【第三回コラボ祭り】正義vs悪『アストロノーツ・アナザーアース』【小説】
★ Astro- familiar ★
「このURLのサイトに、参考になりそうな年表が載っているから見てみるといいよ」
そう言ってコンシェルジュは、ひと月ほど前にアストロノーツに登録したヒロインのノートにURLを転送した。
彼女はコンシェルジュに礼を述べたあと、少し迷ったような表情で宙に浮く彼を見上げながら、おずおずと口を開いた。
「あの…お礼の方はどうすれば…」
「?」
礼なら今言われたばかりだがと『頭』を捻ったところで、彼女の言う『お礼』が『報酬』の事だと気づき、コンシェルジュは苦笑する。いや、彼のアバターの顔はいわゆる『スマイルマーク』なのだから表情は変わらないが。
「報酬のことを言っているのなら、完成した君の作品を読ませて貰えれば、それでいいよ」
「え、でも…」
「僕がアストロノーツにプラグインする目的は、他のユーザーの作品を鑑賞する事だからね。君が自分の作品を完成させてくれる事が、僕にとっての報酬なのさ。なにしろ僕は君の作品のファンだからね」
これは彼の本音だった。
目の前の彼女が書く小説は、実在の偉人が登場する伝奇モノなのだが、登場人物がスーパーパワーを使って戦う、いわゆる『無双系』とは違って、実際の歴史と齟齬がないよう、丁寧な取材に基づきキャラ造形やプロットが練られていた。
その上で、歴史にとらわれ過ぎず、各キャラクターに彼女なりの解釈と味付けがなされていて、またストーリーの流れも、歴史に詳しくない人でも十分に楽しめる、エンターテイメントとして非常に質の高い作品だったのだ。
ところが、定期的に更新されていた作品が、ある日を境にピタリと止まってしまった。
聞けば、作品の中で重要なキャラクターの一人がマイナー過ぎて、名前以外の情報がどこを探しても載っていないらしく、執筆がストップしてしまっていたらしい。そこでコンシェルジュは、WEB上から独自にその人物に詳しいサイトを探し出し、彼女に教えたのだ。
コンシェルジュの言葉に目を輝かせた彼女は、
「絶対面白くします!」
と力強く宣言すると、彼に一礼し、トンボのような半透明の羽を羽ばたかせて飛んでいった。
「相変わらずだなコン」
「……やぁジーニアス、久しぶりだね」
後ろから声を掛けてきた声の主を、コンシェルジュは振り向きもせずに言い当てた。といっても、この『アストロノーツ』で彼のことを「コン」と呼ぶのはジーニアス一人だけなのだから分かって当然なのだが。
コンシェルジュという名前は長くて呼びづらいというので、古参ユーザーは彼の名を各々好きに縮めて呼ぶ。まぁ、殆どは『コンさん』『シェル(さん)』だが。
コンシェルジュは、くるりと頭だけを180度回し、旧友に振り向く。
体と頭が繋がっていないアバターだからこそ出来る芸当だ。
それだけではない、彼のアバターは胴体と両肩、両腕と掌もそれぞれ離れていて、燕尾服の腰から下は、下脛と足首だけというなんとも奇妙な姿で、常に宙に浮いているのだ。
もっとも、奇妙というならジーニアスも負けてはいない。
かぼちゃパンツの下にはタイツ、頭には王冠という、王子スタイルのアバターだ。最初に見たときはコンシェルジュも面食らったものだが、その姿にも今はすっかり慣れた。なにしろ二人はアストロノーツがまだβ版だった頃からの付き合いなのだ。
「まだ、そのアバターを使ってるんだな」
頭部の後を追うように体全体を回したコンシェルジュを、ジーニアスは辛そうな表情で見ながら呟く。
「使い慣れたアバターだし、他のノーツにもこの姿で認知されてる。特に不自由もないし、今更新しいアバターに変えて皆に理由を説明するのも面倒だからね」
本来僕は不精者なのさと、コンシェルジュは努めて明るい口調で返す。
他のアバターのように表情が出せないので、感情を伝えるのは声だけだからだ。
しかし、ジーニアスの表情は晴れない。
「あの時、私にもっと力があれば……」
あの時――
数十人の手下を引き連れ、突如アストロノーツに現れた一人の男によって、アストロシステムは壊滅的な被害を受けた。彼らの攻撃によってシステムを構成するデーターは次々に破壊され、当時プラグインしていた仲間の多くが現実世界の脳と肉体に多大な被害を受ける大惨事となった。
無論、今話している二人も例外ではない。
特にコンシェルジュのアバターは損害が激しく、腰から下のデーターは消滅、残った部位もバラバラにされた。そのダメージは凄まじく、現実世界で約半年の入院を余儀なくされるほどの重体だった。
あの時――
ノーツたちの悲鳴を背に。
その男は、愉悦に顔を歪めながら声高らかに宣言したのだ。
「我が名は【圧倒的・理不尽】
我らは、このアストロノーツを破壊し尽くす者なり」
予期せぬ襲撃に、自らも深手を負ったジーニアスは、ただ呆然とこの悪夢のような宣言を聞いていた。
この事件の後、多くのユーザーが離れ、一時は閉鎖も囁かれたアストロノーツだったが、事件が多数のメディアによって報道された結果、皮肉にもその名は広く世間に知れ渡った。
更に、ダメージを負ったユーザーへの治療と補償、警察との連携、街の守護者的存在(ヴィジランテ)の配置やシステムの強化など『二人の』ジーニアスによる迅速な対処もあって、アストロノーツはその後順調にユーザーを増やし続け、世界でも有数の巨大SNSとして今に至っている。
だが――
――何も出来なかった。
あのとき感じた絶望的なまでの無力感は、今もジーニアスの心に大きな刺のように突き刺さっている。
「まぁ、君がどうしても辛いと言うなら、このアバターを変えるものやぶさかではないんだけどね」
コンシェルジュの声に、ジーニアスは我に返った。
「この姿でいるのは、あの時なにも出来なかった自分への戒めでもあるんだ」
「え?」
今まで聞いたこともないような旧友の重い声に、ジーニアスが顔を上げると、コンシェルジュのスマイルマークの様な顔が、彼を真っ直ぐに見つめていた。
「なにも出来ず、ただ大切な仲間が傷つけられのを見ている事しか出来なかった。あの無力感は今も忘れられない。だから僕はアストロノーツに戻ってきたんだ」
――今度こそ、大事な人たちを守るために。
と、コンシェルジュは言った。
「このアバターは、僕なりの決意表明でもあるんだよ」
それは、『あの事件』以来、ジーニアスが初めて聞く友人の本音だった。
「あの事件を経験し、それでもここに戻ってきた古参ユーザーはみんな同じ気持ちだ。確かに僕らは非力で弱い。けれど、君『たち』が作ってくれた大好きな僕らのホームとファミリーを、守りたい気持ちは同じなんだぜ」
「コン……」
もう一人の、『真』のジーニアスが構築したこの世界を、弟が愛したこの世界と仲間たちを『自分が』守ることが使命なのだという思いを、彼、駿河 巧(するが たくみ)は、ずっと一人で背負ってきた。
けれど、どうやらそれは彼の思い上がりだったらしい。
二人のジーニアスが愛した仲間たちは、守るべき存在ではなく、この家を共に守る『家族』だったのだ。
「一緒に守ろう。僕らのアストロノーツを」
差し出したコンシェルジュの手を、ジーニアスはしっかりと握り返した。
「ん?」
と、不意にジーニアスの頭に違和感が浮かんだ。
「『たち』?」
ジーニアスが二人いることは、このアストロノーツのトップシークレットだ。無論、彼自身どんなに親しい友人にも弟の存在を話したことはない。
「僕はコンシェルジュ。アストロノーツきっての『情報屋』だぜ」
ジーニアスの疑問を見透かしたように、コンシェルジュのスマイルマークの様な固定された表情が、ニヤリと笑った――ように見えた。
「コン…君は一体…」
言いかけたところで、甲高い電子音が鳴り響いた。
仲間のピンチを知らせるSOS信号だ。
「ほら、出番だよ ジーニアス」
ジーニアスのもとに直接SOS信号が送られてくるのは、かなりの緊急を要する時だ。彼は素早く発信位置を確認する。
「倉庫街のほうだね」
一瞬早く、コンシェルジュが告げる。ここからなら全速力で向かえば一分とかからない。
ジーニアスは、近未来的ロボットスーツのアバターに変身すると、一瞬のうちに目的地に向かい飛び立った。
目的地に向かう彼のバイザーに通信が入る。発信者はコンシェルジュだ。
「蛇足だけれど、アウトロノーツトップシークレットについては、誰にも話していないし、今後、話しつもりもない。だから安心して戦ってくれよ。ヒーロー」
いつもの軽い口調でそう言うと、通信が切れた。
まったく、アストロノーツの『家族』ときたら、曲者ばかりで頼もしい。
ジーニアスは、思わず苦笑いを浮かべながら現場に急いだ。
大切なホームの、大切なファミリーを守るために。
おわり
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コラボ祭りにも参加させていただいたんですが、『アナザー・アース』のマガジンで、ハルクさんを始めとした沢山のnoterさんの作品の熱に触発され、仲間に入れて貰えるようハルクさんに焼き土下座でお願いしたところ(嘘)、快く許可を頂いたので、小説で参加させていただきました。
折角なので、自分で考えたキャラクターとジーニアス兄さん、理不尽師匠を絡ませて、前日譚というか外伝風にしてみました。
お楽しみ頂けたなら幸いです。
ぷらす
・ 第三回コラボ祭り 正義VS悪(登場編) 参加者募集!!!
#第三回コラボ祭り #アストロノーツ #アナザーアース #小説