探し求めたのは究極の愛だった~妹はゾンビメイド~

「すみません、お願いします」

 駅前で眼鏡をかけた人の好さそうな顔をした青年がビラを配っていた。苦しそうな顔で道行く人に一生懸命配っているが、人々はまたか、といった感じでもう受け取ってさえくれない。休みの日は必ず朝から駅前でビラを配り始めて五年。彼の妹はまだ帰ってこない。
 
 安藤健介、当時新卒だった彼ももう三十路をこえた。それだけ年月が経っても、彼の妹、安藤美咲はまだ見つかっていなかった。
 五年前、当時大学生だった美咲が彼氏と旅行に行った事から始まる。婚前なのに二人きりで旅行なんてと反対したが、あっかんべーをして美咲は旅立ってしまった。旅行先から美咲がいなくなったと彼氏から連絡が入り、捜索が始まったが目撃情報は何一つなく、当時彼氏が疑われたが証拠がなかった。
 それ以来、健介は美咲の捜索ビラを作り、仕事が休みになると一日ビラを配っている。最初の頃は家族で配っていたが、心が折れた両親は途中でやめてしまった。
 
「お願いします」

 ふとビラを受け取った人が立ち止まった。そして美咲の写真をじっと見て、ポツリと似てる……と漏らした。

「今、なんて?」
「いや、気のせいだったらごめんなんだけど、この子にそっくりな子、この前見たんですよ」
「ど、どこでですか!?」
「確か……山梨県の駐車場だったかな。眼鏡をかけた男の人と一緒に車に乗ってました」
「山梨県……?」

 美咲が旅行に行った先は確か三重だったはず。何故そんな離れた場所で? 

「……い、生きてるのか、美咲が生きてるのか……!」
「いや、似てるだけかもしれないですから、すみません」
「いえ、ありがとうございます!!」
 九十度腰を曲げて、健介はその人に礼を言った。
 
 一週間有休を取り、山梨県の道の駅に向かう。

「そんなすぐに見つかるわけがないよな」

 もし情報がなかったら、ほかの道の駅に行ってみよう。お店の人にビラを見せて歩く。すると一人の女性があれ? と美咲の顔をじっと見つめた。

「この子、髪の色が違うけど一か月に一回来るよ」
「ほ、本当ですか? どこに住んでるかわかります?」

 女性がうーんと思い出そうとしていると横から男性が入ってきた。
「幸太郎さんとこの子じゃないか? 山の上に住んでいて、一か月に一回食料を買いに来るんだよ」
「その人の住所わかりますか? 妹なんです!」
 男性から住所を聞き出し、健介はその家に向かった。
 
 山の中を車で進み、山頂に家はあった。蔦が生い茂り、人が住んでいるのか怪しいと思えるぐらいボロい洋館だった。車から降りて、インターフォンを鳴らす。だが返事はない。実はダミーの住所だったのだろうか、と思いつつドアノブを回すとドアが開いた。

「……お邪魔しまーす」

 中もあまり手入れがされておらず、ボロボロだった。恐る恐る中に踏み込む。ぎしっと床が鳴った。

「……なんか、土臭いな」

 中はひやりとしていて、土の臭いがした。まるで墓場にいるようだと思いながら一歩一歩進んでいく。

「誰もいないのか?」

 美咲がもし生きていたとしたら、何かしらの事情がない限り生存の連絡を入れるはずである。それがないということは、記憶喪失か、はたまた脅されて男と一緒にいるか。

「何か手掛かりになるものでいいから、ないかな」

 その時、ひゅんと顔の横を何かが通り過ぎ、頬にかすった。

「え?」

 あまりに唐突すぎて痛みは感じないが、血が頬からつぷと零れだす。

「え? 何? え……ナイフ?」

 後ろを振り返ると、床に果物ナイフが転がっていた。混乱していると何者かが健介を押し倒した。

「ぐはっ、な、なんだ!?」

 背中を強く打ち付け、痛い。誰かが自分の上に馬乗りになっている。その誰かを見て、健介は一瞬何も考えられなかった。

「……美咲?」

 そこにいたのは、光の宿らない濁った瞳、フリルのついたメイド服、金髪に赤いメッシュの入った、見間違うはずがない妹だった。

「美咲! 美咲だろ!? 何か髪の色金髪とかになってるけど! 俺だよ、お兄ちゃんだよ! 健介!!」
「う……あ……」

 ぼぉっとした目で健介を見下ろす女性は言葉にならない声を発して、右手に持つ果物ナイフを振り上げる。

「はい……じょ……」
「美咲!!?」

 様子がおかしい、健介は本当に殺されると感じ取り女性を突き飛ばした。そして起き上がり、防御の態勢をとる。

「美咲、俺がわからないのか?」
「はい……じょ……」

 女性の目には完全に自分は除外されるべきものとして映っているようだ。どうしたら話が通じるのだろう。

「ストップ!! ストップだミア」

 男性の声がして、女性は動きを止めた。

「泥棒と思ってあんたを排除しようとしたんだよ。誰だ、あんた? 勝手に人の家に入ってきて」
「インターフォンを鳴らしても出てこないからつい……」
「田舎の家じゃないんだから、勝手に入らないでほしいな」

 三白眼に眼鏡をかけた男が女性の隣に並んだ。女性はまだナイフを構えているが、じっとしている。

「すみません……あのミアって?」
「ん? あぁ、この子拾った時に指輪にMAってあったからミアってつけたんだ」
「それ、何年前ですか? っていうか拾ったってどこで……」
「五年前くらいかな、富士の樹海で」
「富士の樹海!?」

 妹は自殺しようとしていた? だが出かける前にそんなそぶりは一切なかったはずなのに。

「あの、その子はたぶん俺の妹の安藤美咲なんです。俺、安藤健介って言います、五年前に消えた妹をずっと探していたんです」
「……へぇ。まぁ、話長そうだから、奥で話そうか」

 男性が歩き出すと、ミアもついて行く。健介も慌ててついて行った。
 

 男性が座ると、ミアはどこかへ姿を消した。

「……俺は佐藤幸太郎。この家の主で、ミアのご主人様だな」
「ご主人様……?」
「ミアはメイドとして働いている、そのまんまの意味であり、変な意味はないよ」
「そ、そうですか」

 ミアがトレイを持って入ってきた。トレイの上にはカップが二つあり、湯気が立っていた。

「……どう……ぞ」
「あ、ありがとう」

 カップを前に置き、ミアは幸太郎の後ろに立つ。

「五年前拾ったと言っていましたね、妹は自殺していたのでしょうか?」
「いや? おそらく自身で命を絶ったわけではないと思うよ」
「なら何故そんな場所に……それに、何故俺のことがわからないんですか。生きていたなら……何故一言連絡をくれなかったんですか!!」

 この五年間を思い出すと、目じりに涙がにじむ。会いたかった、そして自分のあふれる思いを伝えたかった。ミアの方をじっと見つめるが、その眼は濁ったままで健介を映しているとは思えない。

「うーん、連絡しようにも衣服すら身に着けていなかったからなぁ。何者かもわからなかったんだよ」
「え?」
「体がバラバラになった状態で、ボストンバックに詰め込まれていたんだよ」
「……は?」

 何を言っているのだろう、それならどうやって妹は動いてお茶を出してくれたのだ。

「俺ね、一人で暮らすのもいいけど小さいころからメイドさんがいた生活に慣れきってて、前の子が壊れちゃったから新しいの欲しいなぁって思って樹海に行ってみたんだ。そしたら新鮮なのがちょうどあってさぁ……それで拾ったんだ」
「……あんた何言ってんだ?」

 ドクンドクンと心臓が音を主張しだす。そういえば、時々聞こえるぎちぎちという音は何なのだろう。それに、ミアと触れ合ったとき、臭くはなかったが微かに土の臭いがしたような気がする。

「俺、親の遺産で暮らしてるんだけど、物だけじゃなくて能力もちゃんと相続させてもらってるから。だからゾンビメイドを作れるの」
「……じゃぁ、妹は死んでるっていうのか? そんなバカな、あほらしい。映画の見過ぎじゃないか?」

 幸太郎はうーんと少し考えてから立ち上がり、ミアの頭を強くつかんだ。

「見ててね?」
「え?」

 力を籠め強くひっぱるとぶちぃぃぃぃと頭と胴体がさよならしたのだった。

「な、な、なんで……?」
「言ったろ? ゾンビメイドだって」

 胴体は頭を求めて手を伸ばしている。幸太郎は頭をぽーんぽーんと軽く上へ投げて顔を健介に向けた。

「富士の樹海に捨てられてたから、いらない子なのかなって思ってさ、ごめんね」
「……ふざけんなっ」

 がたんと立ち上がると健介は幸太郎に掴みかかった。

「あんたが五年前、警察に通報してくれてれば妹は無事家に帰れたんだ! 
葬式だって上げれたんだ……! ちくしょう、俺は、美咲を――」

 涙が溢れて止まらない。この五年間ずっと探し続けてきた。それなのに死んでいて、なおかつゾンビにさせられているだなんて。

「……美咲は、連れて帰る」
「……それは、できないな」

 両者の間に火花が散る。

「ゾンビメイドは常に管理が必要だ。俺がいるから、この美しい姿のままでいられるんだ。家に連れて帰ったら、すぐに腐り果てるぞ」
「そ、それは……じゃぁ、両親をここに」
「君は妹がゾンビになっているのを見て、どう思った? ご両親にも同じ思いをさせるのか?」

 それをあんたが言うのか、喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。きっとあの両親なら耐えられないだろう。それなら、行方不明でもしかしたらもう死んでいるかもしれないと思い込ませるほうがマシかもしれない。健介は幸太郎を離した。

「……勝手にゾンビメイドにしたわびだ、好きなだけいていいよ……もしかしたら、昔の記憶がよみがえるかもしれない」
「そんなことあるのか!?」
「あるとも。ただし……前のメイドは自我がよみがえった直後に発狂して大変だった」
「発狂……」

 幸太郎の手の中にあるメイを見つめる。意思を感じられない濁った瞳。この瞳に光が宿ることはあるのだろうか。

「……一週間、滞在します」
「……どうぞ、ご勝手に」

 必ず、記憶をよみがえらせてみせる。たとえどんな結末になったとしても。健介はそう心に誓うのだった。
 

 それから健介はひたすらミアに話しかけた。ずっと探していたこと、可愛い妹だったこと。両親に愛されていたこと。
「子供の頃、俺が女の子に告白されたらさ、怒って俺の腕を噛んだことがあったんだよ」
「うっ……あ」

 一瞬、ミアが反応した。慌てて健介はほかの話もしようとする。

「それなのにさ、彼氏つれてくるし。あの時俺がどれだけ錯乱したか覚えてないのか?」
「あっ……うぅ」

 ミアは何かを思い出しそうなのか、強く目をつむった。

「その彼氏と一緒に旅行に行って、体をバラバラにされてお前は死んだんだよ、わかるか?」
「あ……うぅ」
「お前を心から愛していたのは俺だけだったんだよ! 美咲!! 俺を思い出せ!! お前は安藤美咲だ!!」
「あ、あぁ、あぁぁぁぁぁ!!!」

 髪を掻きむしりながら、ミアは絶叫した。口を大きく開き、よだれを垂らして天井に向かって叫び続けている。

「美咲!! お兄ちゃんがいるから!! 俺がいるから!! もう大丈夫だから!!」

 もしかしたら爪でひっかかれるかもしれない、そう思ったが絶叫するミアの姿を見て健介は抱きしめずにはいられなかった。

「う……あ……」

 ガクンと意識が切れたのか、ミアは糸の切れた人形のように崩れた。それを健介は抱きしめながらやさしく背中を撫でる。

「もう大丈夫だからな、お兄ちゃんがいるからな」

 そう耳元で囁くとぴくりとミアが反応する。ゆっくりと顔を上げ、じっと健介を見つめる瞳はどんどん濁った泥水から清涼な泉へと変化していき、その瞳に健介の顔が映った。

「あ、あ、あ」
「大丈夫だ、美咲。ゆっくりでいいから」
「う、あ、お、おに、い、ちゃぁん」

 唸り声が段々高いものへと変化していく。そして眉根をぎゅっと寄せて口元をきゅっと結び、健介に抱き着いた。

「おにい、ちゃぁん……!」
「美咲……!」

 兄弟はようやく再会できたのである。健介は喜びに涙を流しながら美咲を壊れないようにそっと抱き返した。
 
 
 
 あの、ミアの兄と名乗る男が来てから一週間が経った。ずっと話しかけていたがその成果はどうだったのだろうかなんてどうでもいい、おそらく今日で帰るだろう。普段他人がいない生活はしたことがないから精神的に疲労したな、と幸太郎はつぶやいた。

「幸太郎さん」

 別れの挨拶だろうか。すがすがしい顔で、兄の健介が声をかけてきた。その横には見違えるほど表情が人間らしくなったミアが寄り添っていた。

「最後にお願いがあって来ました」
「……何? 俺でよければ」
「立会人をしてほしいんです、食堂で待っててもらえませんか?」

 無言でこくんと頷くと、二人は幸せそうに手をつなぎどこかの部屋へと消えていった。

「……ミアは生前の記憶を思い出したのか? なら、何故壊れてないんだ?」

 今までのゾンビメイドは、自我を取り戻すと発狂した。何故まだ生きているの? 自分はいかにむごく殺されたというのに! と生前の恐怖や後悔などを一気に思い出し、パニックになり、やがて発狂するのだ。

「兄に支えられたからか? ふん、美しい兄弟愛だな」

 もしかしたら、健介は月に一度くらいの頻度でミアに会いに来るかもしれない。そうなるとうっとうしいなと思いながら食堂に移動した。
 

 一時間ほどが経ち、布が床に擦れる音がして、幸太郎は首を傾げた。首を伸ばし食堂の入り口を見つめてぎょっとした。

「……おいおい、いきすぎた兄弟愛かよ」

 純白のウエディングドレスに身を包んだミアと手をつないで歩いてくる健介。彼はモーニングではなく、真っ白なタキシードを着ていた。二人はまるで初々しい新婚のような雰囲気で幸太郎の前に現れた。

「……何? 神父の役でもしろっていうの?」

 苦笑しながら言うと、健介はぜひ、と大きな声で言った。

「幸太郎さんには、僕たちの想いを聞いてほしいんです」
「懺悔か?」
「それに似ています」

 キラキラした目でいう健介を、幸太郎は不気味なものをみるような目で見つめる。だが、もしかしたらミアと健介が会うのはこれで最後になるかもしれないな、と思い仕方なく承諾した。

「ありがとうございます!」
「ありがと……ございます」
「うをっ、ミア、お前喋れるようになったのか」
「ミアではなく、美咲です」
「そうだったな、すまん」

 そう言うと美咲は死んだ表情筋を手で動かすことによってにこっと微笑んだ。

「で、何を懺悔したいってんだ」

 二人は顔を見合わせ、健介が口を開いた。

「俺は美咲が好きで好きでたまらなかった。それこそ目に入れても痛くないぐらい愛してた。なのに、美咲は彼氏ができたと俺から離れていった」

 シスコンだったんだな、と心の中で半笑いで聞く。

「だが、年頃だしそれも仕方ないかとあきらめていた。だけど俺の欲望だけは実現しないと死んでも死にきれないと思い、その時を待っていたんだ。なのに、なのに美咲はその時を迎えず死んでしまった……!」

 段々健介の声が荒くなっていく。

「俺はね、美咲を愛してた。だから、一番美しい瞬間にこの手で殺してやろうとずっと子供の頃から思っていたんだ!! ウエディングドレスを着て、教会で愛を誓い合うその瞬間に!!」
「……え?」

 予想外の言葉に、幸太郎は目が点になった。愛していたのに殺したかった?幸太郎がポカンとしていると美咲が健介の背中を優しく撫でながら一歩前へ進み出る。

「わた、し、あいして、た。ずぅっと、ずぅっ、と。でもそ、れはいけないことだ、から。ちが、うひ、とをえらんだ」
「……お互いがお互いを愛し合っていたというのか」

 こくんと頷いて美咲は続ける。

「かれ、しもあいして、たの。だからた、べよ、うとした、の。あいしてたか、ら。そし、たらこ、ろされた」
「……は? 食べようとした? 愛してたから?」

 段々話についていけず、美咲を嘘だろうと願いつつも見つめるが、美咲はこくんと頷いた。

「おに、ちゃんたべた、かった。ずっとず、と。でもそ、れだとおに、ちゃん、いな、くなる。それ、いや」
「……」
「でも、ゾンビのい、まならおに、ちゃん食べれ、る。しあわ、せ」
 妹を愛しているが故に美しい瞬間に殺したいと思っていた兄と、兄を愛しているから食べたいとずっと思っていた妹。幸太郎はついていけなかった。
「……そうかそうか。なら殺し合いでも食らい合いでも好きにしな。部外者は退散するよ」

 やれやれと前髪をかき上げながら幸太郎は美咲の頭をぽんと撫でてから出ていこうとした。すると美咲に首根っこを掴み上げられた。

「……え?」

 つぅと冷たいものが背筋を走る。ヤバイ、これはヤバイ。何がヤバイかというと、俺の直感がそう言っている。

「美咲は言っていました。俺を愛してる、でも俺を食べたらいなくなってしまうのはやはりつらい。そして幸太郎さんにゾンビにしてくれて本当に感謝している。そのおかげで道具を使わず愛する人を丸かじりできるようになったと」
「そ、そうか。な、なら好きにしろよ! 俺は関係ないだろう!!?」

 二人の光のない狂気じみた目が幸太郎を射抜く。

「この五年間で、あなたと共に過ごし愛が芽生えた、とも言っていました。幸太郎さんなら、臓物一つ残さず食べつくしたい、と」
「ひぃぃぃぃいいいい!!」

 ゾンビメイドを作るにあたって、いつかこういう日がくると想定はしていた。先代のゾンビメイド達と同じく、美咲も狂って自分を襲おうとしている。いや、美咲の場合生前からおかしかったのかもしれない。

「俺もね、幸太郎さんには感謝してるんですよ。死んだとはいえ、美咲と再会させてくれて。でもね、でもねぇ!? ゾンビだと殺せないんですよ!! やっと会えたのに、わざわざウエディングドレスを持参したのに!! 美しい瞬間に殺せないんですよ!! ゾンビだから!!」
「い、いや行動不能にはできるよ? やろうか?」
「いりません!!」

 冷たい汗が先ほどから止まらない。ドクンドクンと心臓が耳元までせりあがってきたかのようにうるさい。

「だからね、妹と話し合って、幸太郎さんを殺そうということに落ち着いたんです」

 幸太郎は体を前後に思いっきり揺らして美咲に体当たりをした。その衝動で美咲の襟首を掴む手が緩む。

「この、マッド兄弟!!」

 ゾンビメイドを作り続ける幸太郎も十分マッドだと思うのだが、殺されるという事実が眼前に迫っている彼は必至で外へと走り出した。
 

「はぁはぁはぁ、チクショウ! パンクさせてやがる!」

 軽トラで逃げようとしたが、タイヤは全てパンクさせられていた。その時ガシャーン! とドアが吹っ飛ぶ音がした。ウエディングドレスの裾が地面につかないように持ち上げた美咲と鉈を持った健介が出てきた。

「ライスシャワーしてもいいんですよ? その代わり僕たちの歩くロードはあなたの血みどろロードですけどね!!」
「ひぃ!!」

 とにかく走った。この山なら自分に地の利がある。美咲はウエディングドレスを着ているから全力疾走はできないはずだ。

「なんで、なんでこんなことに!」

 あの時、富士の樹海で美咲を拾ったから? そもそもゾンビメイドなどと倫理的に反しているものを平然と作り続けてきたから?

「くそ! 今まではゾンビメイド一人だったからなんとか始末できたんだ! だが成人男性も加わるとなるとどうすればいいかわからん……!」

 相手は確実に自分を殺す気でいる。しかも、お互いの愛のために。そんな理不尽、受け入れるわけにはいかない。

「……今まで生き延びてきたんだ、ここで死ねるか!」

 気配を殺しながら、幸太郎はある場所に向かった。
 

 見晴らしの良い場所に、幸太郎は立っていた。その顔は諦めに満ちていて、もの悲しそうだった。

「殺されてくれるんですか?」

 にこぉっと笑う健介に、幸太郎は何も言わない。ガサガサと美咲も茂みから出てきた。

「あ、あは、たべちゃ、う。たべちゃ、うのぉぉ」

 ご馳走を目の前にしたかのように美咲はずりずりと嬉しそうに近づいてくる。

「美咲、どうせなら二人で殺そう。共同作業だ」

 健介に言われ、美咲はこくんと頷く。そしてウエディングドレスの裾をびりぃぃと引き裂いた。灰色の足首を幸太郎はじっと見つめている。その眼差しに美咲は震えた。

「……おい、美咲。お前が一番愛しているのは俺だろう」

 やきもちを焼いた健介が美咲の肩をぐいっとひっぱる。

「こうた、ろさ、まはあしふぇちな、の。よくきれいってほめ、てくれた」
「……そんなの、聞きたくない」

 健介の鉈を握る力が強くなる。美咲は仕方ないなぁと健介の手を握る。そして二人でしばし見つめ合って、幸太郎の方へと向き合った。

「美咲ぃぃ、もうすぐ幸太郎さんのフルコースが食べれるからなぁぁぁ」

 二人同時に幸太郎にとびかかる。幸太郎は二人を見据えながら後ろ向きに走った。二人は加速を強めて幸太郎と捕まえようとした。が、次の瞬間二人は浮遊感に包まれて我に返る。

「……え?」

 幸太郎から足元へと視線を移す。そこには地面がなく、一面遠くに見える森の景色だった。

「な、で……?」

 三人の体が下へと落ちていく。が、幸太郎の体だけビンと強く跳ねて空中へとどまった。

「こ、うたろさ、ま」
「じゃぁな、二人で末永く幸せにな!」

 崖にロープをつけたくさびを打ち付け、自身に巻き付けていた。落下していく二人にあっかんべーをして幸太郎はポケットからスマホを取り出した。

「あー、すんません。またゾンビメイドにやられまして。はい、いつもの場所です、たのんます」

 ぴっと切って、小さくなっていく二人を見る。

「伊達にゾンビメイドに殺されなれてないんだよ。だいたい、俺たちの作るゾンビは創造主を殺しに来るからな」

 最初の頃はそれはもう映画さながらに武器を持って戦った。だが、場数を踏むうちに、崖から落とした方が早いと気づいた。

「ようこそ、ゾンビメイドの森へってか? まぁ、人間は死んでしまうけどな」

 死んだ兄を見て、美咲は喜ぶだろうか? やっと兄を食べることができる、と。それとも人間らしく悲しむだろうか? 

「……次は、バラバラ死体とかややこしいのじゃなくて、もっとこう……睡眠薬自殺とかしたゾンビ拾ってこよう」

 ぷらぷらと体を揺らしながら、早く助けてーと幸太郎は思うのだった。

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