英雄でもマッドサイエンティストでもないオッペンハイマー

英雄譚でない等身大オッペンハイマー物語

 「オッペンハイマー」の映画を見てまいりました。ある日宇宙物理学者のオッペンハイマーは軍人の誘いを受けて原爆の研究開発に身を投じ、その後自ら開発した兵器の世界的な影響に振り回されていく……って感じです。まぁ感想というか考察というかをぐだぐだ語っていきます。

 知識ゼロで「原爆の父」と聞くとなにか仰々しいというか英雄か冷徹な科学者かはたまたマッドサイエンティストかといったイメージが想像されるものの(恥ずかしながら私も知識がなくそんなのをイメージしていたが)映画で描かれていたのは、原爆のプロジェクトで成り行きでリーダーとして参加したものの信念を貫いた判断もできなければ、割り切った大人の処世術もできず、自分の欲望にも忠実になれず状況に流されていただけの普通でかつ愚かな人間である。

迷いまくりのオッペンハイマー

 軍人からスカウトを受けオッペンハイマーは軍服を着て仕事に励むも、同僚から「軍服なんか着るな、科学者として素朴であるべきだ」と言われ軍服を着るのを辞める。これで科学者として素朴さを保っていられるならばコレは良いエピソードなのだが、その後の展開からはそうは見えない。原爆は本当はあってなはらない、使ってはならないと苦悩しつつもドイツのヒトラーに負けるわけには行かないと国のために頑張るが、開発途中でドイツは降伏してしまい大義名分がなくなると今度は日本への抑止力のために開発を続けるべしと政治家っぽい演説をしてしまう。

 原爆の開発を成功させ、TIME誌の表紙を飾るまで至り大統領と会談するも大統領の前で「俺はとんでもないことをしてしまった日本人に恨まれる」的な泣き言っていたら大統領が「ヒロシマやナガサキの人々が恨むのはお前じゃない。私だ。」と返されてしまう。まさにしでかしたことに対してオッペンハイマーと大統領との覚悟の違いを圧倒的に見せつけられてしまうシーンだ。

 平等の理想を掲げる共産党員にも平和主義者にもなれず、軍の手先にもなりきれず、自国の利益のため罪を受け止める政治家にもなれず、愛する者のそばにもいられず、だからといって素朴な科学者でもいられない。世界をひっくり返す成果を挙げながらも、何一つ自分の信念も欲望も貫き通せていないのだ。オッペンハイマーは科学者としての実力はあれども精神的には「普通の人」であり(恋愛絡みは普通どころかダメ男寄りだし)、とてもアメリカを代表する「原爆の父」という称号を背負いきれるような大物ではないのだ。戦争さえなければ超新星爆発、ブラックホールを追っかけ続けるいち科学者でいられたろうに時代がそれを許してはくれなかった……いや最初の誘いを断ればなんとかなったのか……?

「風立ちぬ」との比較

 戦時中の科学者技術者は軍事技術といかにして向き合うかって面でこの2作品と比較したい。「風立ちぬ」の堀越二郎は零戦設計者であり、原爆とは比べ物にならないが戦況を変えてしまった兵器を作ったことにより罪を背負ってしまった点は共通している。しかもアインシュタインを追っかけるオッペンハイマーは、カプローニを追っかける堀越二郎と重なる。
 だが似てるようで着地点はまったくの別物だ。圧倒的に違うのは堀越二郎は零戦の開発を罪を背負いながらも肯定してしまっているところだ。まぁ民間利用しやすい航空機と爆弾では罪の重さが圧倒的に違うのであろうが、堀越二郎はサバの骨の曲線のように美しいものを探求し続けたいマッドサイエンティストでそれを開発さえできればなんでもいいのだ。それによって世界が壊れてそれによって罪の意識が芽生えようとも、完成品に対する満足感は1ミリもずれはしないのだ。対してオッペンハイマーは爆弾を作りたくて物理学をやっていたわけではないのだ。それゆえ世間の評価と影響で自分の成果物へ納得感が変動してしまうのだ。

主人公を甘やかさないラスト

 話の最後は1954年に原子力委員会から公職追放で締めくくられる。オッペンハイマーの未熟さみっともなさを描いて来た上にこの締めくくりかよ!例えばラストを1960年の日本訪問、日本の学者と対談で締めくくれば、もうちょっと救いのある終わり方になったろうに……そこは監督的には安易な逃げ道を与えたくはなかったんだろうか。

 日本の被害描写が淡白すぎるのも気になったけどそこは当時のオッペンハイマー視点では被害も戦地ではなく実験室内で知ることになる感じを描くには正解だったきもする。作品を通して戦争と平和に対する問題提起をしながらも平和を願う人々への配慮を一切していない、日本にもアメリカにもオッペンハイマー自身にも配慮をしていない何もかもが突き話して淡々とオッペンハイマーの愚かさを描いてる後味の悪い作品だ。この後味の悪さを楽しめるかどうかでこの作品の評価がかわってくるのだろう。私は割と楽しめたけど……人を選ぶ作品ではある。けどわざわざ原爆の父が主人公の作品を見たい!と思う人なら大丈夫なんじゃないのかね。


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