最終回を始めよう #3『Dr.クルエルの犯行動機』

またバンドをやることになったら二つ返事でOKしようとはずっと前から決めていたけど、
その時の自分の本業が俳優であることは
想像していなかった。

私は【佐藤=クルエル=ギャラクシー】から
【久保華】になっていた。

ヒデ氏から電話が掛かってきてから一週間後
解散ライブが正式に発表された。
インディーズだったとはいえ、
そんなに早く決まってしまうのかと驚いた。
もう、後には引けなくなった。


“入念な練習が必要だ!”ということで
珍しく意見が一致したので、
個人練習はもちろんだが
週に1回は集まって練習することになった。
場所はヒデ氏の自宅兼スタジオ。
初めて見た感想は、「とにかく広い」。
ずいぶん偉くなったもんだなと思った。
私はドラムを持っていなかったので
あったのを借りることにした。

久しぶりに見たタダデンは
私と1個しか変わらないがおっさんだった。
そしてスーツだった。
もっとマシな服あったでしょと聞いたら
スーツかスウェットしかないと言っていた。
やっぱりちょっとそういうとこあるよな。

久しぶりに生で見た【尾崎英雄】は
やっぱり気を病んでいたことがあるのもあり
9年前と比べると少し痩せていた。
ヒデ氏は元々細い方ではあるのだが。
でもテレビで見るよりか穏やかそうだった。

私はどう見えていただろうか。
まだバンドに溶け込めるだろうか。


9年のブランクは結構きつかった。
ヒデ氏は音楽を続けていたので問題なし。
「でも久々だからねー。
むずいのはむずいよ、いやいや。」
タダデンは会社員だったはずなのに、
3回目くらいであの頃の感じに戻っていた。
やっぱり器用だなと思った。

私はそもそもドラムの叩き方が分からん。
こういうとき、プライドは邪魔なだけだ。
すぐに解説動画を頼った。
世界には本人より【佐藤】のことを知ってる
人がたくさんいた。
スティックの持ち方から首の角度まで細かく
考察していた。
ちょっとヒマ人なのかなと思った。

幾つか見て、共通するポイントを拾う。
早いリズム。
右手右足が同時に出ること。
腕を上げるときは下を見たまま
スティックと右腕、肩をまっすぐにする。
覚えた。
きっとそれがなんか良くなかった。
違うなと言われた。
同意見だった。


練習するたびに見失っている気がした。
楽しみだったはずの再会に、気が重くなる。
本番のチャンスは1回なのだ。
さらに今回はその後もなにもない。
「佐藤さーん次お願いしまーす」
私は返事をした。
「あっいや、佐藤さん」
となりの佐藤役の子に困り笑顔をされた。
「…あ、……すいません。」
感覚が追いついていなくても、私は潜在的に
自分の事を【佐藤】だと思い始めている。


私にとって名前は【一生大事にする贈り物】
なんかじゃない。
通過点だ。
そう思った1番最初の記憶は
小学校に上がる前

実の父母が詐欺で捕まった。
家族が変わった。
苗字も変わった。
下の名前まで「派手だから」と変えられた。
次は自分で変えてやると思った。

そして24の時、
【佐藤=クルエル=ギャラクシー】になった。
なぜか多田さんも【田田田】になった。
ちなみにその時の私とタダデンはただの
ライブハウスのバイトスタッフだった。
もちろん、嫌な浮き方をした。
それをバンドの中で【出しゃばるベース】と言われて孤立していたヒデ氏は面白がった。

【大凶流れ星】が実質機能しなくなった時、
しょうがないと思った。
だって私達は大きな目標に向かって、とか
バンドを続けるためとかは考えてなかった。
そこが私は好きだったから、
それで朽ちるのなら本望だとさえ感じた。

【久保華】になった。
【佐藤】である意味がもうなかったのだ。
舞台ドラマでその他の名前にもなってきた。
なっては捨て、演っては捨ててきた。
そんな私が、また【佐藤】という名前を
使っていいんだろうか。
私に【佐藤】ができるのだろうか。
…いや、私にしかできないんだけど。


解散ライブがあと10日まで迫った日
夜、家に帰る途中、
「佐藤さん!」という声が聞こえた。
今度はだまされないぞと思った。
私は気に留めていないように歩く。

「佐藤さん!」
すたすた。
「つっ、…佐藤さん!」
人混みに押されているらしい。
それでも声は粘り強く距離を詰めてくる。
さすがに身の危険を感じて振り返る。
いたのは、私より10個は下であろう青年だ。
「佐藤=クルエル=ギャラクシーさんスよね」
そんなの私しかいない。

ヤツはサインも写真も自分からは求めず、
ただ【クルエル】の魅力や
【大凶】の好きなライブの好きなシーンとか
そんな話をずっとした。
ああ、コイツ久保華嫌いだろうなと感じた。
でも別に、不快ではなかった。

彼はライブに来るという。
「『最終回』、ブチ上げてくださいね。」
やっぱりコイツ馬鹿だわと思った。
「たりめーだろ。」と返しておいた。
喜んでくれた。
うわぁ。。
まだこうやって振る舞っていいんだな。


星が見えた。
それは月よりも圧倒的に薄い光で、
でも、見えたのだ。
それはいつかの私達のように思えた。

【大凶流れ星】は何かを残せたのだろうか。
私は最後になにができるだろう。

いや、何かを残そうとか
そういうことじゃないだろう、【大凶】は。
青年になにかを気付かされた気がする。


次の日
タダデンから人身事故があって遅れそうだ
と連絡があった。
私達は既にスタジオに着いていた。
ヒデ氏は仕事の電話がきて部屋を出た。

私は一人になった。
部屋の広さが余計に寂しくさせた。
なんとなくドラムの前に座り、叩いてみる。
音は部屋にじんわりと広がっていく。
アレとスネアとアレを順番に叩く。
徐々に音数が増えて、
それは無意識に音楽になっていた。

『トマトサラダ』。
やっぱりそれだ。
今回のライブでは演奏しない予定だけど、
私はこの曲がなんだかんだ一番好きだ。
リズミカルだし、ちょっと変だし
それにドラムのソロがある。
私にとっては特に自由度が高い曲だ。


私はとにかく打つことだけを考える。
他のことを考えるのはできる人に任せる。
“音楽に必要なのは知識量か熱量か?”
知らん。
私はただ、楽しいことをやる。
とにかく全力でふざけきってしまうだけ。
“エイトビートがドラムの基本”
“リズム感を楽しむ流れのきっかけは…”
知らん。
私には知識はない。
音楽への熱量も人と比べると自信はない。
だからとにかく、打ちまくる。
ある隙間ある隙間きざむきざむきざむきざむ

流れに細くて硬い音が染み込んできた。
タダデンのエレキだ。
大人しく並走しているようで
時々噛み付いてくるのが面白い。
私も負けじと前に出る。

“ドラムはバンドの指揮者”だと言うならば
私はドラムスじゃないのかもしれない。
うちのリードは地鳴るようなベースだ。
きっとそろそろ来るはずだろう。

一瞬に直感を頼りにして、
楽しい方へ、カッコいいと思える方へ。
見えてくるラストに向かって――

ダァアンッッ!


右腕が、勝手に空中へ、上がった。
それは垂直に伸びていた。
思う目線は地面を向いている。
息が切れる。
あごをつたって汗が落ちてゆく。
………来た。

見えない2人の視線を感じる。
笑っていた。
ヒデ氏がようやく「そうだよ。」と言った。じゃあやっぱり、そうだ。


…そうじゃん。
それしかないじゃん。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?