2022年3月6日東京新橋にて、

40万くらいだったかな。
偶然居合わせた70過ぎの男性が言った。
彼はこの店のオープン以来の常連で、連れ立った友人と店主と日曜の昼から楽しそうに食事をしていた。
ここは新鮮な魚料理と日本酒が自慢らしく、初めて来た私達に気さくに声をかけ、おすすめの日本酒を教えてくれた。
私達はそれからお互い好きそうな日本酒を注文し、ガラスの小グラスで飲んでいたが彼らは焼き物のぐい呑みで飲んでいた。
それは持ち込みの器で近くの陶器市で購入したものだった。
300年くらい前の古唐津で曇天の空のような器肌に青鈍の釉薬が垂れ下がっており、欠けた飲み口は金継ぎで補修されていてまるで夕立のような焼き物であった。
銘は雷(いかづち)というらしい。
40万で買ったそれを6千円する巾着袋に入れ、マイ酒器として馴染みの店に持ち込み、それで酒を飲むんだそうだ。
春にはさくらの花びらを、秋には紅葉の葉を雷(いかづち)に浮かべて。
好きな日本酒を好きな器で気の合う友達と季節に合わせて楽しむ彼の姿がとても眩しく羨ましかった。
社会的な役割を終え、趣味に勤しみ、人生を謳歌する。
こうなりたいな、と思うと同時にこうなれないだろうな、とも思った。
帰り際に握手を交わし、彼らと別れ、好きな人がいる商業施設へと向かった。
私が送りたい人生を諦めなくていいのはいつまでなんだろうか。

2022年3月7日 ぴょん

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