【映画評】きっと、うまくいく(2009年インド)

(C) Vidhu Vinod Chopra Production 2009.All rights reserved

※この記事はネタバレを含みます。

ひとことで言うと「濃厚」。感動が波のように押し寄せてくる。三時間もある作品なのに飽きさせない。感動、感動いうとハードルが上がってしまうので最初から感動を期待せず見てほしいが、見終わった暁には、必ず心温まることまちがいなし。絶対に見るべき作品の一つと思う。たいして映画を見ない人間ではあるが、一気にこの作品が人生のトップに躍り出て来てしまった。ジャンルは青春コメディヒューマンドラマといえばいいだろうか。

あらすじを簡単に。舞台はインドの名門工科大学。大学で出会った仲良し三人組が織りなす笑いあり涙ありの青春ドラマ。物語は卒業の十年後から始まる。卒業式の日に失踪した「ランチョー」の住所を知った二人が彼を探しに行くところから映画は始まり、大学時代の回想の物語に入る。ランチョーとは如何なる男だったのか、そしてなぜ彼は失踪したのか…。

主人公は、名俳優アミール・カーン演じるランチョー。ランチョーは体制に迎合しない性格で、就職学校と化した大学を「本当の学問をしていない」と皮肉るものだから学長や教師から嫌われている。友人のラージュは貧しい家の出身で、家族の期待を背負っておりそのプレッシャーに苦しんでいる(神頼みをしまくったり、開運の指輪をつけまくっている)。ファランは、本当は写真家になりたいが、父親のいいなりでエンジニアになれと言われてこの大学に来た。本当自分の夢を追いかけられない葛藤を生きている。それぞれの悩みを抱えながら、彼らは大学生活過ごす。実はランチョーも特別な事情があってこの大学に来ているのだが、それは中盤まで明かされない。

今もそうなのだろうが、本作ではエンジニアが最も社会的成功に近い職業のひとつとして描かれる。また、インドの若者がほんとうに自分の好きな職業を選ぶことができない実態が描写される。学歴競争は熾烈で、劇中でも度々学生の自殺について触れられている。ランチョーがインドの自殺のデータを披露するシーンがあり熾烈な競争を背景とした若者の自殺が社会問題になっていることが伺える。確かにあの頃、必死にカンニングするインド人親子のニュースがネット上でも話題になっていたことを思い出す。日本の七十年代を想起させる。ドラマの中に社会問題を織り込むスタイルは、インド映画ではスラムドッグミリオネア(2008)、PK(2014)に通ずるものがある。

ラージュの家に三人で遊びに行くシーンがあるのだが、このシーンがなかなか重い。父親は脳梗塞で全身麻痺になり寝たきり、妹は結婚したいが結婚相手から車を結納(?)として求められていて兄(ラージュ)の学費を優先するため結婚できない。母が薄給で一家を支えている。この家庭環境をコメディタッチで描くのが却ってシニカルというか暗い(しかもこのシーンは、ラージュの貧相な実家がまるで五十年代のインドのようなので、白黒映像で撮影されている)。このような表現をするあたり、インドの貧困が多くの(映画を見にくるような中流の)人にとっては過去のもの?になっているという風に理解していいのかもしれないが、印象に残るシーンであった。

こんな感じで、登場人物の生い立ちなどにも触れながら、ストーリーが進んでいく感じ。もちろんラブラインもある(あまり女性は日本人好みのかわいい女性ではない。有名な女優のようであるかが)。

ヒロイン・ピア役のカリーナ・カプールさん

本作中で興味深いのは日本について触れられている箇所がいくつかあること。また、戦争に関する比喩もたびたび出てくる。後者についていうと、「イラク」「ミサイル」「第三次世界大戦」「ヒトラー」という単語が出てくる。これは明らかに意識して使っているとしか思えない。前者、日本についていうとまず「原爆」という表現が出てくる。次に、日本が「科学の進んだ国」「インド企業と競合しているライバル企業」という文脈で出てくる。日本が「技術力のある国」というイメージで触れられているのは印象的だ(確かにあのころは日本がインド熱が高まっている時期だったようにも思う)。「原爆」という表現については、2023年現在のご時世では完全にアウトと思うが、海外での「原爆」という単語は、割とこんな感じで軽く使われているのだろうと察する。あとはヒロインの女性が「あの地域の名前は嫌い、結婚して改名したくない」という冗談を言うのだが、これはインド人にとって笑えるネタなのか、聞いてみたいところ(差別的なネタに感じたが)。ちょこちょこ、今現在から眺めると気になる表現があるのは、本作の意外な面白さであった。

ところどころ驚きの展開はあるものの、全体的には予定調和の的というか期待通りのハッピーエンドで収まってくれる。ベタなコメディといえばそれまでなのだが、音楽と踊りがしっかり泣かせてくれる。一人でみたせいもあるが、大粒の涙を流して声を上げて泣いたのも久しぶりだ。「歌と踊り」というインド映画の強みを改めて感じた。歌と踊りが人生にとって大切なのではと歌と踊りの伝統のない日本人の私としては考えさせられてしまった。

シャワー室での歌と踊りのシーン
(C) Vidhu Vinod Chopra Production 2009.All rights reserved

まとめると本作は「真に自分の人生を生きることのすばらしさ」を思い出させてくれる作品。三時間という大作でありながら、ずっと笑わせてくれる飽きさせないコメディとしても非常に優れた作品と思う。まったく系統は違うが、人生の素晴らしさ、という意味では、「ライフイズビューティフル(1997年イタリア)」にも並ぶ名作だと思う。表現が貧相で申し訳ないが「ほんとうに良い作品を見たな」という満足感で満たされる作品であった。

最後に、タイトルについて。原題は3idiots(三人のバカ)。相変わらず日本映画界お得意の魔改造やってんなあ、と思っていたのだが、結論からいうとこの「きっと、うまくいく」という邦題はは映画の中の重要フレーズである"All is Well"から来ている。映画を見れば、「きっと、うまくいく」という邦題の理由に納得だし、非常に良い訳であったといえる。疑ってすみませんでした。

そういうわけなので、ぜひ、皆さんにも作品を見ていただきたいと思います。

P.S.
映画のサントラはApple Musicで聴けることを確認したので、明日からプレイリストに入れようっと。インドに行く予定はないが、インドに行くならこの歌を披露したい。



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