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旅の終わりに(2)~進藤実優さんインタビュー

「ショパンコンクール」から1か月。ピアニストたちは何を感じ、そしてどこへ向かおうとしているのか。第2回は、進藤実優さん(2021特級銀賞・聴衆賞)です。モスクワ音楽院附属中央音楽学校を卒業し、来春からドイツのハノーファー音楽演劇大学で学ぶことが決まっている進藤さん。コンクールをどのような経験と捉え、作品との対峙をどう感じているか、たっぷりと伺いました。インタビューのダイジェスト映像とともに、本文はテキストでお届けします。


■ショパンコンクール出場、大変お疲れさまでした。その後にドイツにもまわったりしておられたようですが、ヨーロッパにはどのくらい滞在されていましたか?

進藤:ありがとうございます。合計で1か月ちょっとはいたと思います。11月1日に帰ってきました。

■やっと時差ボケもなくなってきたところですか?

進藤:そうですね。私は時差はあまりない人間なので、その点では苦労せずに生活しております。

■改めて、ショパンコンクールが終わってしばらく経ちましたが、いかがでしたか?

進藤:この短い時間の中で私の感想がすべて言えるわけではないんですが、幸運なことに、ワルシャワに行けて、あの舞台で弾けて、本当にすごく幸せだったなと思います。

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■どのような部分で得たものが大きかったですか?

進藤:あのレベルの世界的な奏者たちの演奏をホールで聞けて、まだまだ自分に足りないものに気づきました。一番には音楽的な気づきが大きかったですね。

■けっこう会場内で演奏を聴いておられたのでしょうか?

進藤:1次予選はよく聞くようにしていたのですが、2次~3次はさすがにあまり聴けなかったですね。本選は全員聴きました。

■そうなのですね。「音楽的な気づき」というと、例えばどんなことがありました?

進藤:大きなことで言うと、私はロシアに留学して、もちろんまだ十分に習得したとは言えませんが、主にピアニスティックな部分、「どのように音を出すか」、それを自分が出したい音色に近づけることを学んできました。一方で、やはり今、私に足りないのは音楽の中身というか、「音色」というのは表現する手段であって表現する中身そのものではないんだなということに改めて気づくことができました。それが大きかったですね。

■その点で、特に印象に残っている奏者はいますか?

進藤:本選は全員を同じ場所で聞けたのですが、特にアレクサンダー・ガジェヴの音楽性は、音色とかそういうものを乗り越えて、感動するというか、びっくりしました。彼の演奏から学んだものは大きかった気がします。

■なるほど。ご自分の演奏については、各ラウンド、どのような感じだったのでしょうか。

進藤:1次は、予備予選と同様にものすごく緊張して、体の左半分がずっと震えているような状態だったんですが、2次・3次と進むにつれて会場の雰囲気も分かってきて、3次予選が一番はっきりと思い出すことができます。今回、日本の方がたくさん参加されて、たとえば小林愛実さん、反田恭平さん、角野隼斗さんには、ずっと、それこそ練習室までドキュメンタリーのカメラマンの方が付いているような様子を、本当にすごいなと思って見ていました。彼らに比べたら私は背負っているものがないと思ったら、ラウンドごとに気負いが取れてきて、3次では、音がどういうふうに会場で聞こえているかを想像しながら弾くことができました。今までのステージにはない感覚で弾けたと思います。

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■年齢と比較して申し上げるのが正しいかは分かりませんが、進藤さんの演奏を聴いていると、19歳という年齢で、あるいはもっと前からですが、ご自分のパーソナリティを活かして演奏を作っていくというのがとても上手だなと思います。演奏を通じて何を表現したいのか。自分か、作品か、あるいはまた別のものか。「自分を出したい」と思うのか、そうでもないのか。ちょっと難しいことを聞いてしまいますが、どんなスタンスでステージに立っていますか?

進藤:なんだか入試の面接を受けているみたいですね(笑)。

■たしかに(笑)。

進藤:ロシアで勉強していたときは「自分の音楽を表現したい」という気持ちがあって、たとえばショパンの悲しみについて、自分の悲しみに置き換えて考えたりしていました。ただ、コロナをきっかけに日本に帰ってきて、レッスンを受けることからも遠ざかり、主に自分で音楽と向き合っていたのですが、その期間に、「何か違うんじゃないか」と思い始めて、今は、ショパンの作品が持っているキャラクター、あるいは心というんでしょうか、何かそういうものを表現しようと思っています。だから、あえて自分のパーソナリティを出したいという感じではなくなってきていますね。

■その変化というのは、ある日突然変わるというものでもないと思うのですが、どんなプロセスを経て変わっていったのでしょうか?何かきっかけがありましたか?

進藤:2020年の春に幸運なことにディーナ・ヨッフェ先生のマスタークラスを受けさせていただいたのですが、それはひとつ、大きなきっかけだったと思います。ひとことで言えば、先生は「どのように楽譜を見るか」ということについて教えてくださいました。和声の変化、和声の聴き方などを、これまで自分がやっていたものとまったく違う方法で教えてくださり、「楽譜を読むというシンプルなことが、私にはできていなかったんだ」と気づかせてくださいました。そこからがらっと意識が変わって、楽譜と向き合う、音に向き合うということを新たに考え始めたような気がします。
それまでは、もう少し抽象的に、感情で音楽をとらえて「ここは気持ちが高ぶる」とかそのように感じるところから入っていたのですが、ヨッフェ先生のレッスンをきっかけに、まず音があって、そのあとに何か作曲家の心情があって、と考え方が変わっていきました。そのレッスンは私にとっては大きな衝撃でしたね。

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■なるほど~。それを伺ってしまうと、さらに突っ込んで、もう少し「答えのない質問」を重ねてみたいのですが、そもそも「作品そのものが感情、キャラクター、あるいはメッセージを持っている」と思われます?あるいは、再現する演奏家がそれを「与えて」いくのでしょうか。
というのは、特に「ショパンコンクール」というのは、ショパンという作曲家だけを課題にする特殊な場ですから、自然と「ショパンらしい音楽」とか「ショパンは何を言いたかったのだろう」とか、特にそんな問いに対峙しやすいコンクールだと思うのですね。だから、ずっと「ショパン」に取り組んできた進藤さんに、このことを聞いてみたいなと思っていたんです。

進藤:私は、ショパンの感情だったりとか、そういうものは、やっぱり曲の中で存在していると思っています。だからこそ、例えばショパンの書いた手紙を読んで、彼のまわりに起こった出来事や悩みを知るようなことが手助けになると思っています。表現する人によって音楽は変わりますが、表現すること、お客様に伝えなきゃいけないことっていうのは変わらず芯として残るものなんじゃないかなと思います。今の段階では。
あとは、例えば楽器について、今はショパンの時代の楽器で行った録音を聞いたり楽器に触れたりして参考にすることができますが、「ショパン、あるいはバッハやベートーヴェンの時代にはできなかったことが、現代のピアノではできてしまう」ということをどう考えるかということもありますよね。当時のことに忠実に、当時の楽器でできないことはしてはいけないというような考えもありますが、バッハやショパンも、その楽器が存在すればそれを使ってたかもしれませんし、私はそのようには考えなくてよいと思っています。ただ、「ショパンの音」というのは確実に存在すると思っていて、ピリオド楽器の音質だとか、ショパンの好んだプレイエルの楽器の音だとか、そういうものを知ることは、ある意味で、ショパンの曲を弾くときに必要なことだと、私は考えています。

■ありがとうございます。進藤さんは、きちんと今のスタンスや考えを自分の言葉で語ることができるのが、本当に素晴らしいですね。

進藤:ありがとうございます。

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■コンクールの後にはドイツへまわって、これから師事する予定のアリエ・ヴァルディ先生にもお目にかかり、ハノーファー音楽演劇大学を受験してこられたそうですね。SNSを拝見しましたら、ヴァルディ先生のレッスンを聴講して大変感銘を受けたとのことでしたが、初めてだったのですか?

進藤:事前に映像で演奏を聴いていただいたり、色々な連絡のやりとりはさせていただいたりはしていたのですが、実は今回お目にかかったのが初めてで、それまではヴァルディ先生のレッスンは全く聴講したことがなかったんです。

■あっ、そうなんですか。どんな先生でした?

進藤:いや~もうなんか素晴らしくて。人間性が、愛にあふれていて、先生の演奏するシューベルトのなんと美しいことかと感激して、本当に、これから習えるというのが夢のようです。

■それは良かったですね!ヴァルディ先生の門下生は、皆さん既にどこに出しても恥ずかしくないようなレベルのピアニストたちですが、その人たちにさらに芸術的な刺激を与えていくような先生ですからね。とても良い選択をされたなぁと思いました。

進藤:ありがとうございます。

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■まだ、お会いしたばかりですが、ヴァルディ先生からどんなことが学べそうとか、受講や聴講から感じたことはありましたか?

進藤:ヴァルディ先生は、あまりこう、細かいことをおっしゃらないですね。和声の進行などのことは仰いますが、「このパッセージがこうだから」などとは断定せずに、全体の構成の仕方や楽譜を見ての気づきを教えてくださる印象です。それを受講生だけでなく聴講している私にまでシェアしてくださって、「シューベルトのここの書き方が素晴らしいから、ミユもちょっとこっちに来て。一緒に見てみよう」と声をかけてくださるんです。音楽的なこと、特に、「楽譜の中の世界」の魅力をたくさん気づかせてくださるようなレッスンだったと思います。

■それは、もしかしたらショパンコンクールの本選を聞いてご自分で発見したことや、その前にヨッフェ先生がその入口を見せてくださったところにも通じているかもしれませんね。

進藤:そうですね。逆に、今回、ショパンコンクールでガジェヴなどの素敵な演奏に出会っていなかったら、ヴァルディ先生のレッスンを聴講しても、そこには引っ掛からなかったと思うんですよね。

■あ~、なるほど。

進藤:はい。コンクールの直後にヴァルディ先生のところに行けて、素晴らしい世界を見せてもらったんだな~という感じです。

■これからのドイツでの勉強がとても楽しみですね。

進藤:はい。

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■ショパンコンクールということでは、年齢的にはまだあと2回くらい出られますよね。また参加してみたいですか?

進藤:う~ん、ヴァルディ先生自身もショパンは重要なレパートリーのひとつですから、一緒にたくさんショパンも勉強するでしょうし、4年後にまた全く違うレパートリーで弾けるものがあればチャレンジするかもしれません。タイミングが合えば、挑戦しない理由はないので、そのときの勉強とレパートリー次第ですね。

■「またタイミングが合えば受けてみたいな」というプラスな気持ちで総括できていることそのものが、今回の経験が素晴らしいものだったということを示していそうですね。

進藤:もちろん、そうですね。

■そのようにコンテスタントの方が受け止めてくれたなら、ショパン研究所のスタッフの皆さんも主催者冥利に尽きるのではないかな。コンクールなのでもちろん結果は出てしまうわけですが、今回、進藤さんの演奏をオンラインでも非常に多くの方が聴いてくださいましたし、現地の会場でも大変好意的に受け取られているように見えました。これから、新たな環境で勉強したい作品や作曲家はありますか?

進藤:今は、ショパンですと、若い頃の有名でない作品もとても魅力的で、演奏会用ロンド「クラコヴィアク」やポーランド民謡による幻想曲などを演奏してみたい気持ちがあります。ピティナの入賞者演奏会でも、またショパンを弾く機会をいただいているので楽しみですね。ショパン以外にも、ヴァルディ先生の尊敬しているシューベルトですとか、シューマンですとか、ショパンとは違うけれど、どこかでショパンとつながっていそうな作曲家に、今の私は魅力を感じています。

■最後に、今回のショパンコンクールへの参加というのは、音楽家としてどんな経験でした?

進藤:小さいころはショパンコンクールに参加するなんて思ってもいなかったですし、今回、ワルシャワのフィルハーモニーホールという素晴らしい場所で演奏できたというのは一生忘れられない経験になりました。

■それは良かったです。また次のステージで、ショパンにせよ他のレパートリーにせよ、進藤さんの演奏を聴けるのを楽しみにしています。今日はありがとうございました。

進藤:こちらこそ、ありがとうございました。

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コンクール写真:©Wojciech Grzedzinski/ Darek Golik (NIFC)
その他写真提供:進藤実優さん/進藤さん公式Twitter・Facebook

インタビュー:加藤哲礼(ピティナ育英・広報室長)

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