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0203「Yさんが積んできた石」

日曜日だったが、特に何ということもなく過ぎた。せっかくなので温浴施設に行こうと思って、合間に宮前平の「湯けむりの庄」に行ったが、これが日本にサウナブームというものなのか、やたらと若者が多くて、そして彼らはずっとしゃべっていて、なかなか辛かった。私はあまり暖まっている際に余計な情報を入れたくないので辟易した。水風呂も混んでいてわりと嫌になってしまって帰ってきた。

私はアメリカに移住しつつ、日本に住んでいた頃に購入したマンションがあるので、時折人に貸したり、出張中は自分で住んだりしている(アメリカに移住するというのは、そこそこ突発的な判断だった)。なので今も東京の自宅にいるが、ゆえに最寄りのセブンイレブンをよく利用する。

久々に最寄りのセブンイレブンに行ったら、いつものようにYさんが働いていた。Yさんと言っても特にお互いに知っているわけではないのだが、名札にYと書いてあるので、Yさんだ。

Yさんは、たぶん65くらいの高齢のおじさんだが、私がこのへんに引っ越してきてちょっとしてからずっとこのセブンイレブンで働いてらっしゃる方で、つまり9年近くずっと働いている。なんで覚えているのかというと、Yさんがこのセブンイレブンで働き始めた当初は、全然仕事を処理できていなくて、心配になるほどグダグダだったからだ。

商品のバーコードを読み取るスピードも遅いし、袋に入れるのもいちいちモタモタしているし、袋を1枚はがすときに指に唾をつけるのでなかなかアレだし、Yさんのレジには、Yさんの作業が遅すぎてどんどん行列が溜まっていく。並んでいる人もみんなイライラし始めるが、Yさんのスピードはいっこうに上がらない上にちょっとパニックになり始めたりする。

当時のYさんは、そういう意味でいろんな悲哀を感じさせる存在で、当然私は「なんでこの年でコンビニの仕事を始めたのか」「リストラに遭ってしまったのか?」的な勘ぐりもした。コンビニの店員さんがどうこうというより、そこでもYさんの不慣れっぷりがみんなの悲哀を呼んでいたように見える。

そして、Yさんの作業効率は一向に上がらず数年が経った。アメリカに渡航する前の2013年とかになっても、Yさんはずっとモタモタしていたし、相変わらず指に唾をつけて袋をめくっていた。

ところが今日に限らずここしばらくたまに帰ってきた時にYさんに出会うと、明らかに手際が良くなってきていて、指に唾をつけて袋をめくるようなこともしていないし、かなりテキパキとお客さんをさばいているように見える。今日なんかは、他の若いバイトさんに、「◯◯くん、■■持ってきてー」みたいに自信を持って指示を出していた。もうすっかり古株のリーダーになっている。客としても、頼りになる感じがする。

私も5年間アメリカで暮らして仕事をしてきて、なかなか前に進まないんだけど気づいたらだんだん積み重ねで良くなっている、というものに英語でのコミュニケーションがある。実際に、本当の意味でちゃんと英語でコミュニケーションできるようになるためにはあと10年必要、くらいに思うことすらある。

私が海外生活を始めたのが37歳。海外で何かやり始めるには遅すぎる年齢だった。Yさんも55くらいの年齢で突然セブンイレブンをやることになったのだろう。お互いに年齢にしては無鉄砲な再スタートをしたところがあったのではないかと思う。

私が海の向こうでボコボコにされながら石を積んでいる間も、Yさんは毎日セブンイレブンで少しずつ石を積んでいったのだなあと思って、なんとなく無駄に仲間意識を感じてしまった。握手してももらいたくなったが、まあまあおかしいのでやめた。

1リットルのお茶を買ってYさんにレジを打ってもらっているときに日付が変わって後厄が終わった。

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