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平成25クラブ

イアン・カーティスは、首を吊って死んだ。カート・コバーンは、ショットガンで頭を撃って死んだ。イアンは23歳、カートは27歳で自殺した。

25歳の俺は、どうやって自殺しようか。

ウォッカをラッパ飲みしてフラフラになった頭の中で、タバコに火を点けながら考えている。

五感を誤魔化すべくどれだけ酔い潰れてみても、インターフォンの音はずっと鳴り止まない。外では、たくさんの芸能リポーターが待ち構えているだろう。

マリアがシャワーを浴びてくると言ってから、もう何分が経ったのだろう。今夜、これからどうするかを話し合う約束をしていたのだ。

世の中の人々は彼女のことを「まーたん」と呼ぶが、俺だけは、マリアと呼ぶ。まーたんは19歳だが、マリアは25歳。そして、互いに愛し合っている。これは絶対に、彼女と俺とだけの秘密のはずだった。

その秘密は、いとも容易く打ち破られた。俺が車の助手席にマリアを乗せてラブホテルの駐車場に入るところも、俺が裸のマリアと抱き合っているところも、すべて何者かによってカメラに撮られ、その写真が週刊誌やスポーツ新聞に大々的に取り上げられたからだ。

マリアは、所属していたアイドルグループShe-znz(シーズンズ)を解雇された。グループの掟のひとつ「恋愛禁止」に違反してしまったから。

俺は、ギタリストを勤めていたヴィジュアル系ロックバンドAngeLust(エンジェラスト)を脱退した。バンドの掟のひとつ「素顔を晒す」に違反してしまったから。

というのは表向きの理由で、本当はベーシストに疎まれていて、実質的に解雇されたのだ。ベーシストはマリアと愛し合っていた。マリアは二股をかけていたということだ。

窓際には、ネックの割れたギターが転がっている。酔いが回りはじめた頃に、思い切り壁に叩き付けて壊したのだ。もう用はない。コップや皿などの食器、CDプレイヤー、ゲーム機、時計、などは手当たり次第に壊し、棚に並べられていた本やCDもぐちゃぐちゃに投げ付けた。散乱したこの部屋をマリアが見たら、面食らうだろうか。それとも全く驚かないだろうか。

唯一まだ壊していないのは、パソコンくらいのものだった。インターフォンはまだ鳴り止まないので、掻き消すために音を鳴らそうと思った。

YouTubeのAngeLustの公式動画には、俺が作詞作曲した『MARIA』のプロモーションビデオがある。タイトルでわかるように、マリアのために書いた曲だ。音量を限界にまで上げると、パソコンは爆音で歌い上げた。

たとえ裏切られようともMARIA
本当の貴女を抱いたまま
壊れ乱れるようにMARIA
闇夜の果てへ駆ける

「くだらねえ歌だ!」そう叫びながら、パソコンの画面を殴り付けた。液晶は静かに割れ、俺の拳からは血が流れ出した。痛みはほとんど感じない。血を床にぽたぽたと落としながら、机の引き出しに手をやった。隠し入れていたナイフを取り出す決心が、ようやくついた。

マリアは、まだシャワーから戻ってこない。インターフォンは、ずっと鳴り止まない。

イアン・カーティスは、首を吊って死んだ。カート・コバーンは、ショットガンで頭を撃って死んだ。シド・ヴィシャスは、恋人のナンシー・スパンゲンを殺した後、ヘロインの過剰摂取で死んだ。

そして俺ももうすぐ、古くさいロックスターの仲間入りを果たすだろう。ウォッカの残りを一気に飲んで祝福したら、ナイフを突き立てて、シャワールームへと急ごう。マリアは悲鳴を上げるだろうか。それともナイフを突き返すだろうか。

「俺はマリアを殺したい。マリアを愛していた……」「マリアを殺す…」「貴女を殺す…」薄れていく意識の中で、血がドクドクと落ちていく。

サウナはたのしい。