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【旬杯リレー小説】『書の理由』[A]→PJさんの[承]→大橋ちよさん[転]→PJ[結]

◎起【A】

作者:PJ

過ぎた日々思い出す夏キミの微笑み
南風キミをいずこへ連れて行く
光る海入道雲の涙雨
一緒だと誓った夏は思い出か?


◎承:書の理由

作者:PJ

 その書はデパート8階の祭事スペースにある、の季節展示に張り出されていた。

 僕はどうしてもその書が気になった。
 受付に座っている60代であろう、女性に購入できないか聞いてみると、本人じゃないと分からないと言われた。
 代わりに、この展示が書道教室主催であることと、その教室の場所と電話番号を教えてもらった。
 僕は、同じ階にある休憩スペースに行くと、さっそくその番号にかけてみた。
 しかし、そちらでも本人じゃないと分からないと言われ、本人は今度の火曜日の14:00に来ると言われた。
 今度の火曜であれば午後は大学の授業は無かったはずだ。
 僕は、地下に行きお目当てのバゲットを購入すると、誰も待っていない一人きりのアパートに向かった。

 あの4連句。
 あれは、僕がTwitterでツイートした文面と同じだった。
 その文面が、何故あそこに展示されていたのだろう。
 僕は、その理由を知りたかった。
 あの文は、きっと届くことのないであろう、彼女に向けてつぶやいた言葉だった。


◎転 

作者:大橋ちよ

 いよいよ火曜日になり、僕は書道教室へと向かった。
 教えられた住所に辿りつくと、そこはごく普通の民家だった。
 玄関先に書道教室の看板が出ていた。

 呼び鈴を鳴らす。

 しばらくすると上品な年配の女性が出てきた。

 僕は自分の名を名乗り、電話をした者だと彼女に伝えた。

「ああ、綾瀬さんですね。お待ちしてましたよ。どうぞ」

 女性は僕を家の中へと案内してくれた。

「まだ教室の最中ですから、少しここでお待ちください。そろそろ終わってみなさんこちらへ来ますから」

 今どき珍しい応接室ような場所に通され、僕はふかふかのソファーに腰を下ろした。

 女性も部屋から出て行ってしまったので、僕はひとり静寂の中に座っていた。

 しばらくすると廊下から話声が聞こえて、五人ほどの男女が部屋に入って来た。

 みんなは僕を見ると「どうも」と言って頭を下げて、それぞれ勝手に紅茶など入れてお喋りを始めた。

 僕がどうしてよいか困っていると、独りの男性が話しかけてきた。
 七十代くらいのおしゃれな感じの人だった。

「君が綾瀬くん?」

「あ、はいそうです」

「私は吉井です」

 その名を聞いてぼくはハッとした。
 この人があの書の主である。

「私の書を気に入ってくれたと聞いたけれど」

「はい…そうなんです」

「それは大変嬉しいことだけど、残念ながらあれは手放すことができないんですよ」

 吉井さんは少し悲しそうに言った。

「なぜ…ですか?」

「あの言葉はね、私の言葉でではないんですよ…」

 僕はここで吉井さんに伝えるべきかどうか一瞬迷ったが言うことにした。

「吉井さん…実は、あの言葉、あの四連句は僕が作ったものなんです…」

 しばらく沈黙が流れた。吉井さんの目がどんどん大きくなり、彼が動揺していることが分かった。

「…君は、君はもしかして、竹流くんか?」

 僕は頷いた。

 それを知ると、吉井さんは「ああ…」と言って両手で顔を覆ってしまった。
 そしてそのままの姿勢でこう言った。

「私は…美緒の祖父です。中崎美緒…ご存じでしょう、竹流くん」

 その名を聞いて僕の心臓はドクンと大きく鳴った。

 中崎美緒…それは三年前に事故で無くなった、僕の初恋の人、まさにあの言葉を贈りたかったその人なのである。

◎結

作者:PJ

 吉井さんは返事のない僕の顔を見て、それから言葉を続けた。
「竹流くん、実は美緒からあなた宛ての手紙を受け取っているんです」
 そう言ってから「今から私の家に一緒に来れませんか?」と、僕の返事を待たずに尋ねてきた。
 突然の予想外の質問に、僕は何の返事もできなかった。
「あ、いや。突然すみません。私としたことが。まさかこんな形で会えるとは思っていなかったので。いえ、もしかしたらあの書を書いた時こうなることを期待していたのかもしれません」
 吉井さんは僕の言葉を待たず、勝手にしゃべっていた。僕はただそれを聞いていた。
「ご無理だったでしょうか?」
 そう聞かれたとき、やっと僕は反応することができた。
「行かせてください」

 通された部屋には仏壇があって、そこには彼女の遺影と、彼女のお父さんとお母さんらしき遺影がった。
「私もいまだに信じられんのです。まさか息子夫婦に先立たれ、そして孫まで先に逝ってしまうなんて考えもしませんでした」
 その吉井さんの声は、少し揺れていた。
「手を合わせてもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
 吉井さんが、ろうそくに火をつけ、お線香を僕に渡してくれた。お線香をろうそくにかざすと、火がうつり、その先があかね色になった。手を振り火を消すと細い煙が立ち上る。そこからは優しく寂しい匂いが漂った。
「彼女に手を合わせるのに3年かかりました」
 僕がそう言ったタイミングで、吉井さんは扇風機のスイッチを入れた。その時僕は部屋が暑かったことに初めて気が付いた。
「そうですね。普通は受け入れられんです。私も最初はそうでした。それでも私は受け入れなければならなかったです。葬式は残された家族のためにあるんでしょうなあ。多分そのおかげで受け入れることができたんだと思います。集まってくれた皆さんの事を考えると私が受け入れるしかなかったんです。唯一救われたのは家内が認知症で何もわからんくなっていたことでした」
 吉井さんは一気にそう話した。
「あの子は、美緒は小さいころに両親を亡くしたのに、けなげな子でした。なんでその命まで神様は持っていってしまったんでしょうか。神様は残酷です」
 吉井さんはそう言って、仏壇の方を見た。彼女の遺影と、たぶん息子さんの遺影の両方を見ているんだと思った。
 彼女の死因は白血病だった。僕には”だった”としか言えなかった。なぜなら僕はその当事者になれなかったからだ。彼女は僕に別れを告げ、黙ったまま入院し、そして1人でひっそりと逝ってしまった。
 わざわざ友達にまで口止めをして。僕は葬式にさえ呼んでもらえなかった。
「『絶対に、ウイッグの姿も、腫れた顔も、死んじゃった顔も、竹流くんには見せたくないの』そう美緒に強く言われてたから。……ごめんね」
 美緒の親友の有希菜にそう言われても、僕には何のことか全く意味が分からなかった。
「ところで……」
「ああ、美緒の手紙でしたね。実は手紙というより書なんです」
 その言葉で思い出した。そう言えば、彼女は書の師範代の腕を持っていた。「子供が生まれたら、私が命名の名前を書くのが夢なの。孫まで書きたいと思っているのよ」そう言って嬉しそうに笑っていた彼女の顔を思い出した。
「ワシは美緒が逝ってしまってから書を始めたんです。しかし美緒にはいつまでたっても勝てそうにないですよ。ああ、すいません。私はついしゃべり過ぎてしまうんみたいなんです。書でした。そう、そこです。そこの床の間にある掛け軸。それが美緒があなたに残した書です」
 僕はそう言われ、吉井さんの指さす方を見た。
 そこには、鶯色の掛け軸が、朱色の壁に浮かんでいるように掛けてあった。


岩清水竹の葉流るる清き風
南風戻ることなく青空へ
夏の海誓った言葉胸に秘め
落し文身を投げ出してあなたの元へ



 そこには、弱々しい細い字で、そう記されていた。
「病院で書かせてもらったんです」
 そう吉井さんは言った。
 涙は出なかった。たぶん僕の涙はもうとっくの前に枯れ果ててしまったんだと思った。
「本当はこれも差し上げたいのですが、申し訳ないですが譲れないんです」
 そう言って吉井さんは、正座になって僕に頭を下げた。
「いえいえ、大丈夫です。頭をあげてください。写真、写真だけ取らせてもらえればそれで大丈夫ですから」
 そう言って、吉井さんの肩を押した。
 顔をあげた吉井さんは目は真っ赤だった。
 その目を見ても、僕の目は乾いたままだった。

 掛け軸の写真を撮り終わって、「それでは僕はそろそろ……」と振り返った時、そこには吉井さんの姿はなかった。
「吉井さん?」
「さて、準備はいいのか?」
 仏壇の方から吉井さんの声が聞こえた。
 その声の方に目を向けると、そこには白い煙が人の形を成していた。お線香の香りがそこから漂ってきた。
 白い煙の塊が吉井さんの声でそう言ったのだろうか?
 全く意味が分からなかった。なのが起こっているのだろう? 僕の脳は機能しておらず、何の理解もできなかった。
「ああ、説明が必要か。先ほどの吉井はもうずっと前に死んでいたんだ。ワシは吉井の最後の願いを聞いてその命をもらったんだ」
 僕は夢を見ているんだろうか? それともいよいよ頭がおかしくなったんだろうか?
「吉井はなんと言ったと思う?」
「あ、えっと」
「ん? わからんかな?」
 その声はさっきの吉井さんの声と同じで優しかった。
「わかりません」
「そうだな。わからんわな。よし、そうだな。ヒントをやろう」
 その声はなんだか楽しそうだった
「ヒントはいりません。教えてください」
「まあまあ、落ち着け。それが願いでもいいのか?」
 なんだか馬鹿げている。
「いやです」
「ワシは願いをかなえる時、命をもらうんだ」
 ああ、悪魔の類か。とうとう僕の頭はくるってしまったな。
「わかりました、僕の命はいらないので、美緒を生き返らしてください」
「ほう、それが望みか?」
 いや、違う。僕の願いはそうじゃない。
「美緒に会わせてください! もう一度美緒に会いたい!」
 僕は煙の塊に向けてそう叫んでいた。僕の頭はきっとくるってしまったんだろう。でもそれでいいような気がした。美緒に会えれば、狂っていても、死んでも、なんでもいいように思えた。
「ほほう、いい答えだ」
「お願いします!」
 僕は煙に頭を下げた。
「しかし駄目なんだな、その願いは聞くわけにはいかんのだ」
「何故ですか! 条件の僕の命は差し出します! それでいいでしょう!」
 本当にばかげていた。人を馬鹿にしている。
「まあまあ、落ち着け、落ち着け。ちゃんと説明してやるよ。実はワシは吉井に頼まれてたんだ。『孫を幸せにしてやってくれ、孫とその愛したものを幸せにしてやってくれ』と、そしてワシはその願いを叶えることにしたんだ」
「え?」
「ただな。一人の命では、その願いには少しだけ足りんのだ」
「なにがお望みなんでしょう。僕の寿命とかでしょうか?」
「いや、その書だ。書というか、お前らの作った俳句をもらっていきたいんだ」
「え?」
「知らんのか? ワシらが俳句好きだということを?」
 そんなの知っているはずがなかった。
「まあいい。つまりワシはその俳句を気に入った。だから吉井じいさんの命と、お前らの2人の俳句で手を打とうと言っているんだ」
「俳句ぐらい、別にいいですけど、手を打つって?」
「願い事はさっき説明しただろ。吉井が命を懸けた願いだ。ちゃんと受け取るんだ。じゃあ約束は守ったからな。ではさらばじゃ」
 煙の塊は吉井さんの声でそう言うと、白く光だした。その光はだんだんと強くなっていき、僕は目を開けていることができなくなった。
 光が収まり目を開けたときには、僕は一人でその部屋にいた。
 床の間を見ると彼女の書いた『書』が無くなっていた。
 もしかして本当に?
 煙の塊をさがして仏壇の方を見たけど、そこにはもう煙の塊を見ることはできなかった。さっきつけたお線香も、もう燃え尽きていた。そして僕は気が付いた。
「美緒の遺影が消えている……」
 誰かが階段を下りる音が聞こえていた。
 僕にはそれが誰なのかもうわかっていた。
 僕は目頭が熱くなるのを感じていた。

《了》







【楽しんでいただいた方にPJ小説の宣伝】

久々に40000字の中編クラスの小説を書いたので宣伝します。
夏の少年少女のちょっぴりファンタジーな物語です(※ホラーではありません)。
創作大賞2023に出品しました。
お時間が許す人は、読んで感想をお願いします~

 僕の名前は、高畠のぶお
 彼女の名前は、安藤スナー
 二〇一二年。小学六年生の夏に僕と彼女が体験した、とても不思議な『命』と『遠い約束』と『別れ』の物語。

小説『世界の約束』より


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