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3次予選の課題曲(予習編)

日本時間の10/13(水)早朝、3次予選へ進出する23名が発表されました。「悲喜こもごも」などという言葉では済ませられない重みを感じます。とにかく熱演を聞かせてくれたすべてのコンテスタントの未来が明るいものでありますように、そしてそこに素晴らしい聴衆との出会いがありますようにと願わずにはいられません。

さて、現地では10/13(水)は2次と3次の中休みです。

3次予選は10/14~16の3日間。10/14(木)日本時間17時(現地10時)から始まり、これまでと同じく「昼の部」10時(日本時間17時)開始のセッションと、「夜の部」17時(日本時間0時)開始のセッションがあります。スケジュールは発表され次第、当連載でもご紹介します。

さっそく、3次予選の課題曲を見ていきましょう。課題の全貌は、以前に公開した以下をご参照ください。ここでは3次予選に特化してご紹介します。

◆第3次予選

45~55分のショパンの作品。以下の(1)(2)を必ず含むこと。制限時間の範囲で、それ以外のショパンの作品を追加してもよい
演奏曲順は自由だが、マズルカ集及び24の前奏曲集は、それぞれ連続して演奏すること。演奏時間を超過した場合、審査員は途中で演奏を中断させることがある。

(1)「ソナタ」または「24の前奏曲」 以下の作品より1つを選択
ピアノソナタ第2番 変ロ短調 Op.35 「葬送」
ピアノソナタ第3番 ロ短調 Op.58
24の前奏曲 Op.28
※第2番のソナタ第1楽章の繰り返しは任意。第3番のソナタ第1楽章提示部の繰り返しはしないこと。

(2)マズルカ 以下の作品番号のマズルカ集を1セット選び全曲を演奏するOp.17,24,30,33,41,50,56,59

※ただしOp.33とOp.41は以下の曲順で演奏すること
Op.33 第1番 嬰ト短調/第2番 ハ長調/第3番 ニ長調/第4番 ロ短調
Op.41 第1番 ホ短調/第2番 ロ長調/第3番 変イ長調/第4番 嬰ハ短調


さて、まずポイントを整理しましょう

ア)演奏時間が、2次:30~40分 から 3次:45~55分へパワーアップ。
イ)「メインディッシュ」が必要=ソナタ or 「24の前奏曲」
ウ)ショパンの魂「マズルカ集」
エ)「メインディッシュ」の選択によって変化する「自由曲枠

これらのポイントを、順に見ていくことにします。

ア)演奏時間が45~55分に

「本選」(ファイナル)はオーケストラとのコンチェルトですから、「3次予選」が、ソロの演奏としては最終ラウンドとなります。「セミファイナル」ということもできますね。

プロの演奏家として活躍できる能力とレパートリーとステージ構成力をすべて持っているかを確認するため、2次予選よりもさらに長い「45~55分」が指定され、それだけの時間を弾き切り、そして聴衆を飽きさせずに楽しませることができるかが問われます。

イ)「メインディッシュ」をソナタにするか前奏曲集にするか

ショパンのソロ作品で「大曲」と呼べるものは、実はあまり多くありません。10分台くらいまでのものでしたら、バラードやスケルツォ、幻想曲、幻想ポロネーズなど名曲のオンパレードであったことは2次予選までに見てきたとおりです。一方、「20分以上の作品」となると、とたんに選択肢が少なくなります。その意味で、ショパンは基本的に「小品」の人だったといってよいでしょう。

ただ、プロの演奏家、特にショパンコンクールの優勝・入賞者ともなれば、30~40分に及ぶような作品を説得力を持って提示できることが必須条件になります。このラウンドでは、ショパンのもっとも大きな規模の作品、ソナタと前奏曲集を用いて、そのあたりを確認していきます。

まず、ソナタ第2番・第3番、そして24の前奏曲の演奏時間をおさらいしておきます。上記の要項規定にあるとおり、ソナタ第2番は第1楽章繰り返しが任意となっており、繰り返した場合(最近の通例として、特にエキエル版=ナショナル・エディションの登場後は、繰り返しをすることも増えています)には時間に違いが出ますので、あくまでも参考、目安の演奏時間という程度です。

ソナタ第2番 Op.35 : 約21~24分
ソナタ第3番 Op.58 : 約25~28分
24の前奏曲 Op.28 : 約37~40分

まずは、このことをおさえておいてください。後述の(エ)のところでこの違いがプログラミングに影響してきます。

曲を聴いてみましょう。

ピアノソナタ第2番「葬送」 Op.35(ユリアンナ・アヴデーエワ、2010年)

ピアノソナタ第3番 Op.58(シャルル・リシャール・アムラン、2015年)

24の前奏曲集 Op.28 (チョ・ソンジン、2017年演奏)


ウ)マズルカ集

マズルカ集は、それぞれ3~4曲の小品から成っていて、今回は、Op.17からOp.59まで、ショパンの各時期での8つのセットのうちの1つを選ぶことがが指定されました。ちなみに、規定のところで「Op.33」と「Op.41」の注意書きがあるのは、楽譜の版によって曲順が入れ替わっていることがあるためで、ショパンコンクールではこの順番に演奏してくださいという指示となります。

マズルカは、ショパンの日記のようなものだとよく言われます。感情の起伏を大きく取るわけでもなく、また、同じ3拍子系の舞曲でもワルツのような明るさや華やかさとも少し異なり、まさに日々の心象風景を綴ったような、もっともショパンらしいジャンルといえるかもしれません。

ショパンコンクールでは、予備予選でもマズルカを課しているように、このジャンルを非常に重視しています。また、少し余談的になってしまいますが、3次予選の「マズルカ」課題には、「最優秀マズルカ演奏賞」という特別賞が設けられています。これだけで5,000ユーロですから、価値あるものです。マズルカというジャンルがどれだけ大切にされているかが分かるでしょう。

直近3大会の「マズルカ賞」受賞者の演奏を聴いてみましょう。

Op.56-1(2010年マズルカ賞 ダニエル・トリフォノフ)

Op.56-2(2015年マズルカ賞 ケイト・リウ)

Op.56-3(2005年マズルカ賞 ラファウ・ブレハッチ、音声のみ)

ちなみに、これ以前の3回(1990年、1995年、2000年)では、マズルカ賞は「該当者なし」とされました。「特筆すべきレベルで演奏したピアニスト」が出てこない限り、必ずしも授与されるとは限らない賞なのです。

上の演奏を見て、お気づきの方もいらっしゃるでしょう。過去3回のマズルカ賞受賞者は、いずれも「3つのマズルカ Op.56」を選択していました。マズルカ集は、作品番号ごとにそれぞれに異なる魅力のある曲集ですが、特にこのOp.56は、ショパンにこだわりのあるピアニストたちが選択している(かもしれない)と思って見てみると面白いかもしれません。(もちろんそれ以外を選択している奏者にこだわりがないわけではありません・・)

今回の審査委員長、ポポヴァ=ズィドロン先生は、かつて前回のショパンコンクールのインタビューの際に、このOp.56のことを、Op.61の幻想ポロネーズと対比して「幻想マズルカ」と呼びました。これは、この曲集のキャラクターを端的に捉えた表現です。

ピアニストのショパン観がすべて顕わになる「マズルカ」課題は、3次予選の大きな注目ポイントのひとつです。


※ちなみに、曲のジャンルによる特別賞としては、マズルカ賞のほか、クリスティアン・ツィメルマンによる「ソナタ賞」ほか、ポロネーズ賞コンチェルト賞があります。特別賞の詳細は、公式サイトの以下にまとめられています。なお、ソナタのコーナーでご紹介したアヴデーエワ、リシャール・アムランの演奏も、それぞれの回で「ソナタ賞」を受賞したものです。

2005年のラファウ・ブレハッチは、ジャンルごとのこれらの特別賞をすべて受賞する「完全優勝」だったので、当時のポーランドの熱狂はすさまじいものでした。


エ)個性が問われる「自由曲」枠~メインディッシュとの兼ね合い

さて、前提条件を理解したところで、実際の選曲をイメージしてみます。話を分かりやすく単純化するために、仮に、45~55分の中間をとって、50分のプログラムを作ると仮定しましょう。

先述の通り、ソナタやマズルカ集の演奏時間は下記のようなものです。今、仮に、右の太字のような時間と仮定してプログラムを組みます。

【3次予選の指定課題と、計算上の仮の演奏時間】
ソナタ第2番 Op.35 : 約21~24分 ⇒ 22分
ソナタ第3番 Op.58 : 約25~28分 ⇒ 26分
24の前奏曲 Op.28 : 約37~40分 ⇒ 38分

マズルカ集 : 約10~12分  ⇒ 11分

お気づきですね。ソナタ2番・3番・前奏曲集という「メインディッシュ」の時間が22~38分と段階的にバラエティに富んでいるので、「メインディッシュに何を選ぶか」で、必然的に、残りの演奏時間に何ができそうかが決まってきてしまうのです。

「24の前奏曲」(38分)を選んだ場合、マズルカを加えると49分ですから、もうそれだけでも時間的には規定を満たして充分なくらいですし、最大限の時間(55分)を取って入れられるとしても、あと6分しか入りませんから、たとえばバラード・スケルツォ・幻想曲・舟歌といった1・2次予選でおなじみとなった作品群はかなり厳しく、即興曲やノクターン、子守歌などの性格小品ならば何とか入るかもしれないというところです。

ここで注意すべきなのは「24の前奏曲」というのは38分の作品ですが、その構成としては曲名のとおり非常に短い「前奏曲」を24個連続で弾いていくスタイルの小品集だということで、「24の前奏曲集」「マズルカ集」「何か小品」というプログラムは、ある意味で、「全部が小品」ということになり、逆説的に「24の前奏曲をいかに一つの構造物として大きく見せられるか」が問われてくることになります。それに成功すれば、構成感(スケール)とショパンらしい小品の味わいを両方聞かせられたことになりますし、失敗すれば、こまごまとしたイメージのみが残って「おなかいっぱいにならない」という可能性もありそうです。「24の前奏曲」を1つのまとまりとして聞かせられた場合には、他のどの作品にもないスケール感を描くことになりますから、それができれば大きなアドバンテージとなるでしょう。

逆に一番短い「ソナタ第2番」(22分)を選んだ場合、マズルカ集を加えても計33分。持ち時間の中ではまだまだ弾けますから、そこに色々な作品を加えて、さらに自分の強みを見せることができます。バラエティ豊かなプログラミングと、それらを多彩に描き分ける実際のピアニズムとでアピールしていくことになるでしょう。(もちろん、各曲の出来そのものが大切であることは言うまでもありません)

一方で、「24の前奏曲」をひとまとまりで聴かせたときのような「満腹感」は得られづらいともいえるかもしれません。プロのピアニストともなれば、他の作曲家の大作、例えばリストのピアノソナタ(30分)やシューベルトの最後のソナタ第21番(35分)を構成感をもって描くことも求められるわけで、審査員の先生方は、そういった「スケール感」の有無を目の当たりにすることなく、そのピアニストの評価をすることになります。

どのプログラムも、結局「どのように弾かれるか」とセットですから、選曲だけで何かが決まるわけではありません。けれど、選曲の瞬間から、自分が何を大切にし、どんなピアニストであるかを示すプロセスは、確実に始まっています。

長時間の3次予選、各奏者の工夫されたプログラミングにも注目です。


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