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他人と暮らす


他人の家って何故か居心地がいい。
放浪癖のある私は他人の家に転がり込むのは慣れていた。

私は家族のことは好きだが、心のどこかでずっと離れたいと思っていた。
私の家族は全員どこかおかしいと思う。きっと私自身も。 私たち家族には父に植え付けられた毒の種がずっと残っている。それは時間と共に成長していく植物みたいにじわじわと成長し、すっかり立派な根を張ってしまった。
そんな家からなんとなく離れたかった私は、恋人ができる度に相手の家に身を寄せていた。他人との生活は楽しい。なにより知らない場所でフラフラと生活するのが楽しかった。 途端に食生活は不健康になり、野菜なんてものは食べなくなる。 スーパーで買った適当な総菜を適当な時間に食べて、適当に眠る。
今思えばそんな生活に愛なんてものは全くなかったように思うが、別にそれでよかった。

私は今年の5月からまた実家を離れ、彼の住む世田谷へ転がり込んだ。
正直なところ彼に恋愛的な感情はほぼなかったように思うし、多分彼も同じだった。彼の事は異性として好きなのではなく、1人の人間として好きだった。とにかく私の人生から彼がいなくなってしまうのが嫌だった。投げやりな行動かもしれないとも考えたけれど、私には、恋愛的な感情で一緒になるよりも、ただの私として、ただの彼として、ただの2人の人間が寄り添うことができたのなら、その方がよっぽどいいもののように思えた。

彼の家はとても綺麗と言えるような状態ではなかったが、私はその方が落ち着いた。彼が好きだと言っていた女の子が最近まで過ごしていた痕跡が所々に残っていた。キッチンは洗っていない食器が溜まり、換気扇の下で煙草を吸うものだから、煙草のにおいが染みついていた。テーブルの上には数週間前に遊びに来た時に出してくれたお茶のコップが放置されており、カビを生やしていた。この部屋だけ時間が止まっているみたいだな、とぼんやり思った。
いつまで続くかわからない生活は無責任で楽しい。
でもこの街にはそれだけではない何かがあるような気がする。そうなるといいなと思う。

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