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はじめてのユーロラックモジュラーシンセでやったこと、学んだこと

はじめまして。Takramの小山です。

Takramでは、Design Engineer / Sound Designerという2つの肩書で活動しています。Design Engineerとしては、インタラクティブなプロトタイプや、インスタレーションのソフトウェアを開発したり、一方で、Sound Designerとしては、モビリティメーカーや家電メーカーのプロダクトのサウンドを制作するなど、幅広く活動させてもらっています。

私の記事では、Mark@Design Engineeringの個人研究テーマとして、サウンドデザインを取り上げ、今回はモジュラーシンセサイザーの世界に足を踏み入れてみようと思っています。モジュラーシンセって何?というところから、実際に音を出すところまで、自分がやったことや学んだことをできるだけ余すことなく書いていこうと思います。

本記事はできるだけ分かりやすく書きたいと思っていますが、以下のような前提知識があると読みやすいと思います。

1. 音やシンセサイザーについてのベーシックな知識
2. 入門レベルの電子工作の知識 (必須ではない)

以下のサイトはシンセサイザーでの音作りについて基礎を学ぶファーストステップとして非常におすすめです。

1. モジュラーシンセサイザーとは何なのか?

電子音楽に馴れ親しんでいる人には説明不要かもしれませんが、改めて簡単におさらいしておきます。

上の動画は、アーティストのRichard Devine氏のものですが、壁一面の大量の機材と、そこに這わされた大量のケーブル、、、まるで宇宙船のコックピットか、サーバールームみたいですね...!実は、小さなシンセサイザーのパーツ (=モジュール)が組み合わさって構成されており、これがモジュラーシンセサイザーのシステムです。

個々のモジュールは、矩形波やホワイトノイズなどの基本波形を生成するモジュール(オシレータ)、音にフィルターをかけるモジュール、など、シンプルな機能をもつモジュールを複数組み合わせることよにって、複雑な音色やシーケンスを作ることができるのです。

多くのメーカーがユーロラック規格という統一の規格に対応したモジュールを販売していて、異なるメーカーのモジュールを混在してラックにマウントして自分だけのシステムを組み上げることが可能です。

2. モジュラーシンセサイザーの歴史と現在

少しモジュラーシンセについて簡単に歴史を振り返ってみます。初期のモジュラーシンセは1960年代にMoogBuchlaなどのメーカーが世に送り出したのが始まりです。当時はサイズも大きく、高価で、一般のユーザーには手が届かないものだったそうです。その後、80年代のデジタルシンセ全盛の時代に比較的安価でコンパクトなシンセが台頭したため、一度廃れてしまいましたが、90年代にDoepferが従来のモジュラーよりもコンパクトなユーロラックサイズ規格のモジュラーを作り始めて徐々に人気が再燃してきて、現在では多数の新興メーカーが参入し製品を発表しているという状況です。

近年ではその勢いも増してきており、モジュラーメーカーだけに止まらず、2019年には、AbletonがモジュラーシンセサイザーとLiveを連携させるツールセット CVToolsをリリースしたり、ガジェット系シンセサイザーを多数発売しているTeenage Engineeringが低価格なモジュラーシンセ pocket operator modularを発売したりと、モジュラーシンセサイザー自体がかなりポピュラーな存在になってきているという印象です。

この辺りの詳しい歴史は2016年のドキュメンタリー映画 I Dream of Wiresで詳しく語られています。この映画はモジュラーシンセサイザーだけではなく、電子音楽の歴史も同時に学べますし、ドキュメンタリー映画として非常に面白いのでオススメです。(去年くらいまでNetflixでも観れたのですが、配信停止されてしまったようで現在はDVDを買うしか視聴方法がなさそうです。)

3. なぜモジュラーシンセサイザーを始めるのか?

正直なところ、現在ではラップトップ一台あれば欲しい音は大抵作れてしまいますし、恐らくモジュラーシンセサイザーでないと作れない音というのは存在しないはずです。また、デザインワークとしての作業効率だけを考えると、パラメーター保存や管理が楽という意味でもソフトウェアで音を作った方が効率は良い気がします。

私自身はメインDAWとしてAbleton Liveを使いつつ、インタラクティブなシステムを作る場合は、Cycling'74 Max を使ったり、様々なソフトウェアを使い分けていますが、ミニマルな制作環境が好きなので、遊びで使うガジェット系のシンセを除き、ハードウェアはオーディオインターフェースと小さなMIDIコントローラーくらいしか使っていませんでした。

一方で、前項で書いたように、数年前からモジュラーシンセのカルチャーがかなり盛り上がってきているのは自分の周辺でも感じており、いつかモジュラーのシステムも使っていみたいと思っていました。(ちょっと遅くなりすぎた気もしますが...)

モジュラーシンセサイザーのカルチャーの熱気を肌で感じ取り、実際に自分でシステムを組んで使ってみることによって、ソフトウェアにはない、ハードウェアならではの良さや、パラメータが保存出来ないからこその予想外の発見など、その他様々な面で学びが得られることを期待して始めてみることにしました。

4. モジュラーシンセを始めるための準備

さて実際にシステムを作ってみようと思っても、世の中には無数のモジュールがあるので、組み合わせの数はほぼ無限大です。闇雲にモジュールを買うわけにもいかないので、まず、最初のシステムを構築するために必要な手順を洗い出してみました。

・モジュラーについて知る 
・ システムのコンセプトを決める
・ 必要なモジュールを選定して設計を行う

まず大前提として、世の中にはどういうモジュールが存在して、どういうことが可能なのか、ということを知る必要があります。

また、いきなり最初からどんなサウンドでも作れる巨大なシステムをつくるというのは現実的ではないので、「どんな目的で」「どんな音が作りたいのか」などをある程度イメージして、システムのコンセプトを決める必要があります。

そして実際に自分のやりたいことが実現出来そうなモジュールを選定して、システムを設計する必要があります。ここではシステムとして成立させるために気をつけるべき細かなことが多々あります。

5. モジュラーを知る

まずファーストステップとして、モジュラーの基本的な仕組みや、世の中にどのようなモジュールがあるか知るために、入門系の記事を読んだり、youtubeでモジュールのレビュー動画などをたくさん観ました。

ただ、webの情報や動画を見ただけでは、システムをつくるにあたってその組み合わせ方までイメージするのはなかなか難しいかと思います。そんなときは、モジュラーシンセをシミュレートできるソフトウェアを使って、システムの構成をイメージしたり、使い方を学ぶのが効率が良さそうです。

ソフトウェアのモジュラーシンセはいくつかあるのですが、VCV Rackはフリーでオープンソースのソフトウェアで、手軽に試せる上にかなり良く出来ているので、使わない手はありません。人気モジュラーメーカーのMutable Instrumentsのクローンも無料で配布されています。

僕の場合は、VCV Rackで自分が組みたいシステムをシミュレートして、どのモジュールが必要かを検証するのに便利に使っていました。

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あと、モジュラーシンセに関する書籍はあまり多くは出版されていないですが、Patch and Tweakという本は非常におすすめです。モジュラーの基本的なコンセプト、カテゴリ毎のモジュールの紹介、多数のアーティストのインタビューなど、質と量が両方とも素晴らしいです。(ちなみにモジュラーシンセではないのですが、同じ作者であるKim Bjørn氏の音楽インターフェースの研究書、PUSH TURN MOVEもとても良い本です。)

6. システムのコンセプトを決める

コンセプトと言うと少し仰々しいかもしれませんが、どんな音が出したいのか?どんなことに使いたいのか?というイメージをある程度固めて、具体的なモジュール構成を決めていかなければなりません。ここが、一般的なシンセサイザーと決定的に違うところで、一番頭を悩ませるところで、そして一番面白い部分だと思います。

自分の場合は、色々とリサーチしたり、VCV Rackでシミュレーションするうちに、以下のようなイメージで最初のシステムが構築できれば良いなと思っていました。

・モジュラーは制作のメインシステムではなく、インスピレーションのためのサブシステム。DAWやMAXなどのソフトウェアとも連携が取りたい
・小規模のシステムだが、よくあるシンプルな減算合成のスターターキットというよりは、複雑な変調が出来て、実験的なサウンドが試せるツールキットにしたい
・アナログかどうかにこだわりはなく、むしろデジタルで現代的な音作りができるシステムにしたい

この中で、アナログかデジタルか、という部分は割と重要なポイントかなと思います。モジュラーのことを詳しく調べ始めるまでは、なんとなくモジュラー=アナログ、というイメージを持っていたのですが、現在のユーロラックモジュラーの世界では全然そんなことなく、高性能なマイコンが載っていてソフトウェアで波形を合成する、デジタルで多機能なモジュールも沢山販売されています。

アナログ、デジタル、それぞれ違った魅力があると思いますが、自分はデジタルのレンジが広くてクリアなサウンドがそもそも好きだということもあったのですが、もちろん、オールアナログに拘って設計するというのも王道な楽しみ方かもしれません。

7. 必要なモジュールを選定して設計を行う

コンセプトの方向性がある程度決まったところで、いよいよ設計に入っていきます。まずはどのようなシステムであれ、モジュールをマウントしていくためのケースを決めて、システムのサイズを規程することが非常に重要だと思います。

モジュールのサイズについてですが、ユーロラック規格では横幅のことをHP(Horizontal Pitch)と表現します。また、モジュールの高さは19インチラックの3Uの高さと決まっています。(一部のメーカーは1Uサイズのモジュールも発売しています。)あと、奥行きはモジュール毎に違いますので、注意が必要です。詳しくは後述します。

ケースは、様々なメーカーから発売されており、大きめのケースだと6U 104HP (3Uのモジュールが縦2段、合計208HP分収納可能)のものだったり、小さめのものだと3U 48HPのものなど様々です。また、最近発売されているユーロラックケースは、電源が同梱されているものが多いので、電源の容量も気にした方が良い点です。

今回制作したのは、標準的な3Uよりさらに小型の1Uモジュールが使えて、62HPと小型ながら便利に使えそうなIntellijel Designの4U Palette Caseを選びました。

他の候補としては、4ms Pods 64Xなどがあり、どちらにするか悩みましたが、1Uモジュールで使ってみたいモジュールがあったので、4U Palette Caseを選びました。

ケースは高価なものが多いですが、もう少し大きめのサイズであれば、Behringer Eurorack Goや、Arturia RackBruteなど、コストパフォーマンスが高いケースも出てきています。

次に、ケースの大きさがある程度決まったら、必要なモジュールをリストアップしていくと思うのですが、この段階で非常に役に立つツールが、Modular Gridです。

Modular Gridは、webサイト上でケースのサイズ、モジュール構成、消費電力をシミュレーションすることができるツールです。自分が作ったプランを他のユーザーと共有することができ、中には著名なアーティストも自分のシステムを公開している場合があり、眺めているだけでも楽しかったりします。

Modular Grid内にほぼ全てのモジュールのデータがアーカイブされているので、使いたいモジュールを選択していくだけで、システムの構成を確認することが出来ます。

ただし、ここで一つ大きな注意点があります。Modular Grid上でケースのHP数を埋めることばかり意識していると、モジュールの奥行きのことを忘れがち(!)です。規格化されてるし、ケースの奥行き不足でマウントできないなんて稀でしょう?と甘く見ていたんですが、全然そんなことなく、普通に気をつけていないと失敗します。僕も危うくケースにマウント出来ないモジュールを発注してしまうところでした。。。

例えば、コンパクトなケースで2HPのモジュールで余ったスペースを埋めようとすると、2HPのモジュールは横幅が細い分、奥行きが長い場合が多く、ケースにマウントできないことが多いようです。また、Doepferなどのアナログモジュール、デジタルでもExpert Sleepersなどの多機能系のモジュールは奥行きが大きい場合が多いようです。

8. 今回設計したシステム

今回、僕が作ったプランはこちらから見ることができます。

このシステム構成の中で大きくスペースを割いているのは、Mutable Instrumentsのモジュールたちです。Mutable Instrumentsの製品はデジタルで先鋭的なモジュールが多いのですが、多機能過ぎず、直感的に使えそうだと感じたこと、そして、オープンソースで開発を行う活動スタイルに共感して、このメーカーのモジュールを中心にした構成に決めました。VCV Rackで事前にモジュールを試せたことも大きかったです。

少し古い記事ですが、Clockface ModularさんのブログのMutable Instruments代表 Émilie Gilletのインタビュー記事は彼の設計思想が伝わってくる非常に面白い内容なのでおすすめです。

最初のモジュール選びは本当に迷うと思いますが、このように、どれか一つでも自分にとってのお気に入りのメーカーができれば、そのメーカーを中心に設計するというのも一つの手かもしれません。

9. モジュールを購入する

モジュールの構成なども決まって、ようやく発注です。購入については、海外メーカーから直接購入してもよいかと思いますが、今回は始めてのモジュラーということもあって、モジュール構成など色々と不安な点もあったので、Clockface Modularさんに相談に乗って頂いた上で購入しました。(かなり親切にご対応いただき心強かったです!)

購入時の注意点ですが、前提として、モジュラーメーカーは基本的に少人数で運営されている会社が多く、大量生産されているものではありません。品切れの場合、再生産されるまで数ヶ月待つなどが普通にあるようです。実際、自分は2ヶ月近く前に発注した2つのモジュールがまだ入荷待ちの状態です。欲しいモジュールが決まったら早めに発注・予約することをオススメします。

10.システムを組み立てる

組み立ては思ってたよりかなり簡単でした。基本的にはプラスドライバー一本あれば組み立てられ、自作PCを組み立てたことがある人なら似たような感覚で組み立てることができると思います。

一点だけ気を付けなければいけないポイントは、電源ケーブルを差し込む向きです。モジュールによっては、ツメがついていて正しい向きにしか挿入できないようになっているのですが、そうでないものは注意が必要です。
大抵の場合は、ツメがついていなくても、リボンケーブルの赤色の線を挿す場所を基板上に示してくれていたりしますが、中には仕様書を読んでもどっちがどっちか分かりづらいモジュールもありました。挿し間違えた状態で電源を入れてしまうと最悪故障するので、本当にここは慎重に作業したいポイントです。

また、モジュールをケースにマウントするネジなのですが、ケースかモジュールか、どちらかに付属している場合が多いらしいのですが、無くしてしまった場合は、M3かM2.5のネジが使えるそうです。

11. ファーストパッチング

ついにはじめてのモジュラーが組み上がったので、早速パッチングしていきます。Plaitsには和音が出せるモードが付いているので、それを中心にGenerativeでAmbientなパッチにしてみました。

おおまかなシグナルフローはMarbles(ランダムジェネレータ)→Tides(エンベロープジェネレータ)→Plaits(オシレータ)→Rings(リゾネータ)という流れになっています。

1. Marblesは同時に複数のランダム/ノイズシグナルを生成できるので、1系統を発音タイミングに割り当てて、他をピッチやモジュレーションに割り当てて音色の時間的な変化を作り出す

2. TidesはMarblesからの発音シグナルを受け、ゆっくりとしたアタックのエンベロープを生成

3. PlaitsはTidesからのエンベロープに従い和音を発音すると同時にMarblesからのノイズシグナルを受けてそれを各種パラメータで変調させる

4. RingsではPlaitsの出力を受け取り、リゾーネータとしてさらに変調をかける

5. Multi-FX 1U でリバーブをかけて最終的に出力

このようなモジュラーのパッチングの状態を共有するいい方法があればよいのですが、、、誰か知っている方いたら教えてください!

12. モジュラーからの学び

まだ使いはじめて間もないモジュラーシンセですが、ここまで調べたり、実際に作って音を出していく中で自分が学んだことをまとめておきたいと思います。

まずは、当たり前のことですが、自分の両手でパッチケーブルをつなぎ、つまみを回して音を作る体験は、ソフトウェアで音を作るそれとは全く違ったものになると感じました。音作りそのものがソフトウェアで作るよりも、より没入感の高い体験になります。

モジュラーの場合、システムを拡張できるということも魅力ですが、一つのモジュール自体が非常にユニークなものが多いというのも魅力だと思いました。大手メーカーでは発売しないような尖った製品が多く、本当にワクワクさせられます。

また、ソフトウェアの環境で音を作っていると、CPUの処理が許す限りサウンドソースやエフェクトを重ねることが出来ますが、ハードだとそうはいきません。限られたモジュールで作らなければならないからこそ、創意工夫が生まれる面もあるのかなと思います。

Abletonがループベースの楽曲作りが得意なように、アウトプットは使用ツールによってバイアスがかかると思っているので、DAWではない、別のベクトルのアウトプットツールが得られたのは素晴らしいですね。

クライアントワークなどで取り込めるのか?というとまだ未知数ですが、そういったチャレンジもしていきたいですね。

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