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ステイ対応

「またかよ……」

 薄暗い部屋の中、窓際のテーブルには食いかけのルームサービスと高そうなワインが半分以上残されている。交換しなきゃならんテレビの前には仏壇の供物の様に私物が並べられて俺とホテルマンを渋面にさせる。

──都内某所、高級ホテル。

 コロナ禍だから空室が多い内にテレビの更新作業をしてしまおうと家電屋が売り込んだのが3ヶ月前。そして先月政府がいきなり方針転換で海外からの旅客が殺到。下請けの俺らは「ステイ対応」と言う宿泊客が外出した隙に客室に忍び込みテレビの交換作業をする面倒な仕事をする羽目になった。
 勿論勝手に客室に入り込む訳ではなく、ホテル側のフロントとマネージャーが連携してホテル側の判断の下で仕事をするんだが、稼働率が9割超えるとホテル側も大混乱してオペレーションがおかしくなる。そう、俺はこの部屋の宿泊客がメシでも食いに外出したと聞いていたのだが──ツインの部屋で「男が外出した」と聞いた辺りで気付くべきだったのだ。外した旧品のテレビをこのゴミ溜めみたいな部屋のどこに置くかと薄暗い部屋の中をキャップランプで見回した時、片方のベッドの布団が柔らかな曲線で隆起していて「僅かに動いた」のを見つけてしまった。
──嫁か彼女かは知らんが、まだ片方残ってた。起きたら目の前に作業員がいた……間違いなく大クレームだ。旦那とお楽しみの後で素っ裸だったりしたらどうなるか……俺は訝しむマネージャーを強く押し返して退出を促す。アホ、まだ間に合う。これを見ろと無言でジェスチャーによるコミュニケーションを試み、再度帽子に付けたキャップランプで隆起したベッドを照らす──

 結果から申せば、そこには宿泊客は居なかった。俗に言うホトケさんが転がっているだけだった。

「警察、呼ばなきゃですよね?」

 青ざめるだけで役に立たないマネージャーに、俺は声を出して尋ねる。もう、声を顰める必要は、ない。

【続く】

方針変えて、noteでの収益は我が家の愛犬「ジンくんさん」の牛乳代やオヤツ代にする事にしました! ジンくんさんが太り過ぎない様に節度あるドネートをお願いしたいっ!