「国境の島にいきる~『ばちらぬん』『ヨナグニ~旅立ちの島』」に思うこと

今年2022年は沖縄本土復帰50周年。当時、筆者はまだ幼い子供で細かいことはわからないけど何やらめでたいことなのだという認識を持った。ほどなく沖縄出身のアイドル・フィンガー5が出てきて、日々友人たちと彼らのマネなどをして遊んでいた。彼らのアルバムには沖縄の方言がセリフで入った曲があって、何を言っているのか、歌詞カードの翻訳を見てやっとわかったのを覚えている。
 1980年代になって筆者は大学で複数の沖縄研究者からフィールドワークの話を聞く機会を得て、本来の沖縄は日本と異なる文化圏に属するのだと認識した。その印象があまりに強くて、自身のなかで日本と沖縄は統合できなくなった。言い換えれば沖縄の独自性を認めたわけなのだが、しかし、それでは日本国の一部であるはずの沖縄を差別していることにはならないだろうかという思いにとらわれることもあった。
 やがて――ついつい沖縄県の名の下に一括りにしてしまいがちだけど――沖縄本島周辺と八重山諸島は違うと聞くに至り、頭のなかの沖縄の姿はさらに複雑なものになった。八重山諸島は台湾により近くて、台湾からの移民がいたり、かつては台湾からの出稼ぎ労働者が炭鉱で働いていたりもした――そのことを教えてくれたのは黄インイク監督のドキュメンタリー『海の彼方』(2016年)と『緑の牢獄』(2021年)だった。西南の国境にほど近い島の物語――沖縄復帰50年の今年、今度は与那国島を題材に“国境の島に生きる”という括りのなかで2本の映画が公開されている。
 この2本の映画は、与那国島出身の東盛あいか監督による『ばちらぬん』とイタリア出身のアヌシュ・ハムゼヒアンとヴィットーリオ・モルタロッティが共同監督を務める『ヨナグニ 旅立ちの島』という。片や与那国の中からの視点で語る島の話であり、片や外から(それも欧州人)の視点で語る島の話である。

『ばちらぬん』とは、与那国の言葉で「忘れない」を意味する。もっとも関東人の筆者にはこの5音からなる言葉がダイレクトに理解できず、不思議な響きの呪文のように聞こえる。劇中で使われる言語は与那国のそれだ。資料にはドキュメンタリーでも劇映画でもなくフィクションとされている。起承転結や序破急といったドラマツルギーによらず、綴られるのは物語というより幻想的でエキゾチックな詩のような世界だ。そのように感じてしまうことが果たしていいのかどうかはわからないが、根底にこの南の島特有の文化が横たわっていることは間違いない。
 東盛あいか監督は、京都芸術大学で映画を学び、この『ばちらぬん』は卒業制作であり、ぴあフィルムフェスティバルのグランプリ受賞作だという。ご本人に話を聞いた訳ではないので邪推かもしれないが、彼女のバックグラウンドを知って、台湾原住民のフィルムメーカーたちを思い出した。彼らは、郷里を離れ漢民族に囲まれた環境に出て、そこで自身の出自を強く意識し、民族の姿を映像に記すようになった。東盛監督はまだ20代半ばで、生まれた時から日本国籍を持ち日本の義務教育を受けて育った世代だが、京都という日本列島の中でも特に雅な和の文化を感じさせる地で自身のルーツに立ち返ったのではないだろうか。東盛監督と台湾原住民の監督たちには自身の属する文化を内側から見つめるという共通点がある。グローバル化を掲げ、日々漫然と過ごすヤマトンチュには持ち得ない視点かもしれない。

 それに対し、ドキュメンタリー『ヨナグニ 旅立ちの島』は外からの視点で与那国島の人々が抱えるふたつの問題を見つめている。ひとつは、与那国独自の言語が消失の危機にあるという問題。ユネスコによって2009年に重大な危機にあるとされた言語で、年配者であっても話せるとは限らない。もうひとつは、与那国島に小学校・中学校という義務教育機関はあれど、高校以上の教育を受けるには島をでなければならないという少年少女たちの問題だ。島を出ていく少年少女はさまざまな想いを抱えている。外の世界に胸を躍らせる者もいれば、生まれ育った島への愛着を語る者もいる。監督たちは明確には語らないが、10代半ばで島を離れ石垣島なり沖縄本島なり本州なりに移らなければならないことは、島の言語の問題と無関係ではない。つまり、ふたつのことはひとつに集約されるのだ。
 冒頭、筆者はフィンガー5のアルバムのセリフについてダイレクトには理解できなかったと書いたが、彼らが東京に出てくる前、つまり1972年以前は本土との交流が希少であったにも関わらず、沖縄ではすでにウチナーヤマトグチと言われる、日本標準語と沖縄の方言が合体したものが広がっていたそうだ。本土復帰から半世紀、沖縄には大和の言語・文化がどんどん入り込んでいった。昨今、沖縄県出身者の話し方に耳を傾けるとよりヤマトの要素が強くなっているように感じる。その良し悪しを問う気はないが、言葉は民族の文化・アイデンティティと結びついていることが多いと言える。少数派であれば尚更であろうし、同時に消失の危険性も大きい。であればこそ、「ばちらぬん(忘れない)」と留めておきたくなる。時は流れ人も社会も先へ先へと歩んで行くが、原点があるから進むことができるのだ。

『ばちらぬん』【data】2021年/カラー/フィクション/61分/日本
監督・脚本・撮影・編集・美術・与那国語指導:東盛あいか
出演:東盛あいか、石田健太、笹木奈美、三井康大、山本桜

『ヨナグニ~旅立ちの島』【data】2021年/カラー/ドキュメンタリー/74分/フランス
監督:アヌシュ・ハムゼヒアン、ヴィットーリオ・モルタロッティ

  • 4/30(土)~沖縄:桜坂劇場
    5/7(土)~東京:新宿K's Cinema、UPLINK吉祥寺
    5/13(金)~京都:UPLINK京都
    5/14(土)~大阪:第七藝術劇場
    ほか全国順次公開 詳細は http://www.yonaguni-films.com


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