失敗は怖いですか?

「失敗」

初めての失敗は何ですか?

「失敗ではない。うまくいかない1万通りの方法を発見したのだ」
          トーマス•エジソンさん

私の覚えている範囲の初めての失敗は、幼稚園年中さん。

子どもの足で歩いて10分くらいに小さな商店があった。

初めてではなかったと思うけれど、母親から頼まれて一人でおつかいに出た。

夕方薄暗く、暗い道を歩くことが大嫌いだった私は、おつかいを断ることができなかった。

「夜ご飯のとんかつソースがないから、買ってきて」

頼まれて断れず、怖い怖いと感じながら、薄暗い道を走って商店についた。

商店に着いた途端、「ソース」という言葉しか覚えていなくて、お店の人に「ソース下さい」と伝えると、2種類でてきた。

とんかつソース or ウスタソース

関西の方ならなんとなくイメージできるかもしれませんが、とんかつソースが茶色、ウスタソースが赤色のパッケージ。

どっちか分からないけれど、なんとなく茶色の気がする。

お店のおばさんに伝えると、「あんまりみんなとんかつソースは使わないから、ウスタソースだと思うよー。」

私がこの体験を「失敗」と感じているのは、ここから。

私は、茶色=とんかつソースだと、なんとなく分かっていた。

けれど、おばさんの一言で迷い始めてしまい、ウスタソースを買って帰ってしまった。

案の定、家に帰るなり、母親からギャン怒鳴りを受け、空になったとんかつソースを片手に、泣きながら真っ暗な道を走った。

派手に転び、顎と膝小僧を擦りむきながらとにかく怖くて走った。

お店の人も驚いたと思う。

血まみれでボロボロに泣きながらとんかつソースの空を片手に戻ってきたから。

謝るおばさんをそこそこに、空のボトルと新しいボトルを握りしめ、また暗闇を走る。

走っている時に考えていた。

なんで、私は茶色と思っていたのに赤を選んだんだ?
なんで?なんで?
だから今、こんなに怖い夜道を泣きながら走っている。
怖い、怖い、なんで?なんで?

そう、私がこの経験を初めての「失敗」と覚えているのは、

【自分を信じることができず、そのために間違えた選択をしたこと】

このことがでかい。

だから、失敗体験として根深く染み付いている。

「失敗」からは必ず学びがある。

1番最初に経験した「失敗」を、

なぜ、失敗と感じているか。

そこをとことん深掘りしていく。

すると、「失敗」そのものが、

何が原因で「失敗」し、そこから何を学び、どう活かすか。

という教訓に変えることができる。

私の場合はこう。

【買い物を頼まれた】
つまり、普段自分自身が買っているものではなく、買い慣れていないものを買うことに対して失敗した。

この失敗から学んだもの

1、抽象化されたものを具体化する。

⇛ソース は、大きな名称の1つ。
ソースには、とんかつソース、オイスターソース、ウスターソース、たこやきソース、お好み焼きソース・・・などなど。
様々な種類のものがある。

つまりソースという抽象的なもの、から、具体的なものに落とし込む。

買い物を頼まれた際に、「ソース」と言われたら、何のソースか、どこの会社のソースか、何に使うためのソースか、パッケージは?量は?金額はいくらくらいか・・・などなど。

とにかく、相手の求めているものと、これから購入するものを一致させる作業を惜しまないこと。

もっと簡単にするには、メモ書きをする。

でもいいし。

さらに簡単にするには、”写真を撮る”だ。

パッケージ、裏面の量や会社の記載の入ったものを撮る。

2、買い物に行くかどうかの交渉を相手と行う。

私は、夜道が怖い。
本当に怖いし、嫌い。

ということは、もう薄暗くなっている時点で、「嫌です」と断っても良い。

もしくは、「一緒に行ってください」と頼むこともできる。

または、「そのソースの代わりになるものはないか一緒に考えるよ」と言うこともできる。

とにかく、自分にとって自分の身の危険が及ぶ行為に対しては、NOを言っていい。

NOを言うのが気を引けるなら、代わりになる案を交渉しよう。

3、自分自身の直感を信じる。

私が一番、失敗した と感じたのはここ。

私は茶色のパッケージだと思ったけれど、それに従わずにお店の人の言葉に流され、赤色のパッケージを買った。

つまり、自分自身を信じるのではなく、他人のことを信じてしまった。
他人を
信じて行動したがゆえに、間違えた。
そのため、母親から「なんでウスターソースを買ってきたの!!!」と怒鳴られた時に、何も言えなかった。

本当は茶色だと思っていた。
ここで、お店の人に言われたからなんて言ったら、ますます母親を激怒させる。
「人のせいにするんじゃない!」「うそをつくんじゃない!」などなど。

そのため、何も言えなかった。

これが、私にとって一番悔しい想いになっている。

もしも、別パターンで私が茶色だと思っていたのに、赤色だった場合。

頑固として「茶色だ!」と買って帰り、「赤でしょ!」と怒られたら、「私は茶色だと思い買いました。私が間違えましたごめんなさい」

と素直に謝ることができた。

自分の責任で失敗すれば、自分の非を認めて必要な対応ができる。

このことは私にとって、すごく大きな学び。

つまり、【自分自身を信じて行動する】

ことで、【自分の思考・行動に責任を持つことができる】


最後に。

「失敗」が怖いという人がいる。

私だってできれば失敗はしたくない。

ただ、「失敗」だと感じることから、必ず学びを得ると覚悟があれば、「失敗」は怖いものではなく、一生使える武器になる。

ようは「失敗」だと思えば、怖いものだけれど、そこから学ぶ人は失敗しない人より、生きる知恵を身につけられる。

生きる知恵が増えれば増えるだけ、生きることが楽になる。

「失敗」を味方につけてみよう。

大丈夫、怖くないよ。


あとがき的感想

自分の人生の棚卸し作業をはじめると、目を背けたくなるような「失敗」はたくさんある。

それを思い出した時に、どう対処するかでこの先の生き方は変わる。

失敗を誰かの責任にして自分が成長するチャンスを潰してしまうのか、

全ての失敗は自分の責任にあると考え、失敗の原因や今後の対処の方法を学び生きる知恵とするのか。

特に、トラウマが多いと感じて生きている方は、全てが自分の責任だと感じると自分が潰れてしまうような恐怖感もあるのだと思う。

自分の責任 と 自分のせいで・・・

は似ているようで全く異なる。

自分の責任は、私の人生に起こる全てのことは、私が引き起こしているものだと考え、起こる全ての物事に対して、自分の思考・感情・行動に責任を持って生きている状態。

自分のせいで・・・が自分を卑下してみることで、どんどんと自己肯定感を下げてゆき、もう傷つきたくない。もう嫌だ。と自分の内にどんどんと籠もっていっている状態。

あなたはどちらの思考パターンを選びたいですか?

「笑顔は世界を救う」

笑顔でいるために自分の思考や行動を変化させる必要もある。

無理矢理、「変えなければ!」はいらない。

時々思い出すだけでいい。

ぁぁ!そういえば、ちえさんが何か言っていたな!

ちょっと考え方を変えてみよう!

ほんとそんな風にみんなライトに生きて欲しい。


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