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国際デザイン賞審査員長日記・4日目

いつからかそうなってしまったのだが、私は「実家アレルギー」だ。

「実家アレルギー」とは何かというと、そのままの意味で、実家に一定時間以上滞在すると体調が悪くなる。蕁麻疹的なものが出てきたり、目が腫れぼったくなったり、くしゃみが止まらなくなったりする。

ハウスダスト、みたいなことなのか、実家に住んでいた頃から、呼吸が苦しくなるようなことは無くも無かったのだが、実家を出てしばらく時間が経つと、徐々に症状が顕著になってきた。

大晦日から正月にかけてとかに実家に滞在していると、正月の夜になるくらいに実家アレルギー発作が発生するのだ。調べれば実家アレルギーの正体みたいなものはわかるのだろうけど、私にとってのアレルゲンがあの家には満ちている。これはなかなか不便で、正月も自宅に帰ったりするようになった(実家は遠くないのでそこまで大きな問題ではないが)。自分の生まれ故郷を身体が受け付けないのだから、アンビバレントな感じだ。

で、昨日の日記で「困ったことが起こった」と書いたが、何がそんなに困ったのかというと、昨日審査会場で審査をしているうちに、その「実家アレルギー」っぽい症状が発生し始めたのだ。

審査員の皆さまを集めたパーティーに立ち寄った頃には明らかに調子が悪くなってきていて、実家アレルギー状態に陥ってしまった。なんか、その場にいるだけで焦げ臭い感じの臭いがし始めるのが実家アレルギーの特徴で、同じことが発生してしまった。どうやら私は「審査会場アレルギー」らしい。

そんなわけで、審査員長としてのお仕事も2日目。今日で、自分の担当部門の審査は終わる。審査員長はその後もお役目があるが、「長」として仕切らないといけないイベントは今日までだ。昨日までに決定していたショートリストから、中でもその年の応募作品の中の代表的なデザインとして列せられるべき「Wood Pencil」、その中からさらに抜きん出た「Graphite Pencil」、さらに部門で最も卓越したデザインとして表彰される「Yellow Pencil」を選ぶ。

昨日のスムーズな流れがあって多少余裕も出てきていたので、午前9時から始まる審査に先駆けて、私は審査会場でVPNを通して、大相撲の中継を観ていた。9時になって審査員の皆さんが集まり始める。私が観ている画面を観て、「Oh! Sumo Wresling!」となる。画面内では湘南乃海と御嶽海の1敗同士の取り組みが始まらんとしていた。

とりあえず、審査員の方々に、御嶽海について説明をする。「この力士は3回優勝したことがあって、セカンダリーチャンピオン(大関)になったことがあるけど最近は調子が悪い。お母さんがフィリピンの方で、長野という山奥でスナックをやっている。」みたいなことを説明するが、まあ、「へえー」みたいな普通の反応ではある。しかし、御嶽海が取組後に怪我をして足を引きずっているのは、皆さん、心配していた。

そんなこんなで審査に入っていく。昨日からメンバーは変わらず、ここで簡単に、審査員の皆さんを紹介してみる。

Steveさんは、オーストラリアからの参加。大きなエージェンシーのクリエイティブのトップの方。とても冷静で、たまに口を開くと鋭いことを言う。

Claraさんは、ロンドン在住だが、もともとはアメリカ人。やはり大きなエージェンシーのデザインのトップの方。キャラとしては関西人で、ずっと何か言っていて、とても明るく楽しい。

Bryanさんはカナダのモントリオールから。自分のコンサルファームみたいのをつくって経営している。話してる感じ、グラフィックやブランディングを中心にやっているが、体験系のデジタル開発にも造詣が深い。ちょっと影があるユーモアの人。頼りになるお兄さん。

Rikkeさんはデンマークから。有名な制作会社のデザインの偉い人。若いので最初少し緊張していたけど、質問を振ると、的確な答えを打ち返してくれる。

Akaeさんは、中国在住の台湾人。もともと広告系だったけど、テンセントでクリエイティブのトップをやられた後に独立しているので、事業者側で仕事をしていた。ので、すごく事業者側の目線の意見を言ってくれる。これはこの部門を審査するうえではとてもありがたくて助かった。

Helenさんは、私が昔から憧れていたロンドンの制作会社のデザインのトップの方。8年前、カンヌ国際広告祭(今はたぶん名前が違う)の審査でご一緒したのでもともと知っていた。とてもニュートラルで、デジタルのものづくりを上空から達観している感じ。

ということで、なぜか、こんなすごい方々で構成された審査の司会進行と方向調整を、行うのが審査員長の不肖私だ。

昨日書いたように、議論の中では、基本、皆さんに好きなことを言ってもらうのが仕事だ、ということで、「平の審査員より審査員長のが楽なんじゃないか?」みたいなことを書いた。そんなわけで、今日は多少気楽なノリで会場に入った。

基本的に、自分の意見を強く打ち出すことはせず、審査員の皆さんから出てきた意見と流れに沿うように進行をしていく。のは、昨日と変化がなかった。しかし、上述のように、いろんな素晴らしいものの中から1つを選ぶとなると、いよいよいろんな方面からいろんな意見が出てきて、だんだん話が分散してくる。そうした状態で何が起こるのかというと、さんざん議論が行われた上に「で、審査員長はどう思う?」という形で、「審査員長としての最終的な判断」を求められる局面が発生しだした。

これはやばい。みんなさんざっぱらいろんなことを考えていて、強い意見を持っている。そこで、それを下敷きにしたうえで、「今回はこれで行きましょう」という、みんなが納得する意見を言わんといかんのだ。1日目は、議論を分散してみんなの好きなものを整理すればよかった。2日目になると、みんなの意見を聞いて1つに絞るという仕事が発生しだしたのだ。「審査員長のが楽じゃん」とか思っていた昨日の自分を呪わざるを得ない。やばい。これはめちゃくちゃ責任重大じゃないか。

まず、そもそも議論は、ネイティブの高速な英語で展開されるわけで、それらをニュアンスも含めて理解することができないと始まらない。ぼーっとしているとスルーしてしまう。とりあえず、そういうレベルで英会話ができることは前提になるというか、あんまりそういう非英語ネイティブの事情は考慮されないわけななので、そこで体力と精神力を使う。まあこれは手前味噌だけれど、8年アメリカに住んでいたのでどうにかはなる。

しかしだからと言って、その上で皆さんが納得するような意見を提示できるかというと、昨今の社会や技術トレンドだったりについて、それ相応の造詣がないとそんなものは提示できないし、「あーこいつわかってないな」と思われるのがオチだ。

そこで大いに役に立ったのが、会社でつくっていた「最新技術の流れをなるべくわかりやすく説明するリファレンス集」である「THE TECHNOLOGY REPORT(TTR)」をやってきた経験だ。

これをつくるうえで、さんざんそういった世の中の流れや、点ではなく線でテクノロジーを見る、ということをやってきたし、一緒につくってきた皆さんから学ばせて頂いてきたので、それを下敷きにした自分の意見をある程度自然にまとめることができた。TTRやっといて本当に良かった。やってなかったらまじでキョドって議論を止めてしまうところだった。

とはいえそれだって母国語じゃない英語で延々としゃべってるわけで、体力も精神力も使う。そのうえで、私は昨日から「審査会場アレルギー」なのだ。身体が変な反応を起こし始めていてやばい感じになりつつある。洟が出始める。喉が変になる。外耳道炎も復活し始める。途中で、スマホで妻や子供の写真を開いたりして「がんばるぞ」などと気合を入れ直したりする。さらには、財布から、二級ボイラー技士の免許を取り出して机の上に置いてみた。蒸気機関発祥の地、ボイラーの故郷である大英帝国で、わっしが日本のボイラー道のなんたるかを見せてやる。大和魂なんてな知らねえが、ボイラー魂なら見せてやろうじゃねえか。

お蔭で、都度都度、おそらく皆さんが笑顔で納得してくれるような方向を示すことができたように思うし、実際、反対意見を唱えられることも全然なくって、うまいことまとめることができた感がある。

結果、今日の最終目標であるYellow Pencilの選定プロセスも無事終えることができた(終えた、と言ってもイエローがゼロの年もあるので、選んだとは限りませんのでご了承ください)。上述の審査員の皆さまとの議論もこれで終了。あとは、審査員長の私の仕事は、すべての部門の「Yellow Pencil」の作品から、その年の全部門の作品の中で、歴史に刻むべき偉業みたいなものを選ぶ「Black Pencil」の審査だけになる。これは翌々日の仕事になる。

審査の詳細は、授賞式の後は書けるようになるので、それは最後に書くことになるはず。

「またこのメンバーで何度も一緒に審査したいっす。楽しかったっす! 未熟者でしたがサポートしてくれてありがとうー!」なんて言って、審査員の写真撮影などを行って、その後は審査員の夕食会へ。

しかしその頃には私の「審査会場アレルギー」は限界値まで達していて、もう身体全体が腫れぼったくて頭が回らない。会場は出たものの、昨日と同様に、明らかに身体がおかしい。おまけに、お店で出てくるのはワインばかり。普段蒸留酒しか飲めないので、ワインとかビールとか日本酒を飲むと変になってしまうところ、醸造酒が心身を蝕んでいく。目もしょぼしょぼする。体中がかゆい。結果的に、ある程度時間が経ったところで「皆さんありがとうございましたー!」と叫んで退散し、その後は、「あみたの相撲ちゃんねる」の中日まとめ動画を聴きながら部屋にどうにかたどり着き、ベッドに倒れ込んだ。

1日空けて上述のBlack Pencil審査。これも審査員長の重要な仕事になる。とりあえず1日、審査がないので、日記も1日分さぼらせて頂きつつ、Black Pencil終わったらまた書く。


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