3-07「ミナミのマリリン・モンロー」

7人の読書好きによる、連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。
前回は蒜山目賀田の「収集家たち」でした。


【杣道に関して】
https://note.com/somamichi_center/n/nade6c4e8b18e

【前回までの杣道】
3-05「汚れ」/Ren Homma

3-06「収集家たち」/蒜山目賀田

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「ミナミのマリリン・モンロー」を自称する婆さんがいきなり役所の窓口に押しかけてきて、恵まれない貧乏人に金を撒きたい、めいっぱいの愛を注ぎたいのだと言った。デメキンみたいに大きな眼が、でたらめな希望に充ち満ちてらんらんと輝いていた。ぷっくりと血色の良い頬をもぐもぐさせて語ったところによれば、什器の卸で成した財をわれわれ庶民に還元したいらしい。金縁眼鏡をなでる肥えに肥えた指には巨大なオパールがぎっしりと並んでいた。マンガから飛び出た金満家そのまんまだ。気前は良さそうなので稟議書を回し決裁を取る。課長や補佐や代理やらが来た。お前、あのおばあに気に入られてるらしいな。浪速は所管やねんからお前が話つけてこい。というわけで、俺が彼女を担当することになった。まぁ俺は若いし愛想もいいから、幇間のように婆さんの機嫌をとってこいと言われたようなものだ。うまくやれば、来年の福祉基金にどえらい額が寄付されるかもしれない。大口スポンサーの誕生が俺の手にかかっているとすれば、新人には十分なビッグディールだろう。営業車を走らせて、俺は彼女の家を何度も訪ねた。まるで逢瀬を重ねるかのように。

モンローは自身が所有する錆び付いたゲタ履き団地の一室に住んでいた。彼女がダーリンと呼ぶ旦那はとうの昔に死んでいて、生活感の薄い居間からは閉鎖されたラブホテルしか見えない。しかし俺とモンローが二人きりで相対することはほとんどなかった。老婆の金をたかろうとウジ虫どもがひっきりなしに訪問するからだ。ナントカ証券、マンション投資、北海道の湿地保護を謳うグリーンビジネス。婆さんが主催する「元気パワー人生勉強会」とやらを受講している怪しい連中もいた。なんてこった!すでに婆さんの周りは幇間だらけだった。俺は、老人から小遣いをせびるような卑しい人間を100人は見た。それでも彼女は汲めど尽きぬ油田のような勢いで、鷹揚に持ち金をばら撒いていくのだ。下っ端役人である俺はだいたい後回しにされるので、寄付の話は一向に進む気配がなかった。

モンローのとっておきの趣味は、その輝かしい半生を振り返る自伝本の製作だった。といっても彼女は物を書く気質じゃない。そういうことはゴーストライターに任せている。つまりは成金がよくやる自費出版というやつで、部屋にのしのし上がり込んでくる編集やライターは当然のようにゲスばかりだった。「タミさん、今度はダーリンとの思い出話で一本いきましょうか」とまぁ、こんな調子で老婆に何冊も自伝本を刷らせるのだ。だから、部屋の本棚にまともな本は一冊もない。というより、自伝本しかなかった。いい加減うんざりした。俺には、こいつらみたいに金を無心するなんて真似はできなかった。この部屋がどれほどの欲望を呼び込んできたのか、考えるだけで吐き気がしたからだ。

まともに仕事する気も失せた頃、俺はこっそりとモンローの自伝本を読むようになった。客間に次々と人が押し寄せては、婆さん相手に長話をするのだ。時間はいくらでもあったし、ミナミの銭ゲバどもが生んだ奇書であると思えば感興も湧いた。あらすじは大体の場合このようなものだ。奈良の寒村で貧窮する少女が、神輿に担がれて大阪に嫁ぐ。そこで女将としての商才を遺憾なく発揮し、ばかでかい白亜のホテルを建てるに至る。最初の1冊を読み終えた時には、なんと虚栄に満ちたシンデレラストーリーだろうかと失笑した。しかし、そのバリエーションの数々を縦横に読むにつれ、今度は透かし絵のように隠された物語が浮かび上がってきたのだった。たとえば、赤十字ボランティアで出会ったという青年の名前がいずれの本でも異なっていること。5年前の書籍を最後に、起業時代をまったく回想しなくなったこと。ホテルを建てたと豪語するものの、そのサービスや内装の話は曖昧であること。等々。そこには仮説の余地があるように思われた。だから、俺はゴーストライターたちが書き残さなかったものに目を凝らしはじめた。カポーティよろしく行間から不倫な情愛の痕跡を探したし、『ツイン・ピークス』のクーパー捜査官のように横領の過去を看破した。新聞記事と照合した。客間の自慢話に耳をそばだてた。向かいのラブホテルの登記を丹念に調べ上げた。そして俺は、マリリン・モンローの真実を暴いた。
だがそれは、誰にも話せないことだ。

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次週は3/28(日)更新予定。お楽しみに!

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