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みゆさん【旬杯リレー小説】B承→転(PJ)

起ストーリー【B】/PJ 約100文字

風が吹き抜け、太陽が肌にじりじりと照り付ける。
今年は猛暑になるらしい。
海に行きたいと思った。
輝く海と、その水平線に浮かぶ白く大きな入道雲。
夏がやってくる。
生涯忘れることのない夏が。


転ストーリー【B】/PJ 約3000文字

 
 君はあの【8月1日】を覚えているのだろうか?
 いや、もう十年も前のことだ、覚えている方がおかしいのだろう。
 あの頃、君はきっと気付いていなかったはずだ。僕が君をずっと好きだったってことを。
 夏のあの日、夏期講習の後。僕は心底ドキドキしながら君について行った。
 二人だけで行ったあの海で、君は僕に水着を見たいんじゃないのかって聞いた。
「もちろん」と言いかけて慌てて否定した。タイミングが随分とずれて、不自然に聞こえたかもと知れない、と思った。
 そんなちっぽけなことで頭がいっぱいになった僕は、海に着いても何を話したらいいかわからなくて、会話のネタがないか必死に探した。目についた海の家、そこにはかき氷があった。君はいちご練乳が好きだったはず。本当は二人分買うお金はあったけど、二人で一緒に食べたくて、僕は一つだけ買って君の元に戻った。
 かき氷を食べるとき、君の顔がすぐ近くにあった。海風に揺れるその髪からはとてもいい匂いがした。
 海は太陽の日差しを受けてきらきら光っていた。海水浴を楽しむ人達のずーっと向こうにはヨットがたくさん浮かんでいて、そんな景色を見ていると、君のことばかりだった頭の中がふんわり緩んでくるようだった。
「あたし達、これからどうなるのかな」
 君は遠い水平線を見ながら、将来が不安だと言った。僕も、もちろん不安だらけだった。それでも僕は君の前だったから強がって見せた。
「怖いのは誰でも一緒なんじゃないの? 俺もみんなと離れたくはないけど、縁があるやつとはずっと繋がっていられるさ」
 僕のその恰好をつけたセリフ。それは君の耳にどんなふうに聞こえ、僕は君の目にどんなふうに映っていたんだろう。

 君は覚えているだろうか?
 あの日、家路につく前に、テトラポットの隙間に二人で隠したあの石のことを。
 君が見つけた、きれいな平の石に二人でマジックペンで名前を書いたことを。
 あれから10年の月日がたった。
 あの石はまだそこに残っているのだろうか?
 あの文字は消えていないだろうか?
 そして、再び僕は君に会うことができるのだろうか?

 25歳になった今でも、僕には恐いものはたくさんあった。
 仕事の人間関係に不安はあったし、先月の健康診断は要再検査の項目もあった。親父の髪はおじいちゃんと同じように見事に禿げ上がり、久しぶりに会った旧友にはマルチビジネスを勧められた。銀行は将来無くなる仕事と言われているし、まだまだ元気とはいっても、長男として両親の先のことも考えなければいけないだろう。
 そして呪縛のように想い続けた今日のこと。
 今日、あの海に行くこと。
 あれから10年。ずっと連絡のないままの君に会うことができるのか。
 普通に考えて、ずっと連絡していなかった君に会えるわけがない。そんなことは当たり前だしわかり切ったことだ。でも、それでもどこかで期待している自分がいた。
 『いや、君は約束を守る人だった。きっと大丈夫だ』
 そう、自分に言い聞かせた。
 そんな想いを抱えながら、夏の日が昇る前、午前3時から車を走らせ、僕はあの懐かしい街、あの懐かしい海に向かった。
 途中休憩を取って4時間。僕はあれからちょうど10年たった海に到着した。
 朝7時過ぎ。今日の天気予報は晴天。予想最高気温は35度。真夏の暑い一日が始まろうとしていた。
 あの当時の僕は、再会の時間を決めておかなかった。10年前の自分を恨めしく思いながら、かき氷を食べたあの場所が見えるところに車を止め、冷房をガンガンにかけ待機した。
 僕はまるで犯人を待ち構える刑事ごとく、その姿を見落とさないよう辛抱強く君を待った。

 時計が12時をまわる。僕は持ってきたサンドイッチとおにぎりを食べながら。スマホを触った。
 連絡帳の君の名前が記された番号は、何度もかけてもつながらなかった。中学を卒業してから、初めて君の番号に電話をかけたのは大学の進学が決まったときだった。
 目指していた東京の大学も決まり、今なら自信をもって君と話せると思った。でも、その電話はつながらなかった。機械音のアナウンスは「現在繋がりません」と優しいような冷たいような口調で僕にそれを告げた。電話番号が変わったなら教えてくれてもいいように思ったけど、連絡をくれなかったということは、君は僕を拒絶していることを意味しているように思えた。そして僕は君の所在を確認するだけの勇気を持ち合わせていなかった。
 失意の中たどり着いた東京。大学では恋もしたし彼女もできた。でもいつも君のことが、のどに刺さった小骨のようにひっかかっていた。彼女たちはそんな僕に気づいていたのかだろうか、僕の恋はどれも長く続くことはなかった。
 そんなふうに君を自分の中に抱えたまま、10年の月日が流れた。
 とにかく待とう。そしてキミが来なければ、この恋はすっきりあきらめよう。
 そんな決意を持って、僕は今日この場所で君を待っていた。

 ネットフリックスでドラマを見ていたら、いつの間にか、夕暮れになり、時計は19時を過ぎていた。
 結局君は来なかった。そのことを僕は認めた。認めるしかなかった。
 僕は10年間独り相撲をしていただけだった。
 この恋はもうずっと前に終わっていたんだと僕はやっと気が付いた。
 僕はクーラーボックスからブラックの缶コーヒーを取り出して、一気に飲み干した。頭をぐるりと回し肩をもんでから、車を降りて背伸びをした。
 海からの風が気持ちよく駆け抜ける。
 なんだか妙にすっきりとした気分だった。
 ずっと、引っかかっていた小骨がやっととれたみたいだ。
 今日はビールでも飲もう。久しぶりに、あの店に行ってみよう。
 僕は思い出のこの海を去るべく、車に込みドアを閉めた。
 その時、一つのことを思いついた。
『あの石を海に投げてしまおう。そして、この恋を完全に終わらせよう』
 それはなんだか、とてもいいアイデアのように思えた。
 僕は堤防に昇り、あの石を置いたテトラポットを探した。
 テトラポットはすぐに見つかった。
 記憶をたどり隠し場所に手を伸ばすと、指先に触れるものがあった。
 それを落とさないようにしっかりと握って引っ張り出す。それは記憶よりもずっと軽かった。
 取り出した石には、二人の名前がまるで太古に書かれた古代文字のように、そこになじんで残っていた。
 その瞬間。あの時のキモチ、あの日の夕焼け、君と話した言葉。それらが波のように押し寄せ、僕をさらって行った。
 頬を伝うぬるいものを感じた。口に塩味が滲んだ。
 大きく息を吸い、ゆっくり吐き出す。それを3回繰り返すと、気持は少し落ち着いた。
 『堤防の上から思いっきり遠くまで投げよう』そう決めて、もう一度石を見つめてみた。
 少し名残惜しさはあった。二人だけの秘密基地に収められた、秘密の約束。
 僕は石を撫で、もう一度ゆっくりと眺めたみた。
 君のキレイな文字の横に、へたくそなボクの字が並んでいた。
 そして、何気なく石をひっくり返したその時、僕はそこにくぎ付けになった。
 頭の中が真っ白になるとはこのことなんだろう。
 二人の思い出の石、その裏側に『しんちゃん、ごめんね』という文字があった。それは間違いなく君の文字だった。
 頭は混乱し、僕は体を動かすことができなかった。
 気が付くと、夕日はいつの間にか落ち、あたりは暗くなっていた。
 茫然と立ち尽くす僕の周りには、堤防に打ち付ける波の音だけが響いていた。

PJ所感
 すいません、3000文字と、予定よりずいぶん長くなってしまいました。
ZONEの【Secret Base】に合わせて、夏の終わりにしようか、それとも承の物語の夏期講習4日目に合わせようか迷いましたが、【思い出のあの日】はとりあえず8月中のできるだけ早い時期に設定しました。
『10年後の8月、また会えるの信じて』
 さて、この物語は無事にハッピーエンドを迎えられるのでしょうか?
 投げっぱなしで申し訳ありませんが、みゆさん、そして皆様。どうぞよろしくお願いします。
 あ、あと。投稿してから、いろいろ気が付いてしまうことが多いので、ぼちぼち直していきますね。
気が付いた違和感があれば教えてください。


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