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小さな彼10


 彼とスーツを着てデートした日は32℃越えの真夏の紀尾井町でした。街路樹もないので外を歩くだけでもアスファルトの照り返しが激しい一日でした。私は心の病気のため、こんな暑い日でも冷房の効いたホテルでも時間まで過ごすことが出来ず、遅れはしないか不安で、18:30開演のコンサートに間に合うため、朝から会場の近くでスタンバイして過ごすことにしました。
 お金がなかった二人なので、国会図書館で過ごすことにしていました。彼は(よく分かってはいませんが)仕事の音楽の為、体力トレーニングをしっかりしていて、特に筋肉を作り上げることに熱心です。そして、ボディービルをしている人を尊敬しています。特に、アーノルドシュワルツェネッガーの映画を殆ど観ていて、私にもよく勧めてくれます。私たちの世代には人気の「ターミネーター」についでは、二十代の彼の方がよく知っていて、いろんな逸話を話してくれます。ただ、一本のシュワルツェネッガーの作品をどうしても観ることが出来なかったので、その作品を紀尾井ホール近くの国会図書館で借りて観る予定をたてていました。その作品の名前は「ポンピングアイアン」といって、彼がいかに体を鍛えて、6度目のボディビル世界最高大会優勝に臨むかという内容です。男性が上半身裸でムキムキをお互いに褒めたり、心の中で比べたり、鏡を見ながらオイルを塗ったりするのを観るのは本当は恥ずかしくて、イヤなのですが、彼が喜ぶし、それでいいやと思っていました。
 ところが国会図書館という場所はそんなに気軽に本やビデオをてにすることが出来ず、手続きと、手持ちの荷物預かり所、資料を借りる理由の提出をはじめとして経て借りるシステムになっていました。私は諦めきった彼の代わりに「ポンピングアイアン」を借りる目的を《アメリカの政治家の、政治職に就く前に行っていた職業の研究》に決めて、それを書いたのですが、レポートを書く必要もあると言われ、それも書き加えました。
 ビデオが20分ほど待つと届いて、彼と二人で観ようとしたら、二人で観るのは無理だと言われたので、行きがかり上、書類を書いた私一人でそれを観ることになりました。
 彼は遠くのブースで、楽器や音楽史の本を眺めていました。その間、彼は、(私がどんなに楽しんで、シュワルツェネッガーの新たな一面を知って感動しているだろう。)と、ワクワクしながら待っていたそうです。
 20代のシュワルツェネッガーが、敵を懐に入れたり、欺いたりしながら、したたかに筋肉を目立つように作り込んで、アピールする、アメリカ的な逞しい内容でしたが、私の頭は「なぜ私は一人でこの、ボディービルダーの男たちのドキュメンタリーを観ているんだろう?」ということでいっぱいで、不思議な気持ちを行ったり来たりしながら過ごしました。
 だけど、今では、秋までにこのレポートを仕上げないといけないとも考えています。

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