〜絶対売らない100枚〜 No.9

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Zoo / Peter Astor

別に音楽というジャンルに限った話ではないが、大体において芸術の分野にはその表現力や才能に比してアンダーレイテッドな人というのは必ずいる、お笑いとかそういうものにしても同じかもしれない。誰しも自分を客観的に評価するのは難しい、それは表現する側だけの話ではない、私みたいに見たり聴いたり、読んだりするだけの人間も同様である。つまり、自分が素晴らしいと思うものが、じゃあ本当に素晴らしいのかと自問するとやはり本当のところは自信はない。10年近く音楽だけは聴いてきたというのになんとも不甲斐ない話である。

とはいえ、「いや、これはもっと評価されていいだろう」と自信を持って言えるものが少しはある。という訳で、今回はピーター・アスターの「Zoo」という一作を取り上げることにした。

初っ端から反則な事を言うと、私はピーター・アスターの半ば盲目的なファンである。なので、バンド時代の音源も、ソロになってからのものも、そして近作に至るまで、別のユニットでちょろっとやってた時の音源も持っている。そんな有り様なので、説得力には欠けるかもしれないが、機を見て聴きかえす度に「あぁ、やっぱり素晴らしいシンガーソングライターだな」と思う。

アラン・マッギーがクリエイションレコーズを始めた際のその最初期にプッシュしていたのが、ピーター・アスターが率いるバンド(ロフト、ウェザー・プロフェッツ)だったのは一部では有名な話で、少し前に同レーベルに関するドキュメンタリー映画「Upside Down」が公開されたが、その時にロフトの代表曲であるUp the Hill And Down the Slopeが流れたりもしていたし、本人のインタビューもあったのだ。

しかし、あくまで「素朴に良きシンガー」という資質のピーターがその後のクリエイションの華になるようなことは無かった。クリエイションレコードといえばオアシスとかプライマルスクリームとかマイブラを世に出したレーベルというのが大方の見方で、初期ののほほんとしたギターポップなイメージというのは半ば無かったことにされてるような気さえする。

ピーター・アスターというミュージシャンの全貌を見るためには日本独自に企画されたベスト盤「Providence」を聴くのが手っ取り早い。このアルバムにはロフトからソロまでのベストな楽曲が収録されている。改めてピーター・アスターの魅力を語るとすると、まずはその声。シンガーとしての歌唱力は正直に評価するといまひとつで、特別上手いとは言えないが、独特な翳りのある甘い声をしていて、私はそれがとても好きだった。後は、メロディのセンスが抜群に良い、地味は地味なのだが、歌にはしっかりと芯があるのだ。

今回紹介する「Zoo」は、ウェザー・プロフェッツ解散後の2枚目のソロアルバムという位置づけになる。一般的な評価としてはやはり前作に当たる「Submarine」がソロの代表作ということにはなるし、もちろんこれも好きで何度も繰り返し聴いたが、かなり音数を少なくしてフォーキーな側面を前面に出した「Zoo」が今の私にとっては最も心地いい。ジャケットの通り寒い冬の寂寥感を感じさせる曲が多く、全体の印象はモノクロームのような色彩だが、重すぎず軽すぎず明るすぎず暗すぎず、ニック・ドレイクの「Five Leaves Left」にも似た中庸的な美に満ちた素描的な歌がとにかく素晴らしい。特にこのアルバムに収められた「Street of Lights」は私の中のピーター・アスターのベストトラックである。

以前に、vinyl japanの企画で、モノクローム・セット、パット・フィッシュ、ピーター・アスターという組み合わせでのライブが下北沢であった。生のピーター・アスターの姿と共に声を聴けたこと会話できたこと、そして自分がピーターの音楽をずっと聴いてきたことを伝えられたこと、もちろんそれも良かったのだが、なによりも彼が音楽というものを心に持ってしっかりと地道に生きていることが感じられた素晴らしいライブだった。

その人自身と音楽は別のものであるし、それは頷くが、それでもやはりちゃんとした歌を歌っている人というのは大体において誠実に歌うように誠実に生きている、生活の中にも音楽を感じられる。そして、それは単なる思い込みでも幻想でもない、きっとそうなのであるし、そうであると私は願いたい。





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