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減点会議

 銀河世界。国と企業の線引きは曖昧化していた。とある企業は、人事評価を、加点方式AIで決めている。唯一、それに減点会議だけが干渉できた。

 管理職が一人を減点に指名する。これを部内メンバーで多数決した。

 その星系支店は節約に努めていた。安物の備品は、最低限のビジュアルだ。二一世紀からデザインは進歩していない。というよりも、地球への愛着心から好まれていた。

 会議室も、安物のディスプレイに、プラスチックの椅子と折りたたみの長机だ。ディスプレイには「減点会議」と表示されていた。二人はそこで対面に座る。

 青年は、背広のほうのスーツだ。水色のシャツに、鼠色のズボンに、社員証を首から提げていた。清潔感のある細身だ。彼は、抑圧のこもる声を荒くしていた。

 中年は、苛つきのある平坦な声で、返答している。茶色のスーツに社員証だ。小太りの体型は、中年顔に合っていた。彼は青年に怒りを表にしている。

 青年は言った。

「評価の引っ張り合いは、きわめて悪辣だ。多数決で、人材価値を下げている」

「大藪君。慣習は仰ぎ見なさい。誰にするかは部長次第だ」

「私は畑田部長を信じている。貴方は三〇で出世した」

 大藪は、若手特有の熱意を発露していた。

 畑田も、それには好感を抱いているようで、頭ごなしには怒らない。

「君も二五歳で中間管理職をしている」

「部長。私は意見を変えません」

 畑田は、口をへの字に曲げた。

「なら今日は君を指名したい」

「部長は、私を見せしめにしたいと」

「君の意見を述べなさい。賛成多数なら、否決される」

 大藪は理想に燃える目を輝かせた。

「民主的に決めれる。望むところだ」

「決まりだ。私の意見も述べるからね」

「裏技はなし」

「目的は合意なのだ」

 二人は握手した。

「じきに皆も集まる」

「私が先に意見を述べる。私も内容は今から考える」

「部長と私は、対等な訳だ。興奮してきた」

「心配ない。当事者には心のフォローもする決まりだ」

「それは信じている。今まで、それはよく見てきた」

 部内メンバーは入室した。

 すぐに会議室は満杯になる。

 率先して発言するのは三人だ。

 相田は、中年の女性で、恰幅が良い。

 草柳は、ビジネスウーマンで、あたりの強い目元だ。

 道国は、新卒に毛の生えた程度の若手で、すこし頼りない。

「では始める。今週は大藪君だ」

「大藪課長を?」と相田。

「何か失敗をしたかしら」と草柳。

「大藪課長は役割ができる」と道国。

 大藪は、体の前で手を組んで立つ。

 畑田は、腰に手を当てて、憤然としていた。

「大藪君は、票決の廃止を唱えている」

「今日は、部長と私で、意見を述べ合いたい」

「大藪君に賛同するなら手を挙げないように」

 会議室の雰囲気は、淀んでいる。賛否のない空気だ。それはメンバーも感じていた。いつもの三人が率先して空気を引っ張ってゆく。各々は個人主義者だ。

「私は努力家として意見を吟味する」

「私はビジネスとして受け止めるわ」

「私は同じメンバーとして聞く」

「状況も分かったなら話を進める」

 メンバーは一礼した。

 大藪は、畑田から離れる。

 畑田は、ディスプレイを背に明確な発音で述べてゆく。

「私から意見を短く述べる。まず批判は構わない。これは、企業創建以来の慣習だ。目的集団を存続させた実績がある。歴代の部長全員、役立ったと述べている」

 畑田は、しばし沈黙した。

 大藪は、言葉を入れた。

「部長。どうしました」

「一言で締める」

「え。一言で?」

 畑田は、朗らかに笑った。

「伝統は絶やさなければ続くのだ。意味は、各自で考えてほしい。考えは尊重する」

 メンバーの反応はよい。スタイルに感心している。

「なんだか潔いわ」

「そうね。考えさせられる」

「意見尊重を、体現した」

「次は大藪君だ。こちらへ」

 畑田は、大藪と立ち位置を交代する。

 大藪は、メンバーの前でつばを飲む。彼はすこし揺れる声音で、意見を述べる。

「私は集団的毀損の廃止を考えている。評価を損ねるのは、野蛮な目的だ。私は評価の下げ合いを衆愚政治と考えている。部長が相手を決めるのも強権だ」

 大藪も、しばし沈黙した。

「大藪君。どうしたのかね」

「私も対抗して、一言でまとめたい」

「ではそうするとよい」

 大藪は、どうまとめるべきか迷っている。彼はおっかなびっくり発言した。

「悪法は、集団の負の側面を助長する」

「内容に新しさを感じないわね」

「まとめと言えばその通りだけどね」

「話術で負けている」

 メンバーの反応は悪い。

 畑田は無表情で司会として進めた。

「では決を採る。否決なら手を挙げないように」

 メンバーは、全員が手を挙げる。発言をよくする三人の他も、全員が挙手していた。

 大藪は、うなだれる。

「大藪課長には概ね賛成だけれどね」

「廃止はね。絶やさなければ続くのよ」

「すみません。私は話術で決めた」

 畑田は、努めて無感情に頷いた。彼は総括する。

「君は度が過ぎていた。経験も足りない」

「はい。私は痛感している。皆にも謝る。すまない」

 大藪は、メンバーに低頭した。

 メンバーの雰囲気は、同情に変わる。

「そんな」

「そうよね」

「謝るほどではない」

 雰囲気は悪くない。メンバーは全否定をしていない。

 それは畑田も同じだった。畑田は、冷静に述べる。

「若いのに大した性根だ」

「私はこれからも役割に努めてゆく」

「その意気だよ。君は成長するさ」

「根底には向上心があるわ」

「私は誠意を感じる」

「大藪課長は良い人だ」

 そこで畑田は、笑みを見せた。上役の笑顔で、緊張感は完全に消えた。

 会議室は、和んだ。各々が発見をしてゆく。しばらく雑談になった。

「大藪君。これからだよ」

「畑田部長もまだ三〇よ」

「私達と、五歳くらいしか違わない」

「部長も大藪課長も、若手のホープだ」

「私は先人の知恵を尊ぶだけだ」

「私も未熟ながら一所懸命だ」

 残りは、情報交換で済ましてゆく。いつもの会議になってゆく。その会議も終わる。

「もう終わりね。私はこの職場には満足している」

「自分の役割に戻るわ。私はビジネスとしか考えていない」

「意義深い時間でした。私はのびのびできて好きだ」

「今日はありがとう。皆との役割は楽しい」

 メンバーは、立ち上がる。

「大藪君。すこし話をしたい」

「はい。部長」

 メンバーは、退室した。会議室には、大藪と畑田だけになる。

 二人は、対面で座る。大藪には気まずい。先ほどまで討論をして、負けたのだ。

 畑田は、感心の見える顔で、笑った。

「来週は、君も手伝いなさい。人材育成の一環だ」

「え。よろしいので? 私は会議を批判しました」

「それだけ君は度胸がある」

「すみません」

 大藪は、うつむく。不甲斐なさが再び込み上げてきた。

 畑田は、彼を昔の自分に投影した。彼は懐かしさを隠さない。大藪に指導した。

「その心持ちは度が過ぎる」

「心持ち」

「過剰は度が過ぎる」

「はい。分かる」

「不足も度が過ぎる」

「私には難しい」

「難しく考えるからだ」

「すみません」

 大藪は、首をかしげる。

 畑田は、開明的に笑った。彼は話を、来週の減点会議に進める。

「運営は、君の経験になる。度が過ぎたらまた君にするがね」

「お手柔らかにお願いする」

「それは君次第だ」

 二人は握手した。

「運営とは具体的に何を?」

「対象は私が決める。君は議論を仕切りなさい。君には票もある」

「今までは部長が司会をしていた。しかしそれは司会として良いので?」

「試してみなさい。経験はノウハウになる。組織はノウハウで支えられている」

「ノウハウは、確かに大事だ。部長は本当に、減点会議を支持している」

「当たり前だよ。嘘はない」

「議論で人材の価値を決めている」

「これは下の考えを示している。組織にはそれが大事なのだ」

「はい。それは分かる。私は来週までに話術を勉強しておく」

「実践こそが最良だよ。当たって砕け給え」

「はい。私は成長してみせる」

 畑田は笑い始める。

 大藪は、つられて笑い始める。

 二人は和解した。

「私も、減点会議で経験を積んだから感慨深いよ。政治闘争を始めた同僚がいてね」

「うわ。政治を始めたと。よく多数決で勝てましたね」

「話せば分かる。泣きながら討論した」

 二人は、話しながら退室した。

 

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