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14. おデブな女が幸せになる話

私の名前はタマミ。30歳の女性タクシードライバーだ。
名は体を表すと言うけれど、165cm78kgのおデブさん。
標準体重をかなりオーバーしているけれど健康に問題は無い。
「タマミさん、痩せたら美人なのにもったいない」
と、割とよく言われるのだが、痩せたら美人なのなら、今のままでもそこそこはイケてるということだろうから、まぁいいか…と、謎の楽天的な考えで、ダイエットには全く興味を持たなかった。

学生時代はバレー部に所属していた。
いわゆる運動神経の良い、動けるデブと言われるタイプ。
もっともバレーをやっていた頃はここまで太ってはいなかった。
高校を卒業して運動をしなくなっても食生活を改めなかったため、急激に体重を増やしてしまったのだ。
高校を出て車とバイクの免許を取り、バイトしたお金で250ccのバイクを買い、1年間ほどかけて日本を一周した。
その後はまたバイトをして中古の車を買い、キャンプ道具なども買い込み、再び日本各地を旅行して回った。
ダイエットやお洒落にお金を使うより、バイクや車で旅に出たり、好きな映画を見たり本を読んだりする方が楽しいのだから仕方がない。
つまり簡単に言ってしまうと、私には女子力と言われるものが足りないのだと思う。

23歳の時、いい加減定職につこうと思い、タクシードライバーになった。
接客業は好きだし、もちろん運転は大好きなので、この仕事は天職ではないかと思っている。
ところで今、私にはお付き合いしている男性がいる。
名前はナオト。3つ年下の27歳。大手自動車会社に勤めている、なかなかのイケメン君だ。
おデブな30女が年下のイケメン男性とお付き合いできるなんて信じられないと思う人もいるかもしれないが、こう見えて私は意外にモテるのだ。
世の中には体重50kg以上の女は女じゃない!と言う男性もいれば、あまりその辺は気にしない男性もいる。ナオトもその1人だった。

そんなナオトとの出会いは、タクシーのお客さんとドライバーという関係からスタートした。
東京本社から販売店の視察に来た彼が、たまたま初日に駅前から乗ったタクシーのドライバーが私で、ナオトが私の接客と運転を気にいってくれたのがきっかけだ。
お客さんによっては話しかけられるのを嫌がる人もいるが、ナオトは話し好きなタイプで、
「女性だと色々と大変なことがあるんじゃないですか?」
と話しかけてきた。
「そうですね。女の運転する車なんて怖くて乗れないと言う人もいれば、むさくるしいおっさんの運転より気分がいいと言ってくれる人もいて、一長一短ですかね。でも今はドライブレコーダーもあるし、女性でも安心して仕事ができますよ」
この話は、もう数え切れないくらいしている。
軽いおしゃべりをしながら20分ほどで目的地に着いた。
すると彼が料金を払いながら、
「タクシーの貸切ってできますか?明日も市内を何か所か回らなきゃいけないんですけど、その都度タクシー捕まえるの大変そうで」
「できますよ。会社の方に電話していただければ、ご指定の場所までお迎えにあがります」
すると彼が、
「あの。できればあなたを指名したいんですが、大丈夫ですか?」
と言ってきたので、私は、
「もちろん!大丈夫です」
とニッコリ笑って答えた。

翌日駅前のビジネスホテルからスタートして、ほぼ丸一日ナオトと2人で市内のカーディーラーを回った。
お互いの職業柄、車の話題や、交通事情、事故の話に始まって、趣味の話など話題が尽きることはなかった。
「オートバイで日本1周かぁ。すごいなぁ」
「最近ソロキャンプとか流行ってるけど、それ以前からタマミさんは1人でキャンプしてたんだね」
と、私の話に興味を示してくれて、途中からは会話がしやすいように助手席に移動して、ほとんどドライブデート状態。
最後の店舗を回り終えた頃にはすっかり仲良くなっていた。
「また連絡してもいいかな?」
「もちろん。会社に電話して指名してくれればいつでもお迎えにあがりますよ」
私がそう答えると、彼は少し照れながら、
「いやあの…仕事じゃなくてプライベートで。連絡先交換してもらってもいい?」
と言ってきたので、私は喜んで彼と連絡先を交換した。
こうして私とナオトの交際がスタートしたのだった。

「タマミと話してると楽しいし、一緒にいてもすごくラクだし。俺ちょっと女性らしい女性って苦手なんだよね」
とナオトは言う。
わかるようなわからないような。私の女子力の低さを見初めたということだろうか?その時はそう思った。
順調にお付き合いを重ねたある日、ナオトが、
「俺、結婚するならタマミがいいな。俺と結婚してくれますか?」
とプロポーズしてくれた。
その頃には私もナオトのことが大好きになっていたので、断る理由は1つもない。
情熱的ではないけれど、なんだか彼らしいプロポーズも気にいった。
その時にナオトから、彼の実のご両親は彼が高校生の時に交通事故で亡くなったこと、現在は父親の弟である叔父さんの養子になっていることを聞いた。
「父さん、母さんとはいまだに呼べないけどね」
そう言って少し困ったように悲しげに笑った。

思いもよらぬナオトのヘビーな人生に、
「絶対私がナオトを幸せにしてあげる!ううん、2人で幸せになろうね!!」
と、思わず彼を強く抱きしめてしまった。
「うっ…タマミ、力強すぎ」
そう言ってナオトが笑った。2人とも少し涙ぐんでいた。
「でもごめん。きっと叔父さん一家は俺たちの結婚に反対すると思う。でも絶対俺はタマミと結婚するから」
とナオトが言う。
「そうなんだ。年上だから?大学を出ていないタクシードライバーだから?それともやっぱ太ってるからとか?」
私自身はこれらのことに全く引け目を感じてはいないが、世間の人が言いそうなことを並べてみた。
「いや…多分誰を結婚相手に選んでも反対されると思うんだ。実の親じゃないし、先に俺が家を出て一人暮らし始めちゃえば事後承諾で文句を言わせないこともできると思うんだよ」
ナオトはそんなふうに言うが、話を聞く限りそれはあまり良い案ではない。
「ううん。ちゃんと挨拶に行くよ。実のご両親じゃなくてもナオトがお世話になっているわけだし、親戚になるんだもの」
できれば祝福されて結婚したい。私はそう思い、ナオトの家に挨拶に行く日時を相談して決めた。
もとより楽天的な私は、まあなんとかなるだろうと考えていたのだけれど…ナオトの言葉通り、私は想像以上の強烈な反対を受けることになった。

ちなみにうちの両親は、この結婚について諸手を挙げて大賛成。
私がナオトを家に連れて行って、結婚すると告げると、
「この子はお嫁になんていけないと思っていたのに、こんなに素敵な男性を捕まえるなんて」と涙ぐむ母。
「本当にこの子でいいんですか?」と親として問題のある発言をする父。
「うちで1番男らしいのはタマミ姉さんですから」と証言する2人の弟。
大いに笑ってお酒を飲み、この上なく楽しい時を過ごした。
「いい家族だなぁ…」
帰り際そう言ったナオトが少し寂しそうで、胸がキュンとなってしまった。

ナオトの家に挨拶に行く日、私にしては気合を入れて化粧をし、よそ行きのスーツを着こんだ。
「ごめんな。不快な思いをさせちゃうかもしれないけど」
申し訳なさそうに言うナオトに、
「大丈夫!私そこそこ鋼の心臓だから」
そう笑って答えて、ナオトの家に乗り込んだ。

ドアを開けて出迎えてくれたのは、少し神経質そうな中年男性とキレイな中年女性だった。ごく普通の優しそうな叔父さん夫婦だと思ったが、私を見ると顔を見合わせて嫌な笑い方をしたのが気になった。
居間に通されると、ひとりの若い女性がソファーに座っていた。とても美しい人だ。誰が見ても文句のつけようのない美人とはこういう人を言うんだろう。
私は素直に「綺麗でうらやましいなあ」と思っていたのだが、彼女は私を凄い目で睨みつけてきた。

「こちらタマミさん。俺たち結婚しようと思っています」
全員が着席するとナオトが言った。
「タマミです。よろしくお願いします」
私がそう挨拶すると、いきなりその美しい女性が、
「こんな女の人、どこがいいの!?」と言った。
彼女の名はルリカ。この家の一人娘だと聞いている。
年齢は22歳。ナオトにとってはイトコにあたる。
彼女が12歳の時に、ご両親を事故で亡くしたナオトがこの家にやってきた。
ナオトにとっては年下のイトコで、一緒に暮らすようになっても妹以上の感情は持てなかったが、どうやら彼女はずっとナオトのことが好きだったらしい。
「ルリカ。失礼だろう?タマミさんの良いところを聞きたいならいくらでも話すけど」
ナオトがノロケを挟んだのがルリカさんの逆鱗に触れてしまったようだ。
「良いところって何?性格?どれだけ性格が良くても、太ったおばさんじゃない!こんな人と結婚するなんてナオト兄さんおかしいよ!!」
美しい顔を歪めてルリカさんが叫ぶ。
「ルリカに反対されても関係ないから。もう結婚は決めたことだし」
ナオトが淡々とそう反応すると、あろうことか叔母さんまでが、
「でもねえ、ナオトさん。ちょっとこの方、太り過ぎではないかしら?親戚に紹介するの恥ずかしいわ」
と言い出したのだ。
さらには叔父さんまでもが、
「親戚連中は、お前とルリカが一緒になると思っているんだぞ?それなのにこんなデブ女が嫁になるなんて知ったら、とんだ笑いものだ」
と家族総出で私をデブ女扱いだ。
「話にならないな。あなたたちがどれだけ反対しようと、俺はタマミさんと結婚する。とにかく挨拶は済んだから義理は果たした。送って行くよタマミさん」
ナオトはそう言って私の手をとった。玄関に向かう私たちの背後で、
「デブの着られるウェディングドレスなんてないんだから!!」
と叫ぶルリカさんの声がした。

「本当にごめん!!あそこまでひどいとは思わなかった」
私よりもナオトの方がショックを受けているみたいで、何度も私に謝ってきた。
「いやぁー…なんかコントみたいだったね」
私はといえばショックというよりたまげたという感じ。むしろちょっと笑ってしまう。
「叔父さんも叔母さんも、よほどあの娘さんが可愛いんでしょうね。確かにすごい美人だし。顔だけで選ぶなら普通は絶対ルリカさんでしょ」
私が屈託なくそう言うと、ナオトはため息をついて、
「まったくタマミは男前だなぁ」
と言ってくれたが、これがナオトの実の両親と妹だったら、私も相当落ち込んだと思う。

私は結婚式も披露宴もやりたくなかった。
子供の頃からお嫁さんに憧れたことはなかったし、友人の結婚式に呼ばれて出席しても、披露宴だけは絶対に自分はやりたくないと思ったものだ。
あんなに恥ずかしいイベントはないと思う。
しかし両親に「一生に1度くらい女らしいことをして欲しい」というわけのわからない懇願をされ、譲歩の結果、結婚式だけは挙げることになってしまった。とても憂鬱である。

そんな憂鬱なある日、私をさらに憂鬱にさせる出来事が起きた。
駅前のブランドショップから、ドライバーを指定してお客さんからの依頼が入った。
「女性ドライバー希望ってことだから、タマミさんよろしく」
無線でそう言われ、指定のショップに向かうと、そこで待っていたのはルリカさんだった。大きなブランドの紙袋を手に下げている。
驚きはしたが顔には出さず、
「ご乗車ありがとうございます。どちらまで行きますか?」
といつも通りの言葉をかけると、
「本当にタクシーの運転手なんてやってるのね。女のくせに」
と、全女性タクシードライバーに謝れと言いたくなるようなことを言ってきた。
「別にこの辺に用事は無いのよ。どこでもいいからその辺を一周してくれる?」
つまり私の車に乗るのが目的だったということか。
バックミラー越しに見る彼女は、やはりとても美人だった。
それから約30分間、私はルリカさんの執拗な嫌がらせの言葉や、文句や愚痴、ナオトに対する気持ちを一方的に聞かされることになった。
これが仕事中でなかったら、ガツンと一発言い返してやるところだが、どうにか我慢してルリカさんを駅前で降ろした。

そして1日の乗務を終え、会社に戻った私を待っていたのは、お客様からのクレームだった。
あることないことどころか、ないことばかりをあげつらい、接客態度が悪いと激しいクレームの電話があったようだ。
「嫌がらせのためにそこまでするか…」とうんざりしたが、あの時タクシーの車内で反撃しないで本当に良かったと思う。
元々私の普段の勤務態度やお客様からの反応が良好ということもあって、会社の方も最初からお客の方に問題ありと思ってくれた。
やりとりは一部始終ドライブレコーダーで記録されているため、私には非のないクレームだと会社の方はすぐに納得してくれたが、プライベートなあれこれを会社の人に知られてしまった。
「あんな美人に恨まれるなんて、タマミさんもやるもんだね」
なんて言われて、どう反応していいかわからなかった。

それにしてもルリカさんのナオトに対する執着は少し異常だ。
もしかしたら今まで見下していたような女、 に好きな人を奪われたことが、その異常な行動の引き金になっているのかもしれない。
だが絶対に2人で幸せになると決めたのだ。こんなことで負けていられない。

結婚式当日、私は生まれて初めてドレスというものを着た。
「ルリカがあんなこと言ってたから、サイズあるのかちょっと不安だったけど…すごくキレイだよタマミ」
と、ナオトが褒めてくれたけど、不安にさせてしまっていたのか。
「今はおデブさん用のウェディングドレスも色々あるんだよ」
そうは言ったが、内心私もちょっと不安ではあった。
でも私はこの日に向けて、生まれて初めてダイエットを試みたのだ。結果マイナス5キロの減量に成功。
さらにはウェディングエステと、ドレスを着るために補正下着で締め付けた結果【痩せれば美人】と言われてきた私は、自分で言うのもなんだけど、そこそこイケてる感じに仕上がった。
両親や弟たちなど、別人のようだと気味悪がるくらいだった。

その時、控え室にナオトの叔父叔母夫婦が入ってきた。
しかもウェディングドレス姿のルリカさんを連れて。
私もナオトも、私の家族も、何が起きているのか一瞬わけがわからなかった。
ウェディングドレス姿のルリカさんはそれはもう美しく、うちの弟たちは口々に「誰この美人?」「もしかして修羅場?」と言い合っている。
いち早くこの暴挙に反応したのはナオトだった。
「叔父さん!叔母さん!一体何をやっているんですか?!」
その場の空気が凍りつくほどの怒りが感じられた。しかし叔父さんはひるまず、
「その嫁より娘の方が新婦に相応しい!デブは帰れ!!」
と叫んだのだ。本当にどうかしているとしか思えない。
「ナオト兄さん…私キレイでしょう?お願いそんな人より私を選んで…」
そう言って瞳を潤ませるルリカさんは確かに美しい。それは認める。
慌てたのは私の両親だ。
母がオロオロして私に詰め寄り、
「ちょっと!どういうことなの?ねえタマミ?どうなってるの?」
と泣きそうになっている。
父は無言のまま赤くなったり青くなったりしている。

「叔父さん。叔母さん。あなたたちがここまで愚かだとは思いませんでした」
そう前置きして、ナオトは話し始めた。
「言うつもりはなかったけど仕方ないですね。みなさん、つまらない話ですがちょっと聞いてください。俺の両親が事故で亡くなった際、かなりの額の保険金と慰謝料が支払われたはずです。いちどに両親を失ってしまった俺を引き取って養子にしてくれたのは感謝していますが、その頃叔父さんの経営する会社、資金繰りに困っていましたよね?」
ナオトが淡々とそう話すと、叔父さんは顔を赤くして、
「なっ!何を言い出すんだいきなり!私が金目当てでお前を引き取ったとでも言いたいのか?!」
と叫んだ。
「そこまでは言いません。でもあの後会社が持ち直したのは事実ですよね?」
「そ…それはたまたま、そういうタイミングだっただけだ!!」
その動揺ぶりから、ナオトの言っていることは間違いではないと思った。
私は思わず口を出してしまった。
「わかったわ。だからこんな無理やりなことまでして、私たちの結婚をやめさせようとしたのね?ルリカさんとナオトが結婚すれば、お金の返却を迫られないと思ったんでしょう?」
これがどうやら図星だったようだ。

「ちっ…違う!私たちは純粋に娘のことを思って!!好きな男と結婚させてやりたいと思って何が悪いんだ!!」
ナオトの叔父は見苦しく言い訳をした。ある意味ルリカさんも被害者なのだ。全く同情はできないが。
「ルリカはこんなにキレイなんだぞ?なぜだ?なぜルリカよりこんなデブ女を選ぶんだ?」
この叔父さんは本気でそう思っているのかもしれない。
女は見た目が全てだと。
多分この叔父さんは、若くて美人じゃなければ女は価値がないと思っているタイプなのだ。
「あなたがそんなふうにルリカさんを育てたから、こんなことになってしまったんじゃないですか?あなたは奥さんに対して、若い頃は美人だったとしょっちゅう言ってたとナオトに聞いたけど、それ褒めてないですよ?」
諸悪の根源はこの叔父さんだと私は思った。

「俺は…長い間女性不信だった。叔父さんの家で暮らすようになって、毎日のように叔母さんとルリカから、他の女性への悪口を聞かされて…それも容姿に関することばかり。その女性がどんなに偉大な功績があっても『でもこの人ブスじゃない』と言って楽しそうに笑っているのを聞いて、すごく嫌だった」
ナオトが以前言っていた『女性らしい女性が苦手』というのは彼女たちのことだったのだ。
「女性がみんなこんなふうなら、俺は一生独身でいいと思ってた。でも、そうじゃない女性もいるんだって、タマミが気づかせてくれたんだ。だから俺はタマミと結婚する」
ナオトが私を選んだ理由がよくわかった。
自分が女性不信の原因になっていたと聞かされて、ルリカさんは青ざめている。
自分に好意を持つどころか、むしろ嫌われているのだとこの時初めて知ったのだ。

その時叔母さんが口を開いた。
「そうよ。この人は褒めてるつもりで、いつもいつも若い頃は美人だったが今はただのババアだと言っていたのよ。私がババアだから、自分が若い女と浮気しても仕方がないと言いたいのよ!!」
突然の爆弾発言に、その場が凍りつく。
「なっ…お前!突然何を言い出すんだ!!」
「私が気づいてないとでも思ってたの?」
「お父さん浮気していたの?」
いきなりの叔母さんの参戦に、私もナオトも私の家族も、あっけにとられて、しばらくの間この家族の修羅場を眺めていた。

ようやくその場が静かになったタイミングでナオトが言った。
「叔父さんが使い込んだお金を返せとは言わないよ。父さんの弟だし、俺も世話になったし。でも俺はあの家を出て行く。タマミと2人で幸せになる」
ナオトはそう言って私の手を取り、
「…じゃあ帰るか」
と言って私を見た。
「そうね。もう結婚式を挙げて披露宴をするって雰囲気じゃないし」
ドレスは着たし、写真も撮ったし、もういいだろう。
「参列してくれる予定だった人たちには俺たちが今から挨拶してくる。ドタキャンのキャンセル料は叔父さんが払っておいて」
有無を言わせずそう告げて、私たちは控え室を後にした。

その後婚姻届を提出し正式に夫婦になった私たちは、ナオトのご両親のお墓に挨拶に行った。
「父さん、母さん、紹介するよ。タマミさんです。彼女と結婚しました。2人で幸せになるから安心してください」
ナオトはご両親にそう紹介してくれた。
「タマミです。よろしくお願いします」
私はそう言って手を合わせた。

叔父さんが使い込んだ額と結婚式のドタキャン料を差し引いても、ナオトの手元にはかなりの額のお金が入った。
ナオトのご両親がナオトのために遺してくれたお金だ。
そのお金を頭金にあてて、2人で暮らすマンションを購入することにした。

色々な手続きや引っ越しなど、バタバタした日々が落ち着いた頃、私の家族を2人の新居に招待して、身内だけのパーティーを開いた。
「いやーあの時の姉ちゃんかっこよかったな。すげえ男前だった」
「やっぱ女は顔じゃないよ。男もだけど」
などと言って笑う能天気な弟たち。
「でもあの娘さんも奥さんも、少し可哀想よね。せっかく美人なのに」
母は少し同情的だ。
「か…母さんは昔も今も変わらずチャーミングだよ」
慎重に言葉を選ぶ父に、その場にいた全員が笑った。

その後、叔父さん夫婦は、ずっと離婚するしないで揉めているそうだ。
奥さんにバレたと知った浮気相手が開き直って「そんなババアより私のほうがいいに決まってるじゃない」と乗り込んできて、修羅場が繰り広げられたとか聞いたが、私たちにはもう関係ない。
ルリカさんはストレスの反動で過食に走り、体重が20キロくらい増えてしまったらしい。
「まさか太ればナオトを取り返せるとか思ってないよね?」
「いやまさかそんな…」
あの執着ぶりを思い出すと、絶対にないとは言えない気がする。
でも、だとしたら結局何もわかってない。見た目じゃないんだってことが。
女性が美しくなりたいと願う気持ちは良いことだと私も思う。
けれど、それで他の人を馬鹿にしたり蔑んだりマウントを取ったりするのは違うのではないかとも思う。
容姿は歳とともに衰える。その時、その人に何が残っているのか。

結婚式はドタキャンして、披露宴もしなかった私たちだが、新婚旅行は予定している。
そう。実はまだ新婚旅行には行っていない。
お互い最大限の有給を取得して、車でヨーロッパを1周するつもりなのだ。
バイクと車で迷ったが、ナオトがバイクの免許を持っていないことと、2人で運転すれば距離を伸ばせるので車で行くことにした。
今から楽しみで仕方がない。

「いつか家族でキャンプにも行きたいなぁ」
そう言ってナオトが私を抱き寄せた。
私たちは、絶対に幸せになる。
ううん。もうすでに幸せだ。

デブ女だって幸せになれるのである。

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