おすすめ書籍:『物理学序論としての力学』

NM(@pub_physmura)です。本の編集の仕事をしています。
2023年末にX上で話題になった力学の教科書を紹介しようと思います。
東京大学出版会の『物理学序論としての力学』という本です。

1984年に出版され、多くの物理学科の学生に読まれている力学の名著です。(私が高校を卒業してはじめて購入した専門書でもあります。)

調べてみると電子版もあるようです。

本書の特徴としては、まず物理学が「実験科学」であることを学ぶことができる点が挙げられます。本書のはしがきには以下のようにあります。

筆者は先ず"経験数理科学"としての物理学の姿が本書の中から出来るだけ鮮明に浮び上がるように努めた. つまり, 他書と同様, 数理の展開を重視する一方で, それを裏づけるための実験データや新たな計算を誘発する実験データの紹介を試み, 読者がこの学問の姿を両眼を見開いた形で立体視できるように配慮したつもりである. (中略)読者のうちの何人かに自分でも一, 二の実験を試みようとする気を生ぜしめる結果になるなら, 筆者の努力は確実に報われたといってよいであろう.

『物理学序論としての力学』(藤原邦男 著, 東京大学出版会1984)はしがきより.

上記の言葉の通り、本書の論理展開は「ただ(運動方程式やエネルギー保存則などの)式を展開して終わり」ではなく、力学の実験例がいくつも登場します。たとえば、物体落下の現象だけでもNewtonによる水中落下、Desaguliersによる空気中での落下、グリセリンの(20℃、30℃のときの)粘性係数データなどがとても詳しく掲載されています。

oO(自戒の意味もあるのですが、私の場合は大学で物理学を独学・自習する際、数値計算などの問題演習をとばしたり、学生実験のレポートを面倒くさがったりするのはありがちでした。なんというか、理論の概要だけ理解して学習を終えた気になってしまうのです。確かに力学を講義で習う際も教室で実験をしたりはしませんでしたし、期末試験も解析計算さえ出来れば単位をとれました。しかし、将来研究者を目指すのであれば「理論をどのように実験で検証するのか」を重視しながら学習すべきなのでしょう。藤原先生も以下のように仰っています。)

以上の2つの使命に加えて, 筆者は本書に対し研究者の養成という第3の使命をも課した. それは, 本書の読者のうちの何割かは, 将来研究者として, 学問・技術の発展に対しその生涯を捧げることになるであろうと判断したからに他ならない. (中略)したがって単に力学を教えるための力学の本ではない. たとえ結果的に見てその試みは失敗に終わっていようとも,  力学を通じて物理学の何たるやを語ろうとした本であり, 力学を素材として学問することの喜びを伝えようとした本であり, そして力学教育を通して研究者の養成に資することを念願して書かれた本である.

『物理学序論としての力学』(藤原邦男 著, 東京大学出版会1984)はしがきより.

つまり、力学の勉強をするための本というよりも「物理学がどのような学問なのかを力学を例にして学ぶ」本である、ということだと思います。書名の「物理学序論として」というキーワードもそのような意図を反映させているのでしょう。


2つ目の特徴は「学問の形成過程」を学ぶことができる点です。どのような学問もはじめから美しい理論体系がすぐに完成するはずはありません。本書では、CopernicsやKepler、そしてGalilei、Newtonらがどのようにして力学現象という(当時としては未知の)現象に向き合ったのかについて、歴史の過程を冒頭の1節を使って解説しています。他書にあるような既存の理論を綺麗にまとめた教科書を用いて最短で学ぶほうが分かりやすい場合が多いですが、量子力学など現代の未知の現象に取り組む研究者を目指すのであれば、「古典力学の研究の過程」を学ぶことは今後役に立つかもしれません。以下に1.1節の小見出しを載せておきます。

1.1 古典力学の生い立ち
 天動説と地動説
 コペルニクスによる地動説の復活
 ティコ・ブラーエの画期的な天体観測データ
 ケプラーの法則 
 ガリレイの落体の運動


最後の特徴は、「近似」についての考え方を学ぶことができる点です。多くの力学の教科書では近似について問題文に(sinθ≒θとしてよいなどの)指針が書かれていますが、本書では近似の仕方は読者が自ら考えるように書かれています。これも藤原先生の「研究者養成」という意図によるものだと思います。本書の「はしがき」にも以下のようにあります。

また筆者は, 各章の末に付いた演習問題の或るものを, やや変わったスタイルに書き改めてみた. つまり, 解答を先ず実験データの形で呈示してその理論的解釈を求める形式をとったり, 「空気の抵抗を無視してもよいか」とか「その抵抗は速度の何乗に比例すると見るべきか」などという判断を天降りに与えることなく, 読者の判断にまかせたことなどがそれである. 

『物理学序論としての力学』(藤原邦男 著, 東京大学出版会1984)はしがきより.


また、これまで実験や近似などについてお話しましたが、本書は力学の理論体系自体を学ぶ際にも適切な教科書です。
個人的にはこの点が気に入っており、特に2.3節のNewtonの法則についての議論は秀逸だと思います。(運動方程式には「質量」と「力」が同時に現れており、一方を用いて他方を定義することはできない。「質量」「力」の定義はそれぞれどのように解釈すればよいのか、など)

これまでのお話から概ね察せられるように、本書はどちらかというとスパルタ的な方針で力学を教える教科書です。より易しいレベルの教科書は他にたくさんあります。大学の単位をとるためではなく、さらに一歩踏み込んで「物理学とはどのような学問なのか」「類書で省略されがちな細かい議論」を知りたい学生の皆様に読んでいただけるとよいのかなと思います。

画像:1年時には本書を読めず2年時にようやく作成したノート


最後にX上での本書に関する投稿をまとめておきます。

2023年冬に盛り上がった際の投稿


それ以前の投稿



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