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旅の終わりに(1)~角野隼斗さんインタビュー

「ショパンコンクール」という熱狂から1か月。ピアニストたちは何を感じ、そしてどこへ向かおうとしているのか。長い長い旅を終えた物語の主人公たちに、じっくりとお話を伺います。
第1回は、角野隼斗さん(2018特級グランプリ)。ショパンコンクールに、新しい音楽の在り方、楽しみ方のポテンシャルをもたらし、見事に3次予選まで進出した彼に、2019年秋、コンクールの申込や応募映像準備から関わったピティナ育英・広報室長の加藤哲礼がインタビューしました。リラックスした雰囲気を伝える少しのインタビュー映像とともに、本文はテキストでお届けします。

■今日は貴重なお時間をありがとうございます。よろしくお願いします。とりあえず、1か月以上、ほぼ1か月半ほどに及びますか、ショパンコンクール、大変お疲れさまでした。

角野:ありがとうございます。

■どうでしたか、ショパンコンクールは。こんな乱暴な投げ方でいいか分からないですけど(笑)。

角野:「どうでしたか」って(笑)。ざっくり、ざっくりですね~。すごくいい経験だったことは確かです。何より本番で弾けたことは幸せでしたし、精神力も鍛えられたような気がしますね、この1か月で。

■これは色々なインタビューで尋ねられて、答え飽きてしまっているところかもしれませんが、改めて各ラウンドの演奏は自分なりにはいかがでした?

角野:自分なりに・・・。自分なりには、もちろん完璧ではないけれども、自分のやりたいことはできたんじゃないかと思っています。ラウンドを重ねるにつれて、だんだんと自分のやりたいことができるようになっていったんじゃないかと。

■それは、自然に適応していったのか、それとも、ある程度心持ちを意識的に変えていったのか、どんな感じでラウンドが進んでいきましたか?

角野:いや~、変えていったというよりは・・・。変えられるんだったら予備予選のときから変えたかったですけど(笑)。だから、ラウンドを経ることに自分の気の持ちようが徐々に良い方向に変わっていったというか、自分が楽しめる方向に変わっていったという感じだと思います。

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■予備予選も含めて、ステージが進むごとに、明らかに自分らしいステージになり、音楽との距離も聴いている人たちとの距離も近づいていって、2次も3次も素晴らしい演奏だったと思ったのですが、それは例えば「場慣れ」のような感じだったのか、あるいはどのような要素が変化していったとご自分ではお考えですか?

角野:2次予選はもともと、とても楽しみなステージで、ワルツ、ポロネーズ、マズルカ風ロンドもそうですが、自分の好きな曲で、かつリズム感が活かせるような曲が多かったので、それは単純に楽しみにしていました。だから、2次のときにすごくこう、何か楽しい感じになりましたね。1次も楽しいといえば楽しかったですけど。それに比べたら、3次は出る前にちょっと「なんで俺は幻想ポロネーズなんか弾くんだ」という気持ちにもなったりしてたんですけど、実は(笑)。

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2次は、楽しくというか、自分が今まで積み上げてきたものが一番活きる形で出てきそうでしたし、出したいなと思っていたラウンドでした。自分の特徴としては、即興演奏や編曲をするというのがあって、それがクラシックの楽譜どおりの演奏の世界にどのくらい活きるのかというひとつの実験という感覚があったんです。自分は「活きる」と思ってやっていたつもりですが、そこは挑戦でもあって、特に2次予選はその意味合いが一番大きかったかなと思います。3次のマズルカも含めて、特に舞曲系の曲では、練習するときにも、例えばマズルカ風の曲を自分でその場で作って弾いてみてリズムを感じてみたり、「あたかも自分でしゃべっているかのように弾く」にはどうすればいいかということを色々と考えていて、その点で一定の成果はあったんじゃないかと思います、自分のなかで。落としどころが少し見えたというか。半年前は全然分からなかったんですけど。

■アプローチとして、とても興味深いですね。即興や編曲がクラシックに活きると信じて挑戦してみて、実際に、今回のショパンコンクールの経験で、「やっぱり活きるな」という感触は得られました?

角野:得られたと思います。ファイナルに残っている方々も見ても、彼らが即興演奏をするのかは分かりませんが、ホントにこう、「音楽ってこんなに楽しくていいんだ」と思えるような、心の底からあふれてくるような演奏が色々と聞かれましたから、その点でも、やっぱりこれでいいんだっていうのを知ることができました。ショパン自身も、作曲するときやサロンで演奏するときには即興演奏のようなものがインスピレーションの源としてまずあって、そこから精巧に緻密に創り上げていくんですが、最初のインスピレーションは自由であったはずです。その意味でも自分が3次予選まで弾けたのは良い経験だったかなと思います。

■そこに何らかの意味や投げかけができたのではないかと思えるというのは、素晴らしいですね。

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■コンクールが終わった後は、ヨーロッパを回って色々な人に会っていたとのことですが、具体的にどのようなことをなさっていたんですか?

角野:とりあえず、落ち込んでいる僕を気遣ってくれたルイサダ先生に「ワルシャワにいないで早くパリに来なさい!」と言っていただき、本選を1日だけ聞いて、その後すぐにパリに行ったんです。先生にお礼をして、ご飯に連れて行っていただきました。

その後で、「さあ、何をしようかな」と考え、思い付きで、ヨーロッパで会いたかった人にインスタなどで連絡を入れてみました。その一人がフランチェスコ・トリスターノさん、もう一人がハニャ・ラニさんです。

まずトリスターノさんから返信が来て、バルセロナに行き、初めて彼の家に呼んでいただいたのですが、そこでの時間がすごく楽しくて。彼の部屋にあるピアノで「なんかせっかくだからショートビデオ撮ろうよ」と言って彼が小さい時に作った自作曲などを弾き、それが盛り上がって、意気投合しました。一緒に食事をし、お互いのバックグラウンドや音楽の話をして、「今度日本に行くから、また会おうよ」という話をしてきました。ショパンコンクールが終わって「次は何をしようかな」と考える時期だなと思っていたところだったので、そのために指標になりそうな人に会ってみたかったんですが、トリスターノさんがやっていることを僕は好きだし尊敬していましたから、会えて良かったですね。

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そのあと、昔からの友達が働いていることもあってロンドンに行ったら、知り合いのカメラマンがキーヨン・ハヨルドという有名なジャズ・トランぺッターを紹介してくれて、ライブに行って楽屋で挨拶してみたり、その後、パリに帰ってきて、ツアーでたまたま来ていたハニャ・ラニさんというポーランド出身のピアニストと、コンサートの日の朝にお会いして、公園でクロワッサン食べながら色々な話をしてみたり。そうしたらハニャ・ラニさんが「今夜、ちょっとサプライズに乗らない?」って言われて、「じゃ、ぜひ」ということでライブに出させていただいて、バカンスみたいな時間だったかもしれません。

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■確かにバカンスのようでもあるけれど、ショパンコンクールが終わったらどんなことをやろうかなという考えも、頭のどこかにあったのですね?

角野:そうです。まさにその方向性を探すために、とりあえず自分が興味あるミュージシャンに色々会ってみることだなと思って。

■コンクールの結果が出て、どこかのタイミングでひと区切りしたら、その後にちょっとどこかに行こうかなというのは前々から考えていたのですか?あるいは、その場の勢いで行ったのでしょうか?

角野:予定なんて全然。その場のノリでしかないですよ(笑)。明日はバルセロナかな、飛行機取ろうかな、みたいな感じです。

■実際に行って、彼らと会ってきて、得られたこと、新たに考えたことはありますか?

角野:ひとつは、クラシックをやりながらジャズや他のジャンルが弾けるという自分が、日本だけではなく、世界的に見ても、わりとレアな存在なんだっていうのが、自信になったかな。ハニャ・ラニさんも、もともと2年前くらいからインスタなどで知ってフォローしていたのですが、ショパンコンクール中に彼女のほうがメンションして興味を持ってくださったということがありました。自分はずっとクラシックをベースにしながらも、そのうえで何ができるかを考えてきたので、改めて、その方向をもっと極めていきたいなって。今は、ジャズを勉強したいし、作曲の勉強もしなきゃなって思いますし、あと、例えばここにシンセサイザーが、今は置いてあるだけみたいな感じですけど、もう少しこれを活かせるようになりたいなとも思っていますし。とにかく色々とインプットしています。新しい音楽を聞いて、本や映画を見て。それで、そろそろアウトプットしなきゃな~と思いながらもう1週間が経ってしまったんですけど…。何にもしてない(笑)。まあ、そんな感じですね。

ヨーロッパ風景

■コンクールの前にインタビューした際には、「ショパン」というテーマを題材にしながら「個性ってなんだろう」とか「音楽と自分との関係」とか、そんなことを考えてるということを何度か聞かせていただきました。コンクールが終わり、その後に別の刺激も受けて帰ってきて、今、どのようなことを考えていますか? あるいはこれからの在り方について、常に音楽に触れて音楽で何かを伝えようとしているという意味では「音楽家」「ミュージシャン」ではあるとは思うのですが、「ピアニスト」「アーティスト」・・・どんな在り方がしっくり来ます?あるいはそのような形をひとつに決めない存在でありたいとか、とにかくどんな感じでしょう?

角野:いや~、分かんないっす(笑)。一番憧れるのは「音楽家」ですけど・・・。5年後、10年後、自分が何をしているのかは分からないけれど、自分はずっとピアノをやってきましたから、もし、たとえば作曲をしているとしても、ピアノとは遠くないところにいる気はしています。それが自分の強みの一つでもありますし、コンサートやライブをやるたびに思うんですけど、やっぱりピアノを演奏している時はすごく楽しいから、ピアノは弾いているんでしょうね。そのうえで、こう、なんだろうな、「何かを作れる人間」でありたいという憧れはありますね。

■「何」を作りましょう?

角野:それを、すごく考えているんですよ!ただ、「何を作るか」というのも、積み重ねでしかないんですけど。最初に「こういうものを作る」とかって言っても、うまく行かないですから・・・。ただ言えるのは、僕は、圧倒的にアウトプットで前に進んでいける人間なんですよね。インプットではなくて。だから、色々なことをやりたくなるんだろうし、YouTubeも合っているんです。細かいアウトプットができて、それに対してすぐフィードバックをもらうことができるから。それで、次に何をやりたいっていうのが見えてくるというか。外からの刺激に反応するのが、自分は得意なのかもしれません。だから、誰かとのコラボも好きですし、もっとしてみたいと思っています。

■次にどんなものが出てくるか、ますます楽しみになりました。

角野:いや~ちょっと。まだ分かんないっす(笑)。

■いずれにせよ、外からの刺激を受けて何かをする。その外からの刺激がどんなものなのかはまだ分からないけど、「自分」だけで作るわけではなく、刺激に影響されながら前に進んでいく。どこに行くかはまだ分からないけれど、そのぶんワクワク感もあるという。

角野:(うなずく)

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■10月の経験を経て、今後がとても楽しみですね。今回のショパンコンクールでも、各ラウンドを聞かせていただいて、とても楽しかったです。

角野:ありがとうございます。

■表現者としての角野さん自身がどんどんオープンになっていくのも目の当たりにしましたし、作品へのアプローチや距離感のユニークさも、他の出場者の方々と対比されることでいっそう鮮明に見えてきました。もちろんコンクールですから、次に進む人と進まない人があって、結果というのは出ますが、それとは別に、その個性のユニークさというか、角野さんにとっては自然に当たり前にやっていることかもしれませんが、次の世代のクラシックの演奏家にとってはとても参考になる音楽へのアプローチがあって、音楽というアートのポテンシャルを感じられ、とても楽しく聞かせていただきました。

角野:あ~いや、そう言ってくださるとすごく嬉しいです。僕は別に「これが良い」と主張したいわけではなくて、ただ、それを良いなと思っていただけたなら、すごく嬉しいです。

■クラシックのピアニストとしても、これからまだまだ磨きたい部分もありますよね?

角野:はい。結局クラシックが好きなので。まだまだ学んでいきたいなというのはあります。

■クラシックをますます磨きながら、他のジャンルとの融合で新しいポテンシャルをどんどん生み出していくのを楽しみにしています。

角野:ありがとうございます。

■今日は貴重なお話ありがとうございました。

角野:ありがとうございました。

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コンクール写真:©Wojciech Grzedzinski/ Darek Golik (NIFC)
その他写真提供:角野隼斗さん/角野さん公式Twitter


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11/19(金)20:00 note×ピティナ特別トークイベント アーカイブ公開中


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