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onomatomaniaのこと

onomatomaniaの2つの意味

何度か書いているのですが「ゆる言語学ラジオ」というYouTubeのチャンネルが面白いです。言語学にまつわる様々な話題をわかりやすく話すチャンネルで、単なる面白いをちょっと超えた知識を与えてくれます。動画を見ると、言語の構造・文法や単語は、その国・地域の文化を色濃く反映しているなぁということを実感できます。ぜひ一度御覧ください。

先日この「ゆる言語学ラジオ」(以下YGRと略します)で「”言葉が思い出せなくてイライラする現象”を”オノマトマニア”という」(この意味を(A)とします)とのことを知りました。なるほどこの言葉は便利です。私にはしばしば起こる現象です。

しかし、web上の辞書で調べると、違う意味が出てきます。英語ではonomatomaniaと綴るそうで、その意味は「特定の言葉を繰り返す強迫症」(この意味を(B)とします)とのことです。(A)と(B)はけっこう違うと思い、色々調べてみたのですが、Oxford English Dictionary(OED)では第一義が(A)になっているようです(実はOEDを直接確かめたわけではありませんが、さまざまなweb siteにそのように載っています)。一方でネット上の辞書では(B)を第一義とし、(A)は載ってないものが多いです。YGRで取り上げていた「辞書の盗用体質」ということを考えると、特にネット上の辞書で同じ意味が並ぶのは、まあそういうことなのかもしれません。が、それにしてもなんでこんなに辞書によって違うのか気になりました。

この言葉、もともとは19世紀に精神症の分類のために使われたようです。MagnanとLegrainの論文(Ref.[1])にonomatomanie(名称強迫、フランス語)という言葉が出てきており、おそらくこのあたりが起源だと思います。なので、最初は(B)の意味だったのだと思います。これはどちらかというとtechnical termであり、あまり一般の人が使う言葉ではないようです。google scholarで調べると大体(B)の意味が出てきますが、これは学術論文が多く、精神病としての意味で使うことが多いからでしょう。一般の人はどのように使っているのか気になり調べてみたのですが、googleで調べると大体辞書が出てきて、あまり用例が採集できませんでした。また、web上のものではなく私が持っている辞書のどれを見ても、onomatomaniaは載っていませんでした。さらに、(A)の意味でonomatomaniaを使っているweb siteでは、大抵の場合まずその語義を説明してから話を進めています。これらを鑑みるに、英語圏でもonomatomaniaは一般にはそれほど知られていない単語のようです。

onomatomaniaとAmmon Shae

ところで、調べている最中感じたのが、(A)の意味でonomatomaniaを使っているweb siteでは、なんらかの意味でOEDに関係している・OEDを参照してるんじゃないかと思うことが結構あることです。そしてこれには理由があると思っています。

どうもonomatomaniaが有名になったのには以下のようなきっかけがあるようです。2008年にAmmon Shaeという人がOEDを完読し、それを本に著しました:”Reading the Oxford English Dictionary: One Man, One Year, 21,730 Pages”。この本で彼はOEDから抜粋した単語の1つとしてotonomatomaniaを取り上げています(このことからも、英語圏の人でもこの言葉には馴染んでいないことが伺えます)。あまり根拠は多くないのですが、この本がonomatomaniaという単語が有名になった理由なんじゃないかと思っています。その少ない根拠として

1. 先ほども書いたように、(A)の意味が書いてあるsiteではOEDと関わりがあることが多いような感じがする。例えば、"onomatomania"というタイトルの詩があるのですが(Ref.[2])、この中にOEDが出てきます。偶然かもしれませんが、果たして…

2. Ammonとの対談があり、辞書を読んだ後onomatomaniaになったという記事があります(Ref.[3])。一方、あるweb上の辞書には(A)の意味が書いてあり、そして「辞書を読むとまれにonomatomaniaになることがある」と書いてあります。色々調べましたが、そんなことはAmmonの話以外で見たことはなく、おそらくはAmmonの体験のことを指しているんじゃないかと思います。

3.  YGRの中でパーソナリティーの水野さんはonomatomaniaの意味を「適切な言葉が見つからなくていらいらしている状態」と述べていますが、これはこのweb siteに載っているのと一言一句同じ(=Ammonの著書の日本語訳の中のonomatomaniaの説明と同じ)です:
『そして、僕はOEDを読んだ』アモン・シェイ著
https://whitebear0930.net/archives/6627
よって水野さんはAmmon Shaeのお話に絡んでonomatomaniaという単語を知ったのだと思います。

ということで私はAmmonがonomatomaniaの(A)の意味を広めたのだと思っています。つまり(A)の意味が広がったのは「OEDに載っているから」。そうだとすると面白いですね。辞書という、世の言葉を反映する本が、逆に世の言葉に影響を与えるというback reactionが生じたのかもしれません。

意味の広がりと”Newspeak”

ここまで見たように、onomatomaniaは大きく分けて(A)と(B)の意味を持つのですが、調べてみると(B)の意味でも色々なバリエーションがあります:「ある特定の言葉をくりかえす症状」「ある言葉に心を占有されている状態」「名前をつけたがる衝動」「禁止されている言葉を言いたくなる衝動」などなど、文脈でだいぶ違うようです。よく考えると、言葉を思い出そうとして思い出せない状態って「ある言葉に心を占有されている状態」とも言えるので(思い出せない言葉に心を支配されているという意味で)、(A)に近いですね。このあたりから転じて(A)の意味が生じたのでしょうか。。。onomatomaniaはonomatopoeia(いわゆるオノマトペ)から作られた言葉ではないかと思います。大雑把に言えば「言葉に関するマニア(狂気、熱狂する人)」という感じなので、そこから様々なイメージが発展したのではないかと思います。

すごい脱線なのですが、このような様々な意味の派生は、YGRで言及していた”Newspeak”の話を想起させるなぁと思いました。”Newspeak”とはGeorge OrwellのSF小説「1984年」の世界で使われる言語とのことです(読んでません!YGR及びwikipediaの情報を元に書いています)。この言語は、人心をコントロールするため人工的に作られているのですが、その中でB群というものに分けられる単語があります。B群の単語は、政治・イデオロギーに関連したものです。これらの単語の意味を固定しておくため、別のイメージを想起させないように、わざと略称を用いて言葉の意味から切り離すということをNewspeakでは行っています。例えばonomatomaniaをommとか略せば、onomatomaniaという語から広がるイメージがなくなり、こんなにも様々な意味が創出されることはなかったんじゃないでしょうか。まあでもonomatomaniaという単語は政治やイデオロギーには関係してないので改変されないでしょう笑

結局(A)の意味はどこからきたのか?

これがよくわからないのですよね…
もしかしたらOEDに書いてあるかもしれないですが、読むにはお金がかかるので読んでません。

一つできることとして、Ammonの本が出版されたのが2008年のようなので、googleで2007年以前に書かれたものでonomatomaniaという単語を使っているweb pageを探してみて、この年の前後で用例が極端に変わったりしたら、少なくとも本の影響は大きいということがわかるかと思います。で、探してみたのですが、一般のwebpage(研究関連・論文ではないもの)では(A)の用例を見つけられませんでした。ただし、上に書いたように、すべての期間で調べても、そのようなwebpageは少なかったし、2007年以前は今に比べると遥かにブログ等一般の人がweb上に文章を書くことはなかっただろうから、どこまで意味があるかはわかりません。

やっぱりOED読みたい…でもsubscription1ヶ月10£はまあまあ高いなぁ…

ちなみにYGRでonomatomaniaに言及したのは生放送で、これは今後アップロードされる動画でちゃんと扱われるとのことです。生放送があったのはちょっと前なのですが、まだonomatomaniaが取り上げられた回は放送されていません。YGRでonomatomaniaが登場する回を楽しみにしています!

onomatomaniaに(A)の意味がある理由や経緯をご存知の方がいらっしゃいましたらコメント頂けますと嬉しいです。OEDに書いてあるのかな。subscribeしようかなぁ…

おしまい


[参考文献]
1. M.V.Magnan, P.M.Legrain, "Les dégénérés", 1895.
2. Thomas Lux, "Onomatomania" : https://poets.org/poem/onomatomania
3. "Ammon Shea left with onomatomania after reading Oxford dictionary from A to Z": https://www.thetimes.co.uk/article/ammon-shea-left-with-onomatomania-after-reading-oxford-dictionary-from-a-to-z-pnkd6vrnvhg

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