身長を無視したメタボ腹囲基準はやはり変だ

特定健診のメタボ腹囲基準とは

 先日、自治体の特定健康診断に行ってきた。そこで改めて感じたのが例の、メタボ腹囲基準の問題である。糖尿病などの元になりやすいメタリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の検査で基準の必須条件とされている腹囲が男性85cm、女性90cmである(他に血圧、血糖、血清脂質のうちの2条件重複で判断される)。腹囲によって内臓脂肪面積の基準値100㎠を推定するものだそうだ。これは2008年から特定健診に採用されることになった。そのニュースを聞いた時、すぐに身長が考慮されない腹囲はおかしいと思い、厚生労働省等で誰かの机上の空論で始まったものだろうし、じきに現場サイドからの指摘で改められるものと思っていた。 ちょっと考えただけで、身長160cmの人と180cm の人を同じ腹囲で比べるのは変だと誰でも常識的に感じると思われたのである。ところが今もずっと続いており、それに対する異論もほとんど聞こえてこない。
 

専門家も無批判に受け入れ

 そこで改めて腹囲基準について20余りネット検索してみた。各医療機関等がそれぞれこれについて解説しているのだが、大部分はなんの疑問もなくこの基準を受け入れている、という事実にまず驚いた。2005年に日本内科学会などの8つの医学系の学会が合同して作成した基準に基づいたものであるというお墨付きの効果なのか。また「国立がんセンターがん対策研究所」の研究発表でも、4つの指標(腹囲、腹囲/ヒップ比、腹囲/身長比、BMI)とリスク重積者(上記腹囲以外の2条件重複の人及び糖尿病等治療中の人)の関連を調べた研究結果を発表している。それによると、4つの指標に有意な差は見られなかったものの、中では腹囲が最もリスク重積者との関連が大きかったということであり、これも大きく影響しているだろう。

身長を考慮する必要性を訴える専門家もいる

 余りに不条理に思え、さらに検索を続けて「日本未病システム学会VOL14 NO.2 研究論文37の石原孝子氏(北里大学大学院医療系研究科)・都島基夫氏(医療法人医誠会病院ソフィア健康増進センター)の「低身長群」「中身長群」「高身長群」に分けた腹囲のレベル別分布の調査に基づく研究発表(2008年)を見つけた。それによると明らかに身長による分布の偏りが見られた(特に男性の場合に顕著)とのことで身長を加味する必要性が述べられている。十分に納得できる内容である。
また、慶應義塾大学保健管理センターの井ノ口美香子氏も腹囲/身長比をもっと重視すべきと述べている(慶応保健研究33(1) 2015年)。
東邦大学医療センター佐倉病院内科の永山大二郎氏らの研究でも腹囲を身長など加味した「体系指数」(ABSI)に置き換えたほうがベターだとされている(日経PBニュース 2022年)。
 

身長問題以外での批判もあり

 さらに、身長問題とは別に、腹囲を必須条件とすることや、その基準数値自体への疑義はあちこちで言われているようだ。腹囲は国際的には必須条件とされていない、現在の基準値では2人に1人(条件によっては8割)の人が該当してしまい厳しすぎる、等々。さらに、現在の基準の基になっている統計の取り方や解析方法が明らかにおかしいという指摘もある。岡山大学統計データ科学 坂本研究室の坂本亘氏・五十川直樹氏・後藤昌司氏が「日本の『メタボ』診断基準の統計的問題」という研究発表の中で個人的見解と断ったうえで詳細な分析・批判を行っている(2008年 行動計量学35(2)を基に2009年執筆、2013年及び2018年改訂)。我々素人には詳しい専門的な説明は理解を超えるが、ざっと読んだだけでも大元の8学会共同発表のデータ収集とその解析が重大な問題だらけだということはよく分かる。

 

基準の見直しにつながる動きも

 そして近年になって(2022年?)厚生労働省研究班(主任研究者=東京大学 門脇孝氏)がメタボの適正な診断基準の検証を行い、その結果を発表した。それによると、腹囲を必須条件にすることや現在の腹囲基準の妥当性に疑問を呈し、腹囲以外の3条件の重複をより重視すべきではないかとの考えも述べられている。したがって今後、基準の見直しにつながるかもしれない。なおこの調査は40~74歳の3万1千人を対象にした大規模なものである。ちなみに先述の8学会共同発表の基になる調査はある特定の集団から選んだ20~84歳の男性775人・女性418人を対象にしたものであり、4指標比較の国立がんセンターの調査はやはり特定の集団でのアンケートで40~59歳の男性315人・女性314人を対象にしたもので、どちらもあまりに少なすぎる母集団だと感じる。
 

身長問題まとめ

 このように詳しく調べてみると、いろいろな人がそれぞれの角度から現在のメタボ基準の問題点を指摘されており、勉強になったが、やはり大部分の専門家が疑問を持つことなくこれだけ長期間続いているというのが不思議でならない。特に、最初に感じた「身長を無視しての腹囲比較はおかしい」ということについては、やはり問題とする人があまりに少ない気がする。素人考えで誰にでも分かることに思えてならないのだが。身長を無視して体重だけで肥満度を見るのがだめだからBMIが用いられているのであり(この場合も例えば身長を無視して体重80kgで線引きをしてみてもそれなりに肥満との相関関係は見られるだろうが)、それと程度は大分異なるにしても、腹囲比較で身長を無視できる意味が分からない。国立がんセンターの4指標比較で、腹囲が最も関連が大きいという、明らかに素人の「常識」を裏切る結論が出たのなら、少なくともその理由の推察くらいはなされてしかるべきであろうし、再度の検証が必要とは考えないのだろうか。

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