フラれた君と深夜の甘味

隼人の元に、友人である深白から突然メールが届いた。何でも、彼氏に振られたらしい。
「だからって俺の所に来るか? 普通」
 隼人が呆れ顔でやかんを火にかけると、深白は鼻を啜って口をへの字にする。
「だって夜中起きてそうなの、アンタだけだったもん」
 時刻は深夜3時近く。人にもよるが普通は眠っているし、そうでなくとも連絡を控える時間だ。
それでも、一人では悶々としてしまうから押しかけてきたのだそう。
インスタントのカフェオレが入ったマグカップを二つ、テーブルに置く。深白はマグカップの側面に触れて、熱さで手を引っ込めた。
「俺を何だと思ってんだよお前は……」
 ため息をつきながら隼人が冷蔵庫を開ける。一人暮らしの中でも料理をする方である彼は、「それ」を作るのに必要な材料が一通りあるのを確認すると、即座に行動を始めた。
 台所から聞こえる卵を溶く軽快な音に、カフェオレを飲むのを諦め、隼人の枕を奪って顔を埋めていた深白が視線を上げる。
「何作ってるの?」
彼女の問いに、ん? と応えた隼人は、良いモノ。としか口にしなかった。
じゅわあぁぁ……と、熱いフライパンに水分が触れて蒸発する音がして程なく。甘い香りがワンルームに広がった。
涙と共に止めどなく溢れる鼻水で反応が悪くなっていた深白も、鼻をかんだ直後に鼻腔内に広がるその香りに気が付いた。
その正体を彼女が問う前に隼人は、彼女が知りたかった「それ」を手にリビングへ来た。
「ほら、食え」
隼人がテーブルに置いた皿には、溶けたバターで艶々と輝くフレンチトーストがあった。
 程よい焦げ目が付いたそれが立てる湯気は、出来たての熱々であることを示している。
 深白は、頂きます、と手を合わせ、フレンチトーストをしげしげと眺める。
 耳付きの食パンは厚切りで、バニラエッセンスで甘い香りが付けられた卵液がよく浸みている。
 ナイフで右端を切り出し、口に運ぶ。三温糖の優しい甘さが腔内を駆け回り、ふわふわと柔らかいトーストと、食感が残る耳とが口の中で踊る。それを引き締めるのがバターのほのかな塩味だ。
 深白は、思わず頬を押さえる。あんなに陰っていた顔も、この一瞬でほころんでしまった。
 そこに、ぬるくなったカフェオレを流し込む。甘さはさほど感じないが、クリーミーな舌触りが喉へと流れていく。組み合わせとしては最高かも知れない。
その様子を観察していた隼人がフッと笑って瓶を取り出すと、そのラベルと中身を見た深白は目を見開いた。
「蜂蜜……!?アンタまさか……!」
 隼人は不敵な笑みを浮かべると、そのまさかだぜ、とスプーンを取り出して蜂蜜の瓶に突っ込んだ。
 それを取り出すと、とろりとした薄い琥珀色が黄色いトーストに垂れ、伝った痕跡を大いに残して白い皿に流れていく。その表面には、これまでの道筋で出会ったバターの残滓であるきらめきも見える。
 差し出されたスプーンを舐めると、強い甘味が口いっぱいに広がる。だが、クセは無く食べやすい。
「俺、蜂蜜には煩いからさ。美味いのを買ってんだ」
 ほら、食え。と促されるまま、深白はトーストを頬張る。
 蜂蜜によって先程より甘味は強いが、邪魔をしていない。何ならバターの塩味が引き立っている。
 進む食欲にかまけて黙々と食べ進めていると、まぁ、何だ。と隼人は頬杖をついたまま、深白を見ずに口を開く。
「そのうち良い男が見付かるさ。お前も悪い女じゃねぇし、さ」
 深白はポカンとしていたが、フフッ、と笑うと、泣きはらした目と赤い鼻の顔にいっぱいの笑みを浮かべ、見つけてやるんだから!と高らかに宣言した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?