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私にとって特級とは vol.2 〜金子一朗さん(2005年特級グランプリ)からのメッセージ〜

今年の特級クラウドファンディングのテーマは「愛されるピアニストを共に育てる」

ミニ連載「私にとって特級とは」では、特級グランプリたちの特級からの歩み(コンクール挑戦~現在のご活動)についてインタビューしています。第2弾は、金子一朗さんにお話を伺いました!

金子一朗さん(2005年特級グランプリ)

ー 金子さんは社会人として初めて特級グランプリを受賞されました。特級のステージでの経験は、現在にどのようにつながっているでしょうか。

 一介のアマチュアとして、特級は40歳から3年連続で参加し、いずれも全国決勝大会に進むことができ、最後の年には特級グランプリをいただくことができました。最初の2年はすべて独力で参加して入選でしたが、最後の1年は田部京子先生に直前にご教授いただけたのが大きかったのかと思います。特級を受けた理由は著書「独学の流儀」に詳しくあるので割愛しますが、概要としては、左手の2の指を怪我してピアノが弾けなくなるかもしれないことになり、そのリハビリのモチベーションを保つためだったこと、もう一つは、アマチュアは狭いホールでしか弾く機会がないので、大きなホールで皆さんに聴いてもらえたら幸せだと思ったことなどです。

ピティナ会報 結果特集号より

 ところが、現実は、教育機関の仕事をしながらなので、読譜、分析、研究、練習をして特級の多くの曲を完成させることは容易ではありませんでした。また、他の方々は音楽の専門機関で一流の指導者に長年教わっており、長い時間をピアノに費やすことができ、しかも私より20歳以上若くて身体能力も高いわけですから、相手になるわけがないと思いつつ、先ほど述べた理由で、極度の緊張の中で、それでも失うものはなにもないと思って受けていました。

 参加したことで他の方の演奏もたくさん聴けたわけですが、当然、自分に足りないものがたくさん見つかりました。グランプリをいただいたときは、なんで自分がなるのかと思っていましたが、なってからは、多くの足りない面を勉強したいと考え、様々なことにチャレンジしました。奏法は何度も変えましたし、古楽を学んだり、あらためて音楽理論・音楽史全般を学んだり、様々な研究をしました。これは現在も続いています。また、人前で演奏するときには特級グランプリ受賞者の名に恥じないような演奏をしなければいけないというプレッシャー、また、普段は教育機関で働いているので、少しでも質の低い演奏をすれば、所詮アマチュアといわれてしまうというというプレッシャーなどが、自分の能力の向上につながっているのではないかと思います。

 現在は自分の人生の中で教育機関での仕事が最も忙しいこともあり、なかなか公開の場で演奏ができませんが、しばしば音源を収録して動画配信をしてピティナ・ピアノ曲事典への協力をしています。また、今後、音楽に費やせる時間が増えたときには、自分の演奏活動を増やすことももちろんですが、自分の音楽に対する知見を世界中の次世代に伝えていく様々な活動をしたいと考えています。

♪ リスト :超絶技巧練習曲 S.139 R.2b 全曲

(ピティナ・ピアノ曲辞典への音源提供はのべ532にもなります。演奏音源一覧はこちら。)

ー 金子さんは中学・高校の数学の先生として、またピアニストとしてもご活躍されています。金子さんの現在のライフワークについてお聞かせください。特に指導者としての側面から見た場合、「後進を育てる」ことが共通点だと感じられますが、日々の活動で大切にしていることや心掛けていることについてお聞かせいただけますか。

 現在は数学を教える以外に教育機関の運営にも関わっているため、なかなか演奏活動をすることができません。ただ、自分がこれまでの人生で出会い、感動を与えてくれた作品を作曲した作曲家への感謝を込めて、そういった作品を少しでも正しい姿で動画に残し世界中に発信することをライフワークの一つとしています。ある意味では、作曲家の作品というコンテンツを、私というプロジェクター・スクリーンで映し出すのが私の役割だと考えています。

 後進を育てることについてですが、自分と同じような境遇の社会人のアマチュアの方々を教えることにはとても喜びを感じます。以前と異なり、現在はライフワークバランスが推奨される世の中になりつつあり、社会人であってもピアノを学び直すことが可能になってきています。一方で、子どもの頃に古い時代の奏法を教わってから中断した人の中には、そのままがむしゃらに練習して腱鞘炎やジストニアになってしまう人もいます。そういった人達の役に立ちたいという気持ちが強く、様々な形で関わっていきたいと考えています。もちろん、専門的に学んでいる方々にも自分の知見が役に立てるところについては貢献していきたいと考えています。

ー 今年のクラウドファンディングのコンセプトは「愛されるピアニストを共に育てる」です。現在、ピアノを学んでいる方々に向けて、金子さんからのメッセージをお願いいたします。

 演奏することで聴いて下さる人に感動を与えられることと、歴史上の偉大な作品を正しく表現し伝承することを両立できることが、愛されるピアニストの基本だと思います。そのためになにをするべきかを考えれば、ピアノの学習において心がけることが見えてきます。たとえば、若い頃は様々な演奏を聴いて、ある部分は真似たりすることで自身の演奏能力が向上することはあると思います。しかし、古い時代の名演奏といわれるもの中には、その後の研究によって必ずしも正しいとはいえないものもあります。ある段階までは人の演奏を真似ることは構いませんが、ある段階に達したら、「その人の演奏表現のエビデンスは何か」「自分が美しいと思うこの表現が正しいと判断できるエビデンスは何か」ということを常に考えるようにするべきです。それがわからなければ、聴いたことのない作品の楽譜だけからその正しい姿を表現することはできません。楽譜通りに弾くというのは、midi音源のように無機的に演奏するという意味ではありません。その作品の時代の演奏様式や作曲語法などを十分に理解して音に表し、古楽などでよく使われる「良い趣味」といわれるような、言葉で定義しにくいものも含めて音にすることが「楽譜通りに弾く」の意味です。また、楽譜通りに弾かないということは、独自の表現に変えるということですが、歴史上の傑作といわれる作品は、天才作曲家が、我々の想像を絶するほどの膨大な時間をかけてその作品を推敲して完成させています。我々がちょっと思いついて変えたりしたものは、とっくに却下されて完成版になっているはずです。強弱や音符の長さだけに留まらず、楽譜に書いてある情報はそういうものなので、傑作を真に楽譜通りに演奏できれば、必ず聴き手に感動を与え、愛されるピアニストになると思います。昔は、すぐれた作品を感動的に演奏できるのは、極めて限られたピアニストだけでした。しかし、科学技術などが急速に発展し、世界規模で情報共有が進んでいる現代は、正しく学べば誰でも感動的な演奏ができると思います。皆さん一人一人にチャンスがあります。是非頑張って欲しいと思います。

ー 特級挑戦者へメッセージ

 人生をかけて音楽をやれることはとても幸せなことだと思います。コンクールは順位が付き、メジャーコンクールでは、結果がその後の演奏家としての仕事につながることもあります。また、タレントとしての才能も演奏家の仕事には必要かもしれません。いずれにしても、一定の需給関係が成り立ったときにピアニストという職業が成り立ちます。従って、そのためにコンクールにおいて順位を求めることは当然あってよいと思います。しかし、先ほど述べたような正しい演奏表現ができなければ、自分の演奏は自分の名前と共に歴史の篩にかけられて忘れ去られてしまうでしょう。特級を受ける方々はそのようなことは当然ご存じかとは思いますが、順位をとるための戦略の中に、真に価値のある演奏表現の追求を常に入れて欲しいと思います。

 楽な道ではありませんが、素晴らしい道ですので、皆さん、どうぞ頑張って下さい!

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現在、特級クラウドファンディングの支援総額が924,000円に到達しました。温かいご支援・ご声援、誠にありがとうございます…!

ピティナでは、今年もピアニストを共に応援するため、特級クラウドファンディングに挑戦しています。ぜひ、プロジェクトご賛同いただき、応援の輪に参加していただければ、それ以上の喜びはありません。皆様と共に、素晴らしいピアニストの成長を支えることができることを心より嬉しく思います。

◆プロジェクト期間:7月6日(木)10:00~8月21日(月)23:00
◆目標金額:300万円
◆資金の使途:
 1)サポーター賞の賞金:115万
 2)国内・海外での活動サポート:134万
 3)クラウドファンディング経費:51万


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