見出し画像

『私はヘヴン』

おなじみの、つまらないチャイム。

毎日毎日、同じ音。今日も退屈で仕方がない授業が終わった。周りの同級生たちは、放課後に駅前で集まる約束を立てている。

ショッピング?
ファミレス?
スイーツ?
プリクラ?
カラオケ?
ボーリング?
恋バナ?
彼氏?
二股?

楽しそうだね。

それにしても、いつも同じような遊び方をしていて、飽きないのかな?私には、よくわからない。

教えてほしい気持ちも少しはあるけれど、私は財閥の箱入り娘のお嬢様。一般的な生徒たちとはかけ離れた印象があるのだろう、誰も声をかけてくれない。ならば自分から声をかければ良いのだけれど、彼女らの話題を面白く思えないし、私はスマートフォンを持っていないから無料通話アプリなんてよく知らない。持つ必要がないからと、保護者に使用を禁止されている。

その代わり、幼い頃から、どこへ行くにも帰るにも、送り迎えがある。漫画の中でしか見たことがないくらい豪勢だと誰かに言われたけれど、私は漫画を読んだことがないから、よくわからない。

両手をお腹の前に交わらせてカバンを持ち、両足は真っ直ぐに、校門で静かにお迎えを待つ。同じ制服を着ているはずなのに、周りからはお上品に見えると言われる。

5分も経たないうちに、黒くて細長い車が目の前に停まる。ベントレー?というイギリスの高級車らしいけれど、興味がないから、よくわからない。初老の紳士がドアから出てきて敬礼する。

「お迎えに上がりました、ヘヴンお嬢様」

「爺や、今日もありがとう」

感謝を述べつつも、私は心が窮屈になる。どうして私を敬うのだろう。爺やのことは嫌いじゃないけれど、好きでもない。面倒を見てくれることには感謝している。でも、もうそろそろ、私にも自分があることを理解してほしい。もう高校2年生なのに、お迎えなんて本当は要らない。だけど今更、もう来ないでとも言えない。

私の名前は、ヘヴン。渾名ではなく本名だ。漢字で「天国」と書いて「ヘヴン」と読む。いわゆるキラキラネームだが、名付けられた自分は気に入っている。「天国」、素晴らしい名前じゃない。私には到底もったいないくらい。

もう高2の秋なのに、進路希望は未提出のまま。行きたい大学なんて、ない。与えられた資料の中から選ぶなんて、つまらない。だからといって、何かを専門に学ぶつもりもないし、世の中に出られるほどの知識はない。現実の自分には何もない。

「今日の学校は、楽しかった?」

私が帰ってくると、ママはこんなことを訊く。小学生の頃から、ずっとそうだ。静かに「うん」とだけ答える。ママはそれからも「今日、学校で何があったの?」と続けるが、大抵のことには、「うん」「大丈夫」としか答えない。「志望校は決まったの?」ママは応酬を掛けてきたけれど、それには答えず、瞳を伏せたまま部屋へと逃げ込んだ。

私の部屋には、たくさんのお洋服がある。

物をねだったことはほとんどないけれど、お洋服だけは、たくさん欲しかったので、高校入試に合格した頃、ママにねだった。 すると、いつも海外にいる、ほとんど会ったことのないパパが、何百着もの衣類を私に買ってくれたという。ありがたいけれど、私はパパの顔をよく覚えていない。

そんなことは、どうでもいいんだ。さあ、変身の準備を始めよう。

今日は、誰になろうかな。

OL?
ウエイトレス?
看護師?
メイド?
スチュワーデス?
警察官?
消防官?
宅配員?
女将?
テニスプレイヤー?
教師?
魔法使い?
忍者?
マジシャン?
……誰にだって、なれるよ。

…………そうだ、今日は女子高生になろう。

いや、現実の私も女子高生なのだけれど、何ひとつ若さも輝きも持っていないし将来への展望も無い。勉強もスポーツも嫌いで恋愛はよくわからないし興味もない。ただの抜け殻だ。

とっても素敵で可憐で、10代をどこまでも謳歌する、天使みたいな女子高生になろう。そんな女子高生、見たことがないような気もするけれど、どうせ嘘の世界での架空の人物。本当の気持ちしかない場所。私の「天国」。

どうせ、明日になるまでには終わる「天国」。いっそ、このまま…………。


#第2回note小説大賞 #小説

サウナはたのしい。