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Climate Changeは気候変動ではなく気候変化

このような題にしてしまうと地球温暖化を否定して、陰謀論を振りかざしているように聞こえてしまうかも知れないが、そういうわけではなく言葉の定義について少し専門的な観点から書いてみたいと思う。

現在、【気候変動】という言葉を聞かない日はないと思うくらい連日ニュースやSNSで取り上げられている。美術品にスープをぶちまける行為が何の意味があるのかは全くもって不明だが、意識の高い環境活動家たちの活動もある意味で注目を集めている。【気候変動】とひとたび検索してみれば、さまざまな記事が出てくる。だがおそらくそれらの多くの記事で言及されている気候変動とは本来の意味の気候変動ではなく気候変化という意味である。学術的な意味で気候変動とはClimate Variabilityで、気候変化はClimate Changeである。このClimate Changeを理由はよくわからないが気候変動として報道・記述している媒体が非常に多いように思う。


気候(Climate)とは?

この2つの言葉の違いを説明する前に、まず気候とは何かについて書いてみよう。気候と対比される言葉は気象(Weather)であり、日々変わりゆく天気の状態を気象と呼ぶ(例: 今日は風が強く、明日は少し寒いなど)。それに対し気候とは日々の天気の長い時間に渡る平均値(だいたい30年間)で表されるものであり、その地域の特徴的・平均的な(様々な)気象の状態を示す(例: 5月は雨が多い、11月は乾燥している、 3月は暖かいなど)。この平均値を気候科学では気候値(climatology)と呼び、特定の月で30年間平均したものや年で30年間平均したものがある。

気候変動と気候変化

それでは今回の本題、気候変動と気候変化について。言葉だけでは分かりにくいので下の図を用いて説明することにする。

気候変動と気候変化の違い

例えば図の2つの滑らかな曲線がある領域の月平均の海面水温の30年間分の頻度分布示しているとすると、その海面水温の気候値は曲線の頂点になる(横軸を海面水温の値、縦軸をその頻度とする)。30年間分の月平均値のデータだけでは実際にこのような綺麗な分布になる可能性はほぼないが、ここでは想像しやすさのためにそのように定める。

左の曲線において青の矢印で示したものは気候値(橙色の点線)からのズレであり、よく長期の天気予報で聞く「今年の⚪︎月は平年より暖かい・寒い傾向にある」というように表現される。これが気候変動・Climate variabilityであり、とある気候値を基準としてそこからどれだけ特定の年の月平均値や比較的短い期間(3ヶ月など)の平均値が離れているかを意味する。耳に慣れ親しんだものだと、エルニーニョ・ラニーニャ現象があり、これは熱帯太平洋の海面水温が気候値よりも暖かいまたは冷たいということである。これらの変動は基本的には地球の気候システム内(大気・海洋・陸面・雪氷など)で起こるものであり、自然発生的である。ちなみにエルニーニョなどの年ごとの気候変動を経年変動(interannual variability)という。上の図の青色矢印は主にこの経年変動を示していると考えていただいてよい。

これに対し、気候変化とは文字通り気候が変化することである。上の図の右側の曲線を別の30年間で平均した別の気候値とすると、この気候値と左側の気候値の間の差(赤色の矢印)が気候変化、つまりClimate Changeである。ここで注意してもらいたいのは気候値を求める2つの異なる30年間を例えば1980年〜2009年と1985年〜2014年としてしまうと、大抵の場合2つの気候値に顕著な差が見られることはそうそうない(場所にもよる)。あるとすれば例えば2010年から2014年の間に地球規模の火山噴火が起こり、噴煙によって太陽光が遮られ、寒冷化が起こるような場合である。他には太陽活動の11年周期によって地球に届く太陽放射量に変化が起こり、それが地球気温の気候値を変化させるというものである。しかしながら現段階では11年周期の太陽活動変動で起こる気候変化は特に大きなものではないという説が一般的である。むしろ地球の公転・自転要素の変動(地軸の傾き、公転軌道の形)による気候変化は大きいことが示唆されている(ミランコビッチサイクルを参照)。ただこの周期は10万年・4万年・2.5万年という非常に長い周期であり、手持ちの観測データから気候変化がどの程度のものなのかを調べる術はない(年輪や海底・湖底の堆積物からそれらを見積もる研究も盛んではあるが、自分の専門ではないのでここでは割愛)。

これらの気候変化をもらたす要因はいずれも地球に降り注ぐ太陽放射の変動であり、いわば(気候システムから見て)自然の外的な要因である。現在世間の注目を集めている地球温暖化・気候変化は人間活動による外的な要因である。経済活動・化石燃料の燃焼などによる二酸化炭素・メタンをはじめとする温室効果ガスの大気中濃度が増加し、地球が宇宙空間に放出するだったはずの地表面から射出された長波放射の一部がより多く地表に戻ってくることによって温暖化が起こると考えられている。これは気候変化における外的要因であり、人為起源によるものである。地球温暖化の真偽についてはいろいろな議論がされているが、現段階の科学的知見・理論や研究などから人間活動が気候変化の主要因であるという結論になっている

他にも気候変化をもたらす要因として内的な要因、つまり数十年にわたるゆっくりとした周期をもつ気候変動も存在する。例えば大西洋数十年規模変動や太平洋十年規模変動が知られており、主に北半球側の海面水温が非常に長い時間をかけて暖かくなったり冷えてしまう気候変動である。もし上の図の異なる大西洋および太平洋の気候値をこの変動の暖かい時期・冷たい時期から求めそれらの差をとれば、おそらくそれなりの大西洋・太平洋における気候変化シグナルが検出されるだろう。この気候変化には人為起源のものと長周期変動によるものが混在しており、その結果の解釈には十分な注意が必要である。

最後の例は少し混乱してしまうかも知れないが、基本的には気候変動と気候変化は気候において別の側面を見たものであり、その言葉の意味の違いについて今回は説明した、ただの気候学者の戯言。


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