#オサーン卍ボカロ川柳 講評5および結果発表
講評5
61
彼(か)の曲の 写し絵のよう 気づき、涙(なだ)
すながっち
本人解説にあるように、二通りの読み方ができる一句。
曲というのは作者の色が出る。その色は、今までの音楽経験によって染められたもの。同じ曲を好む同士は、人生経験も近いのかもしれない。
同じようなヤン車が、同じような曲をドンスコ言わしながら走っているのを見たとき、選者はその思いを強くし、落涙する。
小豆沢選・評
62
DTM 2時間経ったら 腰にくる
ぱりきりぱりき
これは議論を呼ぶかもしれない。
二時間? なーにを若造! 俺は一時間で腰にくるぜ?
一時間? 単位が違うよアンタ! ぼかぁ30分さ!
かんらからから。ワシャ、最初から寝転んでやってるぞえ。
平日の病院はこんな会話であふれているらしい。
小豆沢選・評
63
かわせせり すなぎもなんこつ ればーたん
ML
ホルモンを並べるだけで魔法のように表れるオッサン感。
元気いっぱい肉を食らう若者をしり目に、「若いねぇ…ぐっちゃぐちゃ」とホルモンを頬張る姿は孤高の人にも、孤独な人にも見える。
小豆沢選・評
総評
力作ぞろいの句会だった。
全63句、どの句が大賞をとってもおかしくない、鑑賞者諸兄もそう感じていることだろう。
どの句のどこが良かったのか。あの句で使用されている修辞法の巧みさはどうなのか。新しい技法的な試みをどう評価するのか。
それらを総合評価し、ポイントを重ね、頭一つ抜けたものが、輝かしい勝利の栄冠を得るべきだ。
そう、感じているだろう。
しかし、今回、選者は合理的な評価を捨てた。
「心に響いたかどうか」という独断と偏見に満ちた曖昧模糊とした判断基準で賞の選定を行った。
これは、「選者としての新しい試み」なのである。
(楽をしているわけではない)
いいものはいい。
(それでいいじゃない)
古めかしい考えは捨てよう。
(ワタシオッサンジャアリマセンカラ)
松木安太郎のように素直にイノセントに発言しよう。
(好きです、安太郎)
結果発表(小豆沢賞および特別賞)
小豆沢賞
9
目も見えず 耳も聞こえず 勘で打つ
ふくちよ
韻を踏んでおり、読みごたえもある。
伝え聞くところによると、老化の進行は
目、耳、マラ
の順らしい。
(選者は前の二つは健在だし、三つ目については所有していないのでわからない)
生きる力を失う前に音楽で生き様を歴史に残すんだ! という男気を、手探りでマウスを繰るというシチュエーションが台無しにする。
言葉が情景を描き、おかしみが生まれる様を拝見させていただき、感謝。
特別賞
1
wwと 草の違いが 分からない
未来 進
全てはこの句から始まった。
それだけで感謝状ものである。
そのため、この賞だけは選者の中で最初から決まっていた。
選評でも書いたとおり、ネットスラングに疎い選者も読み手と同じ感情を抱いている。
あくまでこれらの表現はネットの書き言葉の中だけで使用されていると信じたい。選者は心が狭いので、実生活で「それわらわら」「それ草」とのたまう輩が身近にいた場合、使い分けがあろうとなかろうと、笑顔で縁を切るつもりだ。幸い周囲にはまだ出現していない。
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