本選コンチェルト選択と「2番」の響き(コラム)~2021ショパンコンクール
今日から始まる本選。ショパンの2つのピアノ協奏曲のうちの1つを選択してオーケストラと演奏するラウンドは、すでにお伝えしているとおり、以下の選択内訳となりました。
◆1番(9名、出演順)
Kamil Pacholec、Hao Rao、反田恭平、Leonora Armellini、J J Jun Li Bui、Eva Gevorgyan、小林愛実、Jakub Kuszlik、Bruce(Xiaoyu) Liu
◆2番(3名)
Alexander Gadjiev、Martin Garcia Garcia、Hyuk Lee
ショパンコンクールを熱心にご覧になるのが初めての方は、「1番を選ぶ人が多いなぁ、偏ったなぁ」と思われるかもしれませんが、実は、ショパンコンクールでは、圧倒的に、1番を選ぶ人が多く、また「1番を選んだ人が優勝する」というジンクスのようなものすらあるのです(あくまでもジンクスというか、過去がそうだったというだけですが)。今回は、そんなお話。
まずは、前回・前々回の内訳を見てみましょう。
2015年大会: 10名のうち2番の選択は1名
2010年大会: 10名のうち2番の選択は2名
この割合を見ていただければ、今回2021年も「毎回と同様」の少なさであり、むしろ「12人のうち3人が選んだのは、毎回からすると、意外と多い」とすら言ってよいと分かるでしょう。
まずは曲の紹介・予習から。前回の第1位と第2位で、第1番と第2番を聴いてみます。
ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op.11(チョ・ソンジン)
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 Op.21(シャルル・リシャール=アムラン)
どちらも、改めて本当に素晴らしい作品ですね!
「なぜ1番が多いのか」については、筆者などが説明するより、ピアニスト・文筆家でショパンコンクールの視察もなさっている、青柳いづみこ先生が、詳細に、かつ明快にまとめてくださっていますので、興味深い記事をご紹介します。
もちろん文章中、青柳先生のお考えの部分もありますが、事実としてご記憶いただきたいポイントは、
・第1番と第2番では、実は「第2番」が先に作曲されている
・第1番のほうが少し長く(事実)、内容も充実している(といわれる)
※第1番は40分強に対し、第2番は32分前後
・第2番で優勝したのは、第3回のヤコブ・ザークと第10回のダン・タイ・ソンのみ
という3点です。
ヤコブ・ザークはロシアのピアニストで、リヒテルやギレリスを教えたロシアの伝説的な名教師ゲンリヒ・ネイガウスが、この2人と並んで「私の最も優れた4人の弟子」(あと1人はヴェデルニコフ)の一人に挙げた名手です。演奏活動の傍ら指導も活発に行い、後年にはヴァレリー・アファナシエフ、エリソ・ヴィルサラーゼ、ニコライ・ペトロフ、ユーリ・エゴロフら、ピアノファンにはたまらない名手たちを育成しています。
ダン・タイ・ソンは、今回の審査員にも入っており、近年は演奏家としてだけでなく指導者としても高い実績を出し続けていることは、当連載でも何度も触れてきたとおりです。そのダン・タイ・ソンがショパンコンクールで第2番を演奏しています。貴重な録音が、ショパン研究所のYouTubeにあがっています。
前述の青柳先生のコラムにもあるとおり、1番ほど多くはないものの、第2番を選択するピアニストは毎回現れますが、優勝することはなかなかありませんでした。コンテスタントたちももちろんそのことを知っているでしょう(誰が弾いたかまでは知らなくても、「第2番を弾いて上位に入賞するのは稀なこと」とは知っています)。
今回、第2番を選んだのは、アレクサンダー・ガジェヴ、マルティン・ガルシア・ガルシア、そしてイ・ヒョクの3人。いずれも、すでに国際舞台で活躍し大きな国際コンクールでも優勝している名手たちです。つまり、この3人は「分かっていて2番を選んだ」可能性が極めて高いのです(本人に聞いてませんので分かりませんが・・笑)。この3人には、「第2番を弾いて描きたい世界」が明確にあるのだと思われます。
第2番のことを調べていて、2018年にショパン研究所がはじめて行った「第1回ピリオド楽器のためのショパン国際ピアノコンクール」に行き当たりました。日本の川口成彦さんが第2位に入賞したことでも話題になった、新しい試みでした。
◆ピリオド楽器のためのショパンコンクール要項(ポーランド語)
このコンクールでは、ショパンの時代に使われていたような楽器を用いて、ショパンコンクールと同じような課題を演奏し(完全に同じ課題ではなく、ピリオド楽器で弾くことが特にふさわしいものが厳選されていますが)、「新しい響き」が追求されました。
2018年、出場者の募集を前に行われた開催概要の説明記者会見のレポートをピティナでも取り上げています。
さてその「ピリオド楽器」コンクール、やはり本選では6人のファイナリストがコンチェルトの1番か2番を選択するのですが、6人のうち5人が「第2番」を選択しているのです。
優勝したトマシュ・リッテルの第2番
第2位に入賞した川口成彦さんの第2番
これはとても興味深い事実でしょう。
また、国立ショパン研究所が行う音楽祭やCDレーベルなどでも、しばしばピリオド楽器での演奏が取り上げられますが、「新しい響き」の浸透について、ここにも見て取ることができます。
◆審査員ネルソン・ゲルネルのピリオド楽器による演奏(2021年8月)
◆ピリオド楽器によるショパン演奏シリーズ(CD)
ダン・タイ・ソンが、早くも2010年に古楽の巨匠フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラとピリオド楽器で協奏曲を録音しています。たいへん美しい響きの演奏です。
このシリーズの中では、今回の審査員のダン・タイ・ソン、海老彰子、ネルソン・ゲルネル、クシシュトフ・ヤブウォンスキ、ヤーヌシュ・オレイニチャク、ヴォイチェフ・シュヴィタワ、ディーナ・ヨッフェ、7人もの先生方がピリオド楽器を用いてショパンを録音しています。つまり、審査員の先生方の中でも、すでにこうした楽器や演奏方法による「古くて新しい響き」が耳の中にインプットされてきているのです。
こうしたプロセスを経た、2021年現在のショパンコンクール。そのファイナルで3人によって演奏される「ピアノ協奏曲第2番」には、時代を切り拓く清新な響きがおおいに期待できるのではないでしょうか。
ピアノ協奏曲第2番の響きに、じっくりと耳を傾けてみてください。