせたのよ。今晩は関空近くのホテル泊まり。丁度フランクフルトに行く予定の同類がサポートしているから大丈夫よ。ってか、髪を引き摺ってでも乗せるけど。本社からそう言われてるから」
「チケットはそんなに簡単に取れるものなんですか?」
 スマホで検索していた賀茂さんがもっともな質問をした。関空からのフランクフルト便はJALとルフト・ハンザが一日一便運行している。ジュネーブに行く直行便はなく、フランクフルトで乗り換えだ。
「飛行機がいつも満杯とは限らないでしょう。それに例え満杯でも何とかするのが私達旅行業者の仕事だから。キャンセル待ちするかキャンセルさせるか」
 はあ、キャンセルさせる? どうやって? 僕の頭の中は色々なパターンが浮かんでは消えた。 
「とにかく、あなた、賀茂さんの大阪入りを待って鈴木さんをジュネーブに行かせろ、と言われてね、何でかは知らないけど、大阪支社総力をあげて鈴木さんのスイス行きをサポートした訳よ。私もあなたにしっかりブツを渡したし。一応、これでミッション成功ね」
 昼間僕らがアウトロー吸血鬼狩りをしている間にたっぷりと睡眠をとったらしい山本さんは上機嫌だった。愛恋と加藤との関係や妊娠については本社からは何も聞いていないようだが、聞いていても聞いていなくても山本さんの行動は変わらない。
 私が海外に行く時は是非御社の旅行会社を利用します、と賀茂さんがグアム行きのパンフレットをしげしげと眺めている。彼女の性格からすると「キャンセルさせる」の言葉に反応したのだろうと思われる。
 賀茂さんなら霊体を飛ばしてどこへでも無賃乗車で行けそうだが、レジャーごときで霊能力を使うのは能力の無駄使いだし、実感として楽しくないのだそうだ。意外と面倒臭い。
 賀茂さん、グアムへ行く時は私も連れて行ってください、と麻利亜さんが声を掛けたが、「あなたは田中っちの執着霊だから駄目」と断わられてしゅんとしている。この際、賀茂さんの執着霊に鞍替えしたらどうだ、と僕は言いたい。
「さーてと、私は東京へ帰らなくちゃ。9時30分梅田発の夜行便に乗ればバスタ新宿には05時55分には着くから、まだ太陽が昇りきらないうちに本社へ戻れそう。あなたもバスで行く?」
 新幹線で行けばすぐなのだが、旅行会社店勤務の身だから陸路・海路・空路のあらゆる手段を実際に体験してみる必要があり、今回山本さんはバス夜行便での往復をお試ししている。
「私はこれから名古屋に行かなくちゃならないので新幹線で行きます。それで、お願いがあるんですが、山本さんから預かった黒い小箱の中身を暫らく持たせてくれませんか」
 これで仕事が捗るから、とまでは言わなかった。ええ? 持ち帰るように言われてるんだけど、と山本さんは難色を示した。彼女は中身が何たるか気付いていないが、重要な物とは認識している。
 しばらく貸す、貸さないの問答が続いたが、梅田からの夜行便の時間が迫って来ると指示を仰ぐことに決めたらしく、本社の旅行会社に電話を入れた。それから担当者が次々と変わり、最後に出て来たのは小林課長だった。
 『バイオ・ハザード』社の心臓部とでも言う部門だから当然だが、先の電話の時に「じゃあね」で電話をぶっつり切ってしまうような上司が何を言うか大いに気になる。
 僕が山本さんの背後からスマホでの会話を盗み聞きしている間、賀茂さんは落ち着きなく旅行パンフレットを折ったり広げたりしている。
 血液サンプルがあれば仕事がやり易いのだから、手元に置きたいのは当然だ。まだ名古屋に二人、横浜に一人、東京には七人も残っている。さっさと片付けて報酬の二千万円を手に入れたい気持は分かる。
 ちょっと賀茂さんに代わってくれるかな、と小林課長の声がして山本さんのスマホが賀茂さんの手に移動した。
「そりゃあ、こちらから捜すより誘き寄せるほうが楽ですよねえ。いや、最初から渡しておけば良かったかな。でも研究用のサンプルだから学会の承認を得てからじゃないと持ち出せなくてね。でも一度OKが出たんだから仕事が終るまで持っていてくれて構わないでしょう。東京に戻ったらちゃんと返して下さいね」
 小林課長のなんとも緩い許可が出た。本当にもう、最初から渡しておけよ、と僕はスマホ相手に愚痴ったが小林課長には聞えていない。賀茂さんが山本さんに向かってVサインを出した。
「必ず持って帰れ、と言ったくせに電話一本でOKだ何て解せないわね。一体、中身はなに? 知ってるなら教えてよ」山本さんがVサインの指を手の甲の方に軽く捻った。
「あ、痛っ、怒らないでくださいよ、山本さん。中身はお守りですって。三峰神社の白いお守りです。霊験あらたかで、最近では早朝から並ばなくちゃ手に入らない貴重なお守りなんです」と賀茂さんが大嘘をつく。
「へえ、お守りを学会が研究してるって言うの? お守りって言ったって、中身は薄い板切れだけじゃない。まあ、言いたくないならそれでもいいわ。私、そろそろ出なくちゃならない時間だからね。本社に帰ってから小林課長に聞いちゃおう、っと」
 山本さんはオーストリッチのバッグを持つと賀茂さんの肩をぽんと叩いて急ぎ足でドアに向かって行った。小林課長は教えてくれないと思うよ、と僕はその後姿に声を掛けて見送った。

尾張名古屋の守口漬け


「さあて、次ぎは名古屋か。今日中に新幹線に乗るとするか。名古屋ではまたナビゲーターさんが待っているそうよ。宿泊費の高いホテルを予約してくれるような話だったけど、ビジネスでいいです、って断わっちゃった。いいよね?」
 いいよね、もなにも事後承諾だ。横になって寝る必要がない僕達は高級だろうがカプセル・ホテルだろうが一向に構わないのだが、相変わらずのジャージ姿ではビジネスがせいぜいだろう。出発の時から洗濯していないジャージは少し臭かった。
 霊能者という人種は見た目に拘らないのだろうか。TVなどで見る自称霊能者は修験道や僧侶の格好をしていたような気がするが、あれはプロダクションか派遣するタレントだから、と賀茂さんが以前言っていたが、臭い霊能力者はアリだろうか。
 僕が霊能力者の正しい服装について考察している間に名古屋に着いた。ここでのナビゲーターは伊藤君だった。見た目はどこにでもいそうな高校生男子だが、本当は何歳か見当がつかない。
 下はジーンズ、上は無難なベージュのコートで中にはオレンジ色のセーターを着ている。髪は染めておらず、リュックを背負ってまさに予備校帰りの真面目な高校生の出で立ちだ。
「オバサンが、本部からのお客様の賀茂さんですか?」
 伊藤君は三十女の賀茂さんの心の琴線を切り刻む声を掛けた。賀茂さんの眉がぴくりと動くのを見て、僕と麻利亜さんは数歩退いた。
「だれがオバサンよ。あんたのような甥っ子を持った覚えはないんだけど」低い声が威圧的だ。
 伊藤君は根本的に好青年らしい。あ、いや、どうもすいません、とサラサラの髪に手をやったが、小柄でジャージ姿のオバサンをなぜ接待しなくてはならないのか理解出来ません、と顔に書いてある。
「オバ……、いえ、賀茂さん、リクエスト通りビジネス・ホテルを予約して置きました。それと、名古屋のお土産ですが、ういろう、守口漬、有松絞りのまりちゃんバッグ、金鯱のミニチュアの置物、黒豆煎茶、金しゃちビールの二本セットに、名古屋せんべいに」
「お土産は有り難く頂くとして、名古屋で一番高い建物はどこかしら」
 賀茂はさんはまたもや高層建築物に執着している。調査表では十六区のうちの港区と中村区と記入されている。それに今回からは血液サンプルを持っているのだから敵はあちらからやって来てくれる。高い所へ上りたがるのはやっぱり趣味か。
「はあ? 一番高い建物ですか。JRセントラルタワースオフィス棟が51階で結構高いですけど、一番と言えばミッドランドスクエアでしょうね。階数は47諧ですけど、高さは247mです。ほら、そこ。シースルーのダブルデッキエレベーターが楽しいですよ」と伊藤君は教科書を読み上げるように答えながら建物を指差した。
 なんでも44諧から46諧はスカイプロムナードと呼ばれる屋外型展望施設だそうで、名古屋を一望でき、しかも都合がいいことに中村区にある。展望台巡りって素敵、田中さんに憑いてきて良かったわー、と麻利亜さんがはしゃいでいる。
「ミッドランドスクエアには明日行くから。それに名古屋には一泊しかしない予定だから伊藤君は私達……、私に付き合ってくれなくていいわよ。で、ビジネス・ホテルはどこかしら」
「ああ、そうなんですか。じゃあ、一応ホテルまでは御案内しますけど、名古屋を発つ時は電話してくださいね」
 やれやれ、助かった、という心情丸出しの伊藤君が僕等をホテルまで案内してくれて、お土産の入った大きな袋を賀茂さんに渡すとひらりひらりと雑踏の中へ消えていった。
 支社に戻った伊藤君は、ジャージが臭って髪が爆発しているオバサンの話題で盛り上がるに違いない。永遠の十代。老いて死ぬ運命の人間にとって伊藤君は理想形だろう。
 ビジネス・ホテルに入った途端、僕と麻利亜さんはご同類を見つけた。賀茂さんもちらりと目を向けたがあまり関心がないみたいだ。
と言うことは悪霊ではなく、このホテルに自縛している霊なのだ。
 紺色のスーツに襟元と裾に白の線が入った制服を着た若いフロントマンのすぐ傍にその幽霊は立っていた。フロントマンの「いらっしゃいませ」の声にあわせてハモっているから、彼もフロントマンだったのだろう。
 賀茂さんが不愉快そうな顔をしてチェック・インとお土産の宅配便発送の手続きをしている間、「ね、見えてるでしょ。見えてますよね」とアピールして来るのが鬱陶しい。見えてますよね、どころか今のところ、僕は彼と同じ境遇なのだ。
 どういう経緯で幽霊になってしまったのか知る由もないが、外傷は見当たらない。メタボな体型だから勤務中に脳卒中でも起こして倒れたのだろうか。
 彼は暫らく「見えてるでしょ」アピールをしていたが、麻利亜さんの姿を見るとふいに姿を消した。同じ幽霊仲間でも白いワンピースに血を滴らせたロングヘアの女の幽霊は怖いらしい。慣れればどうって事ないのだけどね、と思う僕は段々と世間的感覚からずれ始めているみたいだ。
 エレベーターに乗って割り当ての部屋に入った後、「何で幽霊の出るホテルを選ぶんだか」と既にこの場にいない伊藤君に文句を並べたが、伊藤君は霊感なしの吸血鬼だろうから、幽霊のいないホテルを選べ、と言っても無理な話だ。
 まあまあ、と適当に賀茂さんを宥めすかす。途中のコンビニで買ったおにぎりと、宅配便で送るのを止めた長い守口漬を端から齧っている姿はいかにも賀茂さんらしくてトリッキーだ。
 代々婿養子みたいな話をミツミネから聞いているが、こういう人の婿になる男ってどんな人なのか、他人事ながら気になる。賀茂さんと世間話をしながら食卓に向かう。想像し難い。
「賀茂さんって、学生時代はどんな女子だったんだ? 友達はいたのか? 恋人とかは?」
 守口漬とおにぎりで腹一杯になった賀茂さんがベッドで電源OFFになったのを見計らって僕はミツミネに尋ねてみた。とても普通の人間関係を築いていたとは思えないからだ。
「その質問には負のバイアスが掛かっておるな。友達も恋人もいない寂しい学生生活を送って来たのだろうと言わんばかりだ。私が知っている保子の短大時代は普通の青春とやらを謳歌していたように見えたがな。恋人と呼べるかどうかは微妙だが、男友達もいた。ただし女であれ、男であれ、家にまで連れては来なかった。霊能者だと知られるのが嫌だったのと、父と兄に会わせるのが嫌だったのだろうな。いまでも付き合いのある友達はいるが、保子が除霊の仕事をしているのは知らないようだ」
 それって、窮屈じゃありません? と麻利亜さん。霊能者だとカミングアウトしてしまえば楽でしょうに。
「そうか? 楽ではないと思うぞ。例えばだ、お前が大金持ちで幾らでも小遣いを使える娘だとしよう。周りに集って来る大半はお前の金目当てだろう。一事が万事たかられる。それと同じ様に霊能力があります、などと言ったら集ってくるのはオカルト趣味の人間ばかりだ。それも半信半疑の人間だ。そんな連中と一緒にいて楽しいか」
 スマホに写った心霊写真の鑑定をさせられる。ドアが風でバタンと閉まっただけで「今のなに?霊がいるの? キャア!」だ。
 「風で閉まっただけよ」と本当のことを言っても信じてはくれない。霊感のないくせに霊感があると称している自称「見える人」からは「賀茂さん、本当に霊感あるの?」と絡まれる。霊能者だとカミングアウトしても何ら得られるものはない。
「それでもこれから結婚相手をみつけなくちゃならいのだろう? 霊能者の婿になる男などいるのか?」
「保子も父と兄で苦労しているからな。それに今は何がなんでも家を継がなくてはならない時代ではない。賀茂家も自分で最後にしてもいいと思っているようだがな。おまえ、実体を取り戻したら保子の婿になる気はないか?」
 突然火の粉が飛んで来たので僕はぶんぶんと打ち払った。いつでも吸血鬼を灰にしてしまう杭を持っている妻なんて恐ろしくて喧嘩も出来ない。
 毎日が針の筵で、しかも祖母と母の幽霊と働かない父親と兄がもれなく付いてくる。賀茂家のいざこざに巻き込まれるのは真平だ。
「いや、僕は賀茂さんのような霊能力者には相応しくないただの中年男ですから」と即決で辞退したが、 麻利亜さんのいる方角から冷気が押し寄せ、ミツミネはふん、と鼻を鳴らしている。とんだ薮蛇だった。
 翌日はホテルを出るとさっそくミッドランドスクエアのスカイプロムナードに向かった。
麻利亜さんは生前は「晴れ女」だったそうで、そう言われてみると今まで雨に見舞われていない。「晴れ女」ならそれだけでラッキーな感じだが、なぜ自殺したのか未だに教えてはくれない。
 相変わらず麻利亜さんは高い所に上るとハイテンションだ。賀茂さんと一緒だと素敵な景色が見られますね、とふわふわと漂っている。厳しい目付きで市内を睥睨している賀茂さんとは真逆の同伴者だ。
「あ、めっけ!」と突然賀茂さんが叫んだ。近くにいた見物客の何人かが振り向いたが、一般人が想像するような興味深いものを見つけたのとはちがう「めっけ!」だ。
「地図で見ると名東区の牧野ヶ池緑地だね。ふーん、牧野池っていう名の池があるんだ」どれどれとスマホで検索する賀茂さん。尾張徳川家の御狩場だったが、現在は渡り鳥が飛来するらしい。
「尾張徳川家の御狩場かあ……。古い霊だけどまだ怨念が残っている」
「その池、心霊スポットとかになってんの?」と僕ははらはらしながら尋ねた。ここでまた悪霊退治に時間を取られてはかなわない。
「もともと水辺には霊が寄りやすいからね。離れ難いってとこかな。心霊スポットかどうかは聞いてみなくちゃ分からない」
「古い霊なら放っておけばいいじゃないか。この世には多少のホラーも必要だよ。悪霊レベルを10で現すとするとレベルは幾つなんだ?」
「レベル2ってとこかな」
「レベル2くらいなら賀茂さんがわざわざ出馬しなくてもいいんじゃないの」
「ま、そうだけどね。目が合っちゃったもんだから。展望台を降りてから御札を飛ばしてやれば済む話だけどね。それよりアウトロー達の居場所は大体見当ついた?」
「調査表通り、出没地区は港区と中村区みたいだね」
 加茂さんはビルから出るとウエストポーチから御札を取り出し、紙飛行機のように折ると息を吹きかけて飛ばした。御札は鳥の姿になると牧野池方向へ跳んでいった。
 ふと気付くとウエストポーチの中の御札が大分少なくなっている。賀茂さんは今迄各地で御札を飛ばしていたに違いない。寝ている間も霊体となって悪霊退治をしていたのなら、ミツミネの言うように疲れるのは当然だ。
 幽霊が見えるだけなら無視すればいい。しかしその霊を祓える力を持っている人はどうしても幽霊と対峙しなくてはならない。
 そう言えば、僕の、いや、飛行機に乗り合わせた乗客全員の命を救ってくれたのは賀茂さんだった。臭いとか変人とか批判する前に、まず感謝しなくてはならない人だったのだ。
賀茂さんを讃えよ!
 しかし、ウエストポーチから昨日の残りの守口漬を取り出して齧り始めた姿を見ると讃える気持が一気に萎えた。あのさあ、アルミホイルをがさがさしながら守口漬を食べるの、止めてくれませんか。蛇を食べているみたいで気持悪いっす。塩分も多めですよ。

ローンウルフと本当のウルフ

 賀茂さん(と僕達)はビルとビルの隙間に身を潜めてアウトロー吸血鬼がやって来るのを待った。パックの口を開くとO型Rh nullの芳しい匂いがする。今日は『バイオ・ハザード』社関連の連中は一日中支社で缶詰になっている予定なので、来るのはアウトローだけだ。
 始めからこうすれば良かったんじゃないですか、と麻利亜さんがしごく御もっともな意見を言った。まったくもって、そうしてくれれば僕だって二度目の幽霊になる苦労はしなくて済んだ筈だ。本社の奴らの怠慢だ。
 O型Rh nullの匂いに誘われて来たのは医療系の制服を着た女子だった。ビルの隙間に現われたところを難なく捕獲して灰にした。医院では帰って来ない従業員を心配するだろうが、ラインで退職通知をする時代だ。問題ない。
 次に港区へタクシーで移動する。名古屋港があるから港区。分かりやすいいネーミングで、名古屋市の中では最大の面積を持つ。ランドマークである名古屋港ポートビルで車を降りた。
 さっきの女性、とても吸血鬼には見えなかったんですけど、あの人もシリアル・キラーなんですか? と麻利亜さんが聞いてきた。
 体重60キロの人間なら全血液量はおよそ4・5リットルある。吸血鬼が一ヵ月必要とする量は献血の時と同じ400ミリだ。4・5リットルの血液を総て搾り取って冷凍しておくとして、次に新たに補充しなければならない日数は何日になる? と僕は質問に問題で答えた。
 麻利亜さんは頭の中で必死に計算していたが、あら、それなら充分にシリアル・キラーですね、と答えた。犯罪捜査が未熟だった時代と比べると現代の吸血鬼は仕事がしにくいのは確かだ。昔と違って死体の始末にも頭を使わなくてはならない。
 死体の始末なら、肉は細切れにして鍋で煮てトイレに流し、骨は細かく砕いて捨てるというのはどうです? 或いは硫酸を入れた大きなドラム缶に放り込むとか、とホラー好きな麻利亜さんらしい。
「あんた達、なんで楽しそうに死体の始末の話で盛り上がってるのよ! しかも過去にあった実際の事件じゃないの。もっと斬新な、DNA鑑定でも決着がつかない方法を考え付かないの?」
 賀茂さんのお怒りのポイントは僕達が死体始末の画期的な方法を思いつかないでいる所であるらしい。吸血鬼のように灰になってしまえば海にでも流して、はい、お終いで済むが、人一人を跡形もなく消すのは難しい。
「かりにあんた達が殺人容疑で捕まった時はどうするのよ」と賀茂さん。適当に死んだ振りをしますね、と僕。賀茂さんが眉を寄せて考えている間に次のアウトローがふらふらとした足取りで現われた。
 映画やノベルでは「血に飢えた狼」という言い方をするが、まさにO型Rh nullに酔った吸血鬼だ。下はジーンズ、上は無難なベージュのコートで中にはオレンジ色のセーター。あれ、と思ったら伊藤君だ。
「何で君がここにいるのよ。今日は『バイオ・ハザード』の支社にいる日じゃなかったの?」
「様子を見て来いと言われましてね」
 伊藤君の顔がやけににやついている。警戒警報発令、と麻利亜さんが叫んだが、僕も賀茂さんもとっくに警戒レベルに入っている。伊藤君は嘘をついている。
「様子を見に来た、だって? それが本当だとしてもここに現われた限りは排除対象者よ、お馬鹿さん。支社の連中は今日一日は内勤と言い渡されている筈よ」
「ふん、『バイオ・ハザード』社が何だって言うんです。あいつらは臆病な社畜ですよ我が身可愛さに狩りの楽しさも押し殺してこそこそと暮らしているんです。人間はせいぜい百年くらいしか生きられない哀れな生き物です。それに比べたら僕達吸血鬼は人間より上位に位置する不老不死ですよ。上位の者が下位のものを狩るのは自然の掟ってやつですよ」
 伊藤君は賀茂さんが持っている杭を警戒しながらじりじりと近付いて来るが、ウエストポーチから身を乗り出しているミツミネには気付いていないようだ。いや、見えていないのだろう。
「あんたは『バイオ・ハザード』社に潜り込んだスパイ?」
「いえ、潜り込んじゃいません。あなた達はアウトローと呼んでいるみたいだけど、もともとローン・ウルフですよ。ローン・ウルフにも緩い情報網がありましてね、福岡や札幌、広島、大阪での出来事は既に把握しています。どんな奴が吸血鬼狩りをしているのかと思ったら、小汚いオバサンだった。笑えますよね」
 伊藤君は堂々と正面に回って賀茂さんの目を覗き込もうとしている。吸血鬼お得意の催眠だ。笑えますよね、と言っているが目は笑っていない。
「支社から来るはずだった人はどうしたのよ。まさか傷つけたりしていないわよね?」
賀茂さんは右下を見たり左下を見たりして器用に視線を外している。お、やるね、と明らかに馬鹿にした口調の伊藤君。
 支社のナビゲーターだと思っていたら札幌のタクシー運転手の時とおなじく、相手を見誤った。何たる失態。何も出来ない僕は頭を抱えるしかない。
「支社のナビゲーターなら今頃灰になって名古屋の海を漂っています。中学生くらいに見える可愛いお嬢ちゃんだったけど、この僕に対してはえらく高圧的な口をきく生意気なガキでしたよ。戦ったら僕の方が強い。オバサンは特別な杭を持っているらしいですね。でもそれを僕の心臓に刺せるでしょうか」
 伊藤君は一気に間合いを詰めると長い足を使って賀茂さんの腹部に蹴りを入れた。突然の攻撃にウッと声を出して賀茂さんが杭をもったまま後へ吹っ飛んで尻餅をついた。
 きゃあ、賀茂さんが危ない! と麻利亜さんが僕の腕にしがみ付くが、幽霊だから加勢も出来ずに見守るだけだ。せめて助け起こすことぐらいできたならいいのだが幽霊は無力だ。
「保子、大丈夫か」
 ウエストポーチから飛び出して本体を現したミツミネが賀茂さんの襟首を咥えて立たせた。
「何がローン・ウフルだ。ウルフとは私のことを言うのだ」
 怒りのせいか普段の二倍は大きくなっている。ミツミネが吠えると辺りの空気が振動した。霊体の見えない伊藤君にも空気の振動と何者かが素早く動く気配が感じられたみたいだった。急に不安そうな顔になった。
「なんだ、今のは。ゾンビみたいに立ち上がりやがって。オバサン、霊能者だったよな。一体、何をした」
 賀茂さんには答えるつもりも義理もさらさらない。ミツミネが伊藤君に飛び掛って四肢を押さえ込むと賀茂さんがぴたりと胸に杭の先端を押し付けた。伊藤君にとってのバッド・エンドだ。
「やれやれ、田中よ。お前はまたヘマをした。お前の目は節穴か。節穴の目は必要ないだろう。抉り出してやろうか」
 ミツミネの地鳴りのような唸り声に小心な僕は震え上がった。麻利亜さんも僕の腕にしがみ付いたまま震えている。
「ミツミネ、仲間に脅しをかけちゃ駄目じゃないか。誰しもポカはするもんでしょ。それより支社では今頃大騒ぎになってるんじゃないの?」
 あいたた、と尻を擦りながら賀茂さんはスマホを手に取った。衝撃を受けても壊れずに支社に繋がった。最近のスマホは丈夫だ、と感心している場合ではない。
 暫らく会話を続けていた賀茂さんは「やっぱりね」と言ってスマホをウエストポーチに仕舞った。会話の中身のおおよそ見当はついたが、確かに支社内は大騒ぎになっているようだ。
「あちらから迎えを寄越すから今の場所でじっとしろ、って言ってるよ。何だかな、もう。お腹空いてるからコンビニに行きたいのに」
 賀茂さんはビル風が伊藤君の成れの果ての灰を吹き散らすのを眺めながらコンクリートの地面に座り込んだ。「隙間人間」というホラー話のリアル版だ。
 大勢の人々が通り過ぎるが、ビルの細い隙間を覗く人はごく僅かだ。たまたま覗いた人は見てはいけないモノを見てしまったようにぎくりとして目を逸らす。後で怪談になる可能性大だ。
 ミツミネは暫らく僕を睨んでいたが、ああ、こいつは馬鹿だったんだ、と今更ながら気付いた人間が見せる表情を浮かべると大人しくウエストポーチに戻った。馬鹿と思われても僕には弁明の余地がない。
 麻利亜さんが僕の手をとってしきりに慰めてくれている間に今度こそは本物の支社の吸血鬼が迎えに来てくれた。「隙間人間」化している賀茂さんの姿に驚いたようだが、「こちらへ」と手招きしてくれて、僕等は無事支社に到着した。
 支社は回りのビル群に比べると低層ビルだが、いかにも『バイオ・ハザード』社の雰囲気を醸し出している。どこがどう違うか、こればっかりは普通の人間には感知出来ない。
 二基あるエレベーターの間には【只今点検作業中につき休止】の張り紙がしてある。普通の会社なら二基とも休止にはしないだろうが、これはフェイクだ。案内人が一基のボタンを押すとエレベーターは支障なく最上階に着いた。
 左右にずらりと部屋が並んでいて、どの部屋もドアを閉めて息を潜めているのか、廊下を歩く者もいない。
 最奥の部屋のドアには『バイオ・ハザード』名古屋支社の文字が金色の文字で書かれている。ここが支社の中心部だ。案内人はドアを開けると「どうぞ」と僕達の入室を促した。
「支社にお出で頂くのは大阪に次いで二回目になりますかな。ささ、ソファーにお座り下さい。今回は我々の不手際で偉大な霊能者たるあなたを大変危険な目に合わせてしまいましたようで、誠に申し訳なく思っております。まさか伊藤に化けたアウトローが接触するとは思いもよりませんで。あ、私はこういう者でして」
 差し出した名刺を横から覗き込むと「『バイオ・ハザード』社名古屋支社長・上田」と書いてある。大柄なラガー・マンみたいな上田さんはまくし立てながら賀茂さんの向かい側のソファーに腰を下ろした。
「あ、そうそう、本社から田中という名のサポーターも一緒と伺っています。現在は、その霊体……とかいう物に姿を変えているそうで、田中さんはどちらに?」
 賀茂さんが黙ったままソファーの右側を指し示した。
「はあ、分かりました。田中さんはそちらにいらっしゃる、と。で、血液型は何型ですか」
 デスクでパソコンを操作している女性秘書に上田さんは血液チョコレートを持って来るように命じている。いえ、幽霊の時は栄養補給は必要ありません、と賀茂さんに通訳して貰うと、では賀茂さんはお茶にしますか、コーヒーにしますか、と聞いて来た。
「日本茶を。それとお手間を掛けますが、近くのコンビニでお弁当を買って来てくれませんか。実はお腹が空いているんです」と賀茂さんがリクエストすると上田さんは秘書にコンビニに行って来てくれないかな、と声を掛けた。
 秘書が弁当の種類も聞かずに出て行ってしまったのは吸血鬼ならではの行動だ。僕達は人間のいる場所では人間と同じ物を食べるが、腹が膨れるだけで栄養にはならないからで別に他意はない。
「いや、今回は御迷惑をかけました」
 上田さんはソファーに座ったままの体勢で賀茂さんに再び深々と頭を下げた。
「昨晩から伊藤との連絡が取れなくなりまして、どうしたものかと支社一堂心配しておりましたが、予約を入れていたホテルにチェック・インされたようだし、名古屋のお土産も受け取られたようだし、伊藤が連絡を忘れて帰ってしまったのだと思っていたのですが、まさか、伊藤が殺されてしまったとは……」
「まだ中学生くらいの姿のお嬢さんだったとか。同類の皆様はさぞ落胆なさったでしょうね」
 賀茂さんもこういう場面では常識的な言葉使いができる人だ。吸血鬼を一人の人間と同じ様に悼んでくれる。上田さんも賀茂さんの優しい言葉に改めて心を動かされたようだ。
「あの子はまだ若い、昭和ニ十年生れの吸血鬼でして、まだ吸血鬼としての行動の勉強をしている最中でした。賀茂さんが名古屋にお出でになると聞き、霊能者と呼ばれる方に会ってみたいと申しますので、お世話係りに行かせたのですが、まさかこんなに早く逝ってしまうとは思いもよらない事でした。お陰で支社の者全員がショックを受けております。いえ、彼女を行かせた私が一番ショックを受けているのです。灰は海に流されてしまったとか。せめて灰だけは骨壷に入れて弔ってやりたかったのに……」
 上田さんは放っておいたらよよ、と泣き出しそうだった。僕も死んで灰になったら同類に悼んで貰えるのか、と思うと同じ様に泣けてきそうだ。
 アウトロー吸血鬼には社畜と言われたが、僕はやはり仲間がいて、人間と摩擦を起こさず、その存在も知られぬままに静かに暮していたい。狩りだの殺人だのはフィクションの世界だけで充分だ。
 やたらに大きなコンビニ弁当が届くと賀茂さんは大口を開けてかき込み始めた。きりりとした霊能者モードは終了し、いつものがさつな賀茂さんだ。ウルトラマンのように耐久カラー・タイマーでもついているかのようだ。
 上田さんしばらく鼻を啜っていたが、自分のデスクに戻ると血液ガムを噛みながら電話をしている。支社の同類が襲われた経緯を話しているからおそらく相手は本社で、本社にも警戒を呼びかけているに違いない。
 小林課長が何と答えているのかと耳を澄ませたが生憎課長の声は聞き取れなかった。今度ばかりは「じゃあね」では済む話ではないような気がしたが、最後の「じゃあね」だけはやけにはっきりと聞えた。本社に戻ったら文句を言ってやろう、と僕は文句の内容を短期記憶にインプットした。
 一方麻利亜さんは秘書の後ろに立って秘書のパソコンを覗き込み、凄いですね、と感心しきりだ。『バイオ・ハザード』社はありとあらゆる業種に手を広げていて、大手商社も顔負けだが、目立たぬように常に二流会社を目指している。
 そもそもの始まりは互助会みたいなものだが、世界が複雑化するのに合わせて『バイオ・ハザード』社も様々な事業を展開している。勿論、トップは同類だが、下部には一般の人間も働いている。
 ねえ、なんでハンバーガー・チェーン店までやっているんですか、と麻利亜さんが不思議がっているが、本社の血液検査技師だった僕には理由までは知らされていない。
 麻利亜さんは一時、そのハンバーガーチェーン店でバイトをした経験があるのだそうだが、『バイオ・ハザード』社系列とはまったく気付かなかったそうだ。大体、普通の人間は『バイオ・ハザード』という会社があることさえ知らない。
 弁当を食べ終えた賀茂さんは、さてと、と腰を上げた。「これから、どちらへ」と上田さん。秘書もパソコンから目を移した。麻利亜さんが後に立っている姿は見えないみたいだし、ソファーを見てもただ単にソファーを見ているだけで、僕の姿は見えていない。
 さあ、どこでしょうか、と賀茂さんは答えたが、予定表によれば後は横浜と東京を残すのみだ。無事に終れば本社からの二千万の報酬が待っているが、特に嬉しそうでもない。
ギャンブル好きで金遣いの荒い兄がいたら、また借金が増えるだけだ。
 では、と言って案内人に連れられてまたビルの入口に戻った。冬でありながら外はまだ陽光に満ちていて、案内人は陽射しの中には出ようとしなかった。
「ここのビルにまた来る機会はないでしょうけど、後で荷物が届くと思うから、上田さんに言っておいてね。多分だけど、少しは心が楽になる品物よ。配達人は人間の宅配便じゃないけど、酒の一杯でも供えてあげて」
 はあ? と案内人が思い切り首を傾げているのを背中に感じながら僕達はビルを後にした。新幹線に乗る前に賀茂さんにはもう一仕事ある。僕等はタクシーで名古屋港に向かった。
 賀茂さんはウエストポーチから御札を数枚取り出すと短い呪を唱えた。波がざわめき数体の人影が海の上をすべるように岸に向かって来る。同じ幽霊の麻利亜さんがウッと声を詰まらせた。名古屋港で死んだか、流れ着いた幽霊達だ。彼等は一様に無言だった。
「ちょっと聞いてくれる? 昨日この港に吸血鬼の灰がばら撒かれた。それを出来るだけ回収して貰いたいんだけど。同類に殺されちゃったまだ若い女の子の灰よ」
 幽霊達は声も立てずに頷くとまた海に戻って行く。そしてまつことしばし、岸に片手で納まるくらいの灰が積み上がった。大半は既に外洋に流れ出してしまったようだ。
 賀茂さんは御札で灰を丁寧に包んだ。これが本当の伊藤さんの灰か、と思うと僕の胸はまた悲哀に満たされた。でもあてもなく漂うより少しでも同類の元へ帰って行けるのだから、本人はともかく、名古屋支社の同類にとって少しは慰めになるだろう。
「有難う、何で死んだかは詮索しないけど、あなた達は優しい幽霊ね。きっと近い内にもっと良い所へ行けるよ。いえ、私がそうしてあげる。誰かこの灰を『バイオ・ハザード』名古屋支社に届けてくれる? お酒の一杯でも振舞ってくれる筈よ」
 生前は酒好きだったらしい老人の幽霊が御札で包まれた灰を持ってふっと消えた。他の幽霊達は軽く頭を下げるとまた海の中へ戻って行った。

第五章(最終章)へ続く


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