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本と思い出~高校生に読み聞かせ~

高校の教員をしていた頃の話。
クラスで絵本の読み聞かせをすることになった。
人権教育の一環としての取り組み。絵本選びは各クラスの担任に一任。
高2男子 40人を相手に絵本の読み聞かせ。
さて、何を読もうか。
教訓めいたものは避けたい。私自身も好きな本がいい。

それまで、彼らに「自分を大切にしよう。相手を大切にしよう。」ということを伝えてきた。
自分の気持ちと向き合って、前向きな選択をしてほしい。
誰とでも仲良くしよう、わかり合おうとは言わない。ただ一歩近づいてみてほしい。
それで、仲良くなれたり、理解しあえたりできればうれしいけれど、そうではない相手もいる。
そのときは引けばいい。その場合も、相手が”いる”というその存在は認め、尊重してほしい。

そんな思いをこめて選んだ絵本は、
『Dr.インクの星空キネマ』(にしのあきひろ、幻冬舎)

周りからどう思われても、自分で決めたことをやり抜く人たち。
傍からは孤独に見えるかもしれないけれど、きっと本人たちは「個」を大切にして幸せなんだと思う。
周りから疎まれている人に近づいてみることで生まれる交流、慕う気持ち。そっけない態度だけど、実は気にかけている周りの人たち。
悲しくて、優しさが沁みて、あたたかい4つの話。
その中の1つを読むことにした。

読み聞かせ当日。絵本を取り出し読むことを伝えると、意外そうな顔、期待する顔、興味なさそうな顔、ニヤニヤしている顔も見える。初めての授業のときのように緊張する。
すこしザワザワしていたが、読み始めるとすっと静かになる。視線が集まってくるのがわかる。
相手がちゃんと聞いていると感じると、読む方は安心する。だんだん落ち着きを取り戻し、無事読み終えた。
伝わっただろうか、何を感じただろうか。聞いてみたくなるが、こんな時は読みっぱなしの方がよい、と思いとどまる。
それぞれが感じたままでいい。

「今読んだのは1話だけだから、よかったら他の話も読んでみて」と言い、教室の棚に絵本を置いておくことにした。
そのとき、ふと頭に浮かんだのは「本にキズがついたらいやだな」ということ。私は、本はできるだけきれいな状態で持っておきたいタイプだった。
この絵本は黒を基調としているので、キズがつくと目立つ。
読む人がいたらいいなという思いと、キズがつくのはいやだなという思い半々で、教室を後にする。
廊下を歩きながら、視界の端で1人の生徒が棚の本を手に取るのが見えた。

1週間ほど経って、本を見てみる。案の定、擦れて白くなっている部分があった。
それを見たとき、予想外の思いが湧いてきた。
すごくうれしかったのだ。自分でもびっくりした。
本に対する意識がガラリと変わった。本は読まれてなんぼだ。本をきれいな状態に保つという価値観が一瞬にして消えた。それ以来、特装版もサイン本も しっかり”読む用"だ。
その後2,3か月教室に置いたが、最初に見たときより、読んだ形跡が増えていた。そして丁寧に扱ってくれたことも伝わってきた。

あれからもう10年以上経つが、今でも絵本の白く擦れた部分を見ると、読み聞かせをしたときのこと、教え子たちのことを思い出す。
彼らが、絵本の著者の西野さんやその作品を目にしたとき、親として子どもに絵本を読み聞かせるときなど、何かのきっかけでこの絵本のことを思い出すことがあったらいいなと思う。

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