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私は普通の宇宙人 1

#創作大賞2023 #漫画原作部門



突然能力を解放することになっちゃった。
それは、私のヘンテコな能力を、
普通に受け入れてくれる場所が見つかったから……




みんな一緒……じゃなかった!



私は、物心ついた頃から普通とは少し違う変わった子供だった。


他の人が考えていることが急に頭に浮かんで、それをポロッと口走ってしまってその場の空気を悪くしたり……
ドラマの予告を見ているかのように先の展開がわかってしまって、それを偉そうに言うものだからキレられたり、ムカつかれたり……
事故や怪我の場面が見えて、それを伝えると気持ち悪がられて、ヤバい奴というレッテルを貼られていた。

言っていい事と言ってはいけない事があって、その場に合わせた話をしなければいけないと分かってはいるんだけど、なぜか分かっちゃうし、口から勝手にポロッと出ちゃうものだから、自分ではコントロールができなくて、なぜあんなことを言ってしまったのか猛烈に後悔することがしょっちゅうあった。



内野 天音


私の名前は内野天音。しがない会社員。
内装設計の会社で働いていて、デザイナーデビューを目指し、日々奮闘している。

同期はどんどん出世していきデビューできてないのは私と、瀬戸くんだけ。
最近では後輩にも先を越されちゃった。

なんでだろうなー、すごくこの仕事好きなんだけどなー、っとボーっとと考えていた。

まぁ、その原因はわかっている。
要領が悪いのと、お客さんのオーダーを重視しすぎて予算内に収められず、何度も何度も修正が入って、まとまりのないデザインに……
結果、デザインも機能性もイマイチと言うお粗末な感じになってしまう……
そして、いつも尊敬する先輩である「ミーハル先輩」に助けてもらっうという、情けなく、悪いパターンが続いていた……

「天音さ、お客さんの言うこと全部聞いてたら、ろくな内装にならないんだって、いっつも言ってるよね。こっちからどんどんやりやすいように提案していかなきゃ、予算だっていっつもオーバーしてさ、苦労するの、天音でしょ……」
「はい……………」

ミーハル先輩はうちの会社のトップデザイナーのうちの1人。お客様満足度は3年連続1位と言う強者。
だからとても忙しいのに、仕事のできない後輩の尻拭いをさせられちゃうので、こんな感じで愛の鞭がビシバシ打ち込まれる毎日なのです。
そして、ミーハル先輩の口癖(私に対してだけだけど……)「いっつも」の小さい「っ」にミーハル先輩の恨みが見え隠れする。


分かってる、十分、分かってる。
仕事として私、中途半端なことしてるって、自分でも分かってる。
でも……これからずーっと、そこに住むご家族の皆さんの願い、叶えたいじゃないですか!ぜーんぶ!!
どうにか願いが叶えられる方法、考えたいじゃないですか!
なんか、私、そんな満足ハウスをお客さんに提供できる気がするんですよね〜〜
「私しかできない!!」ニヤニヤ(お客さんに喜ばれている妄想・会社で表彰されている妄想)


その時後ろから、
「よっ!何ニヤけたツラしてんだよ!」と声がかかった。
びっくりして振り返ると同期の中の出世頭、安藤くんだった。
安藤くんはいつもこうやって私にちょっかいを出してくる。ウザイ
「もうなに、ニヤけたツラなんてしてないよ!」っと言ってプイッと違う方向を向いた。
「ごめんごめん、なんだ、機嫌悪いのか?」マタ オコラレタ?と私の顔を覗き込んできたから、ドキッとして
「もう、近すぎ」っと安藤くんの顔を押しのけた。

「あー今、ドキッとしただろーハハハ」
「んもうー、してないよ、するわけないでしょ」
っと走って逃げようとしたら、手を掴まれた。
「あ、ごめん、天音、あのさ……俺さ、転勤になった」
ちょっと寂しげな空気が漂った。
「えっ、どこに?」
「九州」
「おー、九州のどこ?」
「福岡、統括」

「統括」は、管理部門で出世コース。
でもデザイナー職からは離れてしまうと言うこと……

「すごいじゃん、出世コースじゃん、おめでとう、送別会しなくちゃんだね」
安藤くんは、寂しそうに笑って、
「お前に送ってもらわなくてもいいよ!、天音こそ、しっかり仕事しろよ!
もう、助けてやれないんだからな……」
そう言って私の頭をくしゃくしゃにして、安藤くんは立ち去っていった。
その時、安藤くんが綺麗なお家でご家族と、幸せそうに笑っている姿が見えた……

私は、ホッとした。
安藤くんの気持ちはなんとなくわかっていたけど、応えられないし、彼は自分の育った環境から、早く家族が欲しい、子供が欲しいっと望んでいたのを知っていたから、安心した。
それにしても、綺麗な奥さんだったな……子供は望み通り2人いたよー

私は時々、こんな風に先の未来が見えることがある。
相手の言いたいことや、心の奥底にある本音や、心や考え方の癖みたいなものが透けて見えてしまう。
その人がその人である所以、なぜ今その人がここにいるのか、そしてどこに向かっていくのか……そんなことがわかってしまう。

誰にも自分から話したことがないが、こんな能力を持っていてよかったことなど何一つない。
苦しい事ばかりだった。



プールで見えたもの


あれは幼稚園くらいの頃のこと……
仲良しの薫ちゃんとスイミングスクールの体験会に行った時のこと……

スクールの先生から「このプールは深いところがあるから、そっちは行っちゃダメよ」と最初に注意された。
その後、お母さんたちは体験会の申し込みを書いたりしていて、私と薫ちゃんは、先生に案内されて更衣室で水着に着替えをしていた。

「天音ちゃん、ドキドキするね」
「うん、ドキドキする」
「天音ちゃん、深いとこ行かないでね」
「うん、薫ちゃんも、深いとこ行かないでね」
「うんわかった」

着替えが終わった頃、更衣室のドアの方から、
「天音、着替え終わった?」とお母さんの声がしたので、
「うん、終わった」と言って薫ちゃんと更衣室から出た。

早速、プール用のタオルと水筒を持って、プールサイドに向かった。

体験会には、6人の子供が参加していた。
体が大きい男の子とその男の子より少し小さい男の子、後の2人はお姉ちゃんと弟の兄弟のようで、弟がお姉ちゃんから離れられずにワンワン泣いていた。

お母さんたちは2階から見ていて、私たちに手を振っていた。
「薫ちゃん〜」と薫ちゃんのお母さんの声が聞こえた。
薫ちゃんはそれに応えて手を振り返していた。
「お母さん〜」

プールに入る説明を受けてから、準備体操をした。
泣いていた弟くんは女の先生に抱っこされていて、それでもまだ泣いていた。
先に男の先生が先にプールにドボンッと入って、
「ピー、皆さん聞いてください。よーく見てね。ここからーここまでは深くありません。でもこの先は……」と言って深い所に行ってみせた。
浅いところは、先生の腰より低いくらいだったが、深いところでは、先生の胸のところまで水が来ていた。
「このくらい深いです。みんなは足がつかないかもしれません。だからここより先にはいかないこと。約束できますか?」と大きな声で言った。
体の大きい男の子とそれより少し小さい男の子は、ケラケラ笑って押し合いっこをしていた。
「深い所に落とすぞ」
「お前を落としてやるー」みたいな話をしていたと思う。

その時、薫ちゃんがピタッと私にくっついてきた。
「天音ちゃん、なんか怖いね……」
「そうだね、でもだいじょうぶだよ、深いとこいかなければ怖くないよ」そう言いながら、プールの方を向くと……
隣にいるはずの薫ちゃんがブクブクとプールに沈んでいく姿が見えた。
その時先生は、体の大きい男の子とそれより少し小さい男の子を叱っていて、薫ちゃんを見ていない。
お母さんに助けてもらおうとお母さんたちの方を見たけど、おしゃべりしていて誰もこちらを見ていなかった。
私は慌てて足と手を前に出した。
「薫ちゃんー」
私も一緒にプールに沈んでいく。
薫ちゃんの手に私の手が届いたその瞬間、瞬きをすると、
そこはまだプールサイドで、先生の話を聞いているみんなが見えた。
体の大きい男の子とそれより少し小さい男の子は、相変わらずケラケラ笑っていた。

「そこの君たち!……」と、ちょっと怒った声で先生が、男の子2人に向かって
「ちゃんとお話は聞けたのかな?ふざけていたら大変なことになるよ、ちゃんとお話の聞けない子は、体験会に参加できないよ。」と言いながら、プールから上がってきて、男の子たちの前に片膝をついて、2人のそれぞれ右腕と左腕を持って、真剣な顔でこういった。
「先生が合図をしたときは、必ず先生のお顔を見てください。全員が先生の顔を見た時にお話を始めます。いいですか?」
と2人の目を見てはっきりした口調で2人と、私たちにも伝えてくれた。
少し怖かったが、全員「はい」っと答えていた。

早速プールに入る。
プールの水は少し冷たくて、ちょっと苦手な匂いがした。
それにしてもさっきのプールに沈んでいく薫ちゃんの姿が忘れられない。
私は薫ちゃんの手をしっかり握った。

レッスンが始まった。
最初は、肩まで水に浸かって
先生が「1・2・3・4・5」
と数えたら顔に水をバシャバシャかけると言うもの。
これは泣いている弟くん以外は全員できた。
「おーみんなやるねー」と先生が言った。
なんだか嬉しくなって、薫ちゃんと笑い合った。

次は、先生が「1・2・3・4・5」
と数えたら顔を水につけると言うもの。
最初は怖かったけど、何回かやったらこれも弟くん以外はできた。
「おーみんなすごいね、ちゃんと出来てる」と褒めてくれるので、男の子2人も調子に乗っていた。
この後弟くんは、プールから出て、プールサイドで女の先生とボールやビート版で遊んでいた。弟くんのお姉ちゃんは心配そうにそちらばかりみていた。

次に、頭の上まで水に潜れるかやってみた。
「1・2・3・4・5」と先生が数えてみんなで潜るが、なかなか潜れない。
特に薫ちゃんが難しいみたいだった。

「薫ちゃん上手だよ、最初より随分潜れているよ。みんなもとっても上手だ」と先生が言うと、
「えーこいつ全然潜れてないよー」と体の大きい男の子が言った。
薫ちゃんは、「ぎくっ」とした顔になって肩をすくめて下を向いてしまった。

「ピー、はい、注目」と先生が笛を吹いた。
「はい、皆さん先生の方を向いてください」と言ってみんなを見渡した。
「はい、みんなの顔が見えました。みんなすごいね、さっきの約束覚えていたんだね」
みんな褒められてニヤニヤしたが、薫ちゃんは肩をすくめたままだった。

「はい、今日は体験会だから、顔を水につけられたらそれで100点です。だからもうみんな100点だよ。今日できなくても、次にできたら100点です。大丈夫。そして……今日はプールを好きになったら500点になります。だから、楽しく、500点を目指しましょう、いいですか?」
「はーい」つまらなさそうな体の大きい男の子も、俯いていた薫ちゃんも、みんな一緒に大きな返事をした。

「薫ちゃん、だいじょうぶ?」と私が聞くと
「うん、だいじょうぶ」と小さな声で薫ちゃんが答えた。2人でにっこり笑い合った。

次は、水に浮かぶ練習が始まった。
「ピー、はい、皆さんいいですか、次は水に浮いてみます。先生が背中と足を支えるので、安心して水に浮いてみましょう。はい、こんな感じです」と体の少し小さな男の子で、みんなにやってみせた。
「わー」っと歓声が上がった。
まるで、水の中でお姫様抱っこしてもらうような感じと思った。ポッ
体の大きな男の子も、弟くんのお姉ちゃんも、なんとか私もできた。
次は薫ちゃんの番だ。
「だいじょうぶかな……」私はちょっと心配になった。
薫ちゃんは身体が硬くなっていて、怖がって腰をまっすぐ伸ばせないから、お尻からブクブクと水に沈んでしまう。
先生がすぐ助けてくれるんだけど、結構水を飲んだみたいだった。

「ゲホゲホゲホッ」むせる薫ちゃんに体の大きな男の子が
「きったねぇ」と言って笑った。
私は、その男の子をきっと睨んで、薫ちゃんの背中をさすった。
「だいじょうぶ?薫ちゃん」
「ゲホゲホゲホッ」と薫ちゃんはまだむせていた。
それをみて男の子たちは「ゲホゲホゲホッ」と真似してみせた。
先生も薫ちゃんに寄り添っていたが、男の子たちのところに行って、
「先生はさっき言いましたよ。ふざけていたら大変なことになりますよって。今2人はふざけませんでしたか?」すっごく怒った感じで男の子たちに注意した。


「ピー、はい皆さん、一旦水から上がります。」
弟くんとプールサイドで遊んでいた女の先生が声をかけた。

「はい皆さん、水筒のお水を飲みましょうか」女の先生がそう言ったので
水から上がった後、みんなは持参していた水筒で水分を補給した。

男の先生と女の先生が何か話していて、その間も男の子たちは
「ゲホゲホゲホッ」とさっきの薫ちゃんの真似をしていた。
薫ちゃんは手のひらをギューっと強く握って、怒りを堪えていた。


「ピー、はい皆さんお水飲めましたか?
はい、いいですか、今日はみんな上手にできています。だからもう少しだけ難しいことに挑戦します。もう、100点は取れているから、無理しないで、出来なくても、次やれるから大丈夫でーす」と男の先生が言った。
この時、なんだか嫌な感じがした。

男の子たちは、「俺がすごい」「いいや俺だ」と調子に乗っていて、怖かった。

弟くんのお姉ちゃんは、1人で遊んでいた弟のところにいて、水筒の水を飲ませていた。弟くんはもう泣き止んでいて、お姉ちゃんからもらった水筒で遊びたがっていたが、
「はい、もう終わり」
そう言って、さっさと蓋を閉めて水筒を持ち去っていた。このことでまた弟は泣いてしまった。
「えーん、えーん」
慌てて女の先生が弟くんに駆け寄り抱っこした。
「あー、はいはい、泣かなくて良いよー」

「ピー、はい皆さん、こっちを向いてください」
男の先生が左手をあげてみんなを注目させた。
「これから、また、プールに入りますよ。今日はもう100点、取れています。みんなが上手にできているから、もう少しだけチャレンジしましょう、いいですか?」
みんなは「はーい」と言ったが、薫ちゃんは言わなかった……

「薫ちゃん、だいじょうぶ?やめておく?」と聞いた時、男の子たちの
「怖いんだー女は弱いなー」っという声が聞こえた。
先にプールに入った先生には聞こえなかったと思う。
「ピー、はい、みなさん、無理しなくていいですよー。やってみたい子だけプールに入りましょう」と先生が言った。

水に沈んでいくイメージがまた見えて、息が苦しくなった。

「やめておく?……」と薫ちゃんに聞いてみた。
薫ちゃんは
「私やりたい、なんか悔しいから……」とムキになっているみたいだった。
「だいじょうぶ?」
「うん、だいじょうぶ」と薫ちゃんは応えた。

全員でプールに入った。
弟くんも、女の先生に抱っこされて入ってきた。もう泣いていなかった。
女の先生は、弟くんを抱っこしたまま私たちを応援してくれていた。
「お姉ちゃんたち、お兄ちゃんたち、がんばれ〜」
そう言って弟くんの手を振りながら応援していた。
弟くんは機嫌が良くなり、
「きゃっきゃっ」と喜んでいた。

「ピー、はい、皆さんいいですか?うん、みんなすぐに先生の顔を見れるようになったね、すごいすごい!」
「はい、それではもう少しだけチャレンジをしていきます」
男の先生がそう言った時、薫ちゃんの体が「キュッ」と固くなるのがわかった。
男の子たちは体をピンと伸ばし、「自分が一番話を聞いてますアピール合戦」をしていた。
弟くんのお姉ちゃんは「きゃっきゃっ」と喜んでいる弟を、少し冷ややかな目で見ていた。

(だいじょうぶかな……)私は不安で仕方なかった。



水の中で見えたもの


「はい、では天音ちゃん」と突然私の名前が呼ばれた。
びっくりして先生の方を見ると、にっこり笑顔だった。
「こっちにきてください」と呼ばれたので、水の中をケンケンしながら手で水を掻き分け進んだ。
「はい、ではみなさん、よーく見ていてくださいね」
「はい、天音ちゃん、先生と一緒にやってみましょう。いいですか?」
「はい……」
私は自分が最初にやるのにドキドキするというよりも、何度も見えた光景が頭から離れずに、そのことばかり考えていた。
「はい、では、一度潜りまーす。その後に、プールの壁を蹴って前に進んでみます。その時手は、こんな風に重ねて下さい。」男の先生はそう言って、左手の甲の上に右手のひらを乗せてみせた。
私も先生と同じように手を重ねてみた。
「天音ちゃん、上手です、みんなもできたかな?」
みんなできていて、弟くんも出来ていた。
男の子たちは、「俺が上手だ」「俺の方が上手だ」と小競り合いをしていて、
「ピー、はい、みんな上手です。はい、先生を見て下さい」そう言って男の子たちの小競り合いを遮った。

「はい、では潜っていきます。潜ったら、後ろにあるプールの壁を蹴って前に進んでみましょう」
「はい、天音ちゃんいいですか?はい、大きく息を吸って、はい!」
先生の合図で大きく息を吸って、
「うっ」っと息を止め、先生と一緒にプールに潜った。
体を丸くするとお尻が浮いてきたので、足の裏でプールの壁を蹴って重ねた手を伸ばした。そうすると気持ちよくスーッと前に進んだ。

水の中で目を開けると、先生がこちらをみていて親指で「ぐー」サインを出してくれた。みんなの足も見えた。

水中から顔を上げると、「わー」っと拍手が起きていた。
2階の窓からも拍手が聞こえた。
お母さんが手を振っていたので、私も振り返した。
水に濡れた顔を拭いて、周りを見たらみんな笑顔になっていたが、弟くんのお姉ちゃんは笑っていなかった。

「天音ちゃん、やったね!どう?楽しかった?」と男の先生が弾んだ声で聞いてきたので
「うん、楽しかった!」と笑顔で応えた。
「おー、すごい、天音ちゃん、もう500点だ!」そう言って拍手をくれた。
みんなも拍手してくれた。
私は、嬉しかったが、なんとなく喜べなかった。

次は、体の少し小さな男の子の番。
この男の子は、緊張気味だった。
「では、いくよ、息を吸って、はい潜りまーす」男の先生の合図で
潜ったが、ぶくぶくぶく……水の中で息をすぐにはいてしまい、慌ててまずから顔を出した。
「おー、だいじょうぶかな?」
「はーはー、はい……」男の子が応える。
「息、少しとめられるかな?今やってみようか」
「みんなもやってみようか、はい、いくよー、はい、息を吸ってー……はい、留めて……水に潜りまーす」
「はい、オッケーオッケー、みんな上手だね!」
男の先生がそう言った時、弟くんのお姉ちゃんが、聞こえなかったのか、まだ水の中に潜っていた。
男の先生と弟くんを抱っこしていた女の先生は慌てて、お姉ちゃんを水から引き上げに行っていた。
弟くんのお姉ちゃんはびっくりして自ら顔を出し、「ゲホゲホゲホッ」と咽せていた。

なんだか、私の嫌な予感が本格的に強くなってきた。
「もう、プールから出よう」そう薫ちゃんに言いたかったけど、少し離れた場所にいたので言えなかった。

(どうしよう……どうしよう……)

弟くんのお姉ちゃんが落ち着いたので、体の少し小さな男の子がもう一度チャレンジすることになって、今度は上手に出来た。
次は、薫ちゃんだ。

すごく緊張しているのが、伝わってきた。
私もおんなじ位、緊張している。

すぐ助けられるように、なんとなく準備していた。

「はい、薫ちゃん、やってみようかー」
「はい、リラックスしてー、深呼吸をしてみましょう〜」
「吸ってー、吐いてー、はい、吸ってー、吐いてー。うん、上手だ、落ち着いてきたね」
「はい……」ぎこちなく薫ちゃんが応えた。
「はい、ではおさらいだよ。息を吸って、留めて、潜るー、その時、手はどうするんだったかな?」と先生が聞くと
「こうだよ、こう」と体の大きな男の子が、薫ちゃんの邪魔をするかのように横槍を入れた。
「うん、そうだね、薫ちゃんはどうかな?」と先生が聞くと
むくれた顔で「こうです」と重ねた手を先生に見せた。
「そうだ、そうだ、薫ちゃんもみんなも、記憶力がいいね、すごいです」
「はい、もう一度言うよ、息を吸って、留めて、潜るー、プールの壁を蹴って手を伸ばすと、スーッと前に行きますからね、はい、やってみましょう」
「はい、薫ちゃん、落ち着いて、だいじょうぶだよ。はい、行こうか」
「はい、吸ってー、留めてー、潜りまーす……」

「ゲホゲホゲホッ」薫ちゃんは潜ったらすぐに水から顔を出してしまった……

「だいじょうぶ、だいじょうぶ、さっきより随分潜れるようになったよ!すごいすごい!!」薫ちゃんの背中をさすりながら、男の先生は薫ちゃんを褒めてくれた。
「どうする?もう1回やるかい?」と聞くと薫ちゃんは
「うん」と頷いた。

私はずっと怖くて、なんだかお腹が痛くなってきた。
でも、今はここに居なくちゃいけない……

2回目のチャレンジで、さっきよりもぐれて、少しだけだけど、プールの壁を蹴って前に進むことができた。
水から顔を出すとき、少し咽せていたけど、
「水飲んだ?」って聞いたら
「だいじょうぶ、飲まなかった」と薫ちゃんは誇らしく言った。
先生たちから、
「すごい、すごいよ、本当にすごい、今日一番成長したのは薫ちゃんだね、やったね!」と大絶賛されていた。
なんだか私も「ホッ」として、拍手をした。不思議とお腹の痛みも消えていった。

次は弟くんのお姉ちゃんの番だ。
「潜るのは、もうバッチリだもんね!よーし、どこまで進めるか、強めにキックしてみようか!」
「えーっ」っと言って男の先生の顔を見たら、先生は水の中で私にしたように、親指で「ぐー」サインをしていて、それを見たお姉ちゃんは、初めて笑顔になって頷いた。

「はい、行くよー、息を吸ってー、吐いてー、吸ってー、留めて、はい、潜る……」
静かに潜っていったお姉ちゃんは、プールの壁を蹴り、その勢いで私と薫ちゃんの方へぶつかってきた。

そのとき、バランスを崩して薫ちゃんが私にしがみつきながら水の中に「ドボン」っと入っていった。
ぶつかってきたお姉ちゃんもびっくりして、薫ちゃんを掴んで、勢いのまま、薫ちゃんと、薫ちゃんがしがみついている私をプールの深いところまで引き摺り込んでしまった。
「ブクブクブク……」
「ブクブクブク……」
「ブクブクブク……」

私たち3人はプールの深いところに沈んでいった。
目を開けると弟くんのお姉ちゃんが薫ちゃんを水底の方に引っ張って、水の上に上がろうとしているのが見えた。薫ちゃんはパニックになっていて口から空気が「ブッハー、ゴボゴボ」っと出ているのが見えた。ものすごい力で、私を引っ張っている、お姉ちゃんと同じように私を下に引っ張って、その力を利用して、水の上に上がろうとしているのがわかった。

その瞬間に、目線がぐるっと回転して、気づくと水面に近いところから溺れている私自身をみていた。

体験会が始まる時と、体験中に何度か見た、薫ちゃんが沈んでいく姿と同じだった。ただ、それは薫ちゃんではなく、私だった。
「薫ちゃんじゃなくてよかった……」
咄嗟に私は思った。
何度も同じシーンを見たせいか、あんまり怖くなくて、苦しくもなくて、ほんわか幸せな気持ちになった……

その次の瞬間、「ブワー」っと黄色い光が水の中に一瞬で広がって、眩しくて目を瞑ると、水の底に沈んでいる私の体に意識が戻り、体を空気の層のようなジェル状のもののような、そんなフニャフニャのカプセルのようなそんな感じのものに包まれて、ゆっくり水面に上がって行った……


水面に上がる頃には、黄色い光もジェル状のカプセルのようなものも無くなっていて、水面に顔を出した私は、
「キョトン」としていた。


一緒に溺れた弟くんのお姉ちゃんと、薫ちゃんは男の先生に助けられていて、プールサイドに捕まって、
「ゲホゲホゲホ」と苦しそうだった。
私は誰も助けてくれなかったが、1人でふわっと浮いてきたようだった。

水の上に浮いていると、弟くんを安全な場所に置いて救助に駆けつけてくれた女の先生が、私のところに来てくれた。
「だっ、だいじょうぶ?」
「え?なにこれ?えー?!」
私を助けようと、私の体に触った女の先生が、私の体に付いていたジェル状のものに驚いて、少し大きな声を出した。

その声に反応した男の先生も、お姉ちゃんと薫ちゃんを水から上がらせて、大急ぎで、私のところに駆けつけた。


とにかく全員、プールから上がって、無事かどうか確認された。
他の先生たちも集まってきて、お母さんたちも2回から降りてきて、大人数の大人たちに囲まれた。
男の子たちと弟くんは一旦、着替えようと言うことになり
それぞれのお母さんに連れられて行った。

私たち女の子3人は、プールサイドに寝かされたり、座らされたりして、意識がしっかりあるかどうか確認された。
「救急車呼んだほうがいいですかねー」と事務員さんみたいな女の人が言った。
「そうですね……どうかな、3人とも、具合悪くないかい?」今度は事務員さんみたいな、でも少し偉いみたいなおじさんが聞いてきた。
私と弟くんのお姉ちゃんは
「うん……」と頷いた。
薫ちゃんは、唇が紫色になっていたし水をたくさん飲んだみたいなので、タクシーで病院に行くことになった。

私たちも一旦、着替えようと言うことになった。
弟くんのお姉ちゃんは、男の先生が更衣室まで連れて行っていっていた。
薫ちゃんのお母さんは、薫ちゃんに付き添って半泣き状態で薫ちゃんを更衣室まで連れて行っていた。
私のお母さんは、少し偉そうなおじさんの事務員さんと話していて、その間に
「立てる?」と女の先生が恐る恐る私に聞いてきた。
私の手を恐る恐る触って、背中を恐る恐る触って、ジェル状のものがないか確かめるようにくまなく見渡していた。

それがないことがわかると、私に聞いてきた。
「天音ちゃん、あのヌルッとしたものなに?」
私は説明に困って首を傾げた。その時、
「天音ー、天音ー、だいじょうぶなの?」とお母さんが小走りでやってきた。
「うん、だいじょうぶ……」
「あっ先生、ありがとうございます。とりあえず着替えてさせますので、終わったらどちらに伺えばよろしいかしら……」怒りを抑えてはいるが、かなり怒ったつっけんどんな言い方をしているようだった。
「あっすいません、では、事務所の方へお願いします」恐縮した女の先生が背中を丸めてそう言った。


つづく


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