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包丁研ぎに思うこと

母は給食のおばさん、調理補助のパートをしていた。
頼られると断れない性格をしているせいで、いつもピンチの学校に駆り出されたり、ちょっと癖のあるメンバーと働かされることが多かった母。
通称ハゲハゲと呼ぶ、かなり癖のある男性調理師がリーダーを張る学校へ配属させられたときは(私も)大変だった。

母は表向きにはお人好し、口を開けば口は悪いタイプ。なので職場ではハゲハゲの理不尽な指示をはいはいと言いながら聞きつつも、家に帰ると「ちょっと聞いてよ」と私に愚痴る日々。
おまけにパートの皆さんも(母を含めて)くせ者揃いだったので、尽きることない愚痴が毎日毎日私の耳に吹き込まれていく。
正直、聞き飽きた。

だが、そんな大嫌いなハゲハゲでも、唯一母が彼を認めていたことがある。
それが包丁研ぎ。
機嫌が良いと「家から持ってきてくれれば包丁研ぐよ」と言って研磨を請け負っていたハゲハゲ。
さすがプロの料理人で、彼に包丁を磨いて貰うと我が家の年季の入ったおんぼろ包丁たちが見違えるように切れ味を取り戻した。

母が亡くなってから、私は母が使っていた年季の入った砥石を(勝手に)貰い受けた。
砥石研ぎとは無縁の我が家の砥石。手入れ不足を示すように、研ぎ手だった母の癖がしっかり残っていて、すり鉢状に石がすり減っている。
料理は苦手だけれど包丁研ぎは好きだから、今は私がその砥石を使って包丁を研いでいる。
基本的には無心で。でもときどきは「母は何を思ってこの砥石で包丁を研いだのかな」と思いを巡らせながら。
そして終わる頃には綺麗に研げているか正直よく分からない包丁を眺めては、「ハゲハゲはねー、ムカつくけど包丁研ぐのは上手いのよねー」という妙に上から目線の母の言葉を思い出す。
嫌いだ嫌いだと言いながら、ちゃっかり恩恵にはあずかっていたのだから、母も大概お調子者なのだ。

下手の横好き。好きこそものの上手なれ。
これからも研ぎ続けていたら、いつかはハゲハゲのように上手に包丁が研げるようになるだろうか。
そんなことを思いながら、今日も私は包丁を研ぐ。

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