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あんどぅ、最後に「リハビリテーション」を考える

どーも、あんどぅです。

physio365発刊当初より毎週欠かさず配信してきましたが、あんどぅが配信する記事はこれで最後です。

そう、physio365を卒業します!!


physio365は私が行っている副業のひとつなんですが、最も長く続いた副業です。ほんとうにお世話になりました!!


正直まだ書こうと思えば全然書き続けられるのですが、、、
だんだんと私の中の情熱みたいなものが減ってきまして、、、
でも、副業として収益源にはなっているし!とも思ったのですが、なんか「お金目的で続ける」ってダセェなって思って、、、

ってことで、潔くあんどぅは辞めます!!


これからはphysio365に使っていた時間で違うことを始めるなり、子育てをより楽しむなりすることにします。お料理教室に通おうか悩んでますw



さて、最終記事である本日のテーマは「リハビリテーション」です。

僕は理学療法士なので、僕の仕事の基盤とも言える概念です。
ただ教科書的な内容ではなく、私の「リハビリテーションの信念」ともいえる内容です。



 リハビリテーションの語源


リハビリテーションとは、ラテン語のre(再び) - habiris(適した)が語源ですので、リハビリテーションとは、「再び適した状態になること/再適合すること」と直訳できます。




何に適合するの?


人間は社会動物です。

個体として考えれば、熊にガオーってやられたら死んじゃうレベルの動物です。弱いのです。

しかし、弱いからこそ群れを作って協力することが出来ます。その群れの共存共栄こそが社会です。


つまり、私たちは何に適合するのかと言えば「社会」ということです。
もともと社会に適合していた人が何らかの理由によって適合できなくなった場合に再適合を促す手段ないしプロセスこそがリハビリテーションだと考えています。





医療はリハビリテーションに内包されている

病期やケガからの復帰として考えると「医療」そのものがリハビリテーションだと考えられます。

リハビリテーションのほうが医療よりもデカい概念だと私は考えています。
その医療の中に私たち理学療法士がいるのだと思っています。

摂食・嚥下5期 (5)

ってことで正直PT/OT/STを指して「リハ職」ということには違和感を持っています。めんどくさいから私も「リハ職」って言うけどさwww



医学モデルと社会モデル

ここにも書いたのですが、、、医療はゴリゴリの医学モデルです。

対象者と社会の適合不全の状態を再適合させることがリハビリテーションと考えるとアプローチ方法は大きく考えて2つ。

1.対象者を社会に近づける
2.社会を対象者に近づける

1が医学モデル的で、2が社会モデル的です。
どちらの思考も取り入れたのがICFです。

ICFは本当に素晴らしいと思います。ぜひとも多くの人に見直してほしい。



現代におけるリハビリテーションの意味

私たちは「リハ職」と言われることが多いですが、この「リハ」の意味するところって「機能訓練」を指すことが多いなーと思っています。

「リハビリ=機能訓練」というイメージを定着させたのが誰なのかは知らないけれど、正直この現実からは目を背けられません。


しかし、前述の通りリハビリテーションは「社会との適合」を目指すものです。そのアプローチは「1.対象者を社会に近づける」と「2.社会を対象者に近づける」のふたつです。

機能訓練は1(対象者を社会に近づける)だけですので、リハビリテーションと呼ぶには物足りません。

ここで「対象者」と「社会」について少し考えていきましょう。



「対象者」について


怪我や病気、能力障害など対象者本人としてのものが含まれます。

本人の能力をしっかりと評価することで「どこまで良くなるのか?」ということは大変重要な要素であり、突き詰めていく必要があると思います!!

はっきり言って現状の理学療法士養成校の教育だけでは不足していると思っています( ;´Д`)

身体のシステムは本当に複雑です…
一生勉強が必要だと思いますし、医学モデル的な考えに傾倒していくと、この沼にハマって社会モデル的発想やICFがうまく使えなくなっていきます。僕はこの現状にはすごく課題意識を持っています。

physio365を書いていても医学モデル的な内容のほうが反応がいいんですよね、Twitterなどを見ていてもそうです。もちろん重要ですが、リハビリテーションってそれだけじゃないだろ!!と、強く思っています。



「社会」について


これはもう対象者以外の因子です(雑w

ICFでいうと環境面が社会の主だった部分かと思っています。
ちなみにICFの環境面は「物的環境」「人的環境」「制度的(社会的)環境」の3つに分けられています。


100m歩ける人が50m先にパン屋があれば(物的環境)買いにいけますが、200m先にパン屋がある場合は買いに行けません。それでも車椅子を押してくれる人(人的環境)がいれば買いに行けるし、タクシー無料制度(制度的環境)とかがあっても買いに行けます。はたまたパン屋が宅配や移動販売を始めたら「パンを買う」と言う欲求は解消されます。

本人自体の能力は何も変わっていなくとも、環境(社会)によって出来ること、解決できることは変わるのです。




誰もがリハビリテーションに関わる人

こうやって考えていくと対象者に関わる人すべてがリハビリテーションに関わっています。近所のパン屋さんだってリハビリテーションに関わっているし、街を歩いているだけでも誰かのリハビリテーションに関わっています。

人はケガもするし、病気にもなります。
どちらもゼロには出来ません。

そう考えると社会がけが人や病院を受け入れる寛容性を高めるってのは重要だと思うのです。これからは高齢化がすすんでいって、病人やケガ人は増えていくわけですし、、、



そして、私が導き出した結論はこうです。


究極のリハビリテーションは「まちづくり」である


まちづくりこそ至上のリハビリテーションだと思うのです。

「まち」というのは制度も、人も、建物も、、、、色んなものを含めて言っています。
多様な人を需要できるまちづくりこそがリハビリテーションの目指す先なのだと、私はそう思います。

もっと言えば「国づくり」といっても差し支えないです。



かと言って私が「まちづくり」をしたいか、「まちづくり」が出来るのかと言うのはまた別の話ですがwwww

私にいまできることは「組織づくり」「チームづくり」がいいところです。






ただ、僕は「何かが出来ない」とか「何かが苦手」という人を、「何かができないから」とか「何かが苦手だから」という理由で、その人を排他するような行動には嫌悪感を覚えるのです。寛容さを失った人、チーム、組織、まちに未来はないと思っています。

その人に、そのチームに、その組織に、そのまちに「何かができない人」や「何かが苦手」な人を許容する能力がないだけです。それを棚に上げて「何かが出来ない人」「何かが苦手な人」に責任を押し付けて排他するというのはホントに嫌い!!!




では、これにて私の最後の配信を終わります!
またどこかでお会いしましょう!!

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